45話。ダンジョン行きの予定
あれから一週間が経過した。帰りの馬車に爆弾が仕掛けられていたり、どこかの暗殺者が襲ってきたりなんて事は起こらず、無事に帰れた。
何の話をしたのかとリエたちに聞かれた時はうやむやにして誤魔化したが、リエには何となくバレているような気がする。それほど深く追及されなかったけど。
しかし、ナサリオさんから脅迫染みた提案をされた以上は、今後の事も考えると一刻も早く一人立ちしなければならない。せめて百万ぐらいの貯蓄があってから行動に移したかったけど、隠し立てしているG魔法絡みで迷惑なんて掛けていられない。
ニグラムに変身さえしなければナサリオさんは特に何も言わないとの事だが、念には念を。刺客を送りつけて俺に変身せざるを得ない状況に追い込んで、それから抹殺の大義名分を得るマッチポンプとかをしてくるかもしれない。
うん。散々ドラマやニュースとかで警察や官僚などの組織の汚れた部分や腐敗っぷりを目にしているから、ナサリオさんに心置きなく信用が置けないのが悲しい。良い人には間違いないと思うが、楽観的に物事を考えられないせいだ。もしもの未来が怖い。
そういう訳で、この一週間は休みを挟む事もなく、仕事や冒険者ギルドでの小遣い稼ぎに費やした。部屋探しは流石にアパートやマンションなんてものは存在していないので簡単には行かなかったが、目をつむればそこら辺の一軒家の一室などと意外に見つかるものだった。
ちなみに、家賃が劇的に安くなっている事故物件探しをリエに止められたのはここだけの話。幽霊が出てもニグラムに変身できるから平気だと言っても許されなかった。
そんなこんなで、今日も冒険者ギルドに赴く。薬草集めや草むしりはそろそろ飽きてきたこの頃。魔物の討伐依頼は面倒なので受けていない。
また、リエは当然の如く俺にくっついてきた。ここまで来ると過保護としか言い様がなくなるが、どちらかというとティナを警戒している感じだった。彼女、何の前触れもなくやって来るから。
どうか、俺を使った人間綱引きが起こりませんように。
そんな風に身の安全を心の中で祈りつつ、一先ず依頼の書かれたチラシが大量に張られている掲示板へ向かう。その途中でリエはキャロとアニタの二人に捕まり、俺一人で掲示板とにらめっこする事になった。
「ねぇ、リエ。またスズトくんと一緒にいるね?」
「何か警戒してるみたいだけど……もしかしてあの時の子を探してるの?」
「えっ!? い、いや、そんな事はないわよ?」
「「すごい動揺してる」」
ヒソヒソと会話している彼女たちを後ろに置き、上から下へとチラシの内容を流し読みする。目ぼしいものというよりも、大半が一般クラスの冒険者が受諾できるものだった。見習いランク用もあるが、日雇いのバイトや迷子の猫探しなど、街の中で完結してしまうものばかりだ。
やはり、街の外で活動する依頼は受付に行かないと見つからない。そう思って掲示板から離れようとした矢先、どこからともなくアレックスが駆けつけてきた。存分に顔を綻ばせている。
ちくしょう。少し覚悟はしていたけど、できる事なら会いたくなかった。
「兄貴! お久しぶりッス! 俺、最近まで西の地方へ遠出していたんすけど、いやー、長旅だったな! 海が綺麗だったッス!」
「あっ、そうなの。元気そうでなりより。道理で長らく会わなかった訳で……」
喜びながら近況の報告を済ませるアレックスに、俺は苦笑しながら適当に相槌を打つ。案の定、兄貴と呼ばれてしまった。むず痒い。
それはともかく、海って良いよね。日本の砂浜は暗いけど、沖縄や海外の南国のだと明るくて気分が快方的になる。個人的に恐れていた、異世界には海がない展開が覆って本当に良かったと思う。
