32話。異邦人集結
必死に屋根走りをしていたら、全身鎧を纏ったナサリオさん(多分)とゲジゲジの怪物に見つかってしまった。俺は彼らのいる屋根へと跳ばず、急いでその場の死角となる場所に隠れた。
そして、屋根の傾斜から這い上がって慎重に顔を出す。あちらは未だにこちらをじっと見ていた。
「おーい! そんな屋根の後ろに隠れてないで出てこいよ!」
俺に向かって元気よく手を振ってくるゲジゲジ怪人。カエル怪人とは別枠で、あれが最初から何となく察知していた奴だと思う。あの不快な見た目でフレンドリーなのは、少し戸惑う。
「ルキフィガ……いや、まだ未確定だったか」
特撮白騎士からはナサリオさんの声が聞こえる。あれだけ鎧をびっしり着ているというのに、声の調子からして苦ではなさそうだ。というより、その重たそうな装備でどうやって屋根まで来たのだろうか。もしかしてパワードスーツだとでも? 近未来系装備がファンタジー異世界で実用化されていやがる。技術力がちぐはぐすぎるだろ。
もちろんゲジゲジ怪人の言う通り、素直に表へ出ていく訳にはいかない。俺が恐れているのは、ナサリオさんが持っているメカニカルな剣の射撃モードだ。あれから発射される光の矢で瞬殺されたトンボ怪人の事は今でも忘れない。当たれば相当危険だ。
そのため、屋根の後ろに陣取って相手の射線から逃れつつ、何とか接近してみる。ずっと隠れていても相手の位置や動作の確認をしないのは怖いので、時々顔を出す。
「モグラかよ。別に俺は取って食おうとか思ってないぞ。コイツは知らねーけどな」
ゲジゲジ怪人にツッコミをされても気にしない。俺は安全第一を心掛けるだけだ。ついでに、ゲジゲジ怪人がナサリオさんの射線上に被るように移動しよう。
ぴょんぴょんと軽々屋根を飛び移り、ようやくゲジゲジ怪人の後方に付く。俺たちのいる場所は、横浜赤レンガ倉庫みたいな感じの縦に長い建物の屋根だ。この程度の建築力はまぁ、驚くに値しない。
そして、俺はいの一番にナサリオさんに告げる。
「最初に言っておく! 俺は魔物でも何でもない! 悪さなんてしない! だから攻撃しないでください!!」
すかさず合掌と一礼、それと傾斜の上でどうにか土下座。ナサリオさんに届いてくれる事を願う。これで攻撃されたら、もう戦う事でしかわかりあえないと思う。
「ハッハッハ、御愁傷様。にしても、足止め役倒してその段階まで力を付けたか。よしよし」
「こっち来んな、ゲジゲジ!!」
今にも俺と仲良くなりたがりそうな雰囲気を醸していたゲジゲジ怪人の接近を、懸命に拒否する。コイツが敵である事は一応、間違いない気がするからだ。あくまで根拠はないが。
また、ゲジゲジ怪人を殴り掛かる心の準備もできていない。この気分はまるで、サバイバルホラーのゾンビゲームの気味悪いクリーチャーと、初見で対峙するようなものだ。恐怖感のあまりに近寄りがたくて、心がすくむ。
なんて奴が現れたんだ。ゾンビゲームのプレイが苦手な俺にはハードルが高すぎる。全身に鳥肌が立ち、臆病になる事を強いられる。チキンプレイせざるを得ず、遂にはホラー物に手を出さないと誓った日が懐かしい。
両腕で×の字も作って意思表示すると、ゲジゲジ怪人は唐突に近づいてくるのを止めた。続けて――
「おー、流石だな。一発で当てるとは」
何故か誉められた。お前をゲジゲジと当てるのが誉められる事なのかよ。
その時、ナサリオさんが無言でゲジゲジ怪人を背後から斬り掛かってきた。容赦なく襲ってくる剣撃にゲジゲジ怪人は余裕綽々と避けて、そのまま俺とナサリオさんとの中間へと移動した。
それからゲジゲジ怪人は俺たちを交互に見る。すかさず剣を構え直すナサリオさんにつられて、俺もゲジゲジ怪人に対して構えた。ただし丸腰だ。
しかし、ゲジゲジ怪人は咄嗟に手のひらを前に出しては制してくる。
「おいおい。俺はお前と戦うつもりはないぜ? むしろ、一緒にこの白騎士様を倒したいぐらいだ」
これは俺に向かって放った言葉だ。敵意を込められている感じはせず、ゲジゲジ怪人は次にナサリオさんの方を見る。
一緒に倒す? 馬鹿を言うな。理由も必要性もないのに、どうしてわざわざ戦わなくてはいけないんだ。それに、仮に戦うとしても返り討ちが怖い。
「俺の敵はお前だ。その人じゃない」
なので、こればかりはきっぱりと断っておく。それを聞いたゲジゲジ怪人は肩をすくめた。
「騎士の私が敵ではない、か。つくづく不思議な魔物だ」
「だから魔物じゃねぇ!!」
ナサリオさんが俺を相変わらず魔物認定してきたので、頑なに否定する。油断も隙もあったものじゃない。魔物ではない事の証明方法がハイリスクなのが辛いところだ。
次の瞬間、ゲジゲジ怪人が会話に割って入ってくる。
「さーて、それはどうかな? この白騎士様が着ているのは、魔導鎧って言う代物だ。とんでもなく強いし、魔物の位置や存在がわかるってよ。ヒトに擬態した奴も看破できるオマケ付きで」
「は?」
いきなり提示された情報に呆けた声が出てしまう。
