52話。アシダカ軍曹
ユピルのダンジョンより遠く離れた地、ハルワリックのダンジョン最下層。そこでは荒廃した市街地が舞台となっており、戦火に焼かれた様相を示している。屋根裏含めて五階はある住宅は窓が全損し、屋根は焼け落ち、焦げた棟が露出する。そんな感じの光景がどこまでも続いていた。
ここに棲む魔物たちは全て、小型から中型種まで。おまけに人型の種類が大半を占めていた。腕の骨が立派な剣と化している野生のスケルトンなどが、あちこちを疎らに歩き、あるいはぼんやりと立ち尽くす。時折、骨を主食するオオトカゲのクリーチャーも目にする。
市街地の奥には、ボロボロの大きな塔があった。その屋上にて、クモ怪人のアシェバは胡座を掻きながら街を見下ろしていた。とりわけ注意するのは、階層を繋げる洞窟がある付近だ。クモとは思えない先住民顔負けの驚異的な視力を以てして、一つの集団を見つける。
そこにいたのは、天翔騎士団と桜花騎士団の混成部隊だった。その中でも、馬上にいたナサリオが即座にローザリーへの変身を果たす。すると彼の跨がる馬までが、生まれ変わる勢いで純白の鎧を纏う。一見して鈍重そうだが、馬はそれほど嫌がっていない。むしろ、戦意を上げていた。
ローザリーは右手に持つローズボーガンを構え、二キロメートルは悠に離れているアシェバへ狙いを付ける。これにアシェバはニヤリと口角を上げて、おもむろに立ち上がる。
刹那、一本の光矢がアシェバの元へ飛来してくる。通常弾ではない、審問の光矢だ。
間もなくして、必殺の一撃がアシェバの眼前に迫る。直撃すれば一溜まりもない。だが、アシェバは敢えて避けずに正面から受けて立ち、両手で審問の光矢を掴んだ。
「フン!!」
両手の焼ける音がするのも僅か。高密度高威力の光矢はあっさり握り潰され、儚くも霧散していく。次にアシェバは鼻で軽く笑い、一人呟く。
「長距離射撃……利口だがつまんねぇ事するじゃねぇか」
その後、じわじわと怒りと苛立ちを募らせる。報復として自分も長距離での投石をしようと思ったが、例え実現できるだけのパワーを持っていても渇望するのは肉弾戦、血肉沸き踊るような殴り合いだった。遠くからの撃ち合いではない。
この間にも立て続けに放たれる光矢をアシェバは手刀で淡々と叩き落とす。X字で背中に折り畳まれている巨大なクモの脚四本を使うまでもない。彼にとっては実につまらない一時であった。
しかし、ようやくローザリーがこちらに向けて馬を走らせながら撃ってくると、アシェバは歓喜した。そのまま近づいてくれれば、自分の望みが叶う。強敵との真っ向からの殺し合いが果たせる。
(そうだ。それでいい。でないと俺がここまでお膳立てして、健気に待ってた意味がない)
この日までアシェバは、満足が行くまでローザリーと対戦できるのなら敵へ塩を送る行為なども辞さなかった。いくつか例を挙げるならば、撹乱目的ではない情報提供や合理的な作戦行動の破棄である。とどのつまり、各地のダンジョンで次々と冒険者の命を刈り取ったのは自分のみ、同一個体であるとばらした。
ばらす意味はもちろんある。レジェントへのささやかな嫌がらせと、徹底的にローザリーと戦う機会を作るため。相手が限定されれば、戦力の分散をせずに済む。自分のいないダンジョンをローザリーが別動隊で行動してしまう可能性をできるだけ回避できる。
一騎で突出したローザリーは、進路上に立ち塞がる骨の剣士たちをあっという間に轢き退かす。他の騎士たちのほとんどはローザリーに出遅れており、アンジェラが唯一ローザリーの後ろを馬でくっついていた。知ってか知らずか、さりげなくスリップストリーム紛いをしている。
アシェバはこれを見て、己の闘志をますます焚きつかせる。今にも全身が喜びで打ち震えそうだった。深く息を吸い、身体中に力を込める。
(ローザリーとハーフエルフの女! 桜花の奴らと比べものになんねぇ化け物騎士団!)
