46話。武器や防具は装備しなければ意味がない
現在のダンジョン探索はソロ規制の他にも、見習い冒険者による探索を厳しく制限している。この制限をパスするためには、見習いランク一人につき一般ランク一人が付き添わなければならない。よって、自然とパーティー編成が求められる。
その問題はリエとアレックスの二人が一般クラスを保持していたので解消される事となる。これで筒がなく俺とティナはダンジョンに行ける訳だ。俺が見習いランクであるのにアレックスが驚いたのはここだけの話。ほっといてくれ。
しかし、流石にダンジョンとなると何の防具もなしに挑戦はできない。工事現場でいう安全第一のヘルメットと同じほど、防具の存在は重要性が高い。その点ではリエたちにとっても常識的だったようで、曲がりなりにでも防具を整える必要が出た。
防具面ではアレックスが一人既に装着完了しているので、俺が防具探しをする一方で彼は移動用の馬車を確保しに行った。その際にキャロとアニタも手伝いに向かったので、馬車探しに人手不足に陥る事なんてほぼ起こり得ないだろう。
そんなこんなで、俺とリエ、ティナの三人はアローズに一度戻っていた。リエはそそくさと自室に飛び込み、自分の装備を整えつつある。ティナもリエと一緒になって、己の支度を進めている。
そして肝心の俺はと言うと――
「えぇっと、これでもなくて……」
「すみません、イリスさん。やっぱり自分の金で用意してきます」
「気は遣わなくて良いのよ? 着る機会のないのを眠らせる訳にはいかないし、防具の代わりなら余りがあるし」
「そ、そうですか……」
そうしてイリスさんはクローゼットの中を漁り直す。俺は今、イリスさんの部屋の前で佇んでいた。扉は開かれていて、彼女の部屋の内装が目に入る。
だが、よそから放たれる嫌な気配が絶えなかったので、部屋の直視だけはしないでおく。試しに視線を横にぐいっとずらすと、廊下の角の裏から俺をじっと見つめるベクターさんの姿を見つけてしまった。無性にサバイバルホラーゲームをしているかのような気分に襲われて、少し怖い。
また、俺とベクターさんの間にはガーゴイルたちがグルグルと宙を飛んで哨戒している。イリスさんの操る小さな石のゴーレムたちだ。片手には剣を装備している。これだけの個体数の精密操作にもかなりの難易度があるはずなのに、それを片手間に別の作業も並行させるなんて相変わらず凄まじいの一言だ。
魔法の上手さを測る基準として燃費と威力の改善の他にも、全力で放った黒魔法を味方に誤射させた際に与えるダメージをどれだけ低くできるかというものがあるらしい。
元々、相手を味方だと認識していれば、黒魔法を誤射しても受けるダメージは本来よりも減少するとの事。それでも誤射しないに限るが、理想としてはダメージゼロが望ましい。もちろん、成すには相当な鍛練が要される。
イリスさんの場合だと、魔法の技量はどれぐらいの高さなのだろうか? 現代地球の方も、ロボットに複雑な命令をこなさせるには優れた技術と潤沢な資金、それなりの材料・器材が必要になる。開発も製作も一筋縄ではいかず、とにかく素人が軽い気持ちで手を出せる分野ではないのは確実だ。
最低でも、リエより魔法が上手いのは確実だろう。そこまで考えていると、タンスの中から一着の服を取り出したイリスさんが扉の前までやって来た。
「あったわ! これ、どうかしら?」
「ジャケット、ですか?」
イリスさんが俺の前に差し出したのは、緑色のジャケットだった。表側にポケットは見当たらず、背中や胸には魔法陣を象ったような白い刺繍がある。
とりあえず触れてみれば、手触りは学生服やスーツといった絹を用いられていたモノと少し違う気がする。合成繊維とかけ離れているが、さながら戦闘服といった感じだ。
