17話。夢で見るGの妃。1章エピローグ
彼はあまりにも普通に囚われている。
「どちらかと言うと……カッコいいより可愛いが合っているわねぇ」
目を瞑って仰向けになっていると、女の声が頭上から聞こえた。心なしか、枕の感触がいつもより違っている気がする。
女の声はどこか妖艶でねっとりしていた。声だけでも頭の中が刺激されて、早く目覚めて彼女の顔を拝みたいと掻き立てられる。声の調子が行き過ぎていれば緊張して固まっていただけなのだろうが、全く嫌にはなれなかった。やや好ましい。
徐々に瞼を開くと、まず女性の顔が視界に入った。つり上がった目をしているが優しく、化粧は軽くしか施されていない。唇はぷっくりと紅く浮かび、枝毛のない綺麗なブラウン色の長髪が肩に降りている。虫の触角のような二本のアホ毛がピョコンとなっているのが気になるが、些細な問題だった。ここまで整っていればチャームポイントだ。
彼女が放つ美しさに近寄り難さはこれっぽっちもない。可愛らしさがある。高潔な令嬢を彷彿させる白のゴスロリチックな衣装を着ているのにも関わらず、頑張れば意外に親しくなれそうな雰囲気だ。膝枕をされていても気後れしない。
「あら、 起こしちゃったかしらぁ? ウフフ、ごめんなさいねぇ。まだ眠ってて良いわよ? あなたの寝顔、しばらく眺めていたいから……」
彼女は眼下にいる俺を見ながら、にっこりと笑う。その時に彼女の豊かな双丘がゆっさりと揺れて、色々な意味で心地好かった。役得すぎて俺は思わず微笑みそうになる。
だけど、その前に一つ。
「どちら様?」
気がつけば、俺はベッドから起き上がっていた。耳を澄ませば、外から