51話。第三層。ダンジョン村
「森へお帰り! 森へお帰り! 帰れぇ!」
「……! ……!」
「すっかりスズトになついちゃってるね。ウフフ!」
あの後、メタルウサギを森に帰そうとするも、なつかれてダメだった。隣ではリエが思い切り笑っているが、俺としてはちっとも笑えない。なつかれる嬉しさと鬱陶しさで複雑な気持ちだ。どんなに怒鳴ってもメタルウサギは一切ビビらず、逃げようともしない。
その上、つぶらな瞳で俺に何の言葉もなく「一緒に連れてって」と請いでくるものだから、辛酸を舐める思いで渋々となし崩し的に頷くしかなかった。俺が何も言わなくても、メタルウサギは勝手に俺の肩の上に乗る。変身の副作用で身体能力が上がっているため、乗ってきたのが金属の塊だとしても軽いと感じる程度だった。こうしている間にも、メタルウサギはリエとティナに順々と頭を撫でられる。
ここが日本なら、鳥獣保護法違反で罰金刑に課せられる事だろう。もしかしたら魔物保護法なんてものがあるかもしれないので、早い内にどうにかしたい。どうしよう。
そんなこんなで、俺たちはようやく第三層へと到着した。階層同士を繋げる直通の洞窟を抜けて、ワープ現象に関与している濃密な真っ白い霧が晴れる。
そこには、のんびりとした雰囲気の村があった。洞窟の近くには村の出入口であるゲートが存在し、おまけに周りが塀で囲まれている。今まで訪れた層とは違って、人々の往来があった。
「じゃーん! ダンジョン村に到着だわ! ここの層って島なんだけどね、ここ以外にも漁村とかあるの。すっごいのどかで平和で、危ない魔物がいないんだから」
「ダンジョンに……村……?」
途端に入るリエの解説に、俺は思わず絶句する。仮にも魔物の生息圏であるダンジョンの中に村を作るとか、一体どういう神経をしているのだろうか。一から作るとなると、とんでもない労力が必要となるのに。
「それとね、ここが中継地点にもなってるの。ここには地上と往復できる洞窟が別のところにあるわ。もちろん、地上の検問所からでも行けるよ? 私たちが通ってきたのと別の入り口で」
「へ、へぇー……」
俺はまだ唖然とするばかりだ。ワープ現象は恐らくダンジョン側の機能で魔法を応用しているのだろうけど、普通に考えればここまでのアーコロジー空間は地球にとって目の鱗である。どんな科学者も羨ましくなるに違いない。
空は青く、白い雲が漂い、茜色となった太陽が徐々に降りていく。草木は生い茂り、空気は綺麗で、田舎の良さがひしひしと伝わってくる。
「じゃあ兄貴。俺は納品所まで行ってチャンピオン牛を納めてくるので、せっかくだからリエさんとティナさんの三人で暇潰しててください。あっ、ついでに宿も取ってくれるとありがたいッス」
「ん? ちょっと待て。納品所? 宿?」
「納品所は地上直通の洞窟の前。宿は村の中。ここ、スゴいでしょ?」
さも当然のように喋るアレックスに俺が待ったを出せば、すかさずリエが補足してくれる。俺は何度も相槌を打ち、独りでに納得をする。確かにダンジョン内でそこまで施設を整えていれば、まさしく強烈の一言だ。
「それじゃ行って来まーす!」
そう言ってアレックスは、みるみる内に遠くまで走っていった。チャンピオン牛を乗せた、ロープで引っ張っているポーターズを苦にせずに。
すると、ティナがこっそり俺と手を繋いできた。ウフフと上品に笑いながら、俺に話し掛ける。
「鈴斗、いきましょう? 魔物がいないならのんびりできるわねぇ」
「ストップ。その前にメタルウサギをどうにかしないと。一緒に連れてくなら、野生だと間違えられないように首輪つけておかないと」
そう言ってリエが横から割り込んでくる。俺とティナが手繋ぎしているのに僅かな間だけ目くじらを立てたような気がしたが、すぐに平静になる。
「ん、それはわかるけど……犬や猫はともかくウサギに首輪?」
首輪が必要と言われても、対象がウサギとなるとイメージが湧かない。他に例えるのなら、飼い鳥に首輪をつけろと言われるようなものだ。
「魔物を飼うとかするならそういう決まりなの。無断で飼うと怒られちゃうから手続きが必要よ。えっと、場所なら……あっち!」
こうして、俺とティナはリエの先導に従う事になった。メタルウサギが曲がりなりにも魔物であれば、確かに彼女の言い分はもっともなので、特に反論もなく素直についていく。
