40話。フルツロスの実
朝起きたら、隣でティナがスヤスヤ寝ていたからびっくりした。関係にターボを掛けるどころか時間を吹き飛ばして結果だけが残ったような、とにかく一線を越えてしまったかという考えも刹那に巡ってきて、その勢いで心臓が止まるかと思った。
しかし、特に肌着が乱れている様子とかなかったので、単に添い寝をしていただけのようだった。ベッドに潜り込んできたにしては意外と素直な結果で驚いたのは、ここだけの話。
そんなこんなで、朝食、支度その他諸々を済ませると早速冒険者ギルドへ向かった。そして例の如く、リエとティナの二人がもれなく付いてきた。今日は簡単なものでもいいからギルドの依頼をこなしたいと告げたら、彼女たちは同行を願い出たのだ。
既に一般冒険者まで昇級しているリエはともかく、ティナにまでホイホイ来られるのはあまり気乗りではなかった。ティナの怪力は骨身に染みたが、少しでも危ない目に遇わせたくない。服装も藍色のゴスロリ服で、ブーツはともかく他が運動に適していない。
ただ、依頼を確認してみない事には何の話も始まらないので、とりあえずティナの同行は許した。
また、リエの親切心によりナイフを一本貸してもらえた。腰に巻いたベルトの後ろに提げる仕様だ。
個人的に欲を言うと、リーチの長い物が良かった。しかし、リエ曰く「街の近くならナイフ一本と少しの魔法で大体イケるよ。楽勝楽勝」との事。
――ナイフ一本あれば良い――
何と言う響きだろうか。いや、リエからナイフの使い方を教わっていたせいでもあるんだけど。チクショウ、縛りプレイは性に合わないのに惹かれるじゃないか。
防具に関しては、そこまで用意する余裕がないので保留だ。依頼によっては必要ないとリエから聞いているので、装備面の充実はしばらく放置させてもらう。
ちなみに今日のリエの格好は、裾が膝までの青い長袖ワンピースに黒のレギンス、革のブーツとグローブだ。腰のベルトには蛇光剣の他に、ポーチが備え付けられている。
さて、そうこうしている内に冒険者ギルドへ到着した。玄関を通り、依頼受理ができる受付席の方へ真っ直ぐ進む。そこには短いながらも行列ができていたので、番が回るまで少し時間を要した。
そそくさと列の後ろに付いてしばらく待っていると、ようやく前の人が用事を済ませて立ち去った。数歩進み、テーブルを挟んで受付嬢へと話し掛ける。
「すみません、依頼を受けたいのですが」
「はい。では、登録証の方をご確認させていただきます」
「わかりました」
受付嬢に言われるがまま、懐から登録証を取り出す。
「私もお願いします。パーティーです」
「かしこまりました」
リエも自分の登録証を出しながら会話に割って入り、受付嬢に承諾される。そうして二人分の登録証は一時的に受付嬢に預けられて、後に返却される。
それと共に、何やらチラシの束が添えられてきた。紙の質は上等ではなく、再生紙のような粗さが感じられた。
「お待たせしました。お二人様に開示できるご依頼は、こちらになります」
登録証を各々受け取り、それからチラシの内容を確認する。俺がチラシの束を捲っては内容を流し読みしている一方、隣ではリエが覗き込んでいた。
チラシに記された依頼は魔物討伐の他にも、工事現場の作業員募集、飲食店のバイト、水路掃除、迷子になった飼い猫の捜索などがある。
うん、失業しても職に困る事はなさそうだな。だけど、今の俺がやりたいのは片手間でこなせる仕事なんだ。日雇い系でも内職でもアルバイト系でもない。なんかこう……猫の捜索以外はないのか?
「あ、フルツロスの実を四個だって! これいいんじゃないかしら?」
すると、リエが咄嗟に一枚のチラシを指し示した。彼女の手が伸びてきて、すかさず俺に内容を見せてくる。
依頼内容、フルツロスの実を四個収穫。フルツロスの近場の生息地は、ルズベリーの街周辺の草原・森林一帯。期限は三日以内。成功報酬は四千リム。
つまり、果物を取ってくれば日本円換算で四千円稼げると言う訳か。二時間以内で依頼を完了すれば、小遣い稼ぎとしては中々見合ったものになりそうだ。ただし、単なる果物狩りで話が終わるという条件付きで。
「名前がケルベロスみたいな語感で怖いんだけど」
真っ先に抱いた感想を素直に白状した瞬間、リエが目を丸くさせる。
何だ、フルツロスって。語感がケルベロス、オルトロス、フラウロスと同じだぞ。地獄の番犬とその弟、あと悪魔と同じ響きだぞ。
俺がこの世界の魔物の知識に欠けているのを良い事に、名前がふざけている。どうやってもフルツロスのイメージが恐ろしいものに変換されてしまう。この依頼、本当に見習い冒険者が受けていいやつなのか?
