37話。2章エピローグ
空は真っ白な雲に満たされ、日の光が妨げられる。地上はまるで戦火が通り過ぎたかのように荒れていた。
そこにいるのは、地に膝を付ける白い騎士。纏った鎧は激しく損壊し、ひび割れた兜の隙間からは血がポタポタと垂れていく。
白い騎士と相対するのは、アシダカグモの如き異形の存在だ。クモの怪人は右腕と首を失いつつも、よろよろと立っている。左手には斬られた自分の頭と、小さな赤い水晶を持っていた。
直後、クモ怪人は忽然と姿を消し、それに遅れて白い騎士は仰向けに倒れた。
「……あっ、あっ、バカ! くっつきすぎぃ!?」
「ダメよぉ? しばらくこうするの♪」
「やめろ! 抜け出せなっ……力強いな!?」
周りの人々の目を憚らず、赤いゴスロリ服を着た女の子はスズトに抱き着く。その妖艶的に感じる口調から、彼女はティナだと何となく判断がついた。とんでもない急成長を果たした件については、この際だから気にしない。
ティナの大胆な行動にスズトは目を丸くし、顔を赤くしながら必死に抵抗する。それでもティナの抱き着きは一向に解除できていないので、彼女の力が強いのは本当のようだ。ティナは日向ぼっこをする猫のように目を細めている。
私がスズトの一人暮らし宣言に反対して腕に組み付いた時は、こんなに恥ずかしそうにした反応じゃなかった。頬も耳も赤くしていない。
それはきっと、意識する前にお父さんが怒鳴ってきたからだと思う。ただ、それを込みにしてもスズトには何とも思われていなかったようで、ティナに対して不思議と敗北感を抱いてしまう。
……敗北感? どうして敗北感を抱いているの、私?
そうだ。それを知るにはまず過去を振り返ってみる必要がある。そのきっかけは確か、スズトをキャロとアニタに紹介して以降で――
「ねぇー。スズト君って本当にリエの彼氏とかじゃないの?」
ある日の出来事だ。不意にキャロがそんな事を聞いてきた。
「いい加減しつこいよ、キャロ。何度も違うって言ってるじゃない」
その時の私は、すかさずキャロの質問を否定した。本人に悪気がないのはわかっていたけど、そのしつこさには少し辟易していた。
スズトの事を彼氏と言われてもピンと来ない。とても聞き上手で親しみやすいのは確かだが、この時点では意識するのはまだだ。
「ベクターさんチェッカーはきちんと仕事している模様。それでも、彼が居候できているのが不思議だけど」
横ではアニタが造語を口にする。ベクターさんチェッカーとは、お父さんが事あるごとに私とお姉ちゃんに近づく男に対して威圧するのを表したものだ。男友達が皆無である原因でもある。
改めて考えると、お父さんがあれほど怖い顔をしてくるにも関わらず、スズトは随分と我慢していたな。何度も私やお姉ちゃんでお父さんの暴走を止めるけど、それでも不満や文句を喋った事はない。むしろこっちが謝ると、苦笑いしながら許してくれる。
お姉ちゃんと頻繁に会ってくる不屈の精神を持ったお客さんと同じく、珍しい部類だ。スズトの身の上がそうせざるを得ないのだとしても、お父さんの恐怖から形振り構わず逃げてもおかしくないのに。
「誘拐から助けてくれた恩人かー。全然そんな風には見えないや」
「少なくとも、スタイリッシュな真似は無理そう」
無邪気な調子でスズトを評価するキャロと、冷ややかに告げるアニタ。どちらの意見も的確で、真っ向からの反論は難しかった。
「うん。ぐうの音も出ない。でも、一生懸命になって助けてくれたのは本当だよ? あとは仕事も黙々と頑張るし、読み書きとか魔法の練習も頑張るし。頑張ってる姿見てると、何となく共感できるかな?」
それでも、彼の印象を塗り替える事はできる。一ヶ月も経てばわかる事だが、スズトはかなりの頑張り屋さんだ。特に能力が秀でている訳じゃないけど、それが自分のできる事だと思えばとにかく頑張る。それで力を身につけていく。
ただし、身体を動かす事になると座学よりもからっきしだった。魔法なんて知らない・ナイフを使った事がない・獲物を捌いた事がない・荒事に慣れてないとかが立て続けに判明するなんて、少しでもニホンの事が窺える。
そんなスズトが単身で盗賊たちと衝突して火だるまにされたり、私を魔物から庇って死にかけたり、率先して魔物を叩きに行ったりするものだから、本当に人は見掛けに拠らない。自分第一に考えて、それでも他人の事も考えられる普通に優しい人だ。非常時が危なっかしくなるのが少し怖いかな。
