26話。水落ちが生存フラグなのは有名な話
水路の流れに俺は身を任せている。変身は何故か勝手に解けたが、今度は全身に激しい筋肉痛が襲ってきた。思うように動けない。
顔も完全に水の中なので、呼吸は一切できない。それなのに、息を止めても全然余裕だった。意識が飛ばないし、苦しくもない。これもG魔法の恩恵なのかもしれない。筋肉痛は苦しいけど。
しばらくすると、俺の身体は桟橋を支える木造の柱にぶつかった。いい具合に水路の流れから逃れる。しかし、次の行動へ移るには筋肉痛が邪魔をする。身体がプルプルと震えて言う事を聞かない。
「な、何か流れてるぅぅ!?」
その時、誰かが近くで叫ぶ声が聞こえた。声で相手の性別を判断しようにも頭が回らないし、耳がチャプチャプと水面に出たり戻ったりして周りの音を断続的に遮断している。
うつ伏せで漂っているんじゃなかった。助けを求める事もできないとかヤバいぞ。見捨てられたらどうしよう。無理にでも水中から脱出しないと。
だが、頑張ろうとしたら今度は足が吊りそうになる。ダメだった。水に全身が浸かっているせいで、すっかり身体も冷えている。ここで眠たくもなった。
こんな間抜けな死に方ってあるかよ。さっきの訳がわからない白い特撮騎士が使ってきた必殺技の直撃を受けた方がまだマシだった。いや、どっちみち死ぬならマシでも何でもない。最悪だ。
己の不幸を酷く呪った次の瞬間、肩が誰かに掴まれる。そしてそのまま、桟橋の上へ引き上げられる。視界は朦朧としていて、自分を引っ張り上げた人の顔がはっきり認識できない。
「もしもし、生きてるっすか!? 死んでるっすか!? あ、息してる」
全身筋肉痛で身体がものすごく怠いし、ものすごく眠い。やがて俺は迫り来る睡魔に屈して、ゆっくり目蓋を閉じる。
それでも意識を辛うじて保っていたおかげか、眠るのは不味いと気づいてバッと目覚める。これは二度寝している時と似たパターンだ。
今度の視界は明瞭としていた。いつの間にかベッドの上で仰向けに寝転がっていて、毛布が掛けられている。服も替えられていた。
「あっ、おはようございます」
横から声が掛けられる。振り向いてみると、中性的な顔立ちをした茶髪の男がいた。俺と同い年ぐらいの気はするが、背は低い。今着ている灰色の皮鎧とは別に、身体の線を隠せば女に間違えられそうな外見だった。
なんで相手の性別を見抜けたって? いや、普通にわかると思う。
ホテルの狭い個室を思わせる部屋の中、俺はおずおずと彼に尋ねる。俺がここに運ばれてきたのは、決して悪巧みの類いをされる訳ではないと願って。
「えっと……ここは?」
「川に流されてたのをここまで運んだッス。ちょうど近くに俺の泊まる宿があったんで。宿の主人にも簡単に説明が通じました」
悪びれた様子もなくハキハキと答えてくれる姿に少し安心する。とにかく、助かってよかった。
「そう……なんだ。ありがとう。ところで、俺の着てた服は?」
「あっちッス」
彼が指差す方には、俺が着ていた私服が木製のハンガーに掛けられてあった。すぐ側にはコンセントがない謎ヒーターが起動していて、俺の服だけでなくスニーカーと靴下も温めている。
何だろう、感謝の念がすごい溢れてくる。溢れすぎて、逆に迷惑を掛けて申し訳ない気持ちで一杯だ。ありがとう、名も知らない恩人よ。助ける義理はないはずなのに。
これ以上は彼の善意に甘える訳には行かない。身体に鞭を打って、必死にベッドから抜け出そうとする。
しかし、筋肉痛が引っ張ってグダグダしている俺を見かねたのか、彼は制止してきた。
「ああ、まだ生乾きッスよ? それと、何か体調が悪そうに見えるんすけど」
「ごめん、すぐに出てく。いつまでも迷惑掛けてられないし……ウッ!?」
ベッドから足を下ろした瞬間、腰に大きな痛みが走る。とてもじゃないが、これから立ち上がろうとするのを躊躇いたくなった。
「どうしたんすか?」
「……筋肉痛が辛い」
訝しげな彼にそう答えて、思わず涙が出そうになる。ちくしょう、湿布が欲しい。例え治癒魔法を覚えていても、主に効果を発揮するのが外傷だけだというから悲しい。
その後、結局は彼の手を借りる事になって、アローズまでの帰路へと着いた。服は既に元から着ていた物に替えてある。
さらに彼だけでなく宿の女主人さんも、水浸しだった俺の身体をタオルで拭いたりなどしてくれたようで、宿を出発する直前まで頭を下げっぱなしだった。事情を聞いてこなかったのも、地味にありがたい。
「本当にごめん。肩貸してもらえるなんて」
「いいッスよ、別に」
何度目かもわからない謝罪を繰り返す俺に、彼はニコッと笑って返す。リエと初めて会った時を思い出した。
しばらく歩いていると、足を動かすのがだんだん苦しくなる。彼の肩を借りていると言っても限度があった。
なので、ちょうど差し掛かった広場にあるベンチに腰を下ろす。
「ちょっと休憩。ふぅー」
出来ればこのまま横たわりたいが、その衝動を抑える。彼も遅れて俺の隣に座ってきた。
その時、彼は神妙な面持ちで俺に質問してくる。
「あの……ところで、何で川に流されてたんすか?」
「それ聞いちゃうんだ。えっと……」
どう答えるべきか迷ってしまう。間違っても正直に言ってはならないのは理解しているが、俺は嘘が壊滅的に下手だ。表情に出るし。
