48話。スケルトンとは(哲学)
林の中の一本道を真っ直ぐ進んだ先で、やたらと開けた空間が待ち構える。テントをたくさん設置できるだけの広さがあり、焚き火をしたような跡が幾つかポツンと残っていた。他にも目に写るものは、木製の掲示板や石像といった僅かな人工物だけだ。
石像の方は、近づいてみると街の教会前で見たウンディーネの像とほぼ同じだった。ダンジョンでこれが存在している理由の不明瞭さに、俺はついつい疑問を口にする。
「ウンディーネの像? なんで?」
「セーフティエリアだよ。魔除けの結界を張ってるの。一つの階層に二つあるんだ」
「元からここにあるヤツ?」
「ううん。一番最初に訪れた冒険者たちが拠点作りに持ってきたんだって。あっちの掲示板には地図があるよ」
リエの丁寧な回答に続けて、彼女の言われた通りに掲示板の前へと歩いていく。そこには一枚の地図が大きくバンと張られていた。
描かれているのはいくらか省略ないしは簡潔化された内容だ。絵と地図記号、少しの文字で構成されている。流石に衛星写真並みに精緻さはなかったが、それでも十分に読み取れる。
地図の妙な詳しさから判断する限り、思っていたよりも開拓や調査が進んでいるようだ。俺のような初心者にはありがたい。
「とりあえず全部回るは難しいから、ここからこう……」
そう言ってリエは地図上における俺たちの現在位置に指を置き、なぞりながらルートを築いていく。
森、草原、丘。彼女の指がそこらへんに差し掛かったところに、アレックスから不意に指摘が入る。
「リエさん、どこ通ろうとしてるんすか。そっちの道、崖しかないッスよ」
「うん。下るんだよ」
あっけらかんと宣言したリエに、俺たち三人はずっこける。崖下りとか正気の沙汰じゃない。
なので、俺はリエが提案するルートを問答無用で蹴る。
「却下。もっと普通の」
「ええ~。高いところからの景色も見れて一石二鳥なのに……」
ぶーぶーと不貞腐れるリエ。崖下りも組んだルートはどう考えてもリエ向きのものだ。まず一般的なルートになり得ない。
「私もあまり大変な道は勘弁だわぁ。汗かくの苦手だしぃ」
間髪入れずにティナが反対を示してきて、リエはもろくも「うーん」と頭を抱え出す。この認識のズレは今に始まった事ではない。
それから少し話し合った結果、無難なルートを沿う事に決まった。警戒心を緩めず、森の中に出来上がっている道を通っていく。獣道にしては広いので、普段は人が通う道で間違いないだろう。
改めて周囲を見渡してみると、見かけは日本でもあるような普通の森だ。道を外れたすぐ側には、無造作に生えている大量の草木が待っている。草の背の高さは膝下辺りだ。
意外と植生が常識的で、一発で化け物だと断定できるような生物が見当たらない。そう思っていた矢先、木の枝の上に止まっている奇妙な生物を見つける。
サイズはハンドボールほどのそれの容姿は、モルモットにとても似ていた。ただ、モルモットにしては異様に身体が丸く、毛並みにフサフサ感がない。モチモチとしてそうだった。
進んで道案内をしてくれているリエに尋ねてみる。
「あれは?」
「マルモット。モチモチしてる丸いネズミだよ」
マルモット。よし、わかった。まだ許容範囲内だ。何も驚く事はない。
その後、マルモットは木に接地しながらコロコロと転がり落ちていき、草むらの影へと消えていく。今のが毛並みのおかげだとすれば、とんでもない吸着力だ。
もちろん、珍妙な生き物との遭遇はこれだけではなかった。しばらく歩いていると、トテテと地面を移動していく緋色の小鳥を見つける。色さえ目を瞑れば小鳥はスズメにそっくりだった。やがて小鳥はピョンと羽ばたき、木の枝の上に飛び移る。
「変な鳥がいる」
「緋色スズメ。羽根が魔法の杖の材料になるわ。鳴き声がスッゴい変なの!」
そんなリエの説明に俺は「へぇー」と相槌を打つ。まだ頭のネジが飛んでいない常識レベルの生物なので、緋色スズメの存在には素直に驚ける。あれは地球のどこを探しても同じ種はいないだろう。
だがその瞬間、緋色スズメは俺の耳を疑うような鳴き声を発してきた。
「ゼロ! ゼロ! オシエテクレ! ゼロ! ゼロ! オシエテクレナイ、ナニモ!」
緋色スズメの傍を通り抜ける最中、俺はさっきの鳴き声の主をじろっと見ずにはいられなかった。インコではなくスズメであるにも関わらず、不満足ながらもいきなり人語を繰り出したせいで目が離せない。
