53話。魔物戰
突然パンプキンウィスプの群れがやって来て、俺たちも村の人たちもてんやわんやだった。いつの間にかパンプキンウィスプを出現させている上空の陣はなくなっていたが、そんなのは些細な事だ。空を飛ぶパンプキンウィスプたちは皆、降下しながら地上に向けて青い炎を発射している。アサルトライフルのように絶え間なく連射されていないのが救いだ。しかも、黒魔法の火球と比べて弾速が遅すぎる。至近距離から放たれても、見てから回避が余裕だった。
俺とリエは避難所指定されている教会を目指し、村の中を駆け抜ける。視界の端には村人がパンプキンウィスプを一蹴している光景が写るが、避難しなくても良い理由にはならない。現に、何人かの男たちに守られながら逃げている人たちを目にした。危機管理がなっていて安心する。
「Pou!!」
その時、頭上前方から一体のパンプキンウィスプが突撃してきた。ついでに青い炎も撃ってくる。それを俺はひょいとかわし、間髪入れずに右手で火球を放つ。
「erif llab【火球】!」
火球は勢い良く飛び出し、宙をまっすぐ突き進む。相対している関係上、猛スピードの火球に目玉を飛び出させたパンプキンウィスプだが、当然回避は間に合わない。火球がカボチャの霊に吸い込まれ、瞬時に対象を焼き尽くす。後に残ったのは、黒焦げになったカボチャだけであった。
カボチャが地に落ちていく様子を一瞥した俺は、構わず前を走り続ける。リエもリエで、蛇光剣の光鞭を適当に振って接近してくるパンプキンウィスプたちを次々と追い払う。こちらはあまり心配いらないようだ。
「ねぇ! ティナ、本当にどこ行っちゃったのかな! スズトとあんなにも一緒が良かったのに!」
「本当に急用なんだろうな! 逃げたんじゃなくて本当に戻ってくると思う! アレックスも何か大丈夫な気がする!」
いきなり投げられたリエの疑問を自分なりに手早く答えつつ、逃げるペースを徐々に早める。見かける村人たちは大概がとんでもない戦闘力の持ち主だったなので、襲ってくるのがパンプキンウィスプみたいな雑魚だけではない限りは護衛を必要としないだろう。
また、俺たち以外にも冒険者は多くいるようで、明らかに村人とは思えない武装をした者が黒魔法の弾丸でパンプキンウィスプを撃ち落としているのを見た。ベテランの人がいてくれるとは心強い。おかげでラタルをリュックの中に入れておく気持ちの余裕と状況の猶予があった。
窮屈な思いをさせてすまないが、ここさえ切り抜けられれば終わるからもう少しの辛抱だ。堪えてくれ、ラタル。
ペース配分なんて知った事ではない。舗装されていない林道をひたすら突き進むばかりだ。すると、頭上で遠くの何かが轟くと同時にリエが叫んだ。
「--っ!? スズト、上から落ちてくる!!」
「はあっ!?」
咄嗟に後ろを振り向けば、リエは走るのをやめて急にバックステップする。次に頭上を確かめれば、どういう訳か空から土砂が降ってきていた。大体が小粒ばかりで一過性のものに過ぎないが、ちらほらと巨大な岩が混ざっているのが見える。
そんな事をしながらも、俺はまだ走り続けていた。ただ、そのせいで土砂降りの範囲内へと突入してしまい、来た道を戻ろうにも全てが遅かった。背後すれすれにラグビーボールサイズの岩が落ちてきて、このまま直進せざるを得なくなる。
「わあああぁぁぁぁぁぁ!!」
「スズトぉ!?」
間髪入れずに石粒の豪雨が瞬間的に発生する。思わず頭を抱えた側で全身を打たれ、僅かながらに痛い目を見る。皮膚を傷つけられたりはしなかった。
ただし、ダメ押しと言わんばかりに一軒家以上の大きな岩が後ろに落ちてきた時は、全然生きた心地がしなかった。物凄い勢いで落下したせいで辺りの大地を小さく揺さぶり、激しく衝突する音を響かせる。おまけに落下時に衝撃波らしきものが生まれ、背後からの突風に俺の身体はいとも容易く持ち上がっていく。地に足つけて堪えておく余裕なんてない。そのまま俺は突風に拐われ、ふわりと林道の曲がり角の先をまっすぐ越える。
「いやあああぁぁぁぁ!?」
曲がり角を外れれば、急な斜面にお目に掛かる。こんな状態で綺麗に着地できるはずはなく、手始めに踵を接地させてみればあっさり前に転ぶ。突風に飛ばされた勢いは削げず、俺は両腕で必死に頭を守ったまま斜面を転がっていく。
