55話。騎兎
顔見知りのハーフエルフっぽい女騎士に加えて、ナサリオさんまでやって来た。彼の乗る馬は装甲化されており、けれども機動力の低下は見られない。もしかして馬のパワードスーツだとでも?
どうしよう。めちゃくちゃどうしよう? 次ニグラムに変身したら殺さなければならないって言われているけど、どうしよう? 変身解除をすれば許してくれるかな。それとも緑になれたのを良い事に、このまま他人のフリでもしようか。
「アンジェラ。他にも魔物反応がある。ここは恐らくユピルのダンジョン村だ。君は先に村の防衛へと向かってくれ。ここは私が引き受ける」
「しかし、こいつは第一優先の討伐対象では――」
「私だけでも平気だ。急げ」
断固として告げるナサリオさんに女騎士――アンジェラさんは口をつぐみ、短く「了解」と答えてその場を後にする。こうして俺はナサリオさんと二人きりになり、緊迫した空気の中で対峙する。できれば会いたくなかった。
「その姿……また進化してしまったのか」
はい、俺だってバレてる。彼の問いにぐっと言葉が詰まり、黙らずを得ない。これからどうなるかなど、お見通しだ。酌量余地なんて関係なく、問答無用で俺を殺しに来る。
馬上でナサリオさんはボーガンを静かに構える。対して俺は、ベリルソードを盾代わりにと持つ。この剣の名前は何となくわかった。
だが、ナサリオさんがおもむろにボーガンの銃口を上に向けた事で、思わず困惑してしまう。それは攻撃する意思がない事の現れなのか、単なる誘いなのか。疑心暗鬼に包まれる。
「スズト君なら話を聞いてほしい。現在、至るところに極めて凶暴な魔物たちが出現している。ダンジョン村に住む人々の安全が最優先だ。村の防衛を手伝ってくれ――」
「はい、手伝います! 自分は悪いモンスターではありませんっ!!」
ここは即答する他になかった。何より自分の潔白を行動で示すため、どうにか抹殺エンドを回避するため。ナサリオさんとは戦いたくないし、本当に死にそうだから。闇討ちでもされた時は……どうにかしよう。
言葉を遮られたナサリオさんは、面食らったような仕草を僅かに見せる。その兜の下の顔は、必死に挙手する俺に呆れているに違いない。
「……なら話は早い。私に付いてこい」
次にナサリオさんはそう言うと、馬を操り始める。こうも簡単に背中を向けてくれているのだ。ここで俺が何か仕出かせば、俺を信じようとしてくれる彼に申し訳が立たなくなる。絶対に応えなければ。
すると、草むらの中からラタルが飛び出してきた。出発しようとしていたナサリオさんの動きは一旦止まり、そのまま俺の胸の中に飛び込んできたラタルへと視線を動かす。
「……。……!」
「こら! ラタル、まだ隠れてろ! すみません、ナサリオさん。今すぐこいつを遠くに逃がすので――」
その時、不思議な事が起こった。ラタルの背負っていたリュックが急に光の粒子となって消失したかと思いきや、ラタル自身もいきなり変形し始めたのだった。変形シークエンスは途中で装甲が大きくなったりと明らかに質量保存の法則が死んでいて、とうとう一匹の巨大メタルウサギが爆誕する。
その姿はナサリオさんの馬にも引けを取らず、スタイリッシュだ。前脚が発達し、四足歩行へと生まれ変わっている。また、鞍の形状をした背中はどう見ても跨がれそうで、ラタルの瞳は何だか俺に「乗れ」と言っているようだった。
「……ああ、わかったよ。細かい話は後って事だろ、コノヤロー」
「クオーン!」
そして、鳴き声を上げた。コイツが本当にウサギかどうか疑わしいが、俺のG魔法のせいだと考えしまうのはもはや自明の理だった。
それからラタルに搭乗した俺は、馬を走らせるナサリオさんの後を追い掛けていく。鞍には鐙が付属してあったので、跨がる際の苦労はあまりない。騎乗経験のない俺でも、案外どうにかなった。
辿り着いた先には鉱山らしき場所が待っていた。俺とナサリオさんは見晴らしの良い高台へと移動し、上からざっと景色を眺める。建造物はどこにもないが、下の広場には大量の魔物たちが集まっている。ゼノヒグマ以外にも化け物ライオン、雪女もどきがいた。こんな大群、どこから湧いたんだ。
「あの広場の出入口から道なりに進めば、村へと簡単に辿り着く。これほどの群れで一斉に押し寄せれば、とてつもない圧力で村の守りは瓦解する。今は散発的な襲撃しかないが、ここで叩いておくぞ」