「天翔騎士ぃぃぃぃぃ!!」
気がつけば、アシェバの咆哮が市街地中に轟いた。同時に気迫が強まり、声のあらん限りで叫ぶアシェバの全身からは可視化された青い熱風が吹き荒れる。彼の保有している魔力が感情の高ぶりに応じて外部に溢れていた。
熱風はローズボーガンの光矢にも影響を与え、弾道が無理やりずらされる。先ほどから連射していた分は全て、アシェバの横を通り抜けていった。これを見たローザリーは直ちに射撃を中止し、即座にローズカリバーを構え直す。
もう待ちきれない。とことん焦らされたアシェバは、おもむろに塔の上から飛び降りろうとする。だが、次の瞬間――
「待った!」
「あん!?」
いつの間にか後ろを立っていたスカウトに肩を掴まれた。至高の時間を邪魔されたアシェバは思わず威圧するが、その一方でローザリーとアンジェラの足元に巨大な魔法陣が現れる。ちょうど、二人はそのど真ん中にいた。
間もなくして、魔法陣の発光がより強くなる。そしてピカッと強烈な閃光を出したかと思えば、二人の姿は跡形もなく消えていた。すかさずスカウトはアシェバを離さないまま、長距離ワープ用の水晶を使用する。
周囲の景色は瞬く間に切り替わり、次に彼らは険しい岩山の頂上へワープしていた。麓をよく見れば、ここが島である事がわかる。現在地はハルワリックから、ユビルのダンジョン第三層へと変わっていた。
「おいスカウト! てめぇ何のつもりだ!」
「レジェントの指示だ。ローザリーを孤立させた上で全力で勝ちに行く」
怒鳴りながらアシェバはスカウトに掴み掛かるが、当の本人は飄々とした風だ。彼がやっている事はレジェントの指示であると知り、不意に手を離して悪態をつく。
「はっ。またレジェントの野郎か」
「そうカッカすんな。ちゃんと機会は作る」
そうしてスカウトが見下ろす先には、パンプキンウィスプの群れの襲撃を受けている人里があった。上空に展開されている魔法陣は十分な数のパンプキンウィスプを吐き終えると、キリの良いところで消滅していく。ただし、数では上回り、曲がりなりにも制空権を取っているはずのパンプキンウィスプの方が戦況的に劣勢だった。ここでいくつか、現地の状況を抽出する。
「カボチャ狩りじゃあぁぁぁぁ!!」
「Poo!?」
「悪いカボチャは収穫しちゃおうね」
「PouPou!? Poaaaaaa!!」
上空から炎を撃ってくるパンプキンウィスプに負けじと、村の人々は抗戦していた。もちろん、戦えない女子供は優先して避難している。
黒魔法の火球や氷柱などでパンプキンウィスプを次々と撃ち落とし、のんきに地上へ降りてきた個体には鍬で瞬殺。相手をカボチャだけの亡骸へと変えては収穫していく。はっきり言って、ダンジョン村に暮らす人々はあまりにも逞しすぎた。
そんなパンプキンウィスプたちの情けない姿をスカウトと一緒に眺めるアシェバは、そっと目を逸らした。先ほどまでの気持ちはすっかり萎えてしまい、冷静になっていく。
「待て待てアシェバ。流石にパンプキンウィスプで行けるとは思ってないから。だから他の奴も用意した」
そう言ってスカウトの指差す方向には、コンパクトサイズの紫色のキューブを持ったパンプキンウィスプがチラホラといた。キューブが光ると、パンプキンウィスプの周りにバリアが瞬間的に開かれる。そして、新たな魔物を呼び出すのであった。
召喚役のチームがいるのは、村から離れた森の中。そこで次々と増援が現れては、各々に散らばっていく。召喚数の限度はあるが、現地で安全に戦力を送れる点を考えれば十分に脅威である。
呼び出された種類は三つ。炎のように真っ赤な毛並みを持ち、胸にはX状の模様があるゼノヒグマ。雪男やジャックフロストを華麗に女体化させたような人影、ジルフロスト。背中にヤギの頭を戦車砲のように二本懸架し、通常の獅子よりも体格がゴツく、四肢が屈強すぎる双首キマイラ。ゼノヒグマはともかく、残りの二種は上級者向けのダンジョンなどで見られる強力な魔物であった。