自分なりにスズトの人物像を考えていると、キャロが首を傾げてはこちらを見つめている姿が目に入る。それから悩む素振りを少しだけ見せて、飽きずに似た言葉を使ってくる。
「やっぱり、リエの好みのタイプ?」
「だから、からかわないでよ」
「あっ! じゃあ誘拐犯倒してリエを助けるぐらいに強いんだったらさー、パーティー四人目埋まるよね? これでダンジョンの規制パスできるよね?」
閃かんばかりの勢いでキャロは声を上げると、私とアニタへ交互に視線を向ける。今にも私たちの意見が欲しそうな表情をしていた。
それを見かねたアニタが、軽く溜め息をつきながら私に確認を取ってくる。
「彼は冒険者ギルドの登録をしているの?」
「ううん。あんまり危ない事はしたくないんだって。綺麗な景色とか面白い場所とかあるのに、もったいないわよね」
「そーだよ!」
そんな私の言葉に、キャロは異様に乗り掛かって賛同する。無邪気な雰囲気には変わりないが、ここまで来ると露骨さが滲み出ていた。
「キャロは素材集めがしたいだけでしょ?」
「あ、わかっちゃう?」
「普通にわかる」
間髪入れずにアニタの冷静な指摘が炸裂。キャロは気恥ずかしそうに顔を伏せて、苦笑する。
だが、次の瞬間には気持ちを切り替えていて、腕組みしながら物思いに耽る。そして――
「ふむふむ。じゃあ、スズト君をこっちの世界に引きずり込むための作戦が必要だね。やっぱり冒険の良さを教えないと! 例えば私の魔法を披露してからの魅了させて――」
「「却下」」
「えー!? なんでなのー!」
問答無用で自分の案を蹴られたキャロの叫びが木霊する。キャロが得意な魔法がどれだけの代物かは、私とアニタは詳しく知っている。
「キャロが大好きな『推進力ぅー』って、爽快感あって惹かれるけど難しい魔法だし危ないじゃない。実質、爆発の反作用で高速移動するやつだし」
「念のため、最低でも魔法補助の杖が二本必要。スズト君が魔法初心者なら、装備魔法も買って燃費の良さと精度、威力、基礎を底上げするべき。でも、そこまで質の良い装備魔法は高いから無理。……よく考えればいらなすぎる」
私、アニタの順番で反対意見を述べていく。アニタに至っては、あまりにも的確すぎて辛辣さが滲み出ていた。
「あぁ、推進力ぅ……せっかく同志作ろうと思ったのに……。これ、カッコいいって評判なんだよ? なのに、なんで広まらないんだろ?」
ブーブー口を尖らせたキャロは、腰に提げた四本の内の二本の杖を手に取り、無造作に持ち遊ぶ。落ち込んでいるのがはっきりわかった。
『推進力ぅー』の仕組みは至って簡単。杖の先端に備え付けられた宝珠を起点に火属性爆発系統の黒魔法を発動し、その大きな反動で機動力を得るというものだ。メインとして腰に二本、微調整として両手に二本の杖が要る。
あと、身体が丈夫じゃないとグロッキーになるから、初心者のスズトにはオススメできない。むしろ初心者たちにはオススメしてはならない。大きな事故へと繋がるから。キャロの戦い方が独特なせいもあって、却下されるのは自明の理だった。
「私、冒険とかは自分の足で行きたいから」
「ガチガチの短期決戦向けで魔力も浪費する。日常だと使い道がないから」
キャロが抱いた疑問に、私たちは遠慮なく追加で答える。私のが個人的な感情が入っている一方で、アニタのはキャロにとって恐らく耳が痛い発言だった。
そこまで言われて案の定、キャロは黙り込む。しばらくすると、黒い笑みを浮かべながら復活を果たした。
「……よーし。そこまで言うならいいよ? スズト君を私色に染めてやるもんね。んでもって推進力ぅの虜にするもん」
人相と雰囲気からして悪女とかには向いていないのに、わざわざ演技してまで本気だと周りに知らしめようとするキャロ。それも束の間、私は柄にもなく冷たい声で「やめて」と言い放ってしまった。
それで不意を突かれてしまったのか、私の声を聞いたキャロは目を白黒させる。まるで何が起こったのか、わかっていなかったようだった。
どうしよう。つい反射的に答えちゃったけど、怒ろうとかそんな気は全然なかったのに。勘違いさせちゃっかな?