俺たちが過ぎ去った後も、後ろで緋色スズメは鳴き続けた。リエたちは気にしてなさそうだが、俺は妙に耳障りで仕方がない。相手が鳴き止むまで我慢しよう。
これぐらい、まだ何ともない。過去にもビームを出すヒマワリ怪人やトレントルーパーといった化け物たちと出会ったんだ。あれ程度で一々衝撃を受けたり、愕然としたりしてどうする。
しかし、現実は非情だった。次の瞬間には、せっかくの意志と精神的な自己防衛ラインを容易く打ち砕くであろう事実を突きつけてくる。慈悲はなかった。
目の前を横断するのは、三本の苗木たち。手足を完璧に生やしているそれらは、一番背が高い苗木を先頭に一列でトコトコ歩く。ぬいぐるみの如きつぶらな両目のおかげで愛嬌も出ており、まるで親子のようだ。また、頭部にはブドウをふっさりとたくさん生やしている。
おかしいな。トレントルーパーで耐性ができていたと思っていたのに、いざ別種と会ってみれば何も考えられなくなる。目の水晶体に異常をきたしたのではないかと疑いを持つほどに信じられなくなる。言葉が出ない。
「……」
「ブドウファミリア」
リエはあの苗木たちの種族名をはっきり告げる。俺は静かに両耳を手で塞ぎ、ブドウファミリアから一心不乱に視線を逸らす。
全ては己の精神状態を安定させるため。容赦なく破壊されていく常識を少しでも投げ捨てずに済ませるため。今までの常識が灰塵に帰していくなんて、それは俺にとっては故郷との僅かな繋がりであるために許されない行為で……行為で……う、うわああああぁぁぁぁぁ!!
「スズト? どうしたの? どこか具合悪い?」
気がつけば、リエが俺に心配を掛けてきてくれる。俯いてずっと黙っているのを怪しんだようだ。俺は慌てて返事をする。
「……っ、何でもない。大丈夫、まだ堪えられる。こんなの全然序の口だから。てか、一々驚いたらキリがないから。チクショウ、ちょっとやそっとじゃ驚かないって決めたのに……!」
「鈴斗にとって未知の存在すぎたみたいねぇ。彼の故郷に魔物なんていなかったから」
俺が一人で動揺している横で、ティナが補足をしてくれる。いつもなら一方的に知られているのは少し不気味に感じるのだが、この瞬間だけは彼女の助けはありがたかった。舌足らずになっているから。
すると、それを聞いたアレックスが「へ? 魔物がいない?」と声を漏らす。ここにいる面子で彼だけが日本の事を一辺たりとも知らないので無理もない。
「うん。やっぱりおかしい?」
「いえ、全然。魔物がいないってのは羨ましいような、寂しいような……想像つかないッスね」
「日本はいいぞ。治安がめちゃくちゃいい。旅が安全にできるし、乗り物は移動が速いし、遺跡とか城とか見てるだけでも面白い」
「ニホンなんて国、聞いた事ないッス。スッゴい遠くから来たんすね?」
「うん、まぁ……曲がりなりに」
途中で言葉が止まりそうになるのを堪えきって、何とか最後まで言い切る。日本に行ってみたいなんて頼まれても叶えられそうにないから、言葉の選びには気をつけないと。
「よし、大丈夫なら早く先に行こう? 私が見せたい場所はもうすぐだから!」
俺の調子が問題ないとわかるや否や、リエは再び先導を始める。そのはしゃぎっぷりは実に微笑ましかった。
ブドウファミリアはとっくに横断しきったのか、既に姿を消している。非常識な存在をひたすら拒絶するのは悪い癖だ。ゆっくりでもいいから直しておこう。地球の学者が見れば絶句する代物だとしても。
そのまま歩いて数分。水の流れる音が聞こえてくると思いきや、とうとう森を抜け出す。
「はい、ここ! 」
そうしてリエが指し示す方向には、いくつもの段差が連なっている大きな川があった。向こう岸までの道には、風化したボロボロの岩が橋のように架けられている。天然の石橋は一本だけでなく、あちこちと入り組んでいる迷路と化していた。
段差から流れ落ちる川の水はさながら滝で、何本もの虹を橋の上に築く。滝の側にある石橋に至っては、常に至近距離で水飛沫が舞っているせいか虹のトンネルが完成されている。
ここまで大量の虹が出来上がるなんて、どんな条件だ。快晴であるのも要因の一つだろうが、そもそも群れを成している虹をお目に掛かった事なんて一度もない。異様と感動の一言に尽きる。
こうやって自然が織り成す景色を見る機会なんて、日本に居た頃では修学旅行や学校行事ぐらいしかなかった。海外旅行なんてした事もない。
