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8話。泊まる場所

 剣士団による俺とリエの保護が解除されたのは翌日の朝だった。森の中にいた鳥賊強盗団が逮捕された後も保護が長引いたのは、ルズベリーの街に残党が数名ほど逃走している最中だったそうだから。そのため、俺たちは一晩、ルズベリー支部の方で寝泊まりをした。


  残党が街にいる理由は、街中でリエを誘拐する準備を整えるために潜伏していたからだそうだ。リエが拐われたのは二日前の夕方頃で、背後から襲って眠らした後、魔法を使ってルズベリーの街から自分たちの拠点までテレポートしたらしい。ウィリーさん曰く「一介の盗賊がそこまで高度な魔法を使えるなんてあり得ない」との事。


  少なくとも、俺が相手にした彼らは異常な盗賊だった事に間違いないようだ。一時は火球をバンバン撃つのが普通の盗賊だと錯覚していたが、それこそ、核戦争後の世紀末でモヒカンの荒くれ者たちが武器片手にバイクを乗り回すようなものだ。この世界の頭のネジの飛びっぷりが自重していて、少し安心した。


  保護を受けている間はリエと雑談を交わしつつ、この世界の事について少しずつ知識を得ていった。魔法関連や街の治安、城壁の外にいる魔物たちの存在や、世間の情勢など。


  その一方で、リエから俺の故郷、日本の事を尋ねられるのは免れなかった。なので、その時からだいぶ開き直って、東京や京都、高層ビル、高速道路、自動車などを遠慮なしに教えた。


  結果、リエは俺の話の半分も理解できなかった。やられたリエには悪かったが、それは未知の風土に翻弄されてストレスが溜まった俺からの、僅かながらのお返しだ。知らない・わからない事だらけをずっと話されていれば、誰だってイライラすると思う。


  また、ルズベリー支部から出た後にウィリーさんから、「鳥賊強盗団の件でまた話を伺うかもしれないので、その時はご協力をお願いします」と言われた。対してリエには、特に何も告げなかった。


  この違いはきっと、俺がリエを助けた時の詳細なんだろうなぁ……。子供が武装した大人たちに丸腰で立ち向かうなんて、どことなく疑われても無理はない話だ。とは言え、俺が黒い戦士に変身した事の証明もできない。俺自身も使い方が全然わかっていないから。


  ちなみに、逮捕された鳥賊強盗団たちの証言を確かめるために、俺がデビルアロマを使っているかどうか薬物検査された。デビルアロマは身体能力を強化する“魔法薬”と言う括りに入るので、専用のステッキチェッカーを当てられて調べてもらった。


  結果は陰性で、デビルアロマ使用の痕跡は見られないと診断された。この国ではデビルアロマ使用が即逮捕と結びついているそうなので、色々と危惧していた事態が起きなくて助かった。

  そんなこんなで、ルズベリー支部から出て数十分後。


「つまり、居候だと?」


「うん」


「ダメだダメだ!! ダメなものはダメだ!!」


「えー、何でよー!」


  俺の目の前には、リエと彼女の父親であるベクターさんの姿があった。リエの自宅の玄関前で、彼女の頼みをベクターさんは頑なに拒否する。


  全てのきっかけは、俺が一人で必死にこれからの金策と寝床を考えていた事から始まる。この国の金もない、ろくな荷物もない、食料もないの三拍子が揃って絶望したくなった俺に、リエが「ウチに泊まって」と快く言ってくれたのだ。


  試しに本当に良いのか尋ねてみればイエスと即答され、そして半ば引っ張られるようにして家まで案内された。その道中で日本の事を執拗に聞かれ、適当に竹取物語を一から語ったのは言うまでもない。何度も入るリエの疑問に頑張って答えたので、ほとほと喋り疲れた。


  竹取物語を選んだ理由? 古典の授業の暗唱テストのせいで覚えていたから。あれがなければ、教科書に載っていた分を全部覚えるなんて真似はしなかったと思う。内申点の追加ボーナスが掛かっていたし。


  しかし、そうは言っても相手はリエの父親であり、間違いなく家主である。本人の意志が揺らぎでもしなければリエの説得は絶望的だ。


  日本円だけは持っているから、ダメ元で換金所とかに行ってみるか……。千円札と五千円札は信用がないので、敢えなく撃沈するだろうけど。ごめんな、野口英世、樋口紅葉……。


「あの……やっぱり俺、遠慮しときます」


「遠慮なんてしなくていいわよ。まだニホンのお話全部聞いてないし、命の恩人なんだし。それに文字も読めないんでしょ? 魔法も……あー、あれだし」


  そう言いながら、リエは俺の服の袖を引いて止める。親切にしてくれるのはありがたいが、最初に本音が漏れているぞ。


「命の恩人であっても得体の知れない奴に変わりはない! 剣士団から話は聞いたぞ。貴様、デビルアロマを使った容疑がかけられているそうじゃないか? 犯罪者を家に上げられるものか!! 早く牢屋に行ってこい!」