にしても、淡々とそう告げるナサリオさんはやたらと物知りだ。ここがユピルのダンジョン村であると早々に判断して、地理を把握している。まるで魔物の位置情報を常時受信しているような口振りも不思議である。
さて、それはさておき。俺は恐る恐るナサリオさんに質問する。
「あの……二人だけですか?」
「そうだ。今は訳あって団員はアンジェラしかいないが……ゼノヒグマ、ジルフロスト、双首キマイラか。余裕で勝てる」
「すみません、俺は余裕じゃないです」
そうやって自分の物差しで何でも計ろうとしないでください。少なくとも俺にとっては楽勝ではなかった魔物が相手なのだから、もう少し考えてほしい。ジルフロスト? 双首キマイラ? あいつら、そういう名前なのかよ。
「問題ない。このためのローザリーだ。君も自信を持ちなさい。私が保証する」
「保証? え? あの、あんな化け物たちの群れに突っ込めって言われてもアレです。怖いです。てかローザリーって言うんですね、その姿」
「正直でよろしい。だが、私は君を少なからず信用している。映像の一件、君は人を守っていたのだろう?」
何を根拠にそんな事を言っているんだ、この人。だけど大体合っているのが悔しい。信用してもらえる嬉しさも半分だ。
そうだ。身近な人を守りたいと願うのなら、眼前に広がる軍団を見捨ててはおけない。村には恐らく、リエたちがいる。コイツらの侵攻を許せばどうなるかなど、語るまでもない。守るのなら徹底的に、手が届く範囲なら一パーセント未満の危険すら摘んでいく。
覚悟は決まった。何度も深呼吸し、固く敵勢の姿を捉える。ソードから手を頑なに離さない。
「初めに聞くが、あの魔物たちとの交戦経験は?」
「ついさっき一通り。雪女とライオンには手こずりました」
「なら私が突撃する。君は討ち漏らしを頼めるか?」
横で並び立つナサリオさんからの指示に、俺は静かに頷く。雪女とライオンで意味が通じたようで助かった。しかも、自分から進んで前に出ようとしてくれるので心強い。少し怖いが、俺も彼を信じてみよう。
「ヒヒーン!」
「クオーン!」
俺たちはそれぞれの相棒を頼りに崖を駆け降りていく。ナサリオさんの馬は物怖じせずに走り、ラタルはぴょんぴょんと丁寧に降りる。完全にナサリオさんが前に出ていた。
こうしている間にも、俺たちの存在に気づいた魔物の群れが一斉に雄叫びを上げた。できる事なら同士討ちをしてほしいが、中途半端に統率が取れている感じがする。少なくとも、後衛に陣取った双首キマイラが背中のヤギ砲を撃とうしている辺り、戦術は知っていそうだった。突撃してくるジルフロストたちの援護射撃とかふざけるなよ。双首キマイラの全高が高いため、射線は空いている。
実質のガトリング砲火に騎馬突撃など、普通に考えれば頭がイカれている。だが、ナサリオさんが無造作に手のひらをかざすと、宙に浮かぶ水の防壁が広範囲に渡って形成された。
これは俺たちへの盾のつもりなのだろうか? そんな風に疑っていると、迫り来る無数の岩の弾丸が水の防壁に当たっては、弾速を突然ゼロ近くまで減衰されて粉々に砕かれる。防壁を貫通するものは一発もなく、初めて見る実戦的な水魔法にうっかり感心してしまった。水の防壁は俺たちとの距離を一定に保ちながら浮き続ける。
《ecnal》
片手間にナサリオさんはボーガンを槍へ変形させた。刃渡りは一メートル近くあり、さながら斬馬刀だ。それを軽々と持ち、構える。
敵の第一波まで、残り数メートル。ナサリオさんに集中して群がるのはジルフロストだ。相変わらず人間離れした気色悪い移動法をする個体ばかりで、恐ろしさは下手なゾンビを凌駕している。
刹那、ナサリオさんが天へとかざした槍の穂先から、目映い稲妻が放出された。彼の近くにいたジルフロストたちは稲妻に身を焼かれ、黒焦げになって力尽きる。それでも死ねなかった個体は馬によって轢かれた。
すかさず槍が横に振るわれ、他にも負傷しているジルフロストは短距離ワープして回避。だが、立っているのがやっとといった感じだ。放っておいても、やがて死ぬだろう。
敵の波はナサリオさんの派手で強力な黒魔法乱射によって、ことごとく撃破されていった。一方で俺は、ナサリオさんが突撃しきっているあまりに討ち漏らしてしまった分を淡々と排除していく。常にバーストアンテナを展開し、ジルフロストやゼノヒグマに剣ビームを当てる。時にはラタルが全力で相手を踏み潰す。ジルフロストの短距離ワープの法則性が未だに掴めないが、今では詮なき事だ。