やがて横這いになりながら、斜面の下の平地へと到着する。落下した時の衝撃が身体を圧迫し、不様に「うっ」と呻き声を上げてしまう。だが、大した怪我は負っていなかった。
おもむろに立ち上がり、背中のリュックを手に取りながら斜面を見上げる。ざっと十メートル……ビル四、五階建てぐらいの高さか。
「ラタル、大丈夫か?」
「……! ……! プーッ!」
「怒らせちまったな、ごめん。てか、お前鳴き声出せたんだ」
「プップッ!」
リュックの中にいるラタルは五体満足で外傷も見られなかった。メタルウサギの名に恥じない頑丈ぶりである。不機嫌な様相をしているが、こればかりは仕方ない。非があるのは俺だ。
その時、奥の茂みからガサゴソと物音が聞こえた。辺りは木々だけでなく雑草が深く生い茂っており、見晴らしはそこそこ悪い。森の隙間に夕陽が差しているのが、不気味な雰囲気を無性に出している。
何だろうか。相変わらず“虫の知らせ”が危険を訴えているので、無害な相手である事は望めない。心臓の鼓動が早まるの感じながら息を殺し、ラタルにも静かにするように手に動作だけで指示する。そうして口を閉じたラタルも、茂みの裏にいるものが何かを察しているようだった。俺と同じく警戒心を募らせる。
遂に出てきたのは、大きな赤いクマだった。目付きは鋭く、歯茎を剥き出しにして唸っている。次にゆっくり仁王立ちしてみせれば、胸の辺りにX字の白い模様を見つけた。無造作に上げる片手――正確には肉球から小さな火を灯している。……もしかしてお前、ゼノヒグマってヤツ? じゃあ、クマと遭遇してしまった時のマニュアルに則って行動しなければ。
「Gaooooooo!!」
「うおぉぉぉぉぉ!?」
ゼノヒグマは咆哮した直後、手のひらを俺たちにかざして炎の渦を放射してきた。ギリギリのところで俺は横に飛び、地面を転がっては立ち上がる。前言撤回。コイツにマニュアルなんて通用しない。
炎の渦に射線上にあったものは全て焼け落ち、自然と鎮火する。火災の心配が一切ない、非常に優れている技だ。黒魔法の一種であるのは間違いないだろう。
かわした俺たちを睨むゼノヒグマの姿はまさしく怪物。俺の知っているクマではない。猟友会の人でも倒せるかどうか不安だ。コイツが地球に解き放たれた暁には、絶対にクマ界最強の種として名前を轟かせる事になる。ただでさえ火を扱う生き物は限られているのに、炎を撃てるクマなんて現れれば学会は大混乱だ。
背を向けて逃げるものならば、その四足歩行から生み出されるパワーによって容易く肉薄され、がら空きの背中を焼き尽くされるか、爪で抉られてしまう。かといって、戦うのにナイフ一本は心許ない。黒魔法の火球も、ゼノヒグマに効果があるのか未知数だ。結局戦わざるを得ないとしても、撃退なんていう生半可な考えはダメだ。とことん普通のクマとは一線を画するのだから、討伐するぐらいの気持ちで挑まなければ。
目だけ動かして周囲を確かめるが、近くに人はいない。これなら周りを憚らずに全力戦闘ができる。ここで本気を出さないと、自分自身が命を落とす可能性を生むだけだ。
――G魔法を使うな――
ふとナサリオさんに言われた事を思い出してしまい、魔物化云々での戸惑いを一々消す羽目になる。今はそうじゃない。ここで選ぶのは、確実に生き残る道だ。ラタルをリュックごとなるべく遠くへ放り投げて、手際よく変身する。
「natravira!【変身】」
瞬く間に黒いニグラムへと生まれ変われば、ゼノヒグマの爪を振りかざす姿が目に写る。間もなくして繰り出された豪爪は、片手だけで容易く受け止められた。ゼノヒグマが加えてくるパワーをものともしない。
「ラタルは隠れてろ! おうりゃあ!」
視界の端でラタルがこちらをじっと見守っている様子を見た俺は、そう言い付けるや否やゼノヒグマの腹を殴り付ける。
※
ゼノヒグマは一方的にニグラムに殴られ続ける。体重は数トンを越えていても、ニグラムの重たい拳を受ければ一溜まりもなかった。胴に放たれる拳の威力にその巨体は面白いように後退っていく。口からは血を何度も溢し、表情を歪ませる。
