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G魔法戦士ニグラム(黒) ~強制転生に強制特典。あとゴキ○○~  作者: erif tellab
2章。遠方より遙々やって来たGの妃
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19話。観光かデートかは皆さんの判断に委ねます

「へぇー、ティナちゃんって言うのね? 私はイリス・クルヴェットと言います。よろしくね。はい、ハーブティー」


「ありがとう。喜んでいただくわ」


「味はどうかしら?」


「美味しいわぁ! コレ、自生してるのかしら?」


「ええ、そうよ」


  アローズ店内にて。ほんわかな雰囲気を醸し出しながら、イリスさんとティナは楽しそうに話している。


  あの後も結局、ティナは俺の隣にくっついて離れなかった。リエと二人掛かりで親を探そうと説得しても叶わず、一時は無理やり引き剥がそうとしたが、ティナに掴まれた俺の腕ごと持っていかれそうだったので諦めた。その怪力はリエに優るとも劣らなかったほどだ、多分。異世界の少女って皆こうなの? 常に火事場のバカ力を出せるの?


  ティナは今もこうして、俺と一緒にカウンターの客席に座っている。時刻はまだ午前中なので、他の客は片手で数えるほどしかいない。ハーブティーの代金はきっと俺の給金から天引きされる事だろう。ベクターさんによって。


  そんな中、ティナを挟む形でリエもカウンターに座っていた。横からティナを見つめる彼女の表情は、どこか訝しげだった。


  すると、誰かが後ろから俺の肩を叩いてきた。振り返ってみると、どこからともなく剣を持ち出したベクターさんの姿があった。最初に浮かべていた笑顔も瞬時に消え去り、たちまち憤怒の色に染め上がる。顎を上げて、こちらを見下してくる様がすごく怖い。


「小僧、どうやら引導を渡す時が来たようだな。それが貴様の本性だったか。ボロを出すまでが本当に長かった……遂に貴様を成敗する大義名分が……」


「すみません、ベクターさん。俺の話を聞いてもらえませんか?」


「聞かぬぅ!!聞けぬぅ!! 省みぬぅ!! ……うぉ!?」


  弁明も許されず勘違いされたまま成敗されるのを覚悟した瞬間、抜剣寸前のベクターさんの周囲に複数体のガーゴイルが舞った。ガーゴイルに目の前を飛ばれたベクターさんは怯み、その隙に他の個体が剣を差し押さえる。


  ありがとう、ガーゴイル。それから間を置かずに、イリスさんがベクターさんに注意する。


「お父さん、そんなに怒るとティナちゃんが怖がっちゃいますよ?」


「私は全然平気よ。今よりも怖いのを知ってるからぁ」


  実際に横にいるティナを見てみれば、さっきのベクターさんに臆した様子もなく、むしろ平然としていた。なんて強い子なんだ。これなら遊園地のお化け屋敷ぐらいは難なく踏破できそうだぞ。


  ベクターさんの剣を没収した上で、ガーゴイルたちは天井近くの高さまである棚へ帰っていく。その時、リエの口から吹っ飛んだ言葉が放たれた。


「ねぇねぇ。ティナとスズトって婚約中なの?」


「……っぇ!? 違う! 初対面だ!」


  婚約という単語に動揺しながらも、俺はきっぱりと否定する。決してからかっている訳ではなさそうだが、それでも心外だった。ティナが最初から俺のフルネームを当ててきたせいか?


「私と鈴斗は運命の赤い糸で繋がってるの。生まれた瞬間から私は鈴斗の事を知ってて、家にいる間は会えなくてずっと悶々としていたわぁ。だって、こうして直に会うとますます素敵なんだもの。もっと好きになる。ねぇ、鈴斗。結婚式はどんなのが良いかしらぁ? 王道の純白? それとも禁断の恋って感じがする漆黒?」