「それならスズトが検査受けてたけど、何も問題なかったわよ。香水どころか、魔法薬を使ってた形跡もなかったってさ。ね?」


「うん……まぁ」


  首を傾げて確かめてくるリエに、俺はしどろもどろに答える。ベクターさんが問答無用で俺を犯罪者扱いしてきて辛い。


  だけど、文句は言えない。俺だって己が不審者だと自覚している。そんな人を家に上げたくない気持ちは尤もだ。


「いいや、俺は信じない。気が狂った盗賊たちが言っていた黒い化け物。それはお前だろ? 絶対にお前だろ? 証拠がなくてもお前なんだろ?」


「お父さん、疑いすぎだよ。それに魔物化は悪魔の香水とセットなんでしょ? スズトが持ってるの財布とハンカチくらいよ」


  しつこいほどにまで疑り深いベクターさんに、遂には呆れてしまうリエ。携帯電話はバッテリーがピンチだったので自宅に置いてきたままだ。リエの言う通り、そんなものしか持っていない。


「さぁ吐け。どこに捨てた? 自白しろぉ!!」


  するとベクターさんは、あっという間に距離を詰めて俺の胸ぐらを掴んできた。足はたちまち地面から離れてしまい、容易く持ち上げられる。えっ?


  途端に激しく揺さぶられる俺の身体。容赦なく揺らぐ視界は耐えられるものだが、発声だけは別だった。舌を噛まないように気をつけると、一言喋るだけでも臆揺になる。


「な……ない、ですぅっ!」


「嘘だっ!! うおおぉぉぉ!!」


  俺の無実を是が非でも認めないベクターさんは、今度は叫びながら俺を左右に何度も動かした。俺は抵抗どころか、怖すぎて悲鳴を上げる事すらできない。


  何だ、この……何だ!? 何この絶叫系!? ベクターさん、生身で遊園地のアトラクションに優る戦功を上げてるんだけど!? あっ、そろそろ酔いそう……。

 

「もうっ!! お父さんったら!!」


  その時、ベクターさんの脇腹辺りにリエのタックルが炸裂した。その拍子で胸ぐらを掴むベクターさんの手が緩くなり、俺はベクターさんとは別方向へ軽く吹き飛ぶ。


  辛うじて着地には成功するものの、酔いが少し回ってきたせいで千鳥足だ。ベクターさんも姿勢が崩れたものの、あっさり立ち直っている。


  ちなみに掴まれた服は健在だ。どこも破れていない。良かった。


「どうしたの? そんなに騒いで……あら、リエじゃない。無事に帰ってきたのね」


「ただいま、お姉ちゃん」


  酔いがなくなるまでじっとしていると、玄関の奥から長い黒髪の女性が表れた。彼女の声を聞いて振り返ったリエが、ただいまの挨拶を返す。


  リエのお姉さん? にしては、やけに大人の雰囲気を醸し出しているぞ。背はリエより頭一つ分高く、裾が長めの緑のワンピースを着ている。胸は随分とたわわとしていて、上から重ねているエプロンでも誤魔化せていない。若すぎるが、母親と言った方がすんなり納得できるだろう。


  ただ、ここに来る途中にリエから「ウチはお父さんとお姉ちゃんの三人暮らし。お母さんは七年前に亡くなった」と言っていたので、目の前の彼女は間違いなくリエのお姉さんなのだろう。おっとりとしているので、リエと似ているのは琥珀色の瞳ぐらいだ。

 

「ところで、隣の君は?」


  ベクターさん似なのだろうかと徒然に思案していたら、リエのお姉さんに誰なのか尋ねられた。俺は紹介しようとするリエに先制して、一足早く名前を告げる。


「鈴斗です。白須鈴斗」


「あら、ご丁寧にどうも。私はリエの姉のイリスです」


  俺がお辞儀をすれば、イリスさんも丁寧に礼をして自己紹介をしてくれた。礼節と言葉遣いでも、リエとは大違いだった。


「私が捕まってたところを助けてくれたの。けど宿もなくて、持ってるお金も多分、換金所とかが使えないやつで、命の恩人で、ずっと遠い国から旅して来たから、しばらくウチに泊めてあげたいの! お姉ちゃんもいいでしょ?」


  それから間髪入れずに、リエが怒涛の解説を入れてきた。ゆっくり一拍休む余裕がなく荒削りだが、わかりやすい。内容も俺の不思議ぶりを考慮してくれて助かる。


  しかし、序盤のワードが俺の心に突き刺さって苦しい。まるでホームレスみたいな言われようだ。今なら帰る場所を失った人々の気持ちがわかる気がする。俺はもう、戻るべき場所にすら帰れないが……。