そんな疑問を持った矢先、リエは小首を傾げながら口を開く。
「ケルベロス……? えっと、お菓子が大好きな犬の魔物の事だよね?」
「えっ、お菓子好きなんて知らない」
ケルベロスがお菓子好きだという情報に俺は困惑するしかない。そもそもケルベロスなんて名前を知っている程度なので、にわか知識の仇が不意に来てしまった。
「普段は凶暴だけど、特に蜂蜜とかの甘い物には目がないんだって。なんか可愛いよね。フルツロスはケルベロスの親戚なんて言われてるけど……うん、性格は穏やかだから平気!」
「ごめん、不安しかない」
相手を勇気付ける調子でリエはニコリと微笑むが、ケルベロスはお菓子好き発言のせいで俺は思考の整理を付けていられなかった。
なんて事をしてくれたんだ。俺の中のケルベロスが瞬時にして、三つの頭を持った可愛らしいチワワに生まれ変わってしまったぞ。全高二十センチ足らずで脅威感ゼロの小動物だ。フルツロスの容姿の想像が余計に難しくなる。
ケルベロスの親戚と言われているそうだから、弟分のオルトロスのように首が二つ以上あるのだろう、多分。しかし、ケルベロスのお菓子好きが引っ張って、小型犬の姿ばかりが思い浮かぶ。もう駄目だな、俺。
すると、程なくして受付嬢が横から補足を入れてきてくれた。
「フルツロスは草食の魔物でございます。ケルベロスの三つの頭の内、左右に相当する位置に果物を生やしております。この果物はフルツロスを生かした状態で収穫しなければ、もれなく枯れます。枯れた果物は取得数にカウントされませんので、ご注意ください」
「そうなんですか?」
「はい」
俺が言葉を返してみれば、受付嬢はきっぱりと頷く。嘘はついていないようだ。親切な説明に感謝します。
受付嬢からの説明を受けて、リエは気恥ずかしそうに笑う。少なくともフルツロスの解説は受付嬢の方が上手なので、リエには何も言えない。せめて言葉の選び方は賢くやって欲しい。
「鈴斗、お待たせぇ♪」
「へ?」
次の瞬間、横からティナが俺の腕に抱き付いてくる。そう言えば、いつの間にか姿を消していたな。どうして気付けなかったのだろうか。
抱き付かれた腕を簡単に振りほどけないのはわかっている。無造作にティナへ視線を動かすと、彼女の手の中に登録証らしきものを見つけた。
その存在にはリエも気づいたようで、すかさずティナに声を掛ける。
「それ、ティナも登録したんだ?」
「ええ、これで一緒に依頼を受けられるわよ。ねぇ、鈴斗?」
そう言ってティナはリエに笑顔を振り撒くや否や、俺に向かって首を可愛げに横へ傾ける。パーティー加入の申請は別に構わないけど、後ろに列が出来ているのに飛び込み参加は頂けない。注意されるぞ。
そう思ったが、後ろでじっと待っている人たちはおろか、目の前にいる受付嬢から何か言われる様子がない。それどころか、ティナを最初からそこに居る扱いをしているようだった。ふと疑問符を浮かべてしまう。
それからも、誰かから文句を言われる事はなかった。依頼の受諾はトントン拍子で進み、貸出用にバスケットを受け取って街の外へ出る。城壁の門を抜けた先はのどかな農村が続き、フルツロスが生息するとされる目的の草原は歩いて行ける距離だ。馬車なんていらなかった。
村と畑を徐々に背中の向こう側へと置いていき、自然歩道の和やかな雰囲気も一転して緊張感を募らせてくる。ここから先は、身の安全が保証されていない魔物たちのテリトリーだ。いくら人里がすぐ近くにあろうが、魔物が出没する以上はリスクを排除できない。
そして何より、人型以外の魔物との遭遇経験がゼロなのが最悪だった。リエとティナは平然としているが、俺は違う。積み重ねてきた恐怖耐性は怪人たちと普通の魔物とでは方向性が異なるだろうから、アテにならない。先ほどから冷や汗が止まらなかった。
また、結局は丸腰のティナに同行を押し切られてしまった。彼女は武器がなくても自分の身を守れるから平気だとのたまうが、見ている側としては気が気でない。今はバスケットを持ってもらっている。