「近い近い」


  幼いながらも魅惑的な仕草と表情をしながら、ティナは俺に顔を近づけてくる。腕がガッシリと掴まられているので、俺は少ししか仰け反れなかった。


「あら。だったらスズト君、ティナちゃんのご両親に挨拶しに行かなくちゃ」


「イリスさん、それ冗談で良いんですよね? 本気じゃないですよね?」


  咄嗟にツッコムが、イリスさんはニコニコと笑顔を返すだけだ。きっと、この様子をただ純粋に微笑ましく思っているに違いない。気楽でいいなぁ。


「ティナって最初から一人だけだったけど、お父さんとお母さんはどうしたの? 今頃心配してるんじゃないかな」


  先ほどとは打って変わって、今度は諭すように伝えるリエ。それが今、俺たちが一番に気にするべき本題だった。


  どうして近くに保護者の影すらなく、一人で市場にいたのか。俺の本名はともかく、名字まで当てられたのはどうしてか。そもそも、どういった身分の人間なのか。疑問点はいくつでも思い浮かぶ。


  リエの言葉にティナは即答せず、一先ずハーブティーが入ったカップを再度口にした。軽く飲み、ごくりと喉を動かす。喋ったのは、ティーカップをテーブルに置いた後だった。

 

「そうねぇ。コッソリ抜け出して来たから、今は捜索隊が血眼になって頑張っていると思うわぁ」


  捜索隊。少なくとも、ティナが中流階級の出身である事は予想できた。血眼という表現から、ティナも自分がどれだけの存在か自覚できているらしい。


「ティナ。悪い事は言わないから、すぐ親の元に戻ろう。いつまでも心配させたら可哀想だ」


「どうして? 鈴斗は私と一緒に居たくないのぉ?」


  早く帰るよう言葉を投げるが 、そんな事はお構い無しにティナは再び俺の腕に絡みついてくる。彼女はじっと俺の目を覗き込み、俺は思わずティナの綺麗な瞳の奥へ引き込まれそうになった。


  すると、不思議とティナといつまでも一緒にいたい衝動に駆られる。このまま抱き締め返したくなる。もう通報されても良いとさえ思えてきた。いっその事、キスも――


  ……いや、何を考えているんだ、俺? 気でも触れたか? いけない、いけない。気を確かにしろ。俺の好みのタイプを思い出すんだ。年下の幼い少女なんて良くない。


  それに、いつ両親とのお別れが訪れてくるかもわからない。それは明日かもしれないし、数十年先かもしれない。ただ、一度別れてしまえば覆しようがなく、いつまで過去に浸っても意味がない。できる事はただ一つ、乗り越える事だ。


  後悔してからでは遅い。親からの愛情や想いを無下にするのも酷い話だ。例外の場合は要検討。俺は諦めずにティナの説得を続ける。


「それ以前の問題だろ。心配するって事は大事にされてるんだから。何も言わずにいなくなったら親が悲しむ」


  根気良く頑張った甲斐もあったのか、ティナは口をつぐみ、視線を下に落とす。そして――


「……それもそうねぇ。うん、わかったわ。でも、その前に……」


 



「もう、鈴斗と二人きりが良かったのにぃ~」

 

「ごめん、にわかの俺じゃ街の案内はできないから。リエ、よろしく」


「うん、任せて!」


  結果、街の案内を条件にティナを帰す事になった。ティナはリエではなく俺の案内を望んでいたようだが、諦めてほしい。無理なんだ。


  さらにティナはルズベリーの街の住民ではないらしく、自宅の特定すら叶わない。いっその事、剣士団の人たちに丸投げする方が合理的だが、ティナと街の案内を約束した手前ですぐ破る訳にはいかなかった。なんてこった。


  そんな訳で現状は、今頃はティナを探しているであろう捜索隊の皆さんと合流するしかなかった。俺とリエ、たった二人で頑張って。ベクターさんとイリスさんはお店の方に残っている。……早く街案内を終わらせて剣士団に任せるべきか。


  しばらく歩いていると、景色のど真ん中にゴシック調の大きな建物が現れた。左右対称の造りで屋根は周りと違って青色。中央玄関の上にある塔の天辺には、水の精霊であるウンディーネの彫像が立てられていた。

 

