50話。いざ、チャンピオン牛狩り
第二層へ続く洞窟近くのセーフティエリアで昼食のサンドイッチを食べた後、俺たちは再び足を進めた。くぐった洞窟は第一層を訪れた時と大差なく、霧に飲み込まれた先で第二層へと招かれた。
「はい、第二層! ここからゼノヒグマとか、ちょくちょく危ないのが出るから気をつけてね!」
「よし、クマが出るんだな? じゃあ鈴鳴らさないと……」
元気よくガイドをおこなうリエに、俺は少し現実逃避しつつも耳を傾ける。ゼノとはなんだと疑問に抱くのを我慢し、クマ避けの鈴を持っていなかったと認識するや否や現実に意識を戻らせる。
クマと遭遇した時は相手と目を離さず、自分の身体を大きく見せて威嚇しないとな。野生動物は自分より大きい奴とは基本戦わずに逃げるはずだから、例え異世界でも通用する手である事を祈る。
それでも襲われてしまう場合は、鼻を攻撃して追い返すなりするしかない。走力ではまず敵わないので、迎撃なんて最後の手段だ。
そんな風に自問自答を繰り返す俺にリエはきょとんとした表情になる。僅かに首を傾げるが、次の瞬間にはゼノヒグマの解説を続けようとした。
「ゼノヒグマっていうのはねぇ……」
「ごめん。説明要らない」
「えぇー? でも、少しは知っておかないと会った時が大変だよ?」
「いや、ヒグマは知ってるんだ。だから平気。猟友会の人たちでも倒せるやつなら」
「じゃあ、問題。ゼノヒグマの両腕から何が出るでしょうか?」
両腕? ロケットパンチかな?
突拍子もなく出された奇妙な問題に、俺は思わず頭をひねる。ロケットパンチはあり得ないと断言できないのが辛いところだ。しかし、常識外れな発想をするのがどうしても手こずり、答えが導き出せない。
「正確には手のひらねぇ。そこから炎――」
「あっ! ダメだよ教えちゃあ!」
すると、横からティナが俺に助け船を出してくれた。生憎、途中でリエに遮られてしまったが、炎という単語だけでゼノヒグマが何をするのか、簡単に連想できる。
「……そうか。ここのクマは、肉球から炎が撃てるんだな。勉強になった……」
一気に魔物の生態系の神秘の密度が跳ね上がり、自然と目線が遠くなってしまう。物理法則もあったものではない。
ようやく答えを出した俺に、リエは戸惑いながらも「せ、せいかーい!」と律儀に反応する。問題が無効にならないだけ、本当に優しい。
「兄貴、ゼノヒグマってのはこんなッス。胸にばつの字の模様があるのが特徴ッスね」
「冗談なしに絵が上手いな」
「それほどでもないッス」
また、気がつけばアレックスが木の枝をペン代わりにして、地面にクマの絵を描いていた。だいぶデフォルメされているが、特徴はしっかり掴めている方だと思う。二足歩行なのか。
「で、お話のチャンピオン牛ってここにいるんでしょ? 俺、初見だから他の牛と見分ける自信ないぞ」
第二層に訪れて初のセーフティエリアを抜け出す直後、俺は皆にそう言う。情報があっても細かくは把握できてないので目利きの自信は微妙だ。ここは素直に申告する。
「大丈夫。一発でコイツだ! って思えるくらいの姿をしてるから!」
「噂をすればなんとやらねぇ。あそこにいるわぁ」
リエ、ティナの順で俺に答える。そして、ティナの発言と彼女の指差す方向に残りの俺たち三人の視線が一斉に動く。
やや背の低い草むらを掻き分けたその先。そこに、ボディビルダーと見間違えるほどに肉体を鍛え上げている一体の異形が仁王立ちしていた。瞼を閉じ、その場でじっと佇む。腰にはチャンピオンベルトらしきものを巻いていた。チャンピオンってそういう事か。
「一つ確認していい? あれ、チャンピオン牛なんだよね? ミノタウロスとかじゃなくて」
「うん。でもミノタウロスとかよく知ってるね。それは架空の生物だからいないけど」