大群と二人だけの戦いであるにも関わらず、この広場は苛烈な戦場と化している。遠くから弾幕が飛び散り、剣ビームにより魔物は次々と爆発四散し、幾度となくナサリオさんが雷撃を放ち、槍を突く。百体以上はいたであろう敵の戦力は瞬く間に減り、残すは大型種である双首キマイラのみだ。バーストアンテナをずっと開きすぎて疲労が溜まる一方だが、ここが正念場だ。
「「Gaaaaaaaaaa!!」」
全ての双首キマイラが射撃を中止し、数体がナサリオさんへと駆け出す。俺の方にも両翼から迫り、その瞳孔の見えない金色の双眼で睨み付ける。そこかしこから殺意とプレッシャーを一度に受けて、生きた心地はしなくなる。猛スピードで走る自動車に挟まれているような気分だ。
来る。まず左側の双首キマイラが追い付いてきた。ゾウと同じぐらいの巨体である癖して、めちゃくちゃ速い。ズシンズシンと重たい足音を響かせながら、高くジャンプして前脚の豪爪を繰り出してきた。
「こっち来んな!」
俺はそう叫びなから、ラタルの姿勢を大きく横に倒しながら対処する。すぐにでも落ちそうだが気合いで我慢だ。飛び掛かってきた双首キマイラは頭上を越えて、そのがら空きな腹へ間髪入れずにソードを一閃させる。
「Gaun!?」
あっさり腹を裂かれ、不時着してしまう双首キマイラ。それは右側から接近していた別個体を巻き込み、二体仲良く激突する。死には至っておらず、まだ無傷な方の双首キマイラが体勢を立て直す。
だが残念。まだ俺のターンだ。ソードに込めた魔力を真紅に燃やし、刺突の要領で剣ビームを発射。直撃を受けた双首キマイラは、隣にいた奴も含めて爆発に包まれる。剣ビームの使用に、また格段と身体が疲れた。いくら便利でも考えものか。これ以上はヤバい気がするので、バーストアンテナをそっと閉じる。
それからナサリオさんへと目を向けると、彼は文字通りの無双乱舞を披露していた。生き残った双首キマイラたちは全てナサリオさんへ狙いを固めているが、俺が息をつかせる側から槍で簡単に仕留められていく。水の防壁はとっくに消えていて、馬と一緒に細かな三次元機動をおこなう。ヤギ砲の射線には被らないように立ち回り、時折双首キマイラを踏み台にしては脳天を一突きする。目に留まらないスピードで。お前ら人間じゃねぇ。
そうして、あと一体。ちょうど俺とナサリオさんの間に位置してしまった双首キマイラは、癇癪のような地団駄を踏みながらもヤギ砲をそれぞれ向ける。回転砲頭とは驚きだ。
しかし、その俺とナサリオさんの同時迎撃は火力の分散を意味する。加えて俺たちは、もう一息すれば接触できる距離まで近づいている。今までと比べれば、このまま突っ込んで避けるのは容易い。俺が乗ってるのは化け物ウサギなのだから。
バラララララララ!!
ヤギ砲から間もなく岩の弾丸が発射される。ただし、それに俺たちが当たる事はなかった。俺は双首キマイラの背中の上に跳び、ナサリオさんは顔面へと肉薄する。
ラタルときりもみ回転しながら跳び、視界の上下が逆転。普段で慣れていない事に必死に堪えて、真っ逆さまの状態でソードを振り落とす。緑の剣は双首キマイラの胴体を二つに別れさせ、片やナサリオさんは首を空高く跳ね飛ばした。
「……ハァ……ハァ……!」
どうにかラタルを着地させ、余裕を持って息を整える。一段落ついた事に胸を撫で下ろし、忘れてはならないとナサリオさんへ振り返る。速攻殲滅だとしても割りと激戦だったのに、彼は平然としていた。冷静さを保ち、俺と静かに目を合わせる。
この時間が何とも言えなかった。妙にいたたまれず、彼が未だに何も喋ろうとしないか余計に気まずい。そう言えばこの後、俺はどうなるのだろうか。このまま見逃してもらえれば嬉しい。
直後、空から多くの死骸が落ちてきた。双首キマイラを順にゼノヒグマ、ジルフロスト、カボチャなどが積み重なり、あっという間に山が出来上がる。降ってきた方向は森の方で、険しい曲射弾道を描いている中には人間も含まれていた。
「……え?」
突然の出来事に理解が追いつかない。先ほど山に重なった数名は全員防具を纏っているが、もう生命の灯火を感じられない。息絶えている。
また、山となった亡骸には総じて殴られたかのような傷があった。とても人間が成し得る所業とは思えない。
その時、亡骸の山の頂上に一つの人影が降りてきた。背丈はすらりとしており、全身が筋肉質。さらにアシダカグモを彷彿させるような姿。怪人となったゴキブリの天敵が、何の前触れもなく現れたのだった。




