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2話。夜の恐怖。夜ではない恐怖。すなわちG

 人の気配が感じられない不気味な森の奥に、一軒の洋館がひっそりと建っていた。人の往来はほとんどなさそうにも関わらず、館本体はおろか、それを取り囲む庭にまできっちりと手入れはされていた。


  草木は綺麗に整えられ、存分に咲き誇らせる花壇に雑草は少しもない。正道含むレンガで敷かれた通り道も、破損した箇所というのはどこにも見つからなかった。


  また、手入れは洋館内にまで行き届いている。床や手すり、ドアノブ、窓の隅などに埃は被っておらず、挙げ句の果てには談笑まで聞こえる始末。しかし、その声はどう考えても人間が出すものではなく――


「「Poo!」」


  頭にハロウィンで使うようなカボチャを乗せた鬼火が、そこらかしこにたむろしていたのだ。メイド服を着た個体もいれば、執事服を着た個体もいる。下手なお化け屋敷よりもお化けしていた。


  彼らの名はパンプキンウィスプ。火のボディは曲がりなりにも四肢を形成し、上から着ている服は何故か燃えない。現時点でその理由は解明されていない。


  さて、そんなお化け屋敷同然の洋館であるが、一応の幽霊以外の入居者は存在している。階段をどんどん上がり、ホールへ真っ直ぐ赴くと三人の人物が居座っていた。


  しかし、内二名は紛う事なく怪人と呼ばれる風体をした化け物であった。一方はアシダカグモ、もう一方はゲジゲジのモデルにした人型の異形であり、身長は二メートルをようやく越える程度だ。外見の詳細は言わずもがなである。

 

「曇り空なき雷鳴は王の到来の前兆」


  その時、三人衆の最後である燕尾服の青年が呟くと、ホールの窓から落雷の光が入ってきた。それに遅れて轟音が響き渡り、クモ怪人とゲジゲジ怪人は何気なく青年の姿を見た。

  ちなみに構図としては、青年がとりとめもなく立ち尽くしているのに対して、二体は丸いテーブルを囲んでカードゲームに興じている。


「そして、特に理由もない閃光が夜空に広がる」


  青年の予告から間を置かずに、外で閃光弾が打ち上げられた。迂闊に直視できない明度に、怪人たちは片手で顔に当たる光を遮る。ただし、青年はそれを後光のようにして一身に受けていた。


  理由がないとは一体どういう事なのだろうか。青年の奇行に怪人たちは飽き飽きすると、心の中で静かにそうツッコミを入れた。


  やがて閃光弾の効果は消え去り、ホールはいつも通りの照度を取り戻した。仄かな灯りをぷつぷつともたらすシャンデリアの下で、さらに青年はゆったりと舞い、カードゲームの続きができる事に怪人たちが胸を撫で下ろす。


「閃光に理由もなければ意味も成さない。ええ、それで構いません。地上世界に生きる人類が知る必要もない。恩恵を授かるのは我々だけでいい」


  この頃になると、青年の言葉は二人の耳に届かなくなった。だが、それを気にする素振りは彼にはない。こちらを無視してカードゲームをする怪人たちに構わず、締めの言葉を凛と言い放つ。


「キングがこの世界に誕生します。後は……クイーンの目覚めを待つだけです」


  そして、ホールの奥にある舞台上にて、ホログラフが投影された。ホログラフはレンズが貝殻に埋め込まれたヤドカリから映し出されており、青年の手の動きに応じて映像が目まぐるしく変化していく。


  ホログラフで映ったのは、一つの巨大な繭と一人の少年だ。繭は大の大人が余裕で入れるほどのサイズで、少年は黒髪黒目に低い鼻と“珍しい”人種である。


  残りの二人もホログラフの内容にうっかり目を奪われる。クモ怪人は青年の告げた言葉に絶句し、ゲジゲジ怪人は思わず確認を取った。


「……マジで?」


「はい」


  すかさず肯定した青年の表情は、見る者によっては無性に腹立たしく感じるほどにまで清々しかった。


 ※


  晴れ渡る空に白い雲。積乱雲らしいものは見当たらないので、すぐに雨が降ってくる可能性も低い。


  小鳥たちのさえずりが、朝日が登って来た事を余計に強く認識させる。俺の格好はパーカーの上にジャージ、それから長ズボン、スニーカーというものだが肌寒さを感じない。体感的には、春の始まり頃の気温だろうか。