直後、スカウトたちの元に一体のキューブ持ちパンプキンウィスプがやって来た。仲間とははぐれたようで、スカウトが無言で召喚チームがいる場所へ指を指すと、大慌てで飛んでいった。ただしおっちょこちょいなのか、何故かこの場でうっかり双首キマイラを一体召喚し、酷く動転しながら岩山を降りていった。
「Pooooooooooooo!!」
次にスカウトたちは双首キマイラと対峙する。双首キマイラは「Gururu……」と唸って睨み付けるばかりで、彼らを襲おうとしない。この時、アシェバはスカウトにふと尋ねた。
「魔物の使役……レジェントと同じ事してんな? スカウトよぉ」
「ああ。違うところを言えば、お前を使役する事はムリって点だな。まぁ、レジェントすらお前の弱体化しかできないんだけども……」
「ちっ、腹立たしい。無性にイライラしてくるぜ、そういうのは」
アシェバはスカウトを恨めしく見れば、大きく舌打ちする。そして、ゆっくりと双首キマイラへと近づいていった。全身に怒りのオーラをふつふつと放出しながら。
身長が二メートルあるアシェバと比べて、双首キマイラはゾウ並みに巨大だ。手足だけを注目すれば、とてもネコ科とは思えない太さだった。持久走に長けているのが一目でわかる。本気を出せば、大型トラックなど簡単に押し潰せるだろう。
「……ぅぅうおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
瞬間、アシェバは懇親の右ストレートを双首キマイラの顔面にかました。顔面を容易く陥没し、殴った衝撃で軽々と吹き飛ばす。やがて双首キマイラは背後の岩肌に衝突し、小さな土砂崩れを発生させる。土砂に身体の半分を飲み込まれていく双首キマイラは、ピクリとも動かなかった。
そこにすかさずアシェバが向かう。ジャンプ一回で合成獣の亡骸の元へ到着し、背中の四本脚を全て展開。横に伸ばした時の幅が四メートルを超えるサブアームが、亡骸を土砂の中から引っこ抜いた。
「でぃやあああぁぁぁぁ!!」
その後、砲丸投げの要領でその場を回転し、空高く双首キマイラを放り投げる。その勢いはまさしく砲丸そのもので、もはや質量弾と化した亡骸は第三層の天井へと着弾する。それで未だにミンチになっていない双首キマイラの異様さにも負けず劣らず、鈍い破壊音を立てながら天井の一部分があっさり崩れ落ちた。双首キマイラと共に細かな破片が地上へと降り注ぐ。上空から落ちてくる石が人に当たればどうなるかなど語るまでもない。中には岩と呼べるものまで混ざっていたので、質が悪かった。
また、空中の激しい空気の流れに比較的小さな石ころは揉みくちゃにされ、降り注ぐ範囲を広げさせる。石の雨がこれっきりなのが、不幸中の幸いだろう。特に小粒がザラザラ落ちていく様は雹を彷彿させる。
これを途中まで見届けたスカウトは、満足げにアシェバへと次の話を切り出す。
「これは強烈だな~。さて、ここのどこかにワープさせたローザリーにはなし崩しにダンジョン村の防衛戦を――」
「はぁっ!」
「おい!?」
だが、スカウトの言葉を最後まで聞かず、アシェバは全力で岩山から飛び出してしまった。慌てて彼を呼び止めようとするスカウトだが、もう遅い。アシェバが完全に宙へ身を踊らせたところで、思い切り叫ばれる。
「ローザリーは自力で探す!! 指図すんなぁっ!!」
そして、アシェバの姿は麓の森林へと消えていった。相当な距離を離れたにも関わらず、彼の声は終始岩山へと届いていた。
かくして、一人残されたスカウトは存分に頭を抱えた。何度も麓の方を確認してみるが、アシェバが見つかる訳でもない。しばらくはその場を歩き回りながら、得心の行った様子を示す。
「よし、俺は何も知らなかった。そうしよう。ローザリー倒せば何でもいいんだし」
「何がいいのかしらぁ?」
その時、スカウトの背後で声がした。彼が咄嗟に振り向いてみれば、そこにはティナが悠然と佇んでいた。彼女が慎ましく笑顔を向けるのに対し、スカウトの表情から色がたちまち消えていく。いわゆる真顔だ。




