54話。装甲堅守
倒れた木を飛び越え、足場の悪い小川を渡れば広場へと出る。近くには小屋があり、その側には伐採された木が積まれている。
ここだけ見れば、何の変鉄もない場所だ。人気はなく、静寂に包まれている。
だが、ニグラムの研ぎ澄まされた感覚はこの場所に潜んでいる魔物の存在を逃がさなかった。瞬時に察知し、目の前に立つ崖の上に視線を飛ばす。
そこでひっそりと顔を出しているのはライオンだった。ただし、距離感をしっかり掴んでいればそのライオンのサイズの異常にすぐにでも気づける。明らかにゾウ並みの巨体に、ニグラムはすかさず身構える。もはや一々騒ぎ立てるほどの出来事ではないが、驚愕するのに十分に値した。
天然合成獅子、双首キマイラ。立派な鬣に加えて、ボディビルダーに監修されたかのような筋骨隆々の四足は、ニグラムに負けじと相手をおののかせる。地球の生物学者が目撃すれば、取り敢えず「あり得ない! あり得ない! あり得なぁぁぁぁい!」と発狂するであろう。
ニグラムと双首キマイラはじっと睨み合う。微塵たりとも動こうとはせず、一目でこいつはヤバいと察したニグラムは冷や汗を流す。ジルフロストやゼノヒグマとは違う。もっと純粋に、双首キマイラは恐ろしいと。
先に動いたのは双首キマイラの方だった。おもむろに前傾姿勢となり、背中側に搭載されている二つのヤギの首――連撃砲の照準をニグラムに決める。刹那、とても強いマズルフラッシュが生まれると共に高速の岩の弾丸がけたたましく連射された。
バラララララララララララララララ!!
「っ!?」
カサカサカサカサカサカサカサカサ!!
ニグラムは咄嗟に後ろへ走り出す。それを追うようにして連撃砲の射線が動き、ニグラムの走った軌跡を着弾箇所がなぞる。さらに岩の弾丸が空気中を貫く際に凄まじい衝撃波が併発し、地面に当たれば強烈な砂塵が宙を舞う。どこからどう見ても、ビークルや艦に乗せるレベルのガトリング砲であった。
遠くへと逃げていくニグラムと、ひたすら弾幕を張って狙い撃つ双首キマイラ。どちらが有利かは言わずもがな。やがて射線上にニグラムが入ってしまい、一発の弾丸が彼の左腕にかする。
「うぐぁっ!?」
直撃しなかったのは先制疾駆のスピードのおかげ。とはいえ、比較的紙装甲となっている身体にその一撃はこらえる。被弾と一緒に衝撃波を身に受け、辛くも吹き飛んでいった。連撃砲の射撃は通り過ぎて、辺りは土煙が立ち込めて視界が悪くなる。双首キマイラの射撃は一旦止んだ。
地面に転がったニグラムは急いで立ち上がり、この機に乗じて双首キマイラの側面へ回ろうとする。地球人ならガトリング砲レベルの一撃をもらえば問答無用でミンチになるのだが、そこはニグラム。ゴキブリ並みの生命力と、異常すぎる耐久力であった。左腕の傷は生々しいが、とっくに高速再生が始まっている。あと数秒で完治するだろう。
(いっつ……青じゃ避けきれない? なら、黒になって耐えるしか……)
患部をさすりながら、ホルダーデバイスをぱっぱと操作する。
《edoc kcalb》
すると、土煙に紛れながら黒の通常形態へ戻る。音声が流れてしまったが、迷っている暇はない。先制疾駆形態よりも遅くなったが、それでも人外染みた走力で急ぐ。だが――
「Gaoooooo!!」
土煙の奥より、突如として双首キマイラが突っ込んできた。前脚を使ったスタンプ攻撃を辛うじてかわし、横腹へと回り込む。
「うおおぉぉぉ!!」
間髪入れずに殴る。しかし、ゼノヒグマのような手応えは得られず、まるでゴムの塊を殴ったかのような感触を覚える。明らかにパンチが効いていなかった。