  うん、今日も良い天気だ。何か特別な事が起こるかもしれない……現在進行形で。


「グス……はぁ」


  自称神に何もやり返せなかった事による悔し涙を我慢すると、ふと溜め息をついてしまった。


  俺こと白須鈴斗が死んだのは、揺らぎようのない事実であるのはわかっている。それは理解しているが、あのムカつく自称神のせいで一向に納得はしていなかった。


  と言うより、結果的にも間接的にもアイツに殺されたような形でもあるので納得できるはずがない。特典付き転生云々ではなく、死者蘇生で詫びて欲しかったぐらいなのだから。


  だが、死者蘇生も現実に起こりうる未来を考慮すれば好ましくない事なのもわかる。最悪の場合、実験用モルモットルートを歩むかもしれないからだ。ゾンビ扱いとかされて。少なくとも、普段通りの生活が保証されないのは確かである。


  それこそ自称神の力で何とかしろと言いたくなるが、そこまで万能的であれば復活を拒否される事も、“手違い”が起きる事もなかっただろう。どちらにせよ、俺はもうアイツをこれっぽっちも信用できないが。


  黒い沼に飲み込まれた後、俺はどこかもわからない森の中をほぼ丸腰で立っていた。ハンカチやポケットティッシュ、財布以外のもので持っていたのは、自称神から宛てられた一枚の手紙だけであった。

  内容は以下の通りである。


『拝啓 白須鈴斗


  君がこの手紙を読んでいる頃には、私はもう側にはいないだろう。それもそうだ。異世界転生と聞いて喜ぶどころか、私の温情を不意にして逆ギレしたのだから。ざまぁ。


  だから私は君を強制転生させるついでに、イメージ的にマイナスなものしか浮かばないし、使えば社会的にも物理的にも淘汰される事間違いなしな特典を勝手に与えさせてもらった。前情報もなく異世界転生させられるだけで相当の罰なのだが、それでは私の気が済まないのでね。


  フフフ。今にも君が自分の特典に悩み、苦しみ、最終的には共同体から追放された絶望と孤独で心が折れる様子が目に浮かびそうだ。神たる私を愚弄した罪は永遠に消える事はない。あのまま何も気づかず異世界転生に甘んじていれば良かったものを……。


  勿論、特典内容についての説明は一切しない。転生して早々、野犬に群れにでも喰われる事を祈るよ。フフフ、フハハハハ! ヴェェハハハァ!!


  敬具 シュワルネーリ』


「……腹立つううぅぅぅ!!」


  その瞬間、俺は手紙を丸めて森の奥へと全力投球した。


「あの野郎ぉ……。くそっ! アイツの思い通りに死んでたまるかよ!」


  手紙の内容に悪態をつけながら地団駄を踏む。二度と自称神と会えない以上、俺にできる唯一の抵抗はアイツの思惑通りにならない事だ。


  恐らく、どんなに頑張って足掻いてもアイツは歯牙にもかけないと思うが、だからと言ってやられっぱなしではいられない。こうなれば、とことんアイツの思惑の反する道を進むだけだ。


  そうして当てもなく森の中を突き進もうとすると、手紙を投げ捨てた方向から誰かの声が聞こえてきた。


「おい、誰だ! 俺に向けてこんなもん投げたのは!!」


  ザッザッと草木を掻き分けて登場してきたのは、三人組の男たちだ。金属鎧や兜など、着ているものはまちまちで統一感がないが、共通しているのは古びた衣服を着ている事だ。また、三人とも腰に剣らしきものを提げている。


  三人の中でも先頭に立つ男――仮称Aさんは、怒り心頭といった顔で俺を睨み付けていた。後ろにいる二人――BさんとCさんも、Aさんの横に並んで俺の姿を視界に入れる。


「なんだ、このガキ? 魔物がうようよいる森の中で丸腰だぜ」


「見た事ねぇ服だな。剥ぐか?」


「……ここ何時代だよ」


  残り二人のあまりにも典型的な盗賊ぶりに、俺はうっかり声を漏らしてしまった。


  セリフだけならまだしも装備がピストルではなく剣と鎧の時点で、現代では絶滅種相当の盗賊である事は火を見るよりも明らかだ。俺の目の前にいる三人は、もはやマンガやアニメなどでしかお目に掛かれないタイプである。