「色んな魔物とか植物とかの素材を集めて作った防護服。仕組みは装備魔法と似てるって言えばわかるかしら? そこいらの魔物の爪や牙、魔法ならケロリと耐えられるの」
「え? それって結構値が張るんじゃ……」
「いいの、いいの。私には小さくなっちゃったから。売ろうにも愛着があったから……うん、手放すにはちょうど良い機会かしらね? はい、どうぞ」
「えっと、ありがとうございます……」
せっかくの親切を断るのも失礼なので、惑いながらもイリスさんから防護ジャケットを受け取る。さっきの説明を聞いたせいで、それなりに高価な代物だと認識してしまった以上は絶対に粗末に扱えない。ジャケットを持つ手はプルプルと震えていた。
すると、俺の手の震えを見かねたイリスさんは、やや訝し気な様子で尋ねてくる。
「……あ。やっぱり男の子らしいのが良かった?」
「いや、大丈夫です。タダより安い物はないので」
「そう思ってくれると嬉しいわ。それと他の防具は……」
「それなら間に合ってます。カバンとかマントとか、旅に必要なものは随分前から買い揃えてます」
「じゃあ、後はリエたちを待つだけね。ダンジョン行くなら日帰りは街の門限に間に合うか微妙だから……向こうで一泊する事になるかしらね?」
「やっぱりですか?」
「ええ。でも、ダンジョンと言っても結構簡単に……これは行ってからのお楽しみにとっておきましょうか? リエがガンガン教えてくれると思うから」
「はぁ……」
ダンジョンに対する僅かな不安から、ついつい生返事をしてしまう。生憎と俺はリエのように、ダンジョンを楽しく訪れるなんて真似はできないだろう。あくまでも小遣い稼ぎのためだ。
それから俺はもう一度イリスさんにお礼を告げて、部屋の前から立ち去る。すると服の裾をイリスさんに掴まれ、彼女は一言だけ喋った。
「待った。ユピルのダンジョンなら危険はあまり少ないと思うけど、もしもの事があったらリエを頼むわね、スズト君? 」
「わかりました」
俺は何の躊躇いもなく了承し、今度こそイリスさんの部屋から立ち去る。そして案の定、途中でベクターさんの通せんぼを食らう。
ふと顔を見上げれば、ベクターさんの厳つい表情が否応なしに目に写る。与えてくる圧迫感はいつもと変わらず息苦しかった。
しかし、これにすっかり慣れてしまっている俺がいる。ベクターさんの威圧に負けず、頑張って彼に話し掛ける。
「ベクターさん、怖いです」
「リエを冒険好きな娘に育ててしまったのは俺の責任だ。だが俺は謝らない。小僧、リエに少しでも手を出してみろ。その時、恐怖という名の絶望が貴様を飲み込むだろう……。さらにイリスからの譲りものに何らかの下心を抱いた暁には、貴様にはヒトとしての権利の一つすら与えられず、この世からいられなくなるだろう……」
この瞬間、ベクターさんの姿がマッドサイエンティストの如き邪悪なものに見えてしまう。その上、顎を上げて見下すようにしているから、ボスとしての圧倒的な雰囲気は尚更だ。
「そんなに嫌なら止めればいいじゃないですか」
「バカ野郎。無理にそんな事をすれば嫌われるだろう。それに、戦い方やサバイバルで生半可な教えはしていない」
「……そうですか」
そうやって意見してみれば、ベクターさんは途端に真顔となる。ここまで来ると、ツッコム気概が尽く消え失せる。呆れるしかなかった。
ある意味で諸悪の根源だよ、この人。魔法の技量がずば抜けているイリスさんとか、難しめなアクティビティを軽々こなすリエとか産み出しているのだから。
警告以外には特に言いたい事はないようなので、次に俺は「失礼します」と告げてベクターさんの隣をすり抜けた。さっさと廊下を抜けて自分の借りている部屋に行き、必要な支度を済ませる。
