3話。檻の中の少女
目の前では、白目を向いているAさんの姿があった。俺は何故かAさんの首根っこを掴み、左腕を振り上げている。
「……俺、何して……?」
取り敢えずAさんをゆっくり地面に下ろし、今の自分の状態を確かめる。
私服の代わりに謎の黒くて虫っぽいスーツ……いや、明らかに昆虫類の甲殻を身に纏っていた。甲殻そのものに感覚はなく、恐る恐る触れてみても甲殻越しにしか“触られた”感じが伝わらない。人間や動物の柔肌とはとことん異なり、まるで鎧を着ているみたいだ。だとしても、これが肉体の一部だと錯覚するぐらいに信じられないほどの一体感がある。
他には仮面、マント(ローブ?)、ガントレット、ブーツを着用している。視線がいつもより高くなった気もして、不思議と力が身体の奥底から込み上げてくる感じがする。
どうしてこうなったのだろうかと思い返してみるが、残念ながら全身に火が燃え移ったところまでしか覚えていなかった。そこからはとてつもない苦痛のあまりに意識を失って、今に至るはず。
周囲の様子も確認すると、そこら辺でAさんと同じく意識を失っているCさんの姿を見つけた。頬の腫れた跡が痛々しい。Bさんはどこかに消えていた。
「これ、俺がやったのか……?」
声が震える。状況証拠で判断するなら、二人をボコボコにした下手人は間違いなく俺だ。ただ、その時の記憶がない上に他の証人もいない。Bさんは本当にどこに行ったんだ。まさか、俺が木っ端微塵に吹き飛ばしたりとか……。
つまり、意識がない内に俺が三人組をフルボッコにした? この黒い姿に変身して? 意味不明だ。
勿論、今の姿に身に覚えがないので、自称神が俺に当てつけた特典という奴のせいなのだろう。容易にそう見当付けられてしまうのが何とも言えない。変に高揚感が続き、身体が動きたくて無性にウズウズしている。未知の状況に対する恐怖や困惑とは別にして。
本当に何なんだ、これ……。冷静に考えれば、俺の預かり知らぬところで暴力を振るうなんて十分に恐ろしすぎる。その時の記憶がないのが余計に質が悪い。誰かを殺めてもおかしくない力だ。それは言い過ぎと断定するには楽観的にもほどがある。あの自称神からもらった、という点も生理的に嫌すぎた。
恐怖心よりも謎の歓喜が先行し、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。一体どんな反応をするのが正しいのか、わからなくなった。何の意味もなくAさんの方を再び見れば、いつの間にか彼の首を片手で締めている――
「っ!?」
我に返った俺は咄嗟に手を引っ込める。自然に荒くなった息を鎮めるが、胸の内に秘めるのは本気の殺意だった。
――殺してもいいだろ? コイツらは俺を殺そうとした。殺して報いを与える。誰も咎めない。許される。正当防衛。合法。正しい。絶対正義。報いを与えるのは何も間違っていない。コイツらを許さない。殺す殺す。絶対殺す……!!――
それは、人並みに生きている者が決して普通に抱きようがない発想だった。すぐに忘れる些細なものから凝り固まったものまで含めれば、殺意というのはありふれている。その感情自体は問題ない。理性がしっかり歯止めを掛けてやれば、大体は終息する。
ただ、この躊躇の無さは自分でも戦慄した。沸き上がる理由付けも自分勝手すぎて、吐き気が出そうだった。
――あぁ、ただ簡単に殺すだけじゃ駄目だ。自称神もそうだし、俺を殺す奴には相応の罰を……惨たらしい最期を与えないと。今の姿はそれを叶えてくれる。最高だ――
「――違うっ!? 罰でも殺していい訳ない! そんな簡単に奪えるかよ……! 命は一つだけで、替えもなくて、他人事じゃなくて……!!」
遅れて俺の葬式の様子がフラッシュバックするが、敢えなく真っ黒に上書きされる。まるで何の関係性もないように。目を逸らすかのように。無意識に求めていくのが、裏打ちのない殺人の全面肯定。人殺しへの忌避感が消え失せようとする。
