20話。環境適応
「逃げる!」
ミミズ怪人と出会って早々、俺はティナをお姫様抱っこして逃げた。背中を見せるのは怖いが、とっとと逃げ切れば良い話だ。
しかし――
「ちょっ、リエェ!?」
振り返ってみれば、光鞭を自在に操ってミミズ怪人の触手と切り結んでいるリエの姿があった。ミミズ怪人も対抗して二本とも触手を伸ばし鞭代わりにしているが、それらの攻撃は全てリエに捌かれていた。
それでも、蛇光剣の光鞭は切れ味を持っているはずなのに、弾かれている触手には傷一つもない。鞭同士がぶつかっているのに、まるでただの剣戟になっている不思議な戦闘が繰り広げられている。何アレ、おかしい。金属音も心なしか響いている。
「後から行くね! ティナと逃げて!」
そう言ってリエは果敢にミミズ怪人に立ち向かっていく。素人目だが、戦況は五分五分だった。甘く見積もってリエの完全勝利。
それにしても先に逃げろって……ちょっと待ってほしい。ティナの事があるからわかるけど割り切れない。止まった足がなかなか動き出そうとしないんだ。
逃げたいのは山々だ。可能なら剣士団なり衛兵なりにミミズ怪人を押し付けたいぐらいに。だが、リエを置いていくと思うと、男としても外聞的にも気が引ける。そして何より、事実を知られた後のベクターさんが怖すぎる。
くそっ、前回よりも考える余裕があるせいでどっちつかずの中途半端だ。あの戦闘に介入できる自信がないなら逃走を選べ!
「鈴斗……」
「ん?」
ようやく逃げる決心がついた時、ティナが唐突に呼んできた。ティナの指差す方を見てみると、いつの間にかベルトが自分の腰に巻かれていたのに気づく。
あれ? もしかして無意識に発動した? また勝手に……。
いや、ここまでお膳立てされたなら、後は俺の意志だ。もうG“魔法‘’だって判明しているのだから、全て終わった後に根気よく説明すれば良い。俺が化け物だと見られるのも怖いが、手遅れになるよりはマシだ。
ミミズ怪人が被弾覚悟でリエの頭上を飛び越えようとしたのを、彼女は光鞭を相手の足に取り付かせて叩き落とす。その間に俺は近くの物陰へと急いで移動し、そこでティナを降ろした。
「ティナはここに隠れてて。あの怪物すぐにやっつけてくるから」
そう言いつけると、ティナは静かに頷いた。
やけに素直なのが気になるが、今は迅速に問題を解決しなければならない。速攻撃破が無理なら、殿に交代してリエをティナと一緒に逃がすしかなくなる。
それから全速力でリエの元に駆け出す。これからどうすれば良いのかは、身体が自然に覚えていたので問題なかった。他に人がいないのも尚良しだ。
「natravira【変身】」
水平に半円を描くように両腕を前へ動かして、キーワードを呟くと同時にバックルのギアを押す。足元に浮かんでいた魔法陣が瞬時に俺の身体を透過し、光を放ちながら肉体が変貌していった。
今までの感覚がより洗練され、目線も上がり、奥底から力がみなぎってくる。初めて自分の意志で変身したが、意識が飛ぶ気配もない。ぶっつけ本番で成功を納めたようだった。良かった。
既に目の前には、うつ伏せの状態から起き上がろうとするミミズ怪人がいる。足を掴んでいた光鞭は外されていた。
よし、取り敢えず蹴ろう。一気に間合いを詰めて、サッカーボールをゴールに入れるように、ミミズ怪人の脇腹を――
「シュートォ!!」
「へっ!?」
ミミズ怪人が綺麗に吹っ飛び、リエが面食らう。突然の乱入ですまない。しかもニグラムに変身した状態で。
ミミズ怪人の方を見てみると、奴は柵を越えて丘の下へと落ちていった。その一部始終は、まるで土管に吸い込まれる赤い配管工Mのようだった。
あっ、まずい。蹴るのに遠慮が無さすぎた。このままだと相手の姿を見失って、二次被害が起きてしまう。
「ス、スズトだよね? ティナは!?」
「物陰に隠れてる。逃げるより倒した方が早い気がしたか――らぁ!?」