表情に出るなら隠せばいい? そうだな。ただ、今度はどういう嘘をつけば良いのか悩んでしまう。その場しのぎで後々にばれてしまうものは却下だ。
そうして思考を巡らせていると、右手首につけていた例のブレスレットを思い出す。それを題材に嘘を組み立ててみるが、即興ゆえに出来が粗すぎる。しかし、これ以外にはすぐに思い付きそうになかった。
一か八か。相手から顔を逸らしながら、右手を見せる。
「コレ、取りに行ってた」
それから数秒間、沈黙が訪れる。俺は不安と緊張で落ち着く事なんてできなかった。足がソワソワし始める。
一応、目だけ彼の方を向けてみると、どうやら息災の腕輪をじっくり観察していたようだった。そして――
「装備魔法ッスね」
「わかるの?」
「はい、冒険者やってるんで」
彼のいきなりの冒険者宣言に、俺の中で衝撃が走る。
冒険者? 冒険者って普通、モヒカンやスキンヘッドとかの屈強な男たちが務める命懸けの職業だよな? 例外はあるとしても、彼にそんな雰囲気は感じられない。精々、見習い剣士といった感じだ。ヘボすぎる。
すると、彼は急にジト目になって俺を見つめてきた。
「あ、なんすか。その信じられないって感じの顔は?」
「ごめん、俺の知ってる冒険者って感じじゃないから」
地雷を踏んでしまった気がしたので、すぐさま頭を下げる。俺はあと何回謝ればいいんだ……。
しかし、彼の表情は依然として思わしくない。むしろ表情に一層と影が落ちたようだった。
「やっぱり、そう思われるんすね……」
それから彼は溜め息を吐いてがっかりする。俺が迂闊な発言をしたせいだな。これは不味い。早くフォローしないと。
だが俺が喋るよりも早く、彼がものすごい勢いで一方的に話し始めた。その勢いはリエを彷彿させるが、一つ違うのは身に纏うオーラだった。あまりにも暗すぎて、後ろ向きに考えがちな俺の影がダブった。
「見た目が男らしくないのは自覚してるッス。おかげで冒険者ギルドでも、先輩たちから風当たりが強くって。今まではソロで活動してたんすけど、昨日になってダンジョンのソロ禁止令が出ちゃって……」
そこまで言って、さらに落胆する彼。話のそぶりからして、どう考えても彼に冒険者の仕事は合っていなさそうだ。男らしくない外見だけで人間関係がギクシャクするなんて、相当暖かくない職場にも程がある。エルフやドワーフが当たり前に存在する癖に、その先輩とやらの心が狭すぎるな。どの世界でも先輩イビりはあるものだったか。
ところで、そんな職場なら彼はどうしてやめようとしないんだ? 個人的には冒険者なんていう命懸けの仕事よりも、もっと安全で安定した収入が得られる仕事をオススメする。別に冒険者じゃないと生きていけない訳じゃないんだから。
「やめないの? 冒険者」
何はともあれ、相手の事を少し知らないとそんなのは考えようがないので聞いてみる。すると彼は唇をぎゅっとつぐんで黙りこんだ。それから徐々に言葉を紡いでいく。
「夢なんです。男のロマンを掴み取るのが。それでコンプレックスを払拭したい」
彼が自分の容姿にコンプレックスを持っていたのは予想通りだった。それを払拭させるために選んだ道が冒険者と言うのは、少し考えさせられる。
確かに冒険者とは、主に男がやるイメージだ。女性の冒険者なんて、軍隊や警察と同じく全体の割合が絶対に少ない気がする。男らしさという点では申し分なさそう。リエ? 彼女は例外だ、多分。
男のロマンとやらもわかりやすい。冒険や探検には誰だって少年時代では少なからず惹かれていたと思うし、人型の巨大ロボットやアニメ・漫画・ゲームの必殺技に至っては一瞬にしてハートを射抜かれたはずだ。カッコいい。その一言に尽きる。
女の場合? それは逆パターンでの女のロマンだな。特に恋愛とか。少女漫画や恋愛ドラマしか思い付かない。
冒険者になり、男のロマンを追い求める。そんな彼の気持ちに何となく理解してしまった俺がいた。自分と彼の抱く夢の差をついつい比較してしまい、冒険者なんてバカだと思うと同時に平凡志向の自分が少し情けなくなる。普通の幸せだけで満足する俺よりも、追求しようとする貪欲な点では凄い。
「夢……俺より凄い事してるんだな」
「え?」
「いや、何でもない。よいしょっと」
うっかり漏らした言葉をうやむやにして、俺はベンチから立ち上がる。休憩はもう十分だった。
こうして、順調にアローズの近くまで歩いていく。あとは一本道を進むだけで帰れるところで、彼に感謝と別れを切り出す。
「ありがとう。ここまでで良いよ。もう一人で行ける」
「そうッスか? それじゃえっと……名前、お互い教えてないッスね」
「あれ? あ」
彼に言われて、二人とも自己紹介がまだだった事に気づく。やるなら最初の内にやっておくべき事なのに、どうして今まで忘れていたのだろうか。
「俺は鈴斗」
「アレックスって言います。それじゃ、スズトさん」
「うん。じゃあね、アレックス」
最後まで口調はなるべく丁寧だったアレックスと、最初から砕けていた調子の俺。生まれた環境の違いがここまで響いてくるか。ティナの時も最初そうだったけど、もしもの場合に備えて身分が高い人には年齢問わず口の聞き方を気を付けないと。
手を振りながら立ち去っていくアレックスに、こちらも手を振り返す。さて、ベクターさんが怖いぞー。