「はい、市庁舎。近くに綺麗な庭園があって、そこがちょっとした迷宮なの」


「へぇ、面白そうねぇ」


  リエの解説にティナがコクコクと頷く。素直に市庁舎を見上げる俺とは違って、二人の注目はその庭園とやらに行っていた。


  二人は普段からこの手の街並みに見慣れているだろうから、この齟齬は別に気にしない。それに、迷宮庭園とは俺も気になる。遊園地とかにある感じだろうか。


  すると、二人の視線が一気に俺へと集中する。その目は何かを訴えているようだった。


「ん? 行くの?」


「「行こう」」


  そして俺はリエに引っ張られ、尚且つティナの手を握った状態で迷宮庭園に連れていかれた。文字通りの迷宮で、二度と外に出られないのではと思わせるほどの難関だった。道中の綺麗に整えられた草木や花畑が、何かのまやかしに見えた気がした。外から眺める分には垣根はそこそこ低かったのに、中に入るとビル並に高くなるとか訳がわからない。


  迷宮庭園の踏破は、途中で設けられた謎解きも一々解いていたので四十分ぐらいは掛かったと思う。出入り口に立っていた係員から事前に解答用紙をもらっておくチェックポイント方式で、成功報酬はペンだった。魔法を使う際、杖代わりの補助道具として使える代物らしい。俺は普通のペンとして使う事に決めた。


  その次に訪れたのは、女子向けの雰囲気が漂う雑貨屋だった。店の外からガラス越しに見える見本棚には、赤、青、緑、桃と明るい色の小道具が並べられている。あ、テディベアもある。何で胸にX字の傷があるんだ?


「教えるのずっと後回しにしてたけど、ようやく来れたわ! 魔法道具が主体の雑貨店!」


「あらぁ、意外と小物が可愛い」


  これまで以上にはしゃぐリエと、子供のように目をキラキラと光らせるティナ。ここに来て、ようやくティナの年相応な姿が見られた。


  さて、一緒に行っても居心地が悪そうだから俺は外で待機だな。そう思っていると、リエとティナの顔がこっちに向いた。


「ん? 俺も入るの?」


「「入る」」


  なるほど、これが女性の買い物に付き合う男の定めか。抵抗も空しく、今度は二人に協力されて店内へと引きずり込まれた。その上、買う物を選ばされた。


  知らん、もうなるようになれ。俺が選んだのは、細い紐に小さな水晶が三つほど通っている簡素なブレスレットだった。正式名は息災の腕輪。身に付けていれば怪我や病気にならないとされ、実質的には装備魔法に分類される。効果は白魔法だ。


  息災の腕輪は色違いでそれぞれ三人分を購入。リエは自分で、俺はティナの分も支払った。ティナにはしつこく指輪をせがまれたが、そこは上手く黙らす事ができた。収入が少ないのは仕方ないね。


  リエによる街案内はまだ終わらない。正午を伝える鐘が鳴った直後、俺たち三人は一軒の菓子屋に到着した。店にできている行列はまだ少ない。まさか、ここで腹ごしらえを……?

 

「次、砂糖とバター使わないのに美味しくて安いって評判のお菓子屋さん!」


「何か主旨変わってない?」


  砂糖・バターの使わないお菓子に興味が少しでも湧いてくるが、俺はそれを抑えながらリエに一つ確かめた。


「大丈夫! 色んなところを回って目撃者を増やして、ティナを探している人たちの耳に届かせる戦法だから! ささっ!」


「行きましょう?」


「アッハイ」


  リエが手招きするだけに飽きたらず、ティナの追撃がやって来る。抵抗しても結果は目に見えていたので、ここは素直に従った。


  ここで俺が選んだのはカボチャのパウンドケーキだ。バターの風味はなく、甘みも砂糖とはずっと違っていて、どこかフルーツジュースの味に似ていた。百円で買える紙パックのリンゴジュースを思い出す。もはや手に入らない産物だが。


  一方のリエはワッフルを、ティナはイチゴのタルトを食べた。そして、チョコは予想通りなかった。生菓子を見かけなかったからもしやと思っていたが、やはり残念だ。チョコラング・ド・シャが食べられないなんて。八ツ橋も期待できそうにない。


  小腹を満たして街案内を再開。だが、ここまで来るとやっている事が完全に観光になっていた。家畜化されてゴーレムと合体したスライムが下水を綺麗にしている様なんて、今回の観光で一番驚いた出来事である。あの四脚ゼリーロボはスライムドールと呼ぶらしい。


  あちこち歩き回り、早数時間。途中で休憩も挟んだが、ティナの捜索隊とやらと遭遇する気配は一向にない。流石に合流は無謀すぎたか。ティナが他所の街からルズベリーに来たと言うなら、お伴から割ける人数も限界があるし。