「それはそうと兄貴……今、お暇ッスか?」
「うん。だから小遣い稼ぎに来てるとこ」
「じゃあ、俺とパーティー組んでくれませんか!? チャンピオン牛を狩りたいんすけど、肝心な場所がダンジョンなので! ソロ規制が解けてないんで!」
「待て。チャンピオン牛を狩るって何? 酪農家が懸命に育ててる奴を狩るって聞こえたんだけど」
野生ならともかく、家畜であるならば狩るなんて真似はできない。絞める権利はその道の人がちゃんと持っているはずだから、常識的に考えて不可能だ。
しかし、その事を指摘するとアレックスはきょとんとした表情になって、俺に一つ聞いてきた。
「え? 兄貴、チャンピオン牛を知らないんすか?」
「知ってる。あらゆる牛肉の中でダントツに美味しいヤツ」
「なーんだ、知ってるじゃないッスかー。とぼけちゃってー」
ハハハと呑気に笑うアレックス。この時点と俺と彼の間にチャンピオン牛に対する認識の齟齬があるのは、火を見るより明らかだった。
「……まぁいいか。てか、場所がダンジョンって言ってなかった? 俺、行きたくないんだけど。他の人じゃダメなの?」
異世界のチャンピオン牛が俺の既知の外側――略してキチガイ――にあるのは薄々感づいていたからスルーする。
俺の素直な発言にアレックスは嫌な顔一つせず、それどころか怒濤の勢いで口をどんどん動かしていく。素早く入ってくる情報の一字一句を聞き逃さないよう、俺はしっかり耳を傾ける。
「予定が噛み合いませんでした。ルカは武器を直しに知り合いの鍛冶屋まで飛んで、ミーシャは二日酔いでダウンしてて、ケイは実家に戻ってて……あ、三人とも俺の知り合いッス。普段はみんなソロ専で、パーティー組むのは臨時の間に合わせとかでちょくちょくなんすけど。とにかく、当てになる人が身近にいないんです! 助けてください兄貴!」
「やだ。仮に頷いても残りの二人はどうするの?」
「暇な同業者を探します。行き当たりばったりッス!」
「アテも計画性もないのかよ」
「はい!」
尻目もなくはっきり返事をするアレックスに、俺は危うくずっこけそうになる。俺の辛辣気味なツッコミが全然効いていないようだった。
「あらあらぁ? 二人して何の話をしてるのかしらぁ、鈴斗ぉ?」
「うぉっ!?」
その時、背後から耳元に艶かしい口調をした女性の声が聞こえてきた。後ろから誰かが近づいてきた気配もなく、まさしく幽霊のようにふっと現れたかのようだったので短く叫び声を上げてしまう。
これにはアレックスも驚いたようで、叫ぶのを我慢しつつも肩を大きく跳ね上げさせる。そして、俺とほぼ同時に声の主がいる方向へと振り向いた。
移動していく視界の端から、その姿が徐々に入ってくる。茶髪のセミロングに、虫の触角のような細い二本のアホ毛。彼女はもしかして――
「なんだ、ティナか。びっくりした……」
見知った相手だった事に軽く胸を撫で下ろす。そこには、半袖の黒いゴスロリ服を身に纏ったティナがいた。
服は黒を基調に白いラインがところどころで刻まれ、スカートはあまりふわふわとしていない。以前に見た服装よりずっと動きやすそうで、いつものように手袋も着けている。
「兄貴。どちら様ッスか? もしかして……これとか?」
その傍らで、アレックスがゆっくりと小指を立ててくる。
指サインは海外によって意味がコロコロ変わる。例えばグッドと示すものが、一転して侮辱の意味と化したりなど。
ただし、今のアレックスの表情とこの指サインを見る限り、少なくとも意味は日本と変わらないような気がしてきた。すなわち、小指立ては彼女・恋人の意味を表している。