カバンは背中に背負う大きなタイプだ。中身は既にぎっしりと入っている。常時これを背負うといざという時の戦闘が怖いが、それは致し方ない。正面からの戦闘は徹底的に回避しよう。
服は異世界に合わせたものの上に、防護ジャケットを羽織る。俺が最初に着ていた私服たちはタンスの中でお留守番だ。ただし、靴は今まで通りのスニーカーで決める。こればかりは履き慣れたもので最後まで貫きたいから。
ジャケットの着心地は悪くない。それどころか高校の制服を思い出し、懐かしく感じる。制服と違って刺繍が多く、少し装飾が過ぎているのがこそばゆい。ボタンはきっちり止めておく。
ジャケットの香り? 爽やかな匂いであるが、深くは考えないでおく。てか考えたくない。ベクターさんの警告があるので。
服装を整えて、最後にカバンを背負って準備を完了させる。腰のベルトにナイフを提げてあるの何度も確認し、とうとう部屋を出る。すると――
「鈴斗ぉ、お待たせぇ♪」
やたらと機嫌の良いティナが現れた。服装もゴスロリからガラリと変わっている。一見するとワンピースとローブが合体しているようだが、服飾の知識は皆無なので詳しい事はわからない。
「……ドレス? ローブ?」
「どうかしらぁ? いつものとは違うのにしたけれど」
そう言ってティナは俺に向けて真っ直ぐニコニコと笑顔を飛ばす。俺を見つめる翡翠の瞳は、彼女が何かを待ち望んでいる気がしてくる。
互いに見つめあって数秒。突然だんまりとなったティナを見ていて、俺はようやく思い至った。
「……あっ、似合ってるよ」
「もうっ。でもいいわぁ」
一瞬だけ不満げな表情になったティナだが、次の瞬間には再び微笑んで俺と腕組みをしてくる。対して俺は後ろへ一気に下がるものの、素早く追い縋ってくるティナに敢えなく捕まってしまう。
俺と腕組みできて幸せそうなティナ。自分のペースでトコトコ移動できなくなるのは地味に辛いが、無理に逃げようにも百害あって一利なしの気がするので為されるがままにされておく。
こうしている間にも、リエもやがて俺たちの前に現れる。彼女の格好は以前にも目にしたワンピースとレギンス、腰のポーチに加えて、ノースリーブのレザーメイルを身に付けている。その上には、俺のとは色違いである青いジャケットを羽織っていた。
その次に気になる点は、今のリエの顔。ギラギラとした目付きに、頬を限界まで膨らませている。どこからどう見てもご機嫌斜めだ。
「風船かよ。何があったの?」
「私が勝ったのぉ。スタイルで」
「あぁ、そう……」
俺の質問にティナが代わりに答える。この話題にはもう触れないでおこう。ついでに俺の腕に当たっているティナの柔らかい感触も意識しないでおこう。
だが、リエの視線が俺に注目すると間髪入れずに不機嫌な様子が一転し、緑のジャケットに指差ししながら聞いていくる。切り替えが早い。
「……あれ? それってお姉ちゃんのヤツ?」
「うん。タダより安い物はないかなってありがたくもらった。けちれるならとことんけちる」
「へぇー。懐かしいなぁ、そのジャケット。見るのは三年ぶり?」
「三年……意外と眠りすぎなんだな」
イリスさんもこれを使っていた時期があるらしい事から、彼女もリエと同じように過去には街の外へ出掛けていたのだろうか。ガーゴイルたちと一緒に。
「これ、結構な数の魔物が素材になっているのかしらぁ? リエと色違いだし、高そうなのをよく持ってるわよねぇ」
「うん。昔にお父さんとお姉ちゃんの三人でダンジョンに行った時があって、その時に素材をたくさん取ったの」
少々ジト目になりながら呟くティナに、笑ってそう言うリエ。わだかまりが消えてなくなるのが本当に早い。
ダンジョンに行くのをまるでピクニック扱い。今更ながらこの家族、どこかおかしいな。いや、異世界がおかしいのか。