しつこく質問を投げる俺に、まったく顔をしかめさせずにニコニコと楽しそうに回答するリエ。緊張感があるのかどうかは微妙である。ついでに豆知識も知れた。
直後、開眼したチャンピオン牛がいきなりこちらに顔を向ける。俺たちは草むらの中に隠れるように観察をしていたのだが、それでも発見されてしまった節がある。
「げっ!? 気付かれたッス!」
小声でアレックスが驚きを見せる。刹那、高らかに咆哮を上げたチャンピオン牛は両手を地に着けて、四足歩行で俺たちに高速突進を仕掛けてきた。
「Bumoooooo!!」
「ちゃんと走るんだな……」
そう呟きながら俺は、他の三人と同じように素早く横へと飛んでいく。それから間髪入れずにチャンピオン牛が、俺たちがいた場所を瞬く間にスルー。急ブレーキを掛けて、今度は二足歩行で俺たちに振り返った。
その間にも俺とアレックスが前に出て、リエとティナはそれぞれ左右へと展開する。ナイフを取り出しながら俺は、隣で剣を抜いているアレックスに尋ねる。
「遠慮なく倒すのか!?」
「はい! 原型が残れば構いません!」
「erif llab【火球】!」
早速確認が取れたので、俺は問答無用で火魔法をチャンピオン牛に放つ。しかし――
「Buma!!」
「バカじゃねーの!?」
チャンピオン牛の右ストレートに吸い込まれるように発射された火球は、あっさりと打ち消されてしまった。アイツの右拳には火傷がどこにも見当たらない。とんでもなく規格外である拳に俺は思わず突っ込んでしまった。
チャンピオン牛は胸の筋肉を数回ピクピク動かし、狙いを俺に決める。ファイティングポーズを取り、二足で走り出した。
この巨体にこの加速力。体当たりであっても食らえば大ダメージは確実。ここは回避が絶対だ。背中のリュックが少し邪魔だが、気合いで横にステップする。
直後、チャンピオン牛のラリアットが空振った。大きな隙と長い硬直時間が生まれ、すかさずアレックスがチャンピオン牛の足元を走り抜ける。擦れ違い様に両手剣で太ももの外側を切りつけた。
加えて、光鞭を振るうリエがチャンピオン牛に攻撃する。光鞭は顔辺りを重点的に狙い、そこに相手の防御を集中させる。チャンピオン牛は足を傷つけられたために満足な回避行動を取れず、すっかり受け身の姿勢になる。
さらに、遠くからティナがチャンピオン牛に手のひらから電撃を継続的に放った。電流を浴びまくるチャンピオン牛が身体をビクンビクンと震えさせ、その場に立ち止まる。
あれは間違いなく黒魔法雷属性。敵と味方に識別がはっきりついているのなら、俺があの状態のチャンピオン牛にナイフを刺しても食らう電流のダメージは比較的少ないはず。
一方、アレックスは躊躇する暇も見せず、チャンピオン牛の背中へと斬りかかる。ティナを信じた俺は彼に合わせて、奴の胸目掛けてナイフを突き出す。
結果、ナイフから伝わってきた電流は静電気のように軽かっただけだった。気がつくとチャンピオン牛は息絶え、俺がさっさとナイフを抜いて離れた直後には地面へと崩れ落ちる。何はともあれ、戦闘終了だった。
ナイフを突き立てた生の感触はまだ手に残っている。すんなりと肉を貫いていく感じは、これで三度目だろうか。遺体が紫水晶でしかない怪人たちとは一味違う。命を奪ったという実感が、確かにあった。もう、目の前にある死骸を無下に扱う訳にはいかない。
武器を納めると、アレックスが何やら宙に大きな水玉を作り出している。本でしか読んでいないが、それは黒魔法水属性だろうか? 日常生活では一番良く使われる系統だが、魔力の扱い方が下手だと燃費が悪くなるやつだ。
「アレックス、何してんの?」
「血抜きッス」