嫌だ、こんな目に遭っていながら喜びを感じたくない。嬉しく思いたくもない。訳がわからない事だらけなのに、思考放棄してこの力を享受しようなんて考えたくない。人を殺すのに“最高”なんて異常だ。最低すぎる。
指先が鋭くなっている手が震えるのは喜びや恐怖、どちらの現れだろうか。ただ間違いなく言えるのは、今の俺は完全におかしくなっている事だ。
――殺してはいけない理由もない。法や秩序の遵守に意味はあるのか? いや……――
「助けて親分!! ゴキブリっぽい化け物がいる!!」
「あぁん? ゴキブリに化け物がいてたまるかぁ!!」
「おい、コラ! 私をここから出しなさい! 私はサーカスの猛獣じゃないのよ!」
「うるせぇ!! 貧乳は黙ってろぉ!! さっきから挑発しまくってうぜぇんだよ! 人が手出ししないと思えば好き勝手に!」
「よし上等! 表に出なさい! 私が直々にぶっ飛ばす!」
「出ねぇからぁ!! 檻からも出さねぇからぁ!!」
「親分、お願いだから俺の話を聞いてくれー!!」
その時、以上の会話が俺の耳にはっきりと流れてきた。心なしか、Bさんの声もしてくる。思いがけず辺りを見回すが、人影は近くにない。また不思議現象だが、おかげで頭の中が一度クリアになった。
今度はよくよく耳を澄まして、会話が聞こえる方向を確かめる。
「……ん、向こうでやり取りが……」
ようやく明確に会話の出所を捉えた。ここから数百メートル以上離れた先からだ。聴力だけでなく視力も上がっているようだが、途中から大量に生い茂っている草木のせいで遠くまでは見渡せない。
どうする? 現状、色々と話が聞けそうな人がいるのはそこだけだし、敢えて行ってみるか?
未だに変身状態は解ける気配がなく、何より再び意識が飛んで暴走したりするのが怖い。三人組に襲われても助かったのは事実だが、この力が自称神由来である以上、信用性は皆無だ。早く対処法を考えなければ、この状態で人と会うのは危険が伴う。
それに、AさんとCさんの処遇にも困る。いくら相手が盗賊とは言え、このまま放置するのは気後れしてしまう。特にAさんに至っては、顔面の手当てが早急に必要だ。びっくりするほどの血塗れである。一体、どうしたらここまで酷い怪我を負わせられるのだろうか、意識のない俺は。
きっと理不尽なぐらいの暴力が三人――特にAさんに降り掛かったのだろう。因果応報には違いないのだが、この惨状では逆に申し訳なくなる。報いはこれで十分だろ。とにかく俺は生きてるのだから、未遂に終わったので取り返しは付いている。
かくはともあれ、手当てを施すなら早く行動した方がベストだ。変身状態云々で悩む暇はない。こうなってしまえば、幾らかのリスクは覚悟しなければならないだろう。助ける義理のない殺人未遂者であろうとも、俺が放置したがためにこのまま死ぬのであれば、どのみち自称神と一緒だ。結果的に人の命を奪った。
当然、そんなのは嫌だ。普通の行動ではない。人命に関わる問題は慎重になるべきだ。神様……はダメだな。逆に呪われてしまう。仏様、どうか俺に加護をお願いします。
心の中で安全祈願を済ますとAさん、Cさんをそれぞれ肩に抱えて歩き出す。合計重量は百キロを余裕で越えていると思うが、俺の怪力はそんな二人を軽々と持ち上げる。自分も常人ではなくなった事を、しみじみと実感する瞬間だった。少し悲しい。
そして、一分ぐらい歩いたところで広場に出た。イメージとしては木々に囲まれたキャンプ場だ。小屋一軒と複数のテントが建てられている。外にある焚き火の周りには、三人組以外の柄の悪い男たちが四人ほど集まっていた。彼らもれっきとした盗賊なのだろう。古びた服の上に毛皮を重ね着している。
「親分、あいつです! 火魔法が効かないヤツ!」
広場に到着した直後、Bさんの叫ぶ声が聞こえたのでそちらの方に視線を向ける。
奥には屋根のように形成された崖が切り立っていた。その下には木製のイスに座る巨漢と、彼の元で正座するBさんの姿が見える。ついでに、親分と呼ばれた巨漢の隣には、檻に閉じ込められた赤髪の少女がいた。多分、俺と同い年――十五ぐらいだと思う。
……檻の中に少女?