魔導鎧。詳しい事はよく知らないが、とにかく普通の鎧ではない認識で問題ないだろう。魔法とかゴーレムとか散々見てきたから今更だな、うん。
それにしても、魔物の位置や存在がわかる? ヒトに擬態した奴もわかる? そんな便利なものを使って尚、俺を魔物と呼ぶって事は――
「え? え? 俺が……魔物? 」
「白騎士様曰くだぜ。さてっと」
「う、嘘だ! 俺を騙そうとしてる!」
俺が……魔物……? ……ダメだ、ネガティブに考えるな。リエを見習って前向きに考えろ。俺は魔物じゃない。これはG魔法。れっきとした人間だ。それは紛れもない真実。それこそ嘘だなんてあり得ない。
そうやって気をしっかり保っていると、ゲジゲジ怪人はどこからともなく二つの水晶を取り出していた。ちょうど指で摘まめる大きさで、それぞれ赤と青に色が別れていた。
その内の一つ……赤い水晶を無造作に落とす。すると、ゲジゲジ怪人はその場から忽然と姿を消した。付近に残っていたのは、フワフワと儚しげに漂っては消えゆく赤い粒子だけだった。
逃げられたと俺が思った矢先、ナサリオさんはすかさず顔を横に向ける。俺も続けて振り向いてみると、向かい側の倉庫の屋根の上にゲジゲジ怪人は立っていた。何か、仰々しく両手を横に広げている。
また、俺は何気なく屋根から下を見てみると、倉庫前の道には武装した人が疎らに集まっていた。視線を左右に揺らせば、遠くの方にも武装集団がいるのが見つかる。剣士団と、その他は恐らく衛兵や騎士団の人たちだろうか?
気がつけばびっくりな物量。初めて生で見る事になった剣士と騎士の軍団に、少し恐れを成す自分がいた。この人たちは一体、どういう理由で集結なんてして……? それは恐らくゲジゲジ怪人のせいに違いない。
それを少しの間だけ考えた直後、ゲジゲジ怪人は遠くの人にまで聞こえるような大声で話し始めた。
「土産に教えてやろう! デビルアロマで魔物化した連中は仲間にしている、戦力として! これで俺が何者か察しがつくだろう?」
ゲジゲジ怪人の元へ移動しようとしたナサリオさんは、奴のいきなりのカミングアウトを聞いてぐっと立ち止まる。ゲジゲジ怪人を倒したい気持ちを抑えて、情報取得を優先しているようだった。
何はともあれ、あの口振りだとゲジゲジ怪人がデビルアロマをばらまく一員であるのが確定したものだ。アイツが魔物ではなくヒトだったら簡単に確保できるのに。
「アヌン、ユピル、フレイグル、ハルワリック。その四つのダンジョンのどこかに俺の仲間がいる!! 放置してもいいが、とっとと芽を摘んだ方が身のためだぞ!! 光を厭う王は既に、蘇ったぁ!!」
『nugwob』
それを最後にゲジゲジ怪人は再び姿を消した。ナサリオさんがすかさず放った光矢は空振り、明後日の方向に飛んでは自然消滅する。ゲジゲジ怪人がいた場所に今回残ったのは、青い粒子だった。
「目標消失と魔法反応……逃げられたか」
「えっと……」
ナサリオさんの呟きに、俺は思わず頷きたくなる。いつの間にか、あの嫌な感覚がどこかに行っていた。
それからナサリオさんは間もなく俺を真っ直ぐ見据える。ボウガン形態の剣を下げているので、少しは怯えずに済む。
「ルキフィガ……いや、名も知らぬ魔物よ。貴様には聞きたい事が山ほどある。同行を願おう」
「……それ、俺の身の安全が保証されてませんよね?」
丁寧に頼むところを申し訳ないが、俺から相手への信用度はこれといってなかった。未だに魔物認定されているから。
ゲジゲジ怪人の言う事が本当なら、ナサリオさんは俺を魔物だと識別しているらしい。その仕組みがよくわからない。外見だけで判断されているのか? しばらくG魔法使うのやめて、調べものに力を入れようかな……。
俺の疑問にナサリオさんは黙り込み、ふと下の方を覗く。彼の視線の先には、騎士団の人々やその他大勢がいた。そして――
「すまない。周りには事後承諾になる。だが、私の命に代えてでも――」
「ごめんなさい!! 無理です!!」
魔物だと一方的に認定されている以上は、どんなリスクも背負う訳には行かない。俺は速効で断った。 そのまま百八十度反転し、ナサリオさんから脱兎の如く逃げ出す。
「なら仕方ない。実力行使で……」
「うおおぉぉぉ!? こなくそぉぉーっ!!」
すると、後ろから光矢がビュンビュンと飛来してきた。何本かが肩や腕に刺さるが、致命傷や足への攻撃はほぼ直感で避けきり、近くにあった底の深い水路へ飛び降りた。それから変身を解除し、水中に潜りながら逃走を続ける。肺活量はいつの間にか鍛えられていたため、十分近くは悠に息を止めていられた。
あの光矢が水中に撃たれる様子はない。確信はないが、攻撃が止んだのだと俺は察した。水路の流れに乗りながら、大急ぎでこの辺りから離れる。
「青いゴキブリまで取り逃がすなんて何やってるんですか、あなたは!」
「……耳元でカサカサして集中が削がれたと言えば、納得してくれるか?」
「は? ……え?」
「すまない。吐きそうだ」
「あぁ、もう! 乗り物酔いじゃないのですから!」