  できればこの三人組は単なるコスプレ集団だと思い込みたいが、鞘から抜かれた剣の身の輝き具合から、どうしても本物の盗賊にしか見えなくなる。


  次第に心臓の鼓動が激しくなり、妙に足元がソワソワして落ち着かなくなる。凶器を持った犯罪者と真っ向から対峙するのがこんなにも恐ろしいだなんて、まるで思いもしなかった。


「この玉投げたのテメェだな? 舐めた事しやがって……」


  そう言って丸めた手紙を適当にポイ捨てしたAさんは、怒りを爆発させる前触れを俺にまじまじと見せつけてくる。右手で既に構えた抜き身の剣の存在もあって、殺意も抱かれているのは明白だった。


  次の瞬間、俺は三人組から尻尾を巻いて逃げ出した。だが――


「いっ!?」


  創作物の忍者顔負けの速度で、あっという間に三人組に包囲される。その目にも留まらぬ足の速さにひたすら驚く事しかできない。


  なんだ、今のスピード!? こいつら人間か!?


  三人組が披露したのは、オリンピックに出ればダントツで一位を取れるだろう走力だ。選手が日々の努力で力を掴み取っているのに対し、盗賊のコイツらはそれ以上の境地に達しているとでも? どういう事だよ。


  少なくとも、俺を囲んでいるコイツらが常人とは考えたくなかった。足の速さだけなら、警察すら一蹴してもおかしくないレベルだ。それに、コイツらを警官たちが無事に逮捕できる未来が見えない。


「おい、命が惜しかったら身ぐるみ全部置いてけ。別に抵抗してもいいが……他に大金が手に入る当てが出来たんでな。魔法で塵残さず燃やしても構わないんだぜ?」


  すると、Aさんが剣をちらつかせながら脅しを掛けてきた。浮かんでいる笑顔が実に悪党染みている。戸惑う様子がない辺り、長い間盗賊稼業をしてきたのだろう。何で自分の力をもっと平和的な方向に活かしてくれないんだ……。


  また、言動からして俺以外にもターゲットがいるようだ。しかも、その人に比べて俺は価値が低いと思われている。それこそ、粉微塵に消しても問題ないレベルで。


  それに、Aさんの「魔法」という言葉も気になる。魔法なんて俄に信じ難いが、三人組が常人を辞めている時点であり得なくない話だ。つまり、Aさんたちは盗賊で魔法使いだった……?


  どちらにせよ、周囲にいる盗賊たちが素直に俺を殺さない訳がない。言いなりになろうがならまいが、この状況では強盗殺人した方が彼らにとって非常に楽だ。優秀な刑事とか鑑識とか科捜研とかいなければの話だけど。

  だから、俺は――


「そんな口約束、信じられるかよ!!」

 

  生きる事を決して諦めなかった。それから、がむしゃらに包囲を抜けようと駆け出す。打開策なんてものはないが、無抵抗でいるよりは遥かにマシだ。


「erif llab!!」


  そして、Aさんがよくわからない言葉を口にした瞬間、俺の視界と身体は赤い炎で覆い尽くされた。


 ※


「ハハハ! ざまぁないぜ!」


  火球を鈴斗に向けて発射したAは、灼熱の炎に全身を焼かれながらもがく彼を見て笑い声を上げた。鈴斗を囲んでいたBとCも同様だ。


  鈴斗から悲鳴は上がらない。もはや姿が見えなくなるぐらいに全身が燃え盛っていて、満足に呼吸する余裕すら奪われていた。鈴斗は途端に地面に転がり込むが、どんなに暴れても火は一向に消えない。むしろ、火は鈴斗を骨の髄まで焼こうとしていた。