「拉致……監禁……!?」
まさかの真っ黒すぎる犯罪現場に出くわしてしまった俺は、思わずそう呟いてしまった。ニュースやドラマでしか見ないような展開に、つくづく己の不運を呪ってしまう。こんな事ってある?
「誰!?」
しかも、俺の姿に大層驚いた様子の少女が何者か尋ねてきた。
わかるよ、その気持ち。誰がどう見たって俺はコスプレした不審者にしか思えないだろう。どうせなら俺ではなく、警察の皆さんにやって来てもらった方が君も嬉しかったし安心できたはずだ。ごめん。
だが、決して好きでこんな格好をしている訳ではない。むしろ未知の変身を遂げてしまい、俺も非常に困っている。解除方法がわからないんだ。
そうして俺がしばらく立ち尽くしていると、親分が堂々と前に出てきた。その両脇に男たちは待機し、Bさんはそんな親分の姿を見てオロオロする。この中で怖じ気づいているのはBさんだけだ。それ以外の誰もが、台所に出没したゴキブリに顔をしかめさせながら殺虫スプレーを手に取るような目をしている。
「よぉ。俺の子分と随分遊んでくれたみたいだな? おまけにウチの拠点に送り届けてくれて。いや、喋れるかなんて思って――」
「あ、いえ。それより二人を手当てしておきたいんですけど」
親分の言葉に俺は差し当たりなく受け答えると、その場にいた全員がずっこけそうになった。
そうだった。今の俺、変な奴だったんだ。そんな奴から誠実な態度を取られては面食らうのも当たり前か。
「ま、まぁ、この嬢ちゃんが知らないって事は……単なる通りすがりか?」
「はい、通りすがりです。あっ、何言ってんだ俺。落ち着け落ち着け……」
俺の返答を聞いた彼らは、今度はずっこけるのをギリギリで思い留まる。いや、盗賊相手にこの対応はまだおかしすぎたか。意外と慌てているぞ、俺。もっと落ち着くんだ。調子が狂う。
そう。慌てる大体の原因が檻に入れられた少女の存在だ。普段では経験する事のない非常事態に、俺の頭の回転が追い付けていない。人質と化している少女の命を守るため、迂闊な真似は控えないと。全ては血で血を流す結果にならないように――
「ね、ねぇ! あなた、私を助けに来たんじゃないの!?」
「静かにしなぁ!!」
焦りを浮かべた少女が改めて俺に質問してきた瞬間、親分が遮るようにして叫んだ。
それに応じてBさん以外の子分たちも戦闘体勢に移り、親分より前へと躍り出る。剣も各々好きなように構えていて、俺に襲い掛かるのをやめる気配はなさそうだ。どいつもコイツも殺気立っている。この空間において、俺は完全に浮いていた。加えて、心の中で叫びたくなる。
「や、や、やめろぉ!? 俺はこれでも人畜無害な一般人なんだぞぉ!! 全員で剣を刺してきた暁にはお前ら全員ゴキブリ以下の最低野郎になるんだぞぉ!! やめてくれぇ!! 自首しろぉ!! 悪い事はやめて――あっ」
いや、前言撤回。叫びは心の中では抑えられなかった。これに子分たちは可哀想なものを見るような目を向けてくるが、一秒も立たずに殺意の込もった眼差しになる。親分も例に漏れず、ニヤニヤとしながら俺を小馬鹿にする。
「わりぃが大金が待ってるんでね。ゴキブリっぽい化け物だろうが、俺らの邪魔してくれるなや」
「あの、話を聞いて――」
「親分、どうしますか?」
戸惑う俺をよそに、盗賊組だけで勝手に話を進めていく。
待ってくれ。まだAさんとCさんの事が済んでいない上、少女から咄嗟に助けを求められて頭が混乱しているんだ。親分、せめてあなただけは思慮深くあってくれ。お願いだ、対話を捨てないで。平和的に行こう。
「適当に囲んで叩け。それで余裕勝ちだろ」
だが、俺のそんな願いも空しく、親分は問答無用で子分たちに攻撃命令を下してしまった。対話による望みは断たれ、単純明快な力によって案件が片付けられようとする。
誰か、嘘だと言ってくれ。俺は書類送検されるレベルで人を本気で殴った試しがない。荒事はどちらかと言うと嫌いなタイプだ。痛いのは勘弁したい。
「ダ、ダメだ、皆! 勝てる訳がない……アダッ!」
「お前も行け」
親分を説得する上では唯一の希望となり得たBさんも、無理やり戦闘に駆り出されてしまう。仮にも自分の部下の頭も殴るなんて。酷いパワハラを見た。
どうする? AさんとCさんを盾に交渉……いや、こいつらに人質なんて通用するのか?