しかし、ある程度殴られたところで受け身だったゼノヒグマが一転。両腕それぞれの肉球に炎をたぎらせ、そっとニグラムの頭上にかざす。二つ同時に放たれた炎の渦は至近距離でニグラムの全身を飲み込む。さりげない灼熱地獄にニグラムの姿が隠れてしまうが、当の本人は平然としていた。
灼熱地獄の中にいたまま、ニグラムはバーストアンテナを展開。固めた右拳を真紅の光を灯らせ、大きく一歩を踏み込んで炎から抜け出す。それに合わせて、ゼノヒグマのみぞおちにシェルフィストを叩き込む。
「はぁっ!!」
「Gyan!?」
胴体は貫通されなかったものの、ゼノヒグマは大きく吹き飛ばされた。すぐ後ろにあった木とぶつかり、乱雑に折るようにして巻き込んでもなお勢いは削がれない。ゴロゴロと転がり、ようやく静かに横たわる。ゼノヒグマの殺意の込もった目は依然としてニグラムに向けられていたが、やがて光を失う。
かくして、真正面からシェルフィストの直撃を受けた赤毛のヒグマは息を引き取った。ニグラムは遠目からゼノヒグマの死亡を確認し、次にラタルの方を見やる。利口にもリュックを背負っていたラタルの顔に恐怖の色はない。
バーストアンテナは自動的に収納され、ニグラムはラタルを回収しようとして――足を止める。直後、ここから離れた場所で悲鳴が上がった。
「ギャアァァァァ!? やべぇよやべぇよ!!」
「いやあぁぁぁぁ!? キモォス!!」
咄嗟に声をした方向へ振り返り、可能な限り遠くを見渡す。それでも妙な人影をいくつか見つける程度でしかなかったが、嫌な予感がどうしても拭えなかった彼は腰のベルト脇に提げられたモノを使う。
『edoc eruza』
先制疾駆形態へと変身するや否や、全速力で森の中を駆け抜ける。視界に写るもの全てを置き去りにし、助けに行く事だけを考える。誰かの助けを求める声を聞こえぬフリはしたくなかった。
そこには、三体の魔物から逃げ惑う若い男女二人がいた。二人の身なりからして、村人ではなく冒険者であるのが窺える。
そんな二人を追い掛けている魔物は皆、同じ種族であった。中型種のゼノヒグマと比べれば小さく、むしろ背丈は人と変わらない。簡素な青いドレスからはみ出す手足の肌の色は白く、氷の結晶のような美しさがある。
ただ、異様だったのは走り方と顔面。普通に腕を前に振って女走りしている個体もいれば、ブリッジしながら爆走する個体や後ろ走りをする個体もいる。加えて、顔の上から半分がはんぺんみたいな何かに覆われているおかげで、のっぺらぼうの印象しか受けない。行動の一つ一つが美しさを台無しにし、恐怖心を煽らせる。
その名もジルフロスト。雪山の奥深くに生息しているとされる、極めて危険な人型の魔物である。その容姿は獲物を油断させるためのカモフラージュに過ぎず、捕食器官である口は大きく変形させる事が可能。少なくともベテラン冒険者や騎士団が相手にするレベルだ。
「「「Kisyaaaaaaaaaa!!」」」
「「「ああぁぁぁー!?」」」
ジルフロストたちが叫び、ニグラムと男女二人が絶叫する。おまけに二人は目前に迫ってくるニグラムを見て、たちまち絶望の表情に染まった。その場で立ち止まり、観念したかのようにして互いに強く抱き合う。
ジルフロストと男女二人の距離が詰められる。抵抗を放棄した彼らは、しきりに喋る。
「あの世でも一緒だぜ! ハニー!」
「来世も一緒よ! ダーリン!」
この時、ニグラムは「見ないフリをしなくて良かった」と思った。別にリア充に対する特別な感情は抱いていないので、助ける事に抵抗はない。ここを切り抜ければ、確実に二人の命は救われるのだから。
手始めに、二人に飛び掛かろうとした一体のジルフロストに飛び蹴りをかます。蹴りはジルフロストの顔面に綺麗に決まり、遠くへ吹っ飛ばす。ついでに、意図せずに他のジルフロストへぶつける事ができた。二体は取っ組み合う形で倒れ込む。
「早く逃げて!」
「「喋ったぁぁぁ!? lacirtcele egrahcsid【放電】!」」
「あばばばばば!?」
すかさず二人に逃走を促したニグラムだが、逆に驚かれて雷属性の黒魔法を放たれる。二人の手のひらから流れる青い電撃は、近くにいたジルフロストたちも巻き込ませる。