人の手が入っていない石橋が総じて、川の中に立っているゴツい岩柱で支えられているのが不思議なくらいだ。どうして崩れない。どうすれば自然の成り行きでこんな景観が生まれる。まともな感性を漂わせる幻想的風景に、俺はようやく対面した。
リエは両腕を横に伸ばし、我先にと石橋の上を駆けていく。時折ステップも混ぜながら虹のアーチを潜り抜けて、笑顔で振り返っては俺に感想を聞いてくる。
「ねぇねぇ、どうかな! すごいでしょ!」
「ああ! こんなの初めてだ!」
俺も続けて石橋を渡ってみれば、至近距離での虹は不意に見えなくなる。それでも他の虹に囲まれる状況が出来上がる訳だから、心が踊りそうになる。普通に暮らしていては滅多に体験できやしないぞ、これ。
その際にティナがさらりと恋人繋ぎしてくるが、俺はもう気には留めない。いつもの事だから。
アレックスの方へ一瞬だけ顔を向けると、彼はどうぞどうぞと恭しく数歩離れる。ティナに対する懸命な判断なのか、それともお節介なのか。
石橋は途中で坂があったりと安全性がまったく配慮されていないが、三人が怖じ気つく事はなかった。リエはトントン拍子で進み、俺はティナが石橋から落ちないようにしっかりと握り返す。
ここは例えるなら、ジェットコースターやお化け屋敷みたいな怖さ半分、面白さ半分の場所だ。上から流れてくる水で冷えされた風が気持ちいい。
それを堪能しているのも束の間、下り坂を降りきったところでリエが虹を見ながら疑問を挙げてくる。
「不思議だよね! 近づいたら見えなくなっちゃうし、何でなんだろう?」
「光の屈折でなんたら……いや、野暮だから聞くな。忘れて!」
「え、なになに?」
「だから聞くなって!」
興味を示してきたリエに、俺は首を横に振りながら必死に拒否する。光の屈折自体が伝わっても、細かいところまでは理解されない気がするからだ。水やガラス越しならともかく、大気中に散った水分が云々など伝わりにくい。
それと、理解の知識は基礎しかないので深い部分までの説明はできない。プリズムとかの単語は知っていても、すんなりと意味を口に出せない時点で結果はお察しだ。
また、いきなり科学的に物事を測り始めて雰囲気をぶっ壊すのも何だか気が引ける。ここはスルーしておこう。
「そうねぇ。せっかく素敵な場所なのに理詰めで考えてもつまらなくなっちゃうし、楽しみましょう? これは私も初めて見るわぁ」
なんやかんやでティナも俺に同調する。同じ立ち位置で感動を共有できる人がいるのは嬉しいものだ。
この景色を写真に納めたいなぁ……。しかし、そんなものはないので目に焼き写すしか手立てがない。記憶に残すしかないなんて、いつか色褪せそうだ。だからこそ、リエは何度も冒険に行きたがるのだろうけど。
とうとう向こう岸へと到達する。名残惜しい気分だが、まだまだリエの見せたい場所が待ち構えているので悠長にはしていられない。後ろ髪を引かれる思いで、次の場所へと目指す。
その時だった。川の上流から何かが駆け降りてきたのは。
「「Hyahhaaaaa!!」」
「「Foooooooo!!」」
奇妙な掛け声を発しつつ、段差を飛んだソイツラは盛大に着水する。
数は両手では数えきれないほど。身長は一メートルぐらいで、姿は立派な人骨と呼んでも支障がない。筋肉がどこにもないのに骨同士がくっついているのが謎だ。
またソイツラは総じて、骨化した大型犬の背を跨がっている。犬、ヒトそれぞれの頭蓋骨の眼窟は、まるでロボットのモノアイのように緑色に輝いていた。
なんだ、こいつら。骨なのに喋って、めっちゃ動いて、中にはモヒカンのガイコツもいる。ミイラならまだ希望があったのに、物理法則が軒並み息をしなくなった。スケルトンにしても、やけにアウトローな荒くれ者たちのオーラが溢れている。これじゃあ、まるでただの――
「ワイルドスケルトン!」
「……野生の骨って何だぁ!?」
リエの紹介に俺はすかさずツッコム。とにかく、このヘンテコなガイコツたちに対して今の心情を叫ばざるにはいられなかった。
こいつら、一から骨として生命を受けているの? 骨のお母さんがお腹を痛めて骨の子どもを生んだの? 生命の在り方をちゃんと辿って繁殖してるの? そもそも、ガイコツが生きるって生物学的にどうなんだ? 誰か、教えてくれ。
魔物図鑑その十一、ヒマワリ怪人。
日輪の力を借りて必殺のビームが特技。巨大ヒマワリへ擬態する事により、魔物反応が感知されなくなる。赤外線センサーも誤魔化せる。
弱点は炎。打撃に強く、斬撃にすこぶる弱い。