だが直後、アニタがトゲを刺しに来たおかげで、そんな悩みもうやむやに終わる。
「その前に無理だと思う。見通しの甘さが絶望的すぎて」
「辛辣すぎだよ、アニタぁ!!」
冗談なのにと付け加えて、ぷんすかと怒り始めるキャロ。だけど、本気で怒っている様子でもなく、その後すぐに辺りが私たちの笑い声で包まれた。
その時のキャロの冗談が、ちょっとしたきっかけなのかもしれない。冗談を冗談として軽く受け流せなかったのは事実だった。スズトが一人暮らしを近い内に見据えた時だってそうだ。私、何をムキになってるのだろうか。
「ティナ、周りの視線が刺さってきて辛い」
「あらぁ? こうして好きな人を抱き締めるのに、周りの目を気にする必要なんてあるのかしらぁ?」
「よし、わかりやすく言ってやる。恥ずかしいからやめてぇ!」
「やめないわぁ♪」
嫌がるスズトの言葉を聞き入れず、ティナのスキンシップはヒートアップする。このまま黙って見ているなんて私には到底考えられず、思わずやきもちを焼いてしまう。
その瞬間、私は最初にティナと会った頃を思い出した。あの時のティナはまだ小さな子どもで、スズトに甘く擦り寄る姿は可愛い程度にしか感じていなかった。それでも、ほんの僅かでも快くなかった気がする。大人げない。
そして、目の前に繰り広げられる光景を見て、私自身は一体どう思っているのかがちょっとはっきりした。この気持ちに細かい区切りなんてつけられていないが、 まず第一にこう思った。
――スズトと一緒が良い。誰か取っていったり、離ればなれになったりするのは何かヤダ――
「リエ?」
そんな風に思い至れば、早速行動を始めるべし。いきなり動き出した私にふと怪しむスズトの表情を一瞥しながら、彼の側に立つ。
「えっと、顔がハムスターになってるんだけど……」
知ってるわよ、そんな事。今の私は猛烈にやきもちを焼いているんだから。
スズトにつられて、ティナも抱き着いたままこちらに顔を向ける。その時を見計らって、私は取り敢えず二人にタックルした。軽く吹き飛ぶ程度に手加減はしている。
「何で!?」
もろくも床に倒れ込んだスズトの叫びはごもっとも。だけど、これでティナの腕がスズトから離れた。とっくに抱き着きは解除されて、ティナは一人でおもむろに起き上がろうとする。
この隙を突き、私は一気にスズトの腕を掴む。ここから出入口の扉まで、そそくさと引き摺っていくのはどうって事はなかった。スズト、意外と軽いし。
「スズト、帰るわよ!」
しかも好都合な事に、私たちから出入口までの直線上に障害物はない。今がチャンス!
