38話。男のロマンの対義語ってなんだろう
冒険者ギルドで登録を済ませた俺は、てんわやんわの騒ぎを乗り越えてアローズへと直帰した。寄り道なんてしている気分ではなかった。
「あら? もしかしてティナちゃん? 大きくなったわね~。夏休みはまだ先なのに」
「久しぶりね、イリス。一ヶ月ぐらいかしらぁ?」
「最近の若い子は成長が本当に早いのね。はい、ご注文のレモンバーム」
「ありがとう」
イリスさんは何の戸惑いもなく、まるで親友同士とでもいうような雰囲気でカウンター越しにティナと話す。テキパキとレモンバームをティーカップに汲み、それを皿に乗せた上でティナに差し出した。
レモンバームを快く受け取ったティナは、まず香りを楽しんでから一口飲む。喉を通す事に抵抗はなく、一度ティーカップを皿に置き戻した後の彼女の様子は満足気だった。間を置かずに「やっぱり美味しいわぁ」と感想を述べると、 イリスさんは曇りのない笑顔で「それはどういたしまして」と言葉を返す。
なんてのほほんとしたやり取りなんだ。隣から見ていて安らぐと言うか、何と言うか……。いや、そんな事よりも。
「イリスさん、順応力高すぎません? ベクターさんなんて固まってますよ」
「まだティナの成長スピードに信じられないみたいだね」
そう言って俺は、厨房にて直立不動のベクターさんに視線をやり、続けてリエも物申す。もしも今のベクターさんの姿を写真に収められれば、シュールな事この上ないだろう。
ちなみに、カウンターには俺を挟むようにしてリエとティナが座っている。下手に抜け出す事は叶わない姿勢だった。最初にティナと出会った頃と同じ構図である。
「ティナちゃんが不思議な子なのはわかってたから、特に驚かないわよ」
「えぇ……」
天然が入り、どこかずれているイリスさんの思いきった発言に俺は困り果てる。清々しいほどの割り切り具合だ。逆に尊敬する。
そもそも、この世界にはエルフ、ドワーフなどと存在しているので、意外と物珍しい訳ではないのかもしれない。いけない、危うく驚くところだった。
そんな気持ちの切り替えと並行して、ゆっくりと席を外そうとする。隣に陣取っているリエたちにバレないようにだ。椅子を後ろに動かす音も必要以上に立ててはいけない。物事は急いで、焦らず、慎重に。
そうして静かに脱出を図っていると、何の前触れもなく二人がばっと俺の手を掴んでくる。その神掛かり的な反応と速度に、俺は致し方なく戦慄するしかなかった。
「何でさ?」
「「ダメ」」
ふと抱いた疑問に二人は声を揃えて答える。掴まれた腕をぐいぐい引っ張るが、なかなか抜けない。
試しにベクターさんの方を見てみると、イリスさんのガーゴイルたちが視界の中を横切ってきた。金縛りが解かれようとしているベクターさんを総掛かりで抑えている。
「リエ、せめてお前だけでも手を離してくれる? ベクターさんが禁断症状起こしかけてる」
「お父さん。もうお昼前なんだから、暴れちゃダメよ?」
ベクターさんを見つめて、イリスさんは苦笑する。その一方で俺は嘆願するものの、リエにはプイッと顔を背けられてしまった。
これは……機嫌が悪いと言うよりもムキになっているのか? 話を聞かない振りをしている。ならば、次は打算的な言い訳を使うだけだ。
「あとランチタイムのラッシュが始まるから。厨房に行ってベクターさんの手伝いしないと」
「あっ、そうだった」
リエはパッと我に返って、うっかり俺から手を離す。残すはティナだけだな。
「じゃあ、鈴斗を指名しておくわぁ。指名料はいくら?」
「そういう店じゃないんだけど、ここ。そんな商売したら摘発されるんだけど」
おもむろにティナの方を振り向けば、どこかおかしな言い草が不意撃ち気味にやって来た。一応想定内だったので、落ち着いてツッコム。その手のジョークはやめてほしい。
