22話。G注意報
雑踏の中をレジェントとティナは歩く。この美男子と美少女に誰もが思わず目を引かれそうだが、一人として彼らを見ている者はいなかった。まるで最初から視界の中に収まっていないように通り過ぎていく。
しばらく歩いたところで、レジェントに先導されているティナが口を開いた。
「もぉ~。今日は一日中、鈴斗と一緒にいたかったのにぃ~」
「申し訳ありません、クイーン。どうかしばらくは堪えてください」
「イヤ。一緒に居たいだけなのに、どうしてこんなに邪魔が入るのかしらぁ? 信じられないわ」
レジェントの謝罪を素直に受け入れず、ティナはぶつくさ文句を垂れる。頬をプクリと膨らまして不満を示す様は外見的に相応だった。年齢に関しては、生誕一周年すら迎えていないので何とも言えない。
「クイーン、失礼します」
すると、レジェントは片膝をついてティナの手を取った。ティナが面食らっているのに構わず、彼女の手袋を片方だけ外す。
その中から現れたのは、およそヒトのものとは思えない禍々しい手だった。見た目は虫の甲殻に近く、色はアリではなく台所の悪魔を彷彿させる程度に黒い。
「やはり人間態がまだ不完全ですね。バレていなくて何よりです」
そう言ってレジェントはティナに手袋を着け直し、心の底から安堵する。一方で周囲の人間たちは、やはり二人を完全に無視していた。加えて、いつティナたちとぶつかるのかヒヤヒヤさせる危なっかしさがある。
ティナは掴まれた腕を乱暴に振り払って、レジェントを軽く一瞥する。その後、自分の身の回りを確認してみては彼に尋ねた。言葉の調子は一転し、子供らしさがなくなっていく。
「これは……人払い? 結界? それとも姿眩ましの魔法? あのミミズの魔物が出てきたのも、あなたの仕業?」
「はい。全てはクイーンを穏便に連れ戻し、尚且つキングに経験値を積ませるためです。それに、私がキングと接触する訳には行きませんでした。時期尚早です」
「そう、通りで。でも邪魔されたのは許せないわぁ。どうしてくれるのかしらぁ?」
ティナは微笑みながらレジェントにそう告げる。ただし、声の調子には少し怒りを滲ませていた。
当たり前だ。せっかくの想い人との時間を結局二人きりでは過ごせなかっただけに留まらず、不完全燃焼の形で中断させられたのだから。とりわけ鈴斗に「さよなら、またね」と言う機会がなかったのが、彼女にとって一番最悪なものだった。
次第に怒りを露にしていくティナに、レジェントはついつい困った表情を見せる。しかし、次の瞬間には空虚で優しい笑顔が再び貼り付けられた。
「これはクイーンのためでもあります。キングが強くなれば、いざと言う時にあなたを颯爽と助け出せる白馬の王子となれます。襲い掛かってくる幾多の敵を打ち倒し、あなたをぎゅっと抱き締める。そしてゆくゆく、二人は結ばれ……何か素晴らしくロマンチックではありませんか?」
「それは……」
随分と少女趣味的な単語を耳にして、ティナはうっかりと想像してしまう。
敢えて自分が鈴斗を守る立場に回るのも悪くはない。だが理想を求めるのならば、逆に自分を守ってほしい。カッコいいと言うよりも可愛い寄りの顔で颯爽と自分を守る姿にギャップ差を感じて、とても堪らない。その上、更なる変身を残している。
無論、レジェントが誤魔化そうとしているのは百も承知だ。ただし、どんなに誤魔化されているという認識があっても、うっかり鈴斗との将来に夢を見てしまう。
ここからティナの想像は妄想の域まで達し、鈴斗との甘い時間を健全なものからR-18まで網羅する。気づくと彼女の顔は、とろける大福のようにすっかり緩んでいた。
「えぇ、悪くないわね♪」
そして、割りと簡単にレジェントに言いくるめられた。
「あっちはクイーンが幸せそうだなぁ。んで持って、俺は貧乏クジ引かされてるし」