リエの疑問に答えてすぐさまに行動しようとすると、柵の向こう側から触手が腕に巻き付いてきた。よもや十数メートル以上も伸ばせるなんて、注意を逸らしすぎたか。
「スズト!」
リエから心配の声が上がり、腕に巻き付いた触手はグイグイと俺を引っ張る。柵の方を再度確認すれば、ミミズ怪人が俺を命綱代わりにして這い上がってきていた。
触手はしつこく腕に絡み付き、なかなか外せない。必死に踏ん張るがじわりじわりと引き摺られ、ミミズ怪人が柵を乗り越えようとする。相手の触手はまだ片方が余っているので、それからの危険を考えると猶予はなかった。
「ごめん! そっち任せた!!」
「ちょっと!」
リエの制止を無視して、俺はミミズ怪人へと突撃する。次の瞬間にはミミズ怪人に体当たりをして、一緒に崖下へと落ちていった。元々低い崖だったようで、数秒も経たずに地面と再会する事になる。
※
ミミズ怪人は落ちる寸前、触手でニグラムを掴んだ方の腕を横に振った。そのままニグラムの身は投げ出され、両者はお互いに離れた状態で地面に転がった。
周囲の環境は、整備された森林に家が数件だけだった。人影はどこに見当たらず、家の中から外の様子を眺める者もいない。側にある崖は斜面が急で、とても駆け上がれるものではなかった。
「いっつ……このやろ!」
すぐに起き上がったニグラムは、ミミズ怪人へがむしゃらに突進する。
対してミミズ怪人は、両腕の触手を再び伸ばしてニグラムを迎撃する。ニグラムが触手の鋭い突きや薙ぎ払いを避けたのも最初だけで、首元と左腕に巻き付かれてしまった。
首に触手が巻かれる直前に右手を入れたので、そのまま絞め殺される事はない。しかし、攻撃手段が己の肉体のみである彼にとって、両腕が封じられるのは死活問題だった。ミミズ怪人の触手の制御は奇妙極まりなく、上半身がその場に固定されて満足に歩き出せない。もはや触手ではなく、強靭な針金と呼ぶのがふさわしい。これではなけなしの体当たりすら不可能だ。
モゾモゾと動くだけのニグラムに、ミミズ怪人は赤いモノアイを歪ませる。口元が見えない頭をしているにも関わらず、その目の形は嘲笑を思わせた。
その上、ミミズ怪人の攻撃はこれだけでは終わらなかった。「フン!!」と掛け声を上げるや否や、触手に青い炎が灯される。燃えているのは触手だけで、ミミズ怪人本体には火の粉すら飛んでいなかった。
炎は即座に触手の先端まで届き、拘束対象の肉体を炎上させる。並みのキャンプファイヤーとは比べ物にならない火力に、ニグラムに移った青炎は天まで昇らんとする勢いでゴウゴウと燃え上がる。その光景はさながら、戦車に搭載するタイプの大型火炎放射器を空に吹かしているようだった。
「ぐううぅっ!!」
普通の生物であれば、通常の火炎放射器の直撃でも大丈夫なはずがない。重度の火傷の痛みでショック死するか、丸焼けにされて黒炭と化するかだ。どのみち即死は免れない。
しかし、ニグラムは悲鳴を上げるだけで、青い炎を延々と浴びているのに肉体が一切焦げていない。肩に掛けた短いローブも、意外と燃え尽きていなかった。
「あつっ! あつっ! あっつあっつ!!」
また、熱さを連呼して訴えるだけの元気もあった。燃やされてから酸素は少しも呼吸器官に取り込めていないはずだが、酸素欠乏や一酸化炭素中毒にも陥っていない。化け物にもほどがある。
だが、それらも全てG魔法が根底に関わっていた。G魔法【生存本能活性】と【変身】、そして【環境適応】だ。
【環境適応】とは、読んでそのままの意味が効果の魔法である。緊急時だけの【生存本能活性】と異なって常に発動しており、術者の肉体を適宜調整していく。暑いと感じるのなら身体を暑さに強くし、寒いのなら寒さに強くする。とある病気の感染エリアにいるものなら、【生存本能活性】と並行発動して病気に強くなる。それが例え、感染相手の遺伝子を書き換えて怪物に変えるレベルの恐ろしいウイルスでも。