しかし、それを聞いて真に受けたのは目の前にいるイリスさんの方だった。
「あらまぁ。どうしましょうか? ガーゴイルがいるから人手の心配はないのだけど……」
ほとほと参った様子のイリスさん。それから彼女は後ろを振り返ると、そこではベクターさんがこちら側に向けて背中を見せていた。まさしく『男なら背中で語れ』を体現しているようで、肩がプルプルと震えている。もちろん、意味としては間違った用法だが、俺にとっては正しかったりする。
ガーゴイルたちがベクターさんの周りをフワフワ浮いているだけなのを見ると、戦鬼降臨はどうやら免れているようだ。ただ、ひたすらじっとしているのが不気味で仕方ない。
「ベクターさん?」
試しに呼び掛ける。すぐには反応しないが、徐々に俺たちへと向き合ってきた。日頃のおこないが俺の脳裏でちらつくせいで、もはや疑う余地しかない笑顔を張り付けて――
「そうかそうか、小僧にも遂に春が来たのか。めでたい、めでたい。人の恋路は邪魔するものではないしなぁ」
「あの……また手のひら返しですか?」
「今日は仕事を休んでもいい。その代わり、そのお嬢さんと二人っきりデートにでも行きなさい」
「すみません。本音が透け透けで、仕事を休めるって言うのにあまり嬉しくありません。厄介払い的なヤツですよね?」
おまけにそれって、言外に自分の娘には近づくなっていう意味ですよね? いや、どちらかというと歓迎して俺にティナを押し付けているのか。
何その魂胆。悪い虫を追い払うだけならまだしも、こんなにも恋路とかで肩を持つ人なんて初めて見たぞ。
「鈴斗! 店主から許可が降りた事だし、早く行きましょう! お代はここに置いておくわぁ!」
ベクターさんの言葉を聞いて大いに喜んだティナは、咄嗟に銀貨一枚をカウンターに置くと、めぐるましい勢いで俺を店の外へと連れていった。半ば強制的に。いつの間にか、レモンバームは飲み干されていた。
抵抗はしないのか、だって? 彼女はその細身からは想像つかないほどの力がある。一度でも腕を掴まれてしまえば、速攻で振り払うのは至難の技だ。それを数十分ぐらい前に味わったから、嫌々ながらも抵抗は無駄に終わると察してしまう。ついでに、ゴリラとか決して呼ばない方が懸命だ。
さながら新幹線の窓から外を眺めているかのように、景色がさらーっと流れていく。そんな中、リエは面食らいながらも急いで席を立った。
「あっ!? 待ちなさいよ!」
「リエ、待つんだ!!」
「お父さんなんて知らない!!」
「はぅあっ!?」
直後、ベクターさんの短い悲鳴が聞こえてくる。先ほどのリエの言葉が相当堪えたようだった。
それからは塞き止めるものが何一つない河川の流水が如く、俺たち三人はルズベリーの街を巡る事になった。ティナとリエが衝突していたのも序盤だけで、時間が経つにつれて普通に仲良くなっていた。終始ギスギスしなくて済むのは正直に言って、精神的に楽になるので嬉しい。
特に迷宮庭園の再挑戦では、各チェックポイントの訳がわからないなぞなぞを解く機会があったので、全問正解を彼女たちが共通して狙っている以上はお互いに協力するのは必然的だった。この手の問題が苦手な俺が二人の足を引っ張っていたのが、本当に申し訳なかった。
迷宮庭園で俺が貢献できたのは、問題が書かれた看板探しだけだろうか。看板が高い垣根の下の穴をくぐった先にあったり、迷宮庭園の外側にある建物の窓に貼り付けられていたりと、地味に嫌らしかったなぁ。
後者に至っては、視力が悪いと問題文すら読めない無理ゲーだ。映像機器に身近なレベルでありふれていない異世界ならではの手法で、現代地球ならアフリカやアマゾンなどの住民以外からのクレームが大量に来そうだ。当然、俺も遠すぎて字が読めなかった。リエとティナは例外。身体能力が上がっても、視力は並みだった。
