18話。押し掛け嫁……嫁? 幼女の間違いじゃ……
朝日が昇ったばかりの時間帯にレジェントは洋館に帰ってきた。玄関まで続いている敷地の道をスタスタと通り過ぎ、扉をくぐる。
レジェントが中に入ると、間もなく扉の閉じられた音が玄関ホール内で反響する。その時、奥からタキシードを着たパンプキンウィスプが慌ただしくやって来た。
「Pou!」
「やぁ、ジョナサン。慌ててどうしたのですか?」
「Pou! Pou!」
「何ですって?」
どう聞いても「Pou」としか解釈しようがないパンプキンウィスプの声。しかし、そんな彼と話す事などレジェントにとっては朝飯前だった。
ジョナサンからの報せを聞いたレジェントは、彼に構わず大急ぎで駆け出した。やがて目的地の広間に到着すると、とんでもない光景がその目に映った。
広間は神々しい紫色の光で包まれており、その中央には魔力で構築された白い十字架が立っていた。十字架には一人の女性が、両腕を横に伸ばした状態で四肢が白い鎖に拘束されている。鎖も十字架と同様、魔力由来だ。
後からジョナサンも追いついてきたが、彼が広間に侵入しようとすると身体に電撃が走った。ジョナサンは咄嗟に広間の入り口から身を引き、その場で悶絶する。幸いにも、電撃による怪我は軽いものだった。服やカボチャに少しの焦げ跡ができている程度である。
試しにレジェントも広間に侵入する。だが、ジョナサンの時と違って何も変化は起きなかった。
問題なし。それからレジェントはのしのしと広間の中央に向かいながら、クイーンの乳母である彼女の名前を呼ぶ。
「パストラ、死んでますかー!?」
「生きてるわ……」
ぐったりとしながらも、パストラは懸命に返事をする。
それを受けて、レジェントは喜びに打ち震えながらパストラの元に駆け寄った。
「ああ、良かった! 今すぐ降ろします。しばらくの辛抱です!」
「ごめんなさい、レジェント……」
「急に何でしょうか。話なら後で――」
「クイーンが外出するの、止められなかった……」
瞬間、パストラの拘束を外していくレジェントの手が止まった。パチパチと瞼を何度も上下に動かす。
それでもレジェントは気を取り直して、救出作業を続行する。その間にも、クイーンの外出についての感想を口にした。
「クイーンが外出……そうですか。ええ、それは予測済みでした。しかし、このタイミングで……」
「前からキングと会いたがっていたから、きっとルズベリーの街に……」
鎖はレジェントが触れるだけで消滅していき、解放されたパストラの身体は彼に優しく受け止められる。今のパストラに、自力で立つだけの元気はなかった。瞼が重く閉じていくのを堪えながら、いつまでもレジェントの肩に頭を預けている。
レジェントが指を鳴らせば、広間を包む光が一瞬で消えていく。これでジョナサンも広間に入れるようになった。気づけば、入り口には担架を持った救急班のパンプキンウィスプたちが待機していた。救護班は総じて、清潔な白の衣服を纏っている。
「はい、後の事は私が引き継ぎます。……あの空間と拘束具、対象の力を抑制する魔法ですね。流石はクイーン、成長が早い」
先ほどの広間で起きていた現象は全て魔法。クイーンの成長ぶりにレジェントは感心しつつ、パストラを救急班の元まで運んだ。
「Pou!」
「「Pooo!」」
「では皆さん、パストラをよろしくお願いします」
こうして担架に乗せられたパストラは、救急班の手でまっすぐ医務室へと運ばれていった。一人残されたレジェントは、再び外へ出掛けようとする。
「まずいです。成長が早くてもクイーンはまだ……」
常に笑顔を保っていたレジェントも、今回ばかりは表情を強張らせていた。そして脳裏に浮かぶのは、白いゴスロリ服を着た少女の姿だった。