そうしてアレックスは片手間で両手剣を操り、チャンピオン牛の首の辺りを軽く斬る。次に首元と水玉を接させると、血がドバドバと水玉に入り込んできた。次第にチャンピオン牛は干からびて、この間にリエが展開させたポーターズの上に乗せる。ロープで固定させた上で。
二人の手際の良さに、俺とティナは感心しながら眺める。出番などはなく、あっという間に作業が終わった。アレックスが怪力でもあるおかげで、チャンピオン牛は軽々とポーターズへ運ばれた。真っ赤に染まった水玉は地面に打ち捨てられ、消えていく。
「アレックス。やっぱり俺、兄貴呼ばわりされる程のヤツじゃないや」
「え? そんな事ありませんよー。やだなぁ。ナイフ一本でダンジョン挑んでる時点でカッコいいッス!」
「……そう」
そんな風に気後れしていた俺だが、変わらない彼の認識に些細な事がどうでも良くなる。カッコいいと言われて気分が悪くなるものではない。
そういう訳で、目標のチャンピオン牛を討伐した俺たちはそのまま第三層へと向かう。道中でチャンピオン牛の身体がいきなりメタボリックシンドロームを発症していたが、リエが言うには――
「ううん、平気! 倒したチャンピオン牛はこうなるの。美味しさの秘訣なんだから」
「助けて、ティナ。死後硬直が消えてなくなってる。解剖学が破綻してる」
「いい、鈴斗? 逆に考えるのよぉ。お腹のお肉を引っ込めて見栄張ってたって」
「おい、アレックス! 無理あるよな!? 腹引っ込めただけでマッチョになるの無理だよなぁ!?」
「ごめんなさい、兄貴! これが真実っす!」
「生物学ぅぅぅ!!」
俺は必死に生物学の名を叫ぶ。何だか、遠い空の向こうで地球上の学問の化身が優しく微笑んでくれたような気がした。あれは菅原道真なのだろうか。人の良い顔をしている。
かくして、チャンピオン牛の討伐は成功した。後はこのまま第三層まで突き進み、今回の依頼を終わらせるだけだ。ポーターズの牽引はアレックス一人で事足りており、スムーズに運んでいく。
そんな時だった。皆で他愛ない雑談をしていると、アレックスがカミングアウトしてきたのは。
「え? 人間とドワーフのハーフ?」
「はい。親父がドワーフで、お袋が人間ッス」
突然の事に俺は耳を疑うばかりだ。ハーフエルフならいざ知らず、まさかドワーフのハーフがいるなんて。創作物でもほとんど馴染みがないから、実に衝撃的だった。
これを聞いたリエは何かピンと来たようで、すかさず声を上げる。
「あっ! それじゃあ、アレックスが力持ちなのも納得ね! こんなにあっさり重たいチャンピオン牛を運んでるの、お父さんぐらいしか見た事ないもの。あと、友達だと知ってるのはキャロぐらいかなぁ? キャロ、ダークエルフのクォーターだって」
「へー、結構グローバルなんだな。……ドワーフって力持ちなの?」
「ええ、そうよぉ」
アレックスとリエを尻目に、俺は小声でティナにこっそり尋ねる。この世界における種族についてはリエを通して知っているが、細かい事までは手に届いていないのだ。文字の勉強や、G魔法を調べるのを優先にしていたせいだ。
この世界には、だいたい四つの種族が存在している。人間――敢えて格好良くするのならば、ヒューマン――、エルフ、ダークエルフ、ドワーフだ。イメージは漫画に登場するものとほぼ変わらない。エルフなら魔法に長け、ドワーフは鍛冶や工芸が得意。そしてダークエルフは少しずれるかもしれないが、魔法はエルフには数歩劣るものの肉弾戦などはずば抜けて優秀だ。これ以上の詳しい事は知らない。
エルフ族はまだだが、ドワーフらしき小人の鍛冶師はリエと一緒に自分の武器をメンテナンスしてもらう際に会った事はある。先週にティナが帰っていった間の出来事だ。丹念に長く、お洒落に伸ばした髭が印象に残っている。