その上、解答を導くには異世界の常識、知識が真っ先に要求されているので、置き去り感が半端なかった。最初の簡単な問題しか解けなかった事にくよくよしていると、二人から励まされた。足を引っ張った事を謝ると、快く許してもらえた。
こうして接してもらえると、二人は本当に優しいのだと深く感じては、感謝の念が尽きなくなる。仲直りが早かったのも、彼女たちの元来の気質ゆえなのだろうか。
ただ、ここまで来ると、どうして俺にこんな執拗に構ってくるのかが不思議になる。あまり自惚れた考え方はしたくないのとベクターさんが怖いから、リエの場合はティナに対して何らかの対抗心やらを燃やしている以外に思い付かない。一応、僅かに幼稚さは伝わるけど……。
ティナの場合? 向こうが完全に恋愛方面の好意を寄せてきているのが余裕でわかる。今までのが全部演技ではない限り、ほぼ間違いない。もしも演技だとしたら、もれなく畏怖するだろう。
そんなティナの想いには純粋に嬉しいが、それでも戸惑いを覚えずにはいられない。一目惚れされたにせよ、俺とティナが一体どこで会ったのかが気になる。単なる偶然で擦れ違って、それで惚れられたのは考えにくい。あれだけ高貴な雰囲気があるなら、少なくとも印象に残っているはずだから。
それに、迷宮庭園攻略中にティナはルズベリー在住ではないと明言しているから、接触できる回数なんて限られる。外見に反して付き人が皆無なのも不思議で、まさしく正体不明だ。
また、彼女が求めている事が性急すぎているせいもあって、俺としては困惑するばかりだ。もっとこう、時間を掛けて二人の仲を進展させていく感じを俺は望む。好意を寄せる分には構わないけど、即決断なんてまだできないから。
ヘタレでごめん。下手な事をして関係が拗れて捻って曲がって折れて、修復不可能になるのが怖いんだ。
それはともかく。ティナが俺の事が好きだと半ば確信させる行為は何度もあった。一つ挙げるとするなら、今日の夜の出来事だ。
街巡りが終わった後もティナはリエたちの自宅での寝泊まりを決め込み、私物の入った大きな鞄をどこからともなく取りだした。宿泊費もポンと出すものだから、お金はまったく関与していないイリスさんの純粋な善意もあってティナの要求は通った。
挙げ句の果てには――
「一緒に入りましょう?」
「ちょっ!? メーデー! メーデー!! メェェデェェェェェ!!」
入浴直前にて、俺は救難信号を口頭で発信する羽目になった。まだ上を脱いだ状態、脱衣室での騒ぎで済んだのは運が良かったと思う。
騒ぎはリエがティナを差し押さえたところで早急に沈黙する。その瞬間は、不法侵入者をしょっぴく警備会社のような仕事ぶりだった。
かくして、俺はようやく就寝時刻を迎えられた。寝間着の上からジャージを羽織り、重ね着をしている。
「寝泊まりの準備もできてるとか、用意周到だよなぁ……」
ティナの行動全てが瞼の裏に焼きつき、今日の事を思い返しては思わず口に出してしまう。
そして、俺の後ろにはティナがニコニコとついてきていた。ゴスロリ服からゆったりとした長袖・長裾のワンピースへと着替えており、何かをものすごく楽しみにしている様子だった。
だが残念。ティナの思惑通りに事が進むのもここまでだ。
「いくらなんでも一緒に寝るのは禁止な」
「ええー!?」
「ええ、じゃない。リエ、任せた!」
「うん」
俺の呼び掛けに応じて、リエがティナを背後から捕まえる。その隙に俺は、迅速に自室の中へと転がりこんだ。 急いで扉を閉めて、鍵も閉じる。それから間を置かず、ティナの艶かしい声が扉越しに響いてきた。
「あぁん、開けてよ鈴斗ぉー!」
「ハイペースでK点も越えられるかよ! 俺は順序を守るスローペース派だぁ!!」
今まで機会がなかったので、ここで断言しておく。開幕早々、男女の関係にターボが掛かるなんてごめんだ。こだわりぐらいはある。