【生存本能活性】により様々な面での耐久・耐性が上がり、【変身】で更なる物理・魔法防御力のブーストを掛ける。そこでダメ押しに【環境適応】。
もはや確実に殺すには、隕石や小惑星などの質量兵器をぶつけるか、ブラックホールに捨てるか、太陽に捨てるか、ありったけの核の炎で細胞一つ残さず滅却するしかないだろう。コンクリ詰めにして東京湾に沈めたり、宇宙空間に放り捨てるだけでは撃破成功率は大幅に下がる。オーバーキルの気持ちが重要だ。
「ぅぅ……ぉおおおおお!!」
腹の底から大声を出したニグラムは、力の限り両腕を動かす。すると、頭部のバーストアンテナが展開された。一気にパワーが増幅し、触手による行動制限を次第にものともしなくなる。
「どうりゃあ!」
それから強引に左手を使って、首に巻かれた触手を握り締めては引きちぎる。触手はミチミチと裂かれていき、遂には先端が焼け落ちてニグラムの拘束が半分解けた。
「ナァっ!?」
自分の触手の片方がやられた事に、ミミズ怪人は驚きとも悲鳴とも取れる声を出した。千切られた方の触手は手元へ戻るように縮んでいき、その時の反動を軽く受け流す。傷口は既に再生済みで、間髪入れずに二度目の攻撃が可能だった。
しかし、その頃にはニグラムに間合いを詰められていた。左腕を封じていた触手も右手で容易く千切られ、ニグラムを包んでいた青い業火はふっと消え去った。
それでもミミズ怪人は負けじと両腕から生えた触手を即座に振るう。触手は最初から炎を纏わせている状態だった。手始めに下段――足元を狙う。
初段の足払いは回避されるが、立て続けに上から降り下ろした触手はニグラムの肩口へと吸い込まれていった。金属の塊のような触手の強度と、先端から接触した事による強烈な遠心力が加わり、単純な威力が高くなる。
バチィィン!!
思わず顔をしかめて、耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響く。耐久力がおかしい事になっているニグラムも、一点へと集中した攻撃には「うぅっ!?」軽く呻き声を上げた。ただし、それだけだった。
走り出していたニグラムの勢いは、鞭のように繰り出された触手程度では削げなかった。迎撃続行の暇を与える事なく、たちまちミミズ怪人の懐へと潜り込む。そして間髪入れず、真紅の魔力光に覆われた右拳を相手のみぞおちへ真っ直ぐ叩きつけた。
――砲紅腕、シェルフィスト――
みぞおちを殴り抜かれたミミズ怪人は、足を地面に引き摺らせながら後ろに吹き飛んだ。足裏で石畳の道の表面をゴッソリ削っていく中、足のブレーキがようやく利いてカクンと動きが止まる。
それからゆっくりと顔を上げる。モノアイから推察できる表情は何も浮かんでこない。ニグラムに殴られた箇所は鎧もろとも陥没していた。内臓の位置がヒトと変わらないのなら、どう見ても心臓と肺が潰れている事に違いない。
ニグラムを数秒間睨み続けたミミズ怪人はとうとう力尽きる。その場で膝をつき、直後に肉体が霧散した。唯一の遺物である紫の水晶が、コロリと下に落ちる。
「フゥ……フゥ……」
一方のニグラムは息を整えながら、ミミズ怪人が霧散した場所を眺めた。
「二度目……だよな? 初めて、殺したんじゃなくて……」
一人で静かにそう呟く。仮面のせいで一切の表情が読めなくも、戸惑いを覚えている事は確かだ。みぞおちを殴った拳を何度も開き閉じさせて、それを見つめる。咄嗟に繰り出したシェルフィストの光は影も形もなく、すっかり消え失せている。
カラス怪人の時のように無意識のままで倒していない。しかし、こうもまともな遺体が残らないとなると、殺した感慨すら微妙に終わる。鈴斗は何だか、やるせない気持ちに襲われた。殴る蹴るをした生の感触を忘れて――