肩に担ぎ上げられた二人に関して、目の前の盗賊たちはこれっぽっちも気に掛けていない様子だ。このままでは、俺たち三人もろとも殺されてしまう未来を辿ってしまう。
「待った! 話をしよう! 考え直せ! こんな事して何になる! 俺はこの通り丸腰だ! お願い、対話を捨てないで! 平和が一番! ほら俺が担いでるの、あなたたちの仲間だよ!! 助けようとは思わないのか!! まだ生きてるんですよ!?」
「怪物と語る舌はねぇ」
「どうしてそこで諦めんだよ、そこでぇ!? 諦めんなよぉぉぉ!!」
「ペチャクチャうるせぇ。はよ死ねやゴラァっ!」
「お国の母さんも泣いてるぞ!! こんな事させるために育てたんじゃないって!」
「お袋は死んだよ! やれ、お前ら!!」
「暴力反対ぃぃぃぃぃぃ!!」
最後に逆ギレされて、取り付く島もなくなる。やはり悪行を厭わないような相手だと、どうしても儘ならなかった。焦らず、慌てず、急いで、慎重に二人の身体を地面に降ろす。
この状態の俺の身体能力は軒並み上昇しているようで、一秒も満たない時間で降ろし作業を完遂させた。再び前に視線をやると、俺の突然の行動に盗賊たちはそれぞれの反応を示していた。
思わず剣を構え直す人や、肩を跳ね上げて驚く人、すっかり震え上がるBさんなど、リアクションは様々だ。しかし、その直後に子分たちが繰り出した共通の一手は、俺に向けて手のひらを真っ直ぐかざす事だった。
――あれは、何か危ない奴!!――
どこかで見覚えがあったが、それが何なのかは詳しく思い出せなかった。しかし、攻撃が来ると何となく察知した俺の身体は、どういう訳か勝手に前へ歩き出していた。
「「erif llab【火球】!!」」
彼らが謎の言葉を斉唱した瞬間、その手のひらに淡い光が集まった。光は一瞬にして炎の塊へと変化し、バスケットボールぐらいの大きさになって発射された。
十メートル足らずの距離から放たれた火球は、五つ全てが俺に目掛けて飛んでくる。避けようとすれば後ろのAさんとCさんに流れ弾が当たる恐れがある。下手に横へ移動できない。そもそも、二人を無慈悲に捨てるという行動自体が許容できなかった。例え悪党でも俺の行動一つで命を落としまうのなら、なるべく死なせずに済む方法を取るのがマシだと言えよう。こんなところで余計に他人の死とか背負いたくない。
ちなみに、野球選手の豪速球を上回るであろう速度で飛ぶ火球を避ける自信がなかったのは、ここだけの話。
――これはヤバい、死ぬ――
火球で俺の身体が燃やし尽くされて、骨しか残らなかった未来が脳裏によぎってしまう。だが同時に心の何処かで、余裕に耐えられるという妙な自信もあった。そのためか、俺は不気味なくらいにまで冷静にいられた。
咄嗟に両腕で防御の形を取り、飛来してきた火球を次々と浴びる。
「ぐっ! ……あれ?」
すると、俺に燃え移った炎は何事もなく消え去った。赤色に包まれていた視界がクリアになり、俺の方を見て唖然とする子分たちの姿が映し出される。火球を全て耐えきった事実に俺も唖然とした。
間違いなく全身を焼かれたはずなのに、特に何の痛みも感じられなかった。パパッと自分の身体を確認してみるが、焼け跡は一つも見当たらない。
何だこれ。自称神の贈り物の癖に、ことごとく俺を救っているんだけど……。
「手ぇ休むなぁ!!」
間髪入れずに親分の怒声が広場に響き渡る。親分に叱咤された子分たちは、再び俺に手の平をかざしてきた。絶対に火球を撃ってくるパターンだ、これ。
火球の直撃を受けても平気なのは実証されたが、何度も喰らうのは本意ではない。俺は形振り構わず駆け出し、子分たちと距離を詰めた――のだが、力の調整に失敗し、うっかり猛スピードで子分の一人と頭をぶつけてしまう。
ゴチン!!