次にやって来たのは、村から少し外れたところにある会館みたいな場所だった。見晴らしが良く、遠くに海辺が見えた。さらに振り返ってみれば、島の中心辺りだろうか。ここからずっと離れた場所に、高くそびえ立つ岩山が一つあった。東京タワーやエッフェル塔を彷彿させる。
しばらく進むと、雰囲気的には昔ながらの駅の券売所と似ている受付所を見つける。我先にとリエが駆け付け、中にいるであろう事務員に声を掛ける。
「すみませーん!」
「はーい」
快く応えてくれたのは、長い耳をした女性――紛れもなくエルフの人だった。こんなところでお初にお目にかかるなんて、思いも寄らなかった。
「スズト、早く早く! すみません、連れの方にメタルウサギがなついて離れなくなったんですけど……」
リエに急き立てられた俺は、事務員の前に現れるや否や黙って一礼する。続けてティナとメタルウサギも軽くお辞儀をした。
「あらー、そうなんですか。一応聞きますけど、処分はしないので?」
「い、いえ! 殺すなんてとんでもない!」
事務員にいきなりリセットの効かない話を振られたので、俺は大慌てで否定する。何度も首を横に振り、メタルウサギに至っては両手で頭を抱えて、プルプルと震えている。そんなに怖がるんじゃない。
相手が魔物なら人間はおろか、エルフですら残酷になれるのだと恐々と実感する。自然を愛するイメージが強いが、自分たちを害する相手まで愛を分けるほどお人好しではないのかもしれない。
「では、魔物飼育の申請ですね? 正式な手続きは市街地での役所となるので現状は仮申請となりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、構いません」
「かしこまりました。では、こちらの書類にサインと指印をお願いします」
それから事務員の言われる通りに書類にペンを走らせ、朱肉で自分のサインの横に指印を押す。書類の内容は魔物が出した場合の被害の責任に関するもので、これは予想できていたので流し読みで終わらせる。
これが済むと、今度はメタルウサギのサイズに合った青色の首輪を渡される。あとはこれを着けるだけで手続き完了なのだが――
「……ちょっと待ってください。一度、そちらのウサギさんに何か指示を出してくれないでしょうか?」
「え? えっと、わかりました」
突然の事に俺は少したじたじになりながらも、メタルウサギに命令を試みる。受付前の幅が狭い机の上にちょこんと座らせてから――
「お座り」
「……。……」
「お手」
「……。……!」
「待て」
「……! ……!」
「敵は全て下郎の構え」
「……!!」
なんという事だろうか。最初の三つはともかく、最後の明らかに日本のサブカルチャーに触れていないと通用しない言葉の意味まで、寸分違わずやってくれたぞ。拳法の構えをしたメタルウサギは、片足立ちを懸命に堪えている。俺が「よし」と言葉を送ると、次は楽な姿勢になって休息を取り始めた。
「わっ。さらっとスゴい事してる……」
「うん? ちょっと違和感があるようなぁ……」
その横で感心を示すリエと、首を傾げるティナ。違和感とは? メタルウサギが一発で俺の命令通りに動いた事なら、かなり利口な点で確かに違和感とも呼べよう。
「これは……ゴーレム化してますね」
「「ゴーレム化?」」
「いえ、私も詳しい事は存じ上げないのですが……」
聞き慣れない単語に俺とリエがついつい尋ね返したが、事務員の人は両手を前に出して口をすぼめる。
その一方でティナが、代わりにという雰囲気で解説を始めた。
「この子が死骸だった時に鈴斗が触れたら光ったでしょう? ゴーレムは魔法生命体。無機物系統なら時々発生するのよ。天文的な確率だけどぉ」
ほえー、なるほど。要するに不思議な事が起こった訳だな。奇跡とも呼べる出来事に俺は噛み締めるようにして頷く。今日はそろそろ感覚が麻痺しているから、その程度ではもう騒がないぞ。
「じゃあ、この子がゴーレム化したのはとっても運が良いって事だよね!?」
「そうねぇ。とりあえず祝っておけばいいぐらいかしらぁ?」
「だってさ、スズト! やったわね!」
「お、おう」
「……!」
