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【小説版】十畳 いわく 鈴の音  作者: 憩葱助
曰く謂れ
3/13

1-1

 よく雨が降るらしいこの町に来るのはオープンキャンパス以来これが二度目だ。

 前回もそうだったが今日もまたしっかりしっとり雨模様で、噂に違わぬ湿り気を肌身で感じている。


 雨だから特別気が滅入るだとか哀しい気分になるだとかそんなことはない。

 ただ間を置いて訪れたこの町でしっかり二度も降られたものだから、あぁこれからは傘と気持ち親密に過ごすことになるのだろうかなどと考えたり。

 

 どうせ降るなら嫌なもの全てきれいさっぱり洗い流してくれればいいのに。

 そんな途方もなく幼稚なことを考えながら今この町にいる。

 

 その日、主に父の猛烈な反対を押し切って進学を決め地元から遠く離れたよく雨の降るこの町まで遥々やってきた私は、不動産屋の案内のもと新居となる物件を探し回っていた。

 

 「生憎の雨ですね」

 

 不動産屋の担当――山下というらしい、どことなくフレッシュなたどたどしさはあるが人当たりのいいOLは、私よりよっぽど降られ慣れているだろう雨で二発二中の私よりよっぽどうんざりした様子でため息をつく。

 

 「こっちはよく降るみたいですね」

 

 「そうなんですよ~……こっちでは「弁当忘れても傘忘れるな」なんて言ったりするんですよ」

 

 それともそんな格言のある町で暮らすうちにうんざりするようになるのだろうか。

 彼女のため息はよそに、雨は一向に止みそうな気配もない。

 

 「ところで、本当に行きますか……例の物件」

 

 「……はい 他もよかったんですが、やっぱり予算が少し……せっかくなので家賃が安い方も見ておきたくて」

 

 「そうですか……そうですよね……はぁ……」

 

 なるほど、どうやら彼女の気が滅入っているのは雨のせいだけではないようだ。

 

 反対を押し切り――結果押し切れたというよりは、話も調(ととの)わないうちに飛び出した……――地方への進学を決めたので、当然親とはひとつならず悶着があった。

 そのときの父親の口ぶりから察するに仕送りの類は期待できない。もっとも、この地方進学にあたって親からの資金援助は端から期待も想定もしていなかったので、高校時代の余暇を徹底的にバイトに費やして築いた当面の生活には困らないだけの貯蓄はある。

 だがそれも当面は()てにできるというだけで、ただ蛇口を開いたままでいれば遠からず底を尽きる。学業を疎かにせず自立して生計を立てるにあたって生活費……特に家賃での節約は目下最重要項目の一つだ。

 よって今、部屋の広さや造りよりも、トイレとバスの別よりも、オートロック……は、年頃の女の一人暮らしなのであるべきだろうし、両親に下宿を納得させる材料となり得る……が、最悪私のような華のない女の場合はなくて何かが起きることもないだろう。適度な生活動線とそこそこの日当たりを確保できれば、あとは寝泊りできるだけの環境があればいい。静かであれば尚いい。

 そう思っていたところに寝耳に水だったのが今向かっている物件だ。

 

 十畳一間の築浅女性向け、バストイレ別、洗面所あり、オートロック付き、日当たり良好、スーパーや大学への動線も良好……一人暮らし向けの好条件を軒並みさらったかのような普通なら手が届かない相場の物件が近傍類似の物件の家賃の半額程度で貸しに出されているという。ただ一つ他と違うのは、備考欄に記載された“心理的瑕疵あり”の表示。

 

 予め下調べした段階ではこの近辺で妙な噂や事故や事件があったという情報は出てこなかったので、この物件に限り何かしら特異性があると思われる。

 要するに“曰くつき”なのだろう。

 詳しく書かれてはいないが、そう表示した上で実際に紹介されているのだから人が住めないほどの劣悪な環境でもないのだろう。怖いのは隣人が難アリのケースだが、このような良好な物件は絶えず借り手が付くだろうに難のある住民を住まわせ続けるメリットがないので違うはずだ。過去にそこで何か起きた……事故物件であればさすがに気が乗らないが、そうでないのであれば今更気にすることでもない。

 ともあれ、この好条件をこの家賃で借りれるのであれば多少の難ぐらい気にするに値しない。

 内見に前向きな姿勢を見せた私に紹介した山下の方が表情を曇らせてしまったが、私の方はむしろ“曰く”次第ではさらなる家賃の値引き交渉を……などと企んでいた。

次回分は30日更新予定です。

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