  この異世界には魔法が存在する。今回使われたのは黒魔法 erif llab【火球】。魔力さえ持っていれば、理論上は誰にも使える初級の魔法である。だが初級とは言え、火球を受けた者の大半が瞬時にその身を焦がし尽くして絶命するほどの威力を持つ。


  焼却殺人という極めて残忍で悪質なショーをAたちは呑気に眺め続ける。しかし、数秒経過しても未だに消えない炎に、Cはとりとめもなく疑問に持った。


  黒魔法の火は対象を燃やしきればすぐに消える。その理由の一端が、あくまでも魔力で自然現象を擬似的に再現したものに過ぎないから。自然現象の火と魔法の火の相違点は、探そうと思えば幾らでも見つかる。


  Cは今も燃え続けてはとうとう立ち尽くす鈴斗をじっと注視し、何らかの異常に気づく。


「おい、何かまだ生きて――」


  刹那、Cは火だるま状態の鈴斗から右ストレートを顔にもらった。火は肌や衣服に燃え移らなかったが、自身の反応速度では追いつけなかったパンチを受けて、華麗にふっ飛んでいく。


  やがて、Cの身体がズザザと音を立てながら土の上に転がる。殴られた本人は既に気を失っていた。


「っ、こいつ!!」


  仲間がやられた瞬間、Aは果敢に剣を鈴斗に繰り出した。火だるまになっても死んでいない事に驚きつつも、剣を突き刺せば流石に殺せるだろうという確信があった。


  所詮は無駄な足掻き。相手はもう自分の死を悟っているから、ただ死にもの狂いになっているだけ。火球の直撃を受けてまだ生きている事は驚愕に値するが、Aはそれ以外に何の感慨も抱かなかった。


  剣で相手の身体を貫く。それからグリグリと回せば傷口から体内に空気が入り込むので、ショック死させる事も容易い。普通に考えれば人一人……それも鈴斗のような細い身体の人間を殺すのは余裕だ。


  真っ直ぐ突き出された剣の切っ先が鈴斗にぶつかる。しかし、ガキィンという金属同士をぶつけたかのような音が鳴り響き、銀の刃はこれっぽっちも鈴斗の肌を通せなかった。そればかりか、切っ先がホロホロと崩れ落ちる。


「へ?」


  Aが呆けた瞬間、鈴斗を包んでいた炎はあっさり消え去った。だが、そこにいたのは私服に身を包む鈴斗ではなく、たった一人の黒い戦士がすらりと佇んでいた。振り返った戦士の素顔はおぞましいの一言に尽き、青く揺らめくぎらついた二つの複眼がAの瞳の奥を覗く。


 直後、Aの脳内は恐怖によって徐々に占められていく。戦士の顔に既視感を覚えるとともに、何故か黒く照り光る台所の悪魔“ゴキブリ”を思い出した。複眼の色は黒ではなく青なのに、違和感はこれっぽっちも抱けない。どばっと全身から冷や汗が流れ落ち、心臓の鼓動が早くなる。じっとせずにはいられなくなる。それは早くこの場から逃げ出すか、目の前にいる異形を倒すかの意味だ。


 ふと視線を少し下げれば、おどろおどろしい形をした昆虫の顎を垣間見た。もしかしたらアリやハチの方が生易しい。そう思わせるほどの代物だ。殺意に満ち満ちており、これ以上は直視したくないとAは望む。顎の奥に見えてしまった歯茎は気のせいと信じたい。


 ただし、戦士が素顔を晒した時間は秒にも満たなかった。逆を言うならば一秒足らずでAは大量な情報を手にしてしまった訳だが、そうだと自覚するよりも一歩早く戦士が仮面を被ってくれた。


 仮面の出所はイマイチ不明で、Aは相手が顔を隠してくれた事にうっかり安堵してしまう。未だに異常事態の真っ只中にいるにも関わらず。忽然として現れた仮面が幽霊さながら、独りでに被られた事実を改めて受け止めて、呑気に首を傾げた。


  フルフェイスのヘルメットを被り、カエデの葉を模したような水色のゴーグルの縁には、細く赤い線が通っている。また、ゴーグルの端部分では赤線が角のように短く上へ伸びていた。