「フルツロス、フルツロス……ちょっと怖くなってきた」
「もう、そんな緊張しないの。ほら、肩の力抜いて。スズトならできるから」
辺りを警戒しすぎている俺を見かねてか、リエが俺の肩をポンポンと優しく叩く。それで恐怖心は少し和らぐが、申し訳程度だ。根本的な解決にならない。
「鈴斗はフルツロスは初見なの? すごく可愛いわよぉ?」
「うん、初見だからビビってる。魔物と本格的に真っ向からぶつかるの、何気に経験ないからさ……」
今の気持ちを隠しても特に意味はない。からかうようにして聞いてきたティナに、俺は素直に打ち明ける。下手に抱えて二人の足を引っ張るよりはマシだ。せめて気分を良い方向に自ら働きかけないと。
「ミミズの魔物の時は?」
「あれは……ビビる余裕なんてなかった感じ?」
間髪入れずに放たれたティナの問いに少し言葉を濁しながら、しっかり返答を決める。あの時は事態の早期解決で全員の安全を図るのを一番に願ったからこそ、恐怖心が押し除けられた形だろう。結局、応戦と逃走のどちらが正しい選択だったかはわからなかったが。
こうしている内にも、やがて目的地の草原へと辿り着く。後ろを振り向けば、ルズベリーの街が遠い場所にあった。
「さーて。この辺りになるかな、フルツロスがいる場所」
「雑草の背が高い。身を隠すのにうってつけで嫌らしいな……」
陽気に探索を開始するリエとは対象的に、視界の中に映る草原を端から端まで目ざとく見る俺。ここだけでも経験値の差が完全に現れていた。
まだ敵が出ていないが、一応ナイフは構えておくべきか。ベルトに提げたままのナイフの柄を恐る恐る握り始めると、そんな俺に構わずリエは草原へずけずけと一歩を踏み出し――
「ウフフ、怖がりすぎだよ! ガンガン進んでも平気なんだから!」
「え、ちょっ、ペース早いな!?」
そのまま迷う事なく中へと突っ切った。腰から下までの雑草で隠れているのに、身を潜めているかもしれない魔物を微塵たりとも恐れない。まるでピクニックでもするようだった。
俺は近くに立つティナを誘導しつつ、おずおずとリエの後を追い掛ける。目の前で能天気に辺りを見回す彼女の姿に、俺は色々な意味で羨ましく感じた。肝が据わりすぎている。
数メートル進んだところで、途端に空間が広がる。雑草の背はくるぶしの位置まで下がっており、ここまで視界が開けているのは不自然でしかなかった。
その時、雑草を乱暴に掻き分ける音が横から聞こえてくる。俺は咄嗟にナイフを取り出して、音が来る方向へ構えた。
「ッ!?」
チラリと見てみれば、リエとティナも臨戦体勢に移っている。リエはともかく、ティナはバスケットが手元にある以外は武装なしだ。万が一は、俺とリエで彼女を守らなければならない。
息を飲んで待機していると、密集した雑草の中からヤツが遂に現れた。その足取りは悠々としていて、俺たちから目測十メートル以上離れた先で突然立ち止まる。
ヤツの容姿はとても珍妙だった。ふわふわした全身の白い毛並みを持った四足獣で、顔の特徴が俺の知っている犬とよく当てはまる。くりっとした目玉に黒い鼻。口は獲物に噛み付きやすいよう、肉食獣らしく飛び出ている。
その上、首の両側から緑色の果物がそれぞれ一つずつ生えている事から、ヤツがフルツロスだと見当つけるのは容易だ。しかしそれよりも、明らかになったフルツロスの全身像が俺の予想の斜め上を越えたせいで、敢えなく疑心暗鬼に陥ってしまう。
何なんだ、コイツは? ケルベロスの親戚要素が首に生えた実以外に見当たらない。正面から見据えているせいか、全体的に身体が綿飴のように丸く見える。これじゃ、まるでただの――
「ポ……ポメラニアン……」
「ワン!!」
出会って早々、この大きなポメラニアンに笑顔で吠えられた。ポメラニアンの癖してサイズがバランスボール並みを誇っている事に、俺はひたすら戦慄するしかなかった。