ただし、リエは例外。元々が不思議な事に対して興味を強く持つ子なので、子どものようにおおはしゃぎだ。それに合わせてメタルウサギも、俺の指示がなくとも嬉しさを表すように踊りを始める。揃いも揃ってなんだか可愛いな。
さて、なんやかんやでメタルウサギに首輪をつければ、俺たちは受付所を後にした。俺の腕の中にはメタルウサギが抱えられている。よくよく見れば、こいつは間違いなく金属の身体をしているのに質感はまさしくプラスチックだ。特殊なコーティング剤でも使われているのだろうか、元は野生な癖して。もうペットロボットにしか思えなくなる。
気が向くままにメタルウサギの頭を撫でる。メタルウサギはすっかり目を細めて、心地好さそうにしていた。その傍らで、リエが話し掛けてくる。
「ねぇねぇ。結局は森に帰さないの?」
「うん。ゴーレム化してるなら、帰れって言った時点で命令通りにしてるだろうし。コイツ、なんなんだろうね?」
ゴーレムは基本的に術者と共にあり、活動源は術者の魔力との事。そのため、森に帰らずに俺にべったりなのは見当がつく。結果的には蘇った訳だが、本当にこれで良かったのかと未だに迷っている。コイツは俺無しではもはや生きていけないのだから。
そう考えると、ある意味悪い事をしてしまった。メタルウサギの気持ちは知らないが、これでは自称神みたいに命を手のひらの上で好き勝手に転がしているようなものだ。とは言え、不本意ながらもせっかく助けた命を摘むような真似も心苦しい。これはもう、きっちりと責任を取るしかないな。
「鈴斗。その子に名前を付けてみない?」
「あっ、そうだよ! それがいい!」
そんなティナの提案にリエが同意する。名前か……まぁ、呼ぶ分にはわざわざ不自由のままにしておく必要はない。それに、より愛着も湧く。
「名前……そうだなぁ……ジョン・スミス」
「この子、女の子よぉ?」
「マジで? んじゃぁ……花子」
「スズト。適当に付けるのは可哀想だわ」
「あーわかったわかった。真面目に考える。……ビートル、スタッグ、スパイダー、ローカスト、ディアー、ジェミニ――」
「「こら」」
瞬間、二人に一旦止められる。悪ふざけをしているのがバレてしまったようだ。仕方ない。今度こそしっかり考えよう。
メタルウサギを和訳すると……鋼鉄兎? 兎は他にも『卯』の字が当てられる。ここから卯月などと連想できるが、もう少し捻りたい。
鋼鉄と言えば戦車。戦車と言えばタンク。兎と戦車。ラビット……タンク……はい、一から考え直し。面倒だな、アナグラムで考えるか。
「……よし。ラタル。ラタルで決定」
「え? なんでラタル?」
「アルファベットに直して文字を適当に並び替えた。以上」
「へぇー」
一度は疑問を挟むリエだが、俺がそう言うと独りでに納得する。アルファベットや日本語については、以前からもちょくちょく教えていたりする。
その時、俺の隣を歩くティナが不意に足を止めた。触角のような二本のアホ毛が何かを察知し、遠くの岩山の方へ視線をやる。リエも彼女の変化に気づき、俺と一緒に様子を窺う。
「……ごめんなさい、鈴斗、リエ。急な用事ができたわ。すぐに戻るからぁ」
「あっ、おい!」
そして、俺の咄嗟の制止も空しく、ティナは忽然とその場から姿を消すのだった。直後、俺はたちまち背筋がぞっとするような感覚に襲われる。これは怪人察知の時と似ているが、ゲジゲジ怪人のように少し違う。
嘘だろ? こんないきなりかよ。どこだ。どこから来るんだ?
そう思っていた矢先、突如として上空に大量の魔法陣が浮かび上がる。間違いない。この嫌な感覚の元凶はこれらだ。
展開された魔法陣から程なくして、何かが出現してくる。それら総じて衣装を纏っていたが、四肢が炎で形成されているのが不思議だった。その上、空中に身を投げ出されているにも関わらず、まるで鳥のように降下していく。決して自由落下ではない。
また、そいつらの奇っ怪な顔に俺は何度も目を瞬きさせる。まるで季節外れのハロウィンを迎える気分だ。ついつい叫びたくなる。
「……かぼちゃだぁぁぁ!?」
「パンプキンウィスプだよ!」
「「「「「「Pooo!!」」」」」」
リエが名前を教えてくれると同時に、パンプキンウィスプの軍団は雄叫びを上げる。間もなくして、このおかしな連中によるダンジョン村襲撃が始まった。