  下顎部分の昆虫チックなクラッシャーは銀色に輝き、漆黒のヘルメットとコントラストを利かせている。これだけで戦士の不気味加減が幾らか緩和されていた。ただし、首から下のせいで顔面偏差値による高い補正は実質的に打ち消されてしまう。


  上半身は丈が非常に短いマントのような装甲が重ねられ、筋肉質なボディを外界から少しだけ遮断する。それでも、虫の足を模している脇腹の筋肉が余裕で見えていた。


  それ以外にも四肢を注目すると、どこからどう見ても虫の甲殻であった。左右の手の指の数はそれぞれ五本。漆黒の甲殻と色的にほとんど同化しているブーツとガントレットには、台所の悪魔であるゴキ○リを彷彿させるカッコいい意匠が植えつけられていた。


  しかし、そんなカッコ良さも意匠の意味を把握してしまえば焼け石に水となる。Aたちは自分たちの目の前に立つ黒い戦士を、ゴキブリの化身か何かにしか見えなくなっていた。


  こうして黒い戦士の全貌を目にしたAは、再び顔を見上げる。身長は二メートル近くまで伸びていて、Aの背をすっかり越している。戦士が何も語らずじっと見下ろす様は、AとBに威圧感をひしひしと与えた。


「erif llab【火球】!!」

 

  ただの子どもではなかった。化け物だった。そう感じたAは早期決着をつけるため、間髪入れずに火魔法を唱えた。


  手のひらから放たれた火球は、黒い戦士を再び飲み込む。しかし、火は相手を燃焼させるには至らず、すぐに消えてしまった。


  剣はおろか、黒魔法も全く通用しない。この事実に盗賊の二人は戦慄する。黒い戦士と対峙する彼らの頭の中に共通した警鐘が鳴り響いた。


 ――戦ってはいけない。歯向かってはいけない。ただひたすら逃げろ――


「ひぃっ!?」


  すると、黒い戦士は片手でAの胸ぐらを乱暴に掴んだ。Aは情けない悲鳴を出し、軽々と黒い戦士に持ち上げられる。地面から足が離れてしまい、彼はパニック状態に陥った。


「う、うわあぁぁぁ!!」


  まだ黒い戦士の手に掛けられていないBは、半ば拘束されたAを見捨てて逃げ出した。その様子をAは視界の隅で偶然にも見つけるが、薄情だと頭の中で考える余地は既に残されていなかった。むしろ占めていたのは、外見的に不快感を抱かせる害虫と遭遇してしまったような恐怖だった。


  宙ぶらりんになったAはジタバタと暴れる。だが、黒い戦士の腕はそれをものともせずに胸ぐらをガッシリと捕らえ続ける。解放されるのはまさに絶望的だった。


「erif llab【火球】! erif llab【火球】!」


  至近距離での火球連射。それでも黒い戦士はAの胸ぐらを離してくれなかった。何度も直撃を受けている本人に、火球が効いている様子は微塵もない。


「な、なんで魔法が効かな――」


  その直後、Aは黒い戦士によって思いきり地面に叩きつけられた。ようやく胸ぐらが解放されたものの、代わりに地面と激突してしまう。


  顔が文字通り地面の中に埋まり、Aは抜け出そうと必死にもがく。対して黒い戦士は何の手出しもせず、その様子を静かに見守っていた。


  Aはようやく地面から抜け出す。鼻の骨は折れており、鼻血がだらだらと流れる。見た目は派手だが意外と重症ではない。まだ逃げ出そうとする元気が彼に残っていた。


「ハッ……ハッ……や、やば……あぁ!?」


  しかし、Aが這いずって逃げるのは流石に見逃されなかった。次に黒い戦士はAの服の襟を思いきり引っ張り、今度は膝立ちの状態にさせる。それからAの首を絞めないようにしながら、お互いに向き合う状態を作り出す。


  再び身体を持ち上げられ、目尻にすっかり涙を溜めるA。身体はガタガタと震えだし、戦士が構えた手刀を見て青ざめる。その指先はとても鋭利だった。何とか自分の首を掴む手を退けようとするが、びくともしない。


「や、やめてっ……!!」


  間もなくして手刀が襲い掛かる。その直前、Aは自分の精神を守るために意識を飛ばした。


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