「結構すれ違わないな……ちょっと疲れた。初めて自分で稼いだ金を使ったし」


「そうねー。迷子を送り届けるだけなら剣士団の人に頼んだ方が早かったかも……まぁ、楽しかったからいいかな?」


  坂道を登りながら、疲弊を示す俺に応えるようにしてリエは屈託なく笑う。彼女の右腕には早速、息災の腕輪が付けられていた。水晶の色は青だ。


  ちなみに俺もティナもとっくに自分のを付けている。俺が緑色で、ティナは赤色。


「あらぁ? 私はまだ元気よぉ?」


「マジか、スッゴいな」


  俺とリエよりも小さいはずのティナは、この長距離移動を全然堪えていない様子だった。俺といつまで手を繋ぐのだって地味に疲れて良いはずなのに、惚れ惚れする。


「もうすぐ坂道終わるよ。……ホラ!」


  リエの跡を追いかけて坂道の登り終えると、目の前の景色がぐっと広がる。木の柵の向こう側に、一つの巨大な建物が上へ飛び出していた。周りにビルやマンションといった類いは存在していないので、その巨体が余計に目立つ。


  俺の視力が高くないのもあって、遠くからでは窓や除き穴の区別もできず、まるで要塞にしか見えなかった。しかし、要塞にしては今まで役割を発揮した事がなさそうなくらいに真っ白で、気分は金閣寺や姫路城を望んでいるようだった。宝石のようにやたらと綺麗すぎる。


  俺たちがいる場所はなだらかな丘と呼ぶようなところなので、ここからでは全体像は窺えない。せいぜい地面に垂直な石壁と、その上に立つ数本の塔、建物、オレンジ色の屋根ぐらいだ。


「城……初めて見た」

 

「え? ニホンにもお城あるんじゃ……あっ」


  ふと漏らした俺の言葉にリエはそこまで言って、自力で気づく。


「うん。城壁が低くて、砦みたいな感じ。あんなずっしりしてて重たそうなのはないかな」


「そうなんだ。いつか見てみたいかも」


  そうしてリエも城を眺め始める。ただ、彼女にとって目新しさは存在していない。願いを叶える事ができないのが少し申し訳なかった。


  すると、横に立つティナから手の甲を軽くつねられた。地味に痛いのを我慢して、ティナに顔を向ける。


「ずるいわ。二人にしかわからない話なんて」


「ごめんごめん」


  俺は謝るが、ティナはジト目で見つめてくるのをやめない。これは完全に嫉妬しているやつだ。

  この様子をリエも目撃し、ティナをからかい始める。悪気はなさそうだった。


「アハハ。ヤキモチ焼いちゃったかな?」


「別にぃ? 鈴斗の隣は私で決まっているから。焼く必要も焦る必要もないわぁ」


「スズトの気持ちを考えないのは良くないと思うけどね」


  その時、ティナからの視線がより強く突き刺さってきた。こちらの出方をまだか、まだかと待っていて、俺の手を固く握って離さない。


「煽るなよ……えっと……」


  リエに一言文句を告げて、僅かな間でティナへの回答を精一杯考える。ずっと悩んでいると不機嫌になる事は間違いないので、時間が勝負だ。


  取り敢えず頭に浮かんできたバラバラのフレーズをひとまとめにし、喋りながらそれを丁寧に並べていく。


「好きだって言ってくれるのは、まぁ嬉しいけど……初対面といきなり結婚とか無理だし嫌だ」


「え? どうして? 鈴斗、私の事が嫌いなの? 好きじゃないの?」


「二択なら好き。だけどいきなり結婚とかは無理だ。即決で決めていい事じゃないし、ティナはまだ幼いし、周りの目もあるし」


「愛に年の差なんて関係ないわ」


「簡単に貫き通せるほど世間はチョロくないんだよ。ゴシップって言う現代のアサシンもいるし。十年経ってからなら話は別かもしれないけど、そこまで責任を負える自信がない」


  何やかんやで差し当たりのないよう、かつ迅速にティナに受け答える。結婚なんて現代日本基準で考えれば、簡単には決められない。まず親から認められなければならないし、将来に備えた貯蓄も必要だ。駆け落ちは自爆や特攻と同じく下の下の策だと思っているので、もっての他だ。