その頃、スカウトはミミズ怪人が倒された現場に赴いていた。ティナと自分の扱いの差に辟易しつつ、地面に残された人影と紫の水晶を見下ろす。
それからゆっくり水晶を手に取り、間近で眺める。水晶はアメジストのように綺麗に澄んでいて、日光をよく透過していた。悪魔の香水の名を持つ魔法薬が産み出したものとは、到底思えないほどにまで美しい。
あらかた水晶を眺め終えれば、今度は辺りをキョロキョロと見回す。すると、こちらをじっと見てわなわなと震えている女性を見つけた。
無理もない。女性が目にしたのは、現代地球の方でも不快害虫の認定を受けたゲジゲジがモチーフの怪人である。いくらスカウト本人に悪気がなくても、その気色悪いフォルムは周りにとって嫌悪感を与えるのに十分であった。全身に渡り、モゾモゾと蠢いている節足をビッシリ纏っているのだから。とはいえ、ごちゃごちゃした感じはせずに整っているのが不思議だ。
スカウトは女性を見つめ返し、スーっと近づく。その時の移動方法は歩きではなく、無数の節足を応用した自動車の如き走行だった。ゲジゲジの節足が車輪代わりである。足を前に出して歩く訳でもなく、身体が上下に揺れる事もない。むしろ棒立ちの状態で、完璧に限りなく近い水平移動を実現していた。
そして、一切の音を立てずに近づいてくるスカウトの姿に、女性は恐怖心を一層掻き立てられてしまった。逃げようとしても上手くいかず、尻餅を着いてしまう。
「キャアアアアアアアア!?」
女性は涙目になりながら甲高い悲鳴を上げた。その上、近距離でスカウトからガン見されているのが、蛇に睨まれた蛙の如く可哀想だった。
「そうだ。もっと叫んで人を集めろ。こちとら尻拭いしないといけないんでね」
対してスカウトは、泣き叫ぶ女性を眼下に置きながらケタケタと笑う。女性の怯えた様子を見るのを完全に楽しんでいた。
「待て! elcici【氷柱】!!」
その時、王国剣士団の軽鎧を身に纏った青年が横からやって来た。魔法を唱え、スカウトに向けて手のひらから氷柱を発射する。
「おっと!」
迫り来る氷柱をスカウトはひょいっと回避し、瞬く間に女性から離れる。氷柱は一定距離を飛んだところで自然消滅した。流れ弾の心配はない。
その間に青年は急いで女性の元に駆けつけて、スカウトに対して剣を抜いた。女性を自身の後ろに忍ばせて。
「逃げてください、早く!」
「は、はい!」
剣士団が駆けつけた事で安心を得た女性は、今度は尻餅する事なくそそくさと逃げていった。それを受けて、スカウトが青年を茶化す。
「ヒュー! カッコいい事するねぇ、剣士団の兄さん」
「街中な上に人の言葉……お前、デビルアロマを使ったのか!?」
「さぁな。でも、これとか見れば少しは予想できるだろ?」
スカウトは回収した水晶を青年にちらつかせる。瞬間、青年の顔は驚きと困惑の色に染まった。
「悪いね。俺は騒ぎを起こしても暴れる気はちっともないんだ。じゃあな」
「っ! おい!」
一方的に別れを告げたスカウトは家の壁に跳んで張り付き、そのまま屋根の向こうへと消えていった。それは実にムカデやゲジゲジらしい動きで、追撃は困難かに見えた。
それでも青年はスカウトの追尾を諦めず、走りながら折り紙を懐から取り出す。その折り紙は、折り鶴の数段回前の状態までに折られていた。
直後、折り紙が折り鶴へと変形し、まるで妖精のように発光しながら青年の顔近くを漂った。
その名はコールクレイン。王国剣士団全体で採用されている、魔法の力で確立された数少ない遠距離連絡手段だった。
「こちら、ウスイ。魔物化した人の出現を確認。応援を願います。場所は――」
しかし、その後はスカウトを捕縛ないし討伐が叶う事はなかった。これより以後、夜間の外出規制と警備強化、複数人での行動呼び掛けが、ルズベリーの街でより徹底される事になる。




