39話。ティナ、鈴斗のベッドへ 。もちろん全年齢対象
しんと静まり返り、耳を澄ましても空気の流れる音しか聞こえない真っ暗な深夜。リエたちは既にぐっすりと眠っていた。これを機に鈴斗がいる部屋へ、私は忍び足で向かう。
足音を立てずに移動するなど、私にとってはそこらにいる虫と同じように容易い。あっという間に鈴斗の部屋の前に到着すると、ドアノブの真下にある鍵穴に向けて、一本のヘアピンを入れた。人はこれをピッキングと呼ぶらしい。
ヘアピンなど普段は使わないけど、持っているのに越した事はなかった。だって、これ一本の存在で愛しの彼と寝られるかどうかが左右されるのよ? “恋はパワー”とは良く言ったものだ。
「チョロイわねぇ♪」
解錠に成功すれば、ふと声を小さく漏らした。無性に頬が緩んでしまう。
しかし、まだ油断は禁物。素早く部屋に侵入して、尚且つ静かに扉を閉める。
大丈夫。目を閉じて感覚を研ぎ澄ましてみるけど、誰かが起きた気配はない。後少しで、私の目論見が完遂する。
そそくさと、ベッドの上ですやすやと寝息を立てる鈴斗に近づく。その寝顔は、夢で介した時と同じく可愛いものだった。保護欲がくすぐられる。
ベッドはシングルだが、幸いにも余白は残されていた。鈴斗がこじんまりと眠っているおかげだ。私は迷わず掛け布団の中に潜り込み、添い寝をする。姿勢を上手に調整すれば、彼の隣はまったく窮屈に感じられなかった。
好きな人と一緒にいられるというのは、ただこうしているだけでも嬉しいもの。心安らかに眠っている彼の様子は、間近で見つめている私に睡魔をもたらす。私もつられて、自然と眠りに落ちそうだった。
お互い横向きに寝ているから、顔がとても近い。
けれども、それを意識している暇もなく、目蓋がどんどん閉じていく。例え見えなくても彼の温もりが確かにそこにあったから、不安なんて抱かない。
完全に眠りに落ちる前に、枕元に小さくまとまった状態で放られた鈴斗の右手に、私の手を重ねる。彼の体温が直に伝わってくる。
その時、何か彼の手首の辺りに異物の感触があった。うっすらと目を開けて確かめてみると、それは息災の腕輪だった。
よくよく考えれば、これは寝るのに煩わしくないデザインだ。薄い糸に小さな水晶を数個通しただけだから、別におかしくない。むしろ、私と同じく肌身離さず身に付けている事実に心が躍ってしまう。
鈴斗は本当に私の気持ちをわかっている。それが無意識の内に出た行動でも、私のツボを押さえてくる。彼を運命の相手とするのは間違いではなかった。
“王と妃”は生まれる前より互いに結ばれるのは決定付けられている。これは覆しようがない。どんなに抗っても、次第に周りが強制的に働きかけてくる。また、この身が魔物である私が本能によって彼を求めるのは自然な流れだ。
しかし、それはあくまでもきっかけにすぎない。一目惚れしてから彼の事がどんどん気になり、あの手この手を尽くしてでも知りたいと願った。実際にこの目で見て、会ってみたいとさえ願った。
そして、こうして生に鈴斗と触れてしまえば、胸の内から溢れる彼への想いを塞ぎ止めようがなくなる。この命が尽きるまで、彼を愛したくなる。外見の方でも、黒髪黒目であるのが私の好みを突いていた。
この想いの前に、種族の壁はまさしく無力。このご時世、人間とエルフ、ダークエルフ、ドワーフその他諸々が抵抗なく血を交わしているから、人間の鈴斗と魔物の私がくっついても問題ない。何かしら文句を言われた時はそれこそ、彼らにとってのブーメランと化す。
それでも周りがうるさければ鈴斗が身を堕としきれば済む話だけど、きっと彼は人間である事を望む。いや、絶対に人間のままでありたいと思っている。
そんな彼の意志の固さは、重ねた手を通して漠然と理解できる。また、他にも私の知らない彼の部分がたまたま読み取れた。
まだ存命しているのに永遠となった、家族との別れ。それでようやく知った、普通の幸せのありがたみ。G魔法取得のきっかけを与えたと同時に、鈴斗を殴ったムカつく老人。
挙げ句の果てには、ローザリーに魔物として殺されかける始末。どんなに彼が死なないと確信していても想い人の窮地にはヒヤヒヤするし、幸せから一気に悲しみのどん底へと叩き落とされれば、私も同じように悲しくなる。
私には、生まれた瞬間から親はいなかった。それでも親代わりとしてパストラやレジェントが愛情を注いでくれたから、家族と一生会えなくなった鈴斗の気持ちは少しわかる。自分一人だけ、周りには誰もいないなんて世界は考えられない。
もしかしたら、鈴斗はずっと一人になっていたかもしれない。社会から放り出され、孤独と絶望に追いやられて、誰からも助けを得られない。私が一人で行動できるように成長するまで。
鈴斗はこんな悲しみを誰にも明かさず、自分の心の中に秘めている。それが開示される機会なんて、一生懸けても訪れない勢いで。
悲しみには喜び。不幸には幸せで重ねるのが一番だ。私は彼に何も尋ねない。その代わり、存分に愛を捧げて悲しみを忘れさせる。私と一緒に居て幸せだと思わせる。せめて、彼の望む普通の幸せが来るように。
とりあえず、もしも会う事ができれば老人に少しだけお礼を言おうかしらぁ? 対価に男の象徴でも粉砕させた上で。鈴斗と出会えるきっかけを作ってくれたのは確かだが、彼を殴ったのは許さない。許されない。そう、倍返しにしよう。
それはさておき。私が早く鈴斗と結ばれたいのに対して、鈴斗はもっと時間を掛けたい模様だ。ハグや手繋ぎですら、恥ずかしく思っていたようだし。
好きな人に対して当然の行動だと私は考えているが、彼に迷惑が掛かるなら……少しはできるだけ我慢しよう。無理に愛を押し付けても嫌がられるだけだもの。仕方ないわ。
私の事を知るのは後からでも良いのに、ゆっくり時間を費やしたいなんてもどかしい人。それでも私は構わない。振り向かせる自信があるから。
「鈴斗……大好き……」
すると、ほぼ無意識にそんな事を呟いてしまった。鈴斗がしっかり聞いてくれないと、ほとんど意味がないのに。
彼が将来的に光を厭う王になろうが、そうでもなかろうが関係ない。私は彼の隣に並び続ける。まだ自分の気持ちを把握できていないリエには、あんな小娘には鈴斗を渡さない。
もちろん、私一人では鈴斗の隣を片方分しか埋める事ができないので、自然とそこが空いてしまう。それが唯一、リエが食らいつける隙だ。もちろん、彼女をどうするかは彼次第だけど。
私が一番に愛されれば問題ない。これが絶対条件で、後は別にハーレムを作られても……いえ、合計四人ぐらいなら……。
ええ、ハーレム断固反対ね。
そんな決意を心の中で果たすと、だんだんと意識が遠くなる。脳が休みを要求してきて、途端に眠気が増加する。
それに私は抵抗する事なく、積極的に身を預けた。ベッドと掛け布団に身体が包まれて、心地良さが波となって押し寄せてくる。その上、隣に鈴斗がいるから幸せが溢れ返っていた。いつか溺れそう。
こうして私は意識を完全に手放した。思考が深淵の奥底へと落ちていく。
あっ、でもやっぱり……腕輪じゃなくて指輪を買って欲しかったわぁ。