俺を頭突きを額に受けた子分は、あっという間に白目を剥いて崩れ落ちた。額が赤く腫れている。ごめんなさい。
また、倒れた子分の胸が上がったり下がったりする様子から、息はしっかりあるようだ。殺していない事に俺はひっそりと安堵した。
直後、真横から俺の首に剣が振られた。首が刃に触れた瞬間はこれ以上ないほどにまで焦ったが、ガキィンという音を立てながら剣が折れる。
慌てて剣が当たった箇所を擦ってみるが、傷は特になかった。剣が振られた方向を急いで見てみると、折れた自分の剣と俺を交互に見遣る子分その二の姿があった。顔芸がとんでもない事になっている。
「……へあっ!?」
そして、俺の代わりに子分その二が驚きの声を上げてくれた。うん、首が斬られなかった事には俺自身も驚いている。
「ごめん!」
俺はそう叫ぶと、罪悪感を無理やり抑えながら反撃に移った。相手が盗賊でも、殴り倒そうとする事に少なからず戸惑いはあった。冷静さを変に保っているせいだ。依然として力が未知数なので、手加減は本当に保証しかねる。
まず、子分その二に対して足払いを掛けた。運動神経も抜群になっているようで、技は滞りなく綺麗に決められた。
「あぐっ!」
子分その二が背中から地面に落ちる。彼に起き上がる暇を俺は与えず、その両足首をしっかりと掴んだ。
「うおりゃあっ!!」
両手で保持しながら、砲丸投げのように子分その二の身体を振り回す。成人男性一人分程度の重量では高速で回すのに何も問題なかった。
一回転目は、間合いに入っていた他の二人にあっさり飛び退かれた。ベーゴマを彷彿させるスピードで子分その二を振り回していたつもりだったが、軽く見切られたようだ。
なので、思いきって二回転目で子分その二を放り投げた。子分その二は地面と平行になった身体を横に回転させながら飛んでいき、近くにいた子分その三の胸元に勢いよく吸い込まれていく。
「ちょっ――!!」
刹那、子分その二とその三は一緒に吹き飛び、後方にあったテントに突っ込んだ。男二人にのし掛かられたテントは、ものの見事に崩壊する。
これで残る子分は二人。俺はそのまま後ろに振り向くと、上段に剣を構えた子分その四を見つけた。天を突く銀色に輝いた剣が、俺の脳天に素早く振り落とされようとする。
「ヤベっ!?」
直前に迫る危険を感知した俺は、回避できそうになかったので即座に防御を選んだ。頭上で腕を交差させて、剣を受け止める。
ギャンッ!!