「やべっ――!?」
次の瞬間、連撃砲が目の前にかざされる。避ける間もなく岩の弾丸が発射され、至近距離で胸に直撃を受けたニグラムはその反動で後ろに大きく、勢い良く吹っ飛んでいく。立て続けに弾丸をもらい、空中に放物線を描く時間が長引く。
やがて百メートル以上も飛んだところで連撃砲の多段ヒットは終了する。後から押し寄せてくる弾幕は見事に空振り、ニグラムの周囲にある木々を粉微塵に撃ち砕く。大量の木片が辺りに散り、ニグラムは再び地面に転がる。
土属性の黒魔法は、エネルギー制御に難のある雷属性と肩を並べるほど難しい。そもそも、魔力で固体を生み出そうとする事自体が難儀であり、水魔法と氷魔法ならともかく、土魔法の弾丸を手のひらから発射する術は確立されていない。唯一の例外として、魔物が習得する場合だ。双首キマイラは連撃砲の弾倉を、己の魔力で代用している。その上、双首キマイラの高い技量によって魔力の燃費が非常に優れたものになっているので、短時間の戦闘における弾切れを狙うのは好ましくない。
双首キマイラは悠然とニグラムに近づいてくる。視界が自分の攻撃による余波で悪くなってもお構い無しだ。
一方のニグラムは、仰向けになりながら悩んでいた。双首キマイラの接近はわかっていても、攻略の道しるべが見えない。通常形態なら連撃砲を受けても平気だったが、生身では有効打が与えられない。先制疾駆形態も、ここまで距離を詰められれば弾幕を全て避けきれるか怪しい。
ブルーナイフや火球は試していないが、ナイフを使おうにも結局弾幕を掻い潜らなければならない。一発でも食らえば、再び吹き飛ぶ事は確実だ。火球も発射のタイミングを間違えれば、弾幕に殺されるか避けられる。ともあれ、弾幕を食らっても踏ん張れるだけの地力がない以上は、遠距離戦も接近戦も部が悪い賭けである。
(こうなれば一か八か……!)
いっそのこと被弾上等で突撃できれば安いのだが、そんな事は現状できやしない。心の中でニグラムは悪態をつくと、ホルダーデバイスを叩いて青色になろうとする。
《edoc neerg》
その時、不思議な事が起こった。ちょっとした操作ミスをしたかと思いきや、全く別の姿へと変貌を遂げたのであった。
「……え?」
先制疾駆形態になる時と異なる感覚に襲われ、近づく双首キマイラよりも優先して自分の格好を確かめる。全身は緑色の堅牢な鎧に包まれ、かといって苦しさは覚えない。身体が重くなった実感こそあれど、動作に支障はなかった。
メキシコや南アメリカには、グリーンバナナローチという緑色のゴキブリが存在する。森林に生息し、人家に出る事はなく、そのエメラルドグリーンの綺麗な色から人々に忌避される事は少ないゴキブリだ。ただし、幼虫の時は茶色である。
ゴキブリ博士が今のニグラムを見れば、「グリーンバナナローチとヨロイモグラゴキブリがフュージョンしているぞぉぉぉぉ!!」と叫ぶ事だろう。
――ニグラム、装甲堅守形態。参上――
徐々に立ち上がるニグラムは、新しい形態に驚きを隠せなかった。先ほどの無い物ねだりが影響を及ぼした事など、知る由もない。何度も手のひらを閉じて、改めて双首キマイラを見据える。
これに対して双首キマイラは、いきなり動揺し始めた。余裕綽々だった雰囲気が一転し、一気に決めようと連撃砲を使う。しかし、完全に弾幕の避けようがない距離であるにも関わらず、ニグラムは至って落ち着いていた。
(なんだ? こんな自信、どこから出てくるんだ?)