「あらあらぁ? 嫉妬かしらぁ? 可愛いわねぇ」
しかし、ようやく帰路に着こうとしたところで邪魔が入る。途中でスズトを引っ張るのに抵抗が生まれたかと思いきや、ティナがスズトのもう片方の腕を掴んでいた。予想よりも次の行動に出るのが早い。あの白いカラスの魔物を思い出す。
ティナの神経逆撫での口調にムッとなるが、過剰に反論したりはせず黙っておく。こんな安っぽい挑発に乗るのはダメだ。
「あの、二人とも。まず腕離してくれる? これから何が起きるか想像つくんだけど。ガッシリ掴まれて全然振りほどけないんだけど。てか一時間位前に味わった。ねぇ、聞いてる? 俺死ぬの?」
視界の下辺りには、尻餅をついているスズトの姿があった。両腕を私とティナに引っ張られながら、暗い顔で解放を訴えている。
ごめんね、スズト。この手をまだ離す訳にはいかないんだ。ティナを引き離したら後でたくさん謝るから、もうちょっとだけ我慢してて欲しい。
「しゅ、修羅場だー!? 私、修羅場なんて初めて見たよ、アニタ!!」
「二股……? いや、どちらかと言うとただの三角……」
私とティナがにらめっこしている傍で、キャロとアニタの声が聞こえてくる。二人も助っ人として呼ぶのが利口だと思うけど、ティナ相手に真っ向勝負で勝たないなんて私の気が済まない。重要なのは、あくまで個人の力を示してやる事だ。
「そこ、うるさい!! 俺だってまだ混乱して……あ、ちょっ、ダッ!! せめて立たせて、姿勢が辛い! バカァ!!」
キャロとアニタの野次にスズトが機敏に反応した瞬間、勝負が始まる。すんなりとスズトをティナに譲れるはずがなかった。
ただしこの後、なんやかんやで周りから仲裁が入ってきてしまい、勝負は不完全燃焼で終わってしまうのだった――
※
洋館の談話室にて。大きな窓から多量の陽光が射し込み、部屋は照明を必要としていない。光が床を反射して、室内を明るくしてくれている。
窓側には一つのテーブルと二つの椅子が設置されていて、そこにレジェントとスカウトが座っている。スカウトは怪人態で、レジェントと一緒に焼き菓子と紅茶をゆっくり味わっていた。
端から見るに異様な光景だが、彼らにとっては当の昔から普遍のものと化していた。スカウトはカップに一口つけると、中の紅茶を軽く飲んでから喋り始める。
「投入された調査隊はアヌンを踏破。ユピルも後少しで攻略されそうな勢い……一ヶ月でこのペースか」
「ありがたい事です。クイーンの逢い引きにローザリーの存在は非常に邪魔ですから。ダンジョンに引き付けておきませんと」
スカウトの呟きに応じて、レジェントはこくこくと頷く。彼の優先順位はティナと、彼女のプライベートであった。この時は薄っぺらい笑みではなくなり、誰もが認めるほっこりとした笑顔だった。
「確かにローザリー……あれはヤバい。進んで戦いたくはねぇな。戦闘民族のアシェバの気がしれないぜ」
そう言ってスカウトが思い浮かべるのは、アシダカグモの怪人であるアシェバの顔だ。同時にローザリーのルクス・アイアンメイデンを食らった瞬間を思い出し、肩を震わせる。
現在、アシェバは自分の役割をこなすため、アヌン、ユピル、フレイグル、ハルワリックのダンジョンを転々としながら活動している。全ては、ノコノコやってきた調査隊――その最高戦力であるローザリーを迎撃・撃破するためだった。ダンジョン間の移動は、水晶型の魔法道具でワープしている。スカウトがニグラムとローザリー、その他大勢から逃げ出す時に使っていたものだ。
なお、今回の迎撃に用意した戦力はアシェバ単体のみである。これは決して戦力不足とかそう言うのではなく、単に味方が邪魔になるほどの実力と、連携・指揮の苦手意識をアシェバが持っているからだ。またスカウトは、鈴斗と同じようにあっさり死ねない奴だと信用していた。本人の戦闘狂いっぷりは疑っているが。
そうして両者がカップを皿に置く鳴り響き、会話に一段落つく。ほっと息を吐いたところで、レジェントが続きを始める。
「緒戦で彼らとアシェバの顔合わせが済み、デビルアロマに関する資料と各ダンジョンの施設にばらまきました。彼らがデビルアロマ撲滅を望んでいる以上、唯一の手掛かりに調査隊は食い付かざるを得ません」
「俺の身体を張った甲斐があった訳だな」
「ええ。その件につきましてはもう一度お礼を言いましょう、スカウト。ありがとうございます」
やや自慢気なスカウトの言葉を受けて、レジェントはおもむろに頭を下げる。しかし、その時の表情はとっくに上っ面だけの笑顔に戻っていた。