「よし、逃げるぞハニー!」
「よくってよ、ダーリン!」
電撃で痺れて一時的に行動不能になったニグラムたちを尻目に、このカップルは逃げ去っていく。放電の威力は足止め程度しかなく、ニグラムを含めて倒された個体はいない。数秒も経てば、痺れから復活した。
ジルフロストはどれもがケロっとしている。気を取り直したニグラムはベルトの後ろからブルーナイフを抜刀。そのスピードを活かし、手近にいたジルフロストへあっという間に肉薄しては、擦れ違い様にナイフで首元を斬りつけようとする。だが――
「っ、消え――!?」
ナイフが当たろうとしたタイミングで、ジルフロストの姿が忽然と消える。それから背後に気配を感じるよりも早く、ほぼ勘でナイフを後ろに振った。案の定、いつの間にか背後にジルフロストが立っていた。他の二体のどれかではない。先ほどのヤツだ。
今度こそ命中する。そう思っていた矢先、ナイフの切っ先が届く寸前でジルフロストがまた消える。今度は、ニグラムの懐に出現していた。掴み掛かろうとするジルフロストに腹パンし、懸命にナイフを突き出す。そして、またもや消える。ふと顔を上げれば、宙にいるジルフロストを見つけた。
ジルフロストが極めて危険とされる理由は、この短距離ワープである。身近なものも含めた武器による攻撃は徹底的に短距離ワープで回避してしまう。不意討ちの狙撃すら避けてしまい、確実に倒す手段としては生身か魔法攻撃に限られる。
ニグラムの頭上に出たジルフロストはそのまま落下し、彼に抱き付く。俗に言う、だいしゅきホールドだ。
「のわあぁぁぁぁ!?」
次にジルフロストの口が醜く変形するのを垣間見たニグラムは、咄嗟に相手の身体を投げる。地面に強く叩きつけて、ナイフを握った手を顔面に向ければ――
「erif llab【火球】!」
頭部を起点とし、ゼロ距離で撃たれた火球がジルフロストを襲う。火は瞬く間に全身へ行き渡り、ジルフロストは地面の上でもがきながら悲鳴を出す。
「Kyaaaaaaaaaa!?」
そんな悲鳴もすぐに霞んでいく。とうとう骨の髄まで焼かれてしまい、原型を保たない焼死体となる。
(ナイフは避けてこれは避けない。なら……!)
足元の亡骸をニグラムは一瞥し、ある種の確信を得る。そうしてナイフを鞘に納めると、問答無用で迫り掛かってくる残りの二体と向き合う。
一方はタックルの姿勢、もう片方は口を大きく変形。知性の欠片が微塵も感じられない行動に眉をしかめつつ、じっと構える。真っ先にやって来たのは、タックルを仕掛ける個体だ。見掛けに寄らないゴキブリの如きスピードを発揮する。
それをニグラムはギリギリかつ、華麗にかわす。間髪入れずに後詰めが来るが、じわじわと威圧するばかりで動きは随分とトロい。その側頭部に回し蹴りを放ち、首をあらぬ方向へ曲がらせる。ポキリと骨が折れる音が微かに聞こえ、二体目のジルフロストは膝から地面に崩れ落ちる。絶命時に泣き叫ぶ余裕すら与えなかった。
「Kisyaaaa!!」
最後に残ったジルフロストは大慌てで反転し、ニグラムに再度突撃する。だが、気づけば彼に間合いをぴったり詰め寄られ、豊満な胸に手を当てられていた。決してセクハラ行為ではない。相手の首を掴もうとするジルフロストに先んじて、ニグラムは練り上げた魔力を手に込めた。
「erif llab【火球】」
刹那、ジルフロストの身体が完全燃焼する。今まで散々練習してきた賜物だ。
これにて戦闘は一旦終わり、ニグラムは一息つく。周囲を警戒するが、ジルフロストのような敵は見当たらない。倒した二体目をこのまま放置するのは心残りがあったので、念のため火球で燃やし尽くす。しばらくすると後ろからラタルがピョンピョンと追い付いてきたが、依然として“虫の知らせ”は止まなかった。
のんびりする事が全然許されない。そんな風にニグラムが内心で辟易すれば、近くで獣の声が鳴り響いた。
「Gaooooooooo!!」
第一印象としては恐ろしい肉食獣だと連想させる。なかなか近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、ニグラムは己の経験則に従って現地へと向かった。