「あら、そういう事なの。妹がお世話になりました。どうぞ、狭いところですが」


  リエの解説を最後まで聞いてくれたイリスさんは、そう言って家の中に招こうとしてくれた。彼女の手の仕草が奥へと指し示す。


  締め出されるのを覚悟していたが、まさかのオーケーだった。その人の良さに、俺は戸惑いを隠しきれない。


「えっと……ありがとうございます」


「よせぇ!! やめろ、イリスぅ!! こいつは怪しい奴だぞぉぉ!!」


  瞬間、俺はベクターさんに後ろから首根っこを掴まれた。家の中へ歩き出す直前の出来事だ。ベクターさんとの身長差と彼本人の怪力も相まって、再び身体が宙ぶらりんになる。


  この時、生身絶叫マシン再臨の前兆に俺はもう覚悟を決めていた。抵抗しても無意味に終わる気しかしないからだ。ただ、神頼みだけはしないでおく。


「怪しい……? 確かに黒髪黒目で、鼻も低くて、顔も平べったいけど……怪しくないわよね?」


「うん。珍しいだけ」


  イリスさんの指摘にリエは大きく頷く。やっぱり、アジア系の人間はこの国では珍しいようだ。


「リエだけでなく、イリスまでも……。だだでさえの父子家庭が……崩壊していく……! シラス・スズト、許さんっ!!」


「ういっ!?」


  耳元に聞こえてくる、どこか上擦った声。だが、最後は怒気が入ったベクターさんの決意によって締められた。


  結局こうなるんだな……。来るべき蹂躙に、俺は大人しく目を瞑って受け止めようとした。勝算もなく下手に逆らうより、もはや流れに身を任せるべきだった。


  しかし、待てども待てども俺の身体は何もされない。より高く身体を持ち上げられただけだ。


  そして、徐々に地面へと降ろされる。首根っこへの拘束も解除されていた。急いで目を開いてみると、全長十五センチぐらいの灰色の化け物の模型が周りを漂っていた。


  模型はアニメ・ゲームに登場するトカゲ男、リザードマンに翼を生やしたデザインで、四本指の右手には一本の石剣が握られている。確認できる模型は軽く十体は超えていて、後ろを見れば模型軍団に石剣を突きつけられるベクターさんの姿があった。


「お父さん? 恩を仇で返しちゃダメでしょう? スズト君がいなかったら、リエは戻って来れなかったかもしれなかったのよ」


「……はい」


  イリスさんが穏やかな表情を保っているままに対し、ベクターさんはすっかり顔面蒼白だった。地面に膝をつき、両手を上げる。先ほどまでの威勢は消えていた。

  その隙に俺はとっととリエの隣まで退避し、彼女に模型の正体を確かめる。


「何あれ?」


「お姉ちゃん、操術士でガーゴイル使いなの。魔法が上手じゃないとできないんだから。あっ、操術士ってゴーレム使える人の事ね。ゴーレムって言っても、たくさん種類があるけど」


「へぇー」


  リエの説明に相槌を打つ。何気ない補足も付け加えられたので、理解に問題はなかった。


  ゴーレムに属するガーゴイル。生物のように動く意味での実物は当然、初めて見た。しかしこの数、どこから湧いて出たのだろうか。


「リエ、先にスズト君を部屋に案内してね。私は掃除が残ってるから」


  イリスさんがそう言うと、ガーゴイルたちは彼女と一緒に家の奥へと消えていく。あの硬くて重そうな風体で鳥のように飛んでいったのは、きっと何かしらの魔法のおかげに違いない。一見して難しい事をよくやるものだ。


「わかった。スズト、こっち」


「あ、待って」


  俺の手を引っ張ってくるリエに断りを入れて、足取りを変える。まずは、後ろにいるベクターさんに挨拶を済まさないと。

  ゆっくり立ち上がる最中のベクターさんに、挨拶を述べて頭を下げる。

 

「ベクターさん、お世話になります」


「……ああ。精々剣士団のお世話にならないように頑張るんだな」


「はい」


  不機嫌そうな表情で俺を認めてくれたベクターさんは、どことなく渋々と言った様子だった。


魔物図鑑その三。ゾウ怪人。


人間がデビルアロマを何度も使用した事で誕生した、デビルアロマ系列の魔物。れっきとした人型だが、驚異度は十分。全身がチタン合金のように硬く、ノーダメージで個人の余裕勝ちを目指すなら戦車砲を撃ち込むレベル。


使う魔法は光の牙、ショルダーファング。ゾウ怪人自身の怪力も合間って、突進の威力は戦車を軽く横転させるほど。あと、光の牙を散弾状に放てる。


本編ではニグラムの執拗なラッシュにより、自慢の装甲が突破される。負荷が溜まりすぎたんだ。


……名前が手抜き? でもわかりやすいでしょう?

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