外面だけ見ると、まるで敬意や感謝の念が伝わってこない。一枚絵にすれば映えるだろうが、その笑顔をわざわざ分類するにしてもあやふやすぎた。
それでも、声の調子で相手の感情を判別できるだけマシと言うもの。スカウトの心に僅かだけ響く。
「そりゃどうも。残すは、アシェバがローザリーを殺るだけか」
「それで今後の不安要素もなくなります。デビルアロマも改良版が完成し、既存の情報は過去のものへと変わりつつあります。キングを守護する剣も、設計の目処が立ちました」
そこまで告げるレジェントの笑みが、だんだんと薄くなる。この表情の変化具合は既に当たり前な出来事なので、スカウトはその様子を何気なく見つめるばかりだ。何の感想も湧かない。
すると、廊下側から談話室の扉が開かれる。入ってきたのはパストラだった。
「レジェント、アシェバからの連絡だわ。ローザリーと引き分けになったって。手酷くやられたけど、あっちも大破寸前だったらしいわよ。今はフレイグルダンジョンに避難している」
扉を閉め直した矢先で、パストラは少し焦り混じりな様子で二人に報告する。
ローザリーとの引き分けとその詳細。レジェントたちはアシェバの実力を把握しているからこそ、ローザリーとナサリオの脅威度が余計に高まると認識できる。
その上、装着者であるナサリオの生死が伝わってきていない。そんな彼がアシェバと引き分けとなるのだから、もしも生きていれば望んでもいない再戦がやって来る。 アシェバは大喜びでも、その他である自分たちの気が進まない。
引き分けの事実は、彼ら三人に精神的な打撃を与えるのに十分だった。否応なしに勝てなかった未来を想像しては、後ろ向きな考えをしてしまう。とりわけローザリーとナサリオの強さを骨身に染みていたスカウトは、おずおずと声をあげる。
「……レジェント。これ、ヤバくないか?」
「私の“予測演算”も穴があります。ローザリーを大破寸前まで追い込めたのなら、別に構いません。残念ながら、クイーンの滞在期間が縮んでしまいますが……」
「そりゃあ、修理に一度ルズベリーに戻るよなぁ。ローザリーを修理できる環境がルズベリー城に揃ってるし」
レジェントは冷静な態度を取り繕い、スカウトが言い添える。何でもかんでも順風満帆に行くはずがないのは承知しているが、いざ物事が良い方向へ進んでいるかどうか疑問に思ってしまうと、とても不安になってくる。
そんな中、パストラがふと言葉を挟めてきた。
「あ、一つ言い忘れてたけど……アシェバ、『もう一度ローザリーと戦えるぜ』ってはしゃいでいたわ。血を吐きながら」
「おい。それ確信犯でわざと大破寸前に留めてるだろ」
「そうね」
前触れのないパストラの声真似に、スカウトは眉間に皺を寄せながらツッコム。わざと仕留めていないのだとすれば、傍迷惑な話だ。
こうして互いに頷き合うのも束の間、二人の意識はレジェントへと集中する。
「……相手への捜査撹乱を度々怠ったり、パーティーの無断欠席などするので、今に始まった事ではありませんよ。……ありませんよ?」
笑顔は保っていたが、やたらと落ち込んでいるのが目に見えてわかった。周りに気の毒だと思わせるほどに。
やがて、レジェントは己の顔を両手で覆い隠す。それに目も当てられなくなったスカウトは、ポンポンと背中を叩いてやっては彼を励ます。
「元気出せよ。戦闘以外でアイツがそこまで頭を回せる訳ないだろ。各地のダンジョンの行方不明者続出も、同一個体の仕業だってバレるのは時間の問題だったんだ」
「申し訳ありません、スカウト……」
それからレジェントは両手を降ろして、恐る恐る顔をあげる。そして、うるうるとした眼差しで告げるのだった。
「できれば、せめて人間態で励ましてくれませんか?」
「あ、悪い」
「遅いです。ですが、ありがとうございます」
大急ぎでスカウトが人間態を取るのに遅れて、レジェントは感謝の言葉を放つ。今度の笑顔は、腹立たしさを煽らせるものだった。
魔物図鑑その八、カエル怪人。
デビルアロマガシャの中では当たりの部類。ニグラムを仕留めるほどの攻撃力を持っていないのが難点だが、この異世界の住民は腹にナイフが深く刺されれば致命傷となるので、普通に戦う分には問題ない。
得意な黒魔法は水属性。特技は近接格闘術。ナイフの刃に魔力光を纏わせて切れ味を上げる赤魔法もイケる。
弱点らしい弱点はない。強いて言うなら、普遍的な人体の急所。カサカサに耐えられない豆腐メンタル。