  それを一から十まで教えればティナも確実に諦めがつくと思うが、純粋な夢を破壊するのも気が引けるので自重した。そもそも、俺はこの世界の結婚に関する法をまだ知らない。初対面の少女との結婚とか無謀以外の何者でもなかった。


  俺がそこまで告げれば、ティナはたちまち黙り込んだ。何やら考えている様子だ。しばらく待つと、ティナはようやく口を開く。


「要するに、私が成長すれば問題ないって事?」


「その時まで気持ちが変わってなければな」


「じゃあ、一年後に式を!」


「いや、短すぎだし」


「半年後!」


「えっと――」


「一ヶ月後!」


「だから早すぎぃ!! どんだけ待てないんだよ!?」


  結婚までの時間がどんどん短縮される。眠る時間を呟いて起床を免れるのよりも酷い。


「本当は今すぐにでも結婚して、一緒に館で愛し合いたいのよ!! でも、鈴斗がそう言うなら……」


「限度を考えろ! 下手したら俺にマイナスイメージしか湧かないレッテルが貼られるんだぞ! 自分の好きな人に不名誉を与えてもいいのか!」


「ハッ!?」


  刹那、ティナは驚いた表情のままで固まりながら、一切の言葉を失った。顔を一度深く下げて、改めてこちらに向き直った。


「ごめんなさい。私、気持ちだけ走ってて……」


「ん、分かればいいよ」


  説得完了。これでしばらくはティナからの奇妙な呪縛に掛からずに済みそうだ。ロリコンの称号を得るのは勘弁したい。


  よし、我が身に降ってきた問題が解決できた事だし、後はティナを送り届けるだけだな。約束は果たしたから遠慮はしない。迷子は剣士団に任せる。


  その時だった。突然、どこからともなく嫌な感じが肌に直接ひしひしと伝わってきた。咄嗟に辺りを見回してみるが何もない。閑散とした緑豊かな土地に、数件の建物が不規則に並んでいるだけだ。今まで通った場所と比べると、人っ子一人も居なくて物寂しい。


  何もないはずなのに、俺に襲い掛かってくる重圧感は拭えない。とても錯覚とは思えず、落ち着きが徐々に欠けていってしまう。心拍数も上がり、気が気でなかった。


  ……そうだ。これは以前にアローズでウィリーさんと話していた時のと同じ感覚だった。だとすれば、カラス怪人のような何らかの元凶がいて、それを何故か感知できている事になる。何だ? 今度は何が起こるんだ? お願いだ、気のせいであってくれ。


  急いでリエたちの方を見遣る。ティナはアホ毛がピクリと反応し、顔つきが一気に強張らせていた。アホ毛ってそんなに動けるものだっけ?


「スズト?」


  リエは俺と違って、まだ何も察していないようだった。小首を傾げて、不思議そうに俺を見つめる。


  しかし直後、地面の小さな揺れが起きると同時にリエの表情が変わった。明らかに警戒心を跳ね上げた様子だ。


  不意に俺とティナのいる足場が盛り上がる。素早く盛り上がったせいで危うく転びそうになるが、ティナを両腕で抱えながら辛うじてその場を飛び退いた。


  すると、地面の中からミミズのような触手が勢い良く飛び出してきた。触手は全部で二本で、俺とティナがさっきまでいた場所から生えている。


  リエもそれには反応できていたようで、いつの間にか俺の元に寄ってきていた。蛇光剣を構え、変な触手をギロリと睨み付ける。


  そして、盛り上がった地面が遂に吹き飛び、土砂と石を撒き散らしながらニュルリと影が出てくる。体表はタコやイカを彷彿させる質感だが、意外と鎧みたいなものを窮屈そうに身に付けていた。


  両手はしっかりヒト型の五指で、最初に見えた二本の触手は手首より前から生えている。そいつの全身像に見覚えは全くないが、どう考えてもこれは確実にアレだった。


「うげ……」


  柔らかそうな兜に覆われた赤いモノアイが特徴の、人型のミミズの化け物――仮称、ミミズ怪人が現れた。ちくしょう、のんびり暮らしていたら何か出やがった。


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