そうして案の定、腕は切断される事なく剣を防ぎきった。
よほどの力を込めているのだろうか、子分その四は鬼のような形相で剣の刃を強く押し当ててくる。しかし、やられている俺の身からしたら全然痛くも痒くもなかった。
「こんの!」
「うぎゅっ!?」
子分その四がごり押しに固執するあまりに胴がガラ空きだったので、片腕で剣を外側に受け流した後はすぐにみぞおちを軽く殴った。それでも大層のダメージがあったようで、その場に倒れた子分その四はみぞおちを抑えて酷く悶絶していた。できれば悪く思うな。
次いで横の方を見てみれば、武器を捨てたBさんが震えながら平伏していた。清々しいほどの土下座である。
「い、命だけはご勘弁を……」
ここまでされたら、もはや殴る気にもなれなかった。ここで地面に頭をつけている彼を一方的に痛めつけようものなら、最低人間の格付けがされてしまう。俺はそこまで落ちぶれるつもりは毛頭ない。Bさんはスルーする。不意打ちされたらその時だ。
「きゃっ!?」
すると、よそから少女の悲鳴が上がってきた。
瞬間、俺は声がした方向に顔を向ける。そこには、鉄格子の隙間から少女の首筋に剣を突きつけている親分の姿があった。檻の中は狭いため、鉄格子を背にした少女はそれ以上逃れようがない。
親分の立ち位置は俺と少女をちょうどよく自分の視界の中に収めていた。じっとまでは見られていないが、当然ながら親分の不意を突いて少女を助けられるかどうかすら怪しい。
そもそも、いくら俺がとんでもなく強くなったとしても、この盗賊たちも元の世界の常識では考えられないほどの身体能力を持っている。あの三人組のリーダーである以上、親分も例外ではないだろう。過信と油断はできなかった。
「ま、待て!」
まずは大声を出して、親分の注意を少女からなるべく俺へと反らす。打開策は思いついていないので、作戦は行き当たりばったりだ。
俺の待ったを聞いた親分は少女に剣を突きつけたまま、へらへらした態度で答える。
「ほぉ。一応は人質が通じるんだなぁ? 化け物の分際で。erif llab【火球】」
とりとめもなくかざされた親分の手のひらから、子分たちのよりも倍近いサイズの火球が発射される。後の展開に響くと怖いので、俺は素直に防御に徹した。
火球がたちまち俺の全身を覆い尽くす。だが、今まで受けたものよりずっと威力があったように感じられたものの、俺を燃やす事は叶わなかった。火はすぐに消え去り、五体満足で耐えきる。
「困ったなぁ、本気で撃ったのに全然死なねぇ……。子分も全滅してるし、はぁ~つっかえ」
火球を受けた様子を見届けた親分が眉をひそめる。俺も自身の人外ぶりに表情を歪ませたい気分だ。火球を受けても平気だなんて、普通では考えられない。
「久しぶりにコイツを使うにはちょうどいいか」
その時、親分は空いた手で懐から一本の小さな香水瓶を取り出した。中身は、容量の半分しか残っていない紫色の液体だ。
何で香水? この状況ではさして活用できなさそうな道具の登場に、俺は思わず首を傾げた。それを出した意味がわかららず、ひたすら訝しむばかりだ。
親分はキャップを口で器用に外し、それを吐き捨てて瓶のノズルを自身の顔に向ける。そして、迷わずポンプを押した。
一度のプッシュではあり得ないほどの量が噴射される。まるで消火器の煙のようだ。しかし、対して瓶の中身の液体は目減りしていない。
噴射液を全身に浴びた親分の肌が、みるみるうちに紫色へと変質していく。はっきり言って、その様子は生々しくて気色悪かった。
「お? お? 何だ、前よりもすんげえ力がみなぎって……ッ!?」
「え?」
余裕そうだった親分の顔がいきなり強張り、怪訝に思った俺はふと声を漏らした。
香水をつけた最初こそは喜びの表情を浮かべていた親分だったが、突然苦しそうにもがき始めた。少女を脅かしていた剣を下に落とし、苦痛から逃れようとその場に倒れて転がりまくる。
「お、親分!?」
「ぅぅぅ……おっ、おっ、おっ、オオオオオオォォォォ!?」
Bさんの心配する叫びが木霊し、遂には膝立ちした親分が空へ咆哮する。同時に親分の身体を紫色の霧が包み隠し、肌の色だけでなく肉体の形も徐々に変えていった。