――その攻撃は、もう効かない――
今度の弾幕は、真正面から浴びてもニグラムはしかとその場に立っていた。被弾の衝撃は見事耐えきり、唸る石雨の中を一歩ずつ進んでいく。吹き飛ばされる様子はない。
まさしく被弾上等。肉を斬らせて骨を断つ。じわりじわりと接近するニグラムに双首キマイラは射撃を中断し、二回バックステップをする。ある程度の距離を取ったところで、次は一気呵成に突撃してきた。
「Guoooooooo!!」
双首キマイラほどの大きな質量の塊に高速で迫られれば、どうなるかは想像に難くない。さらに跳躍し、ニグラムを噛み砕かんと牙を剥く。
だが、その目論見は容易く破られた。ニグラムが防御にと出した左腕を噛んだのは良かったものの、堅すぎて砕けない。また、踏ん張る力がとてつもなく強化されているので、押そうが引こうがうんともすんとも言わない。ただ、間近で目を合わせるだけだった。
ふと訪れた膠着に、ニグラムは即座に腰のブルーナイフを抜く。するとナイフは瞬時に専用長剣へと生まれ変わり、相手の脳天へと振り落とす。寸でに双首キマイラが噛むのを止めて下がった事で、その一撃は獅子の片目を裂くだけに終わる。
エメラルドグリーンに輝く長剣の名は、ベリルソード。両手剣に分類される長さで、トンクラスで非常に重たい。それでも今のニグラムにとっては、片手で軽々と回せるものだった。
「Gyan!?」
「っ、逃がさねぇ!!」
ニグラムから手痛い一撃をもらい、この場から尻尾を巻いて逃げようとする双首キマイラ。近くには村があるため、ここで逃がせばどうなるかわかっていたニグラムは、絶対に仕留めておくと決めていた。手負いの猛獣ほど、恐ろしいものはない。
瞬間、バーストアンテナが展開され、ソードに真紅の魔力光が強く宿る。それは数秒も経たず紅蓮となり、ニグラムは直感でそれを遠くにいる双首キマイラに向けて振る。
紅蓮剣、デッドエンドブラスト。効果、俗に言う剣ビーム。相手は爆発四散する。
「Gyaooooooon!?」
ソードより放たれた燃えるエネルギー刃は、あっという間に双首キマイラの身体を飲み込んだ。直後に爆発し、跡形もなく四散していく。これを見届けたニグラムは、そっとバーストアンテナを収納させた。ソードに込もった魔力も失われていく。
討伐完了。まだ他にも同じ個体がいるかもしれないとニグラムは見当を付けつつ、索敵を始める。この際なので、このまま村周回りをたむろする凶暴な魔物たちの討伐をしながらリエたちと合流するつもりだった。この状況は既に他人事ではなく、少なくとも自分の大切な人たち以外の安全確保にも貢献できる。
パカラッ、パカラッ……。
そうしていると、程なくして馬を走らせる音が聞こえてきた。足音は次第に近づき、ニグラムはふと顔を動かしてみると――
「はぁっ!」
馬に乗った女騎士、アンジェラが自分目掛けて剣を一閃させる姿を見つけた。咄嗟にソードで受け流し、猛スピードで横切る彼女の後ろ姿を視界の端に捉える。
(あれは……天翔騎士団!? なんで!?)
予想だにもしない乱入者にニグラムは戸惑う。今の剣は、どう考えても自分を殺そうとしていた。
アンジェラは馬を巧みに操り、素早くニグラムへと向き合う。左肩の辺りにはコールクレインが漂い、彼女は乱暴に通信を飛ばす。
「ゴキブリの魔物を確認! 殲滅しますよ! 構いませんね!」
「いえ、俺が構います!」
「貴様には言ってない!!」
「ストオオォォォォォップ!?」
ニグラムの制止も空しく、剣を固く握り締めたアンジェラは再び馬で駆ける。両者は擦れ違い様に切り結び、アンジェラが一方的に離れていく。
それから同じ事がもう一度繰り返されようとした時、一つの人馬が割って入ってきた。正体は己の相棒に跨がるローザリーであった。右手にはローズカリバーを持ち、ニグラムとアンジェラを交互に見る。