※
流石の異世界も、一ヶ月も暮らしていれば色々とこなれる。ルズベリーの街についても、日本の話を対価にリエがガンガン教えてくれるので人並みには詳しくなった。文字の読み書きも不自由はしていない。やったぜ。
おかげで街の図書館で書物を読みながら魔法の勉強をする真似が可能になった。言語が英語と似ていたのが功を奏してくれたみたいだ。初見の単語には敢えなく破れるが、その度に覚えていけばいい。ちなみにG魔法についての手掛かりは、参考になるものすら見つかっていない。
おいコラ異世界。異世界だって言うなら変身魔法の一つや二つや百個は用意しておけよ。デビルアロマ以外にも存在するだろ、絶対。狼人間とか。
図書館の蔵書量がとんでもないので、低い作業効率は仕方なかった。学校の図書室とは比べものにならない規模なのに、どうして一人ですぐに調べがつくのだろうか。お店の手伝いもあるので、そんなに時間が割けないのも原因だ。
今のところ把握できているのは、スペックが跳ね上がった肉体と、ニグラムに変身するための移行方法の二つだ。肉体については、毒とかを使う勇気がないので未だ不十分。変身については、最近になってようやくベルトが腰に出せるようになった。十回中一回は成功する頻度で。
G魔法が失敗する理由は見当がついている。本気で使う気がないのと、変身した後が怖くて戸惑っているからだ。リエの言う通り、魔法の良し悪しは本当に気持ちの問題なのかもしれない。リエ直伝の初級の火魔法を使っているより下手くそだった。
まぁ、そんな日もあるだろう、きっと。落ち込まないようにする。
それはさておき。この日、俺はリエと一緒に食材の買い出しで近くの市場に来ていた。買い出し自体は過去にも何度か経験している。最初の買い出しの同行者はベクターさんで、その時の俺は市場の主婦たちに問答無用で揉まれる地獄を味わった。テレビで時々ニュースとして放送されるバーゲンセールの様子が可愛いぐらいだった。異世界怖い。
ただ、そんな地獄も初見限定に引き起こされる難易度で、苦には違いないが頑張れば何度も乗り越えられる試練にまで低下する。つまり、慣れれば余裕だ。
「本当に一人一個限定なんですか!?」
「バカヤロォォォ!! お前、何を売っているぅ!? ふざけるなぁぁぁ!!」
「せっかくだから俺はこの赤いリンゴを選ぶぜ」
「ニンジンいらないよ」
「万引きよぉー!! 追っかけてロッキー!!」
「もう止めてお客さん! ウチの在庫はゼロよ!」
「離せ!!」
耳の鼓膜を破かんとする賑わいと喧騒も、慣れればどうって事はない。俺が買い物カゴを持ち、リエが財布を握り、人混みの中を難なく駆け巡る。
しがない市場がこんなに混雑するのも訳がある。基本的に出店が多く開かれる時刻が午前中だけなのと、物価がとても安いのが理由だ。使用される貨幣は金・銀・銅貨の三種類。単価はリムで、日本円とあまり変わらなかった。すごい助かる。
必要なものを買い揃えれば、ようやく市場から抜け出せる。俺とリエは瞬く間に市場を脱出した。
「ふぅ、いつも通り人混みがすごい」
後方の市場を見守りながら、俺はこっそり一息つく。息は上がっていないが、足の筋肉がパンパンになっていた。
買い物カゴの中身も野菜、果物などで満杯なので、少しでも楽をするために肩に掛ける。手にぶら下げたままは堪忍したかった。
すると、隣にいたリエがこんな言葉を放ってきた。
「あれ? カボチャって買ったかな?」
「カボチャ? それなら……あ」
そこまで言って、俺はカボチャを買った覚えがない事に気づく。試しに買い物カゴの中を探すが、案の定見当たらなかった。