よし。とりあえず返答代わりに、その小指を第一関節の限界までちょっとずつ曲げてやろう。兄貴呼ばわりされる憂さ晴らしをほんの少しだけ混ぜて、片手でそっと押し倒す。
「アダダッ、すんません!? からかってすんません!」
そう言いながらアレックスは小指をばっと引っ込める。小指立ての意味は俺の予想通りだったようだ。
ティナの方を見ると、俺が無言で否定したのが気に触ったのか、少し膨れっ面だった。敢えて何も言うまい。とっととアレックスに紹介を済ませよう。
「彼女はティナ。ティナ・ブラッタファード……名字合ってる?」
「えぇ。よろしくねぇ」
「あ、はい。こちらこそ。アレックスです」
柔らかく微笑みながら答えるティナに対し、アレックスは丁寧にお辞儀をする。そうしてティナは、真っ先に話を切り出してきた。
「ところで鈴斗、ダンジョンに行くのぉ? だったら私も仲間に入れてくれないかしらぁ?」
「へ? 良いんすか?」
「よくってよ」
面食らった様子で尋ねるアレックスに、ティナは快く首を縦に振る。トントン拍子でダンジョン行きが決まりつつあり、俺は咄嗟に水を差そうとするが――
「勝手に話進めるなよ。俺は行かない――」
「ダンジョン? ダンジョン行くの? 皆で!?」
まるで俺の発言を妨げるかのようにして、途端にリエが乱入してきた。ダンジョン行きが左右しているせいか、やたらと興奮している。
リエの突然の来訪でもアレックスはむしろ歓迎し、興奮が冷めていない彼女に口を開く。
「はい。リエさんもお久しぶりッス。良かったらリエさんも……」
「行く! 場所は?」
「ユピルのダンジョンッス」
「やった!」
瞬間、その場でリエはピョンピョンと跳ねる。ショートカットの赤髪が忙しなく揺れて、顔も喜びの色に覆われていた。
その直後に跳ねるのを中止して、ふいっと後ろに振り返る。彼女の視線の先にはキャロとアニタがいた。きっと二人もダンジョン行きを誘っているに違いない、目で語りながら。
しかし、そんなリエの誘いを二人は意外にも断る。
「えーと、私はちょっと遠慮するかなー。お邪魔しちゃうのもあれだしー」
「いってらっしゃい」
雰囲気に似合わずにおずおずと遠慮するキャロに、小さく手を振って短く告げるアニタ。リエは「えぇー!?」と叫んで愕然とするが、俺としては何か別の意図も含められているような気がしてならなかった。
その上、だんだんと外堀を埋められている気もする。このまま弱く出ていると、なし崩しに俺もダンジョン行きに同行せざるを得なくなる。せめて声だけは大きくして断固拒否しておかないと。
小遣い稼ぎでわざわざ命賭ける必要はないんだよ。どうして自ら魔物が住む地帯にノコノコと行かないといけない? 俺の装備は依然としてナイフ一本なんだぞ。
――超余裕! 防具無しの鈴斗が、ナイフ一本でダンジョン攻略!――
……いけない。柄にもなくとんでもないワードを思い浮かんでしまった。一秒でも早く忘れておこう。冒険者稼業に身も心も毒される。
すると、アニタが何かを察したかのようにしてボソリと呟く。小声だとしても、気づけば上がっている俺の聴力をもってすれば聞き取るのは容易い。
「チャンピオン牛。値段は確か……綺麗に倒せば一体で五十万から百万は下らないはず」
「前言撤回! 俺も行く!」
結果、抵抗する甲斐空しく俺は金額に釣られてしまった。
魔物図鑑その九、フルツロス。
見た目はバカでかいポメラニアン。首の両側に実が生えている。水と太陽光、養分のある土があれば最低限生きていられる。
得意な黒魔法は水属性の長距離放水だが、燃費が悪いのであまり使わない。戦闘時は、そのもふもふな毛並みが頑強な装甲へと早変わりする。