すると、道端で何かが横たわっているのを目にした。それはウサギのように小さく、全身がメタリックな何かで出来ていた。無防備な背中には、無色透明の小さなマナクォーツがはめ込まれてある。まるでジャンクと化したペット型ロボットのようだ。
「……なんだ、コイツ」
「えーと、メタルウサギの死骸……かな? 動かないね」
俺のふと漏らした言葉に呼応するようにして、リエが喋る。メタルウサギと呼ばれたものを俺たちは眺めるだけで、ある程度の距離を保っていた。
「背中に露出してるのってマナクォーツだよな?」
「そうだけど、無色透明だから取っても意味ないよ」
「そう、なんだ……」
そうして俺たちは路傍のメタルウサギの横を通り抜けようとする。目標とは関係ない獲物であるためか、他の三人たちはまさしく無関心を貫く。心なしか、空気が少し重たい。
メタルウサギよ。お前の事は何も知らないが、きっと飢えとか寿命とかで亡くなってしまったのだろう。残念ながら、お前を生き返らせる手段なんてものは持ち合わせていない。リエたちはこういった事に慣れているからこんな対応をしているのだと思うけど、まだ死生観が現代日本のままの俺でも、可哀想だと思う他には冥福を祈る事しかできない。供養や埋葬をしようにも時間が掛かるし、周りに魔物がうじゃうじゃいるので危険だ。わざわざやりたくない。
そうだ。これが自然だ。これが弱肉強食の世界なのだ。自然の掟に従うのなら、無視が正しいのかもしれない。徹底的に己たちにとって都合を良くされた人間社会とは異なるのだから。
しかし、こうもスルーしてしまうのは何だか気が引けた。多分、俺も異世界転生した直後はこうなってもおかしくなかったからだと思う。
「鈴斗?」
後ろからティナに呼ばれる。気がつくと俺は、メタルウサギの亡骸の元へと駆け寄っていた。
「コイツって、何か素材で使えるの?」
「いえ。肉も食べられる部分は少ないし、金属は利用できても買い叩かれるのが関の山ッス。メタルウサギよりも優れた素材が他にもたくさんあるんで」
「それじゃあ……無視にも寝覚めが悪いから……」
アレックスからそう言われるや否や、俺はそっとメタルウサギを抱える。その身体はダンベルのようにずっしりとしていた。
それから背中のマナクォーツを取ろうと、素手で何度も試みる。だが、道具なしではこのピッタリとはめ込まれている水晶を取るのは至難の技だった。
「ちっ。じゃあナイフで……」
次にナイフを手に持ち、切っ先を水晶と装甲の狭間にあてがう。いつの間にか俺の周りにリエたちが集まって来ていて、この作業を横からじっと見守る。視線は気にせず、目の前の事に集中しろ。
その時、不思議な事が起こった。外している最中のマナクォーツが光を放ちながら忽然と姿を消したかと思いきや、代わりに黒曜石みたいなパネルが綺麗に埋め込まれていたのだった。俺はいきなりの閃光に目を閉じてしまい、あてがっていたナイフをうっかり遠ざける。横にいる三人も、俺と似たような反応だ。
そして、再び目を開いた先にいたのは、きょとんとした様子で俺をじっと見つめているメタルウサギの姿だった。メタルウサギは俺を凝視していると、やがて肩の上へとジャンプ。四肢で防護ジャケットを掴んでは、のんきに座り込む。
これを受けて、俺は静かにリエたちの顔を見やった。リエは驚愕の表情をし、ティナは手のひらで口元を隠し、アレックスはムンクの叫びみたいになっている。
「……い、生き返っちゃった……」
「「……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
俺が事実確認として戸惑いながら声を発するのも束の間、リエとアレックスは盛大に驚いた。