それから思わずリエと目が合う。額に汗を垂らし、うげっとした表情をしていた。そして――
「急いで買ってくるね! スズトはここで待っててー!!」
リエはそう言い残し、風を掴み取る勢いで市場に突撃していった。
「相変わらず速いし」
今更だが、リエの足の速さがアスリート級なのは完全に間違いなかった。リレーとかで絶対に活躍できる。
あの様子だと、何事も起きなければ数分で戻ってくるだろう。今日の服装は長袖長ズボンと、かなり動き易さを追及しているから。むしろ何か起きたらベクターさんが怖いのでダメだ。無事に戻ってくる事を祈ろう。
やる事もなく、忙しなく市場の様子を適当に眺める。そそくさと帰っていく人もいれば、悠長に市場へ入る人、機動隊顔負けの凄みで突入していく猛者もいた。俺の知っている買い物じゃない。やたらと白熱している。
その時、視界の下からブラウン色の二本の触角――いや、髪の毛がピョンと飛び出してきた。俗に言うアホ毛だった。
何だ? そんなアホ毛が現実にも存在していたのか? ついつい気になって目線を下げると、白いゴスロリ服を着た少女の姿を捉えた。外見的には十歳ぐらいで、薄地の手袋とタイツも身に付けて完璧な低露出を決めていた。
少女とお互いに目が合う。少女は懸命に頭を上げては、サファイア色の瞳でこちらをじっと見つめる。その様子を可愛らしく思うと同時に、何故か以前にどこかで会ったような気がしてきた。確実に少女とは初対面のはずなのに。
「ようやく会えたわぁ……」
「え!? 急に何!?」
そして、少女に寄ってこられるや否や、腰の辺りをぎゅっと抱き締められた。いきなりの事案発生に俺は戸惑うばかりだ。
その上、少女の声は聞き覚えがあった。聞き覚えがあるのに思い出せないのがもどかしく、余計に冷静さを保っていられない。このままでは、周りの誰かに「お巡りさん! 幼女に抱き着かれている男がいます!」と通報されておしまいだ。様々な誤解が飛び交って、俺だけに限らずたくさんの人に迷惑を掛ける事になる。
早く状況を打開させないと。いつまでも顔を俺の腹にうずめる少女に恐る恐る片手を伸ばす。周りに勘違いされませんように。
「あっ、ごめんなさい。嬉しさのあまりについ……自己紹介もまだなのに」
だが、その前に少女が俺から自主的に離れてくれた。頭を下げて行儀良く謝罪する。
「うん。で、どこかの貴族様の迷子?」
俺は間髪入れずに、尚且つ自然な口調で少女にそう尋ねる。肝心なのは、誰が耳にしても不審者だと疑われないような語り方をする事だ。上手な嘘をつくのと比べれば、ずっと簡単な方である。これぐらい頑張らないと。
それから少女はにっこりと笑い、ゆっくりと口を開く。一方の俺は、変な発言が出てこない事を祈るしかできなかった。緊張しながら少女の言葉を待つ。
「私はティナ・ブラッタファード。あなたの――」
「お待たせ、スズトー!……ん、その子は?」
瞬間、ティナの発言を遮るようにしてリエが戻って来た。その手にはカボチャを持っている。
きょとんと首を傾げている様子から、この場面に懐疑的な感じではなさそうだ。変に疑われなかった事に安堵しつつ、俺は丁寧に説明しようとする。
しかし、それは咄嗟に俺の腕にくっついてきたティナに容易く阻まれた。
「白須鈴斗の嫁です♪」
周りをまるで憚らないティナの宣言に、瞬時にして辺りの空気が凍りつく。俺たちの傍を通り過ぎる人々の動きが止まり、中にはこちらを二度見してくる人もいた。
リエも石像のように固まって動かない。俺と同じく、復活するまでしばらく時間を要した。
「「何言ってんの!?」」
そして満足に反応が返せるようになった時、俺とリエの声が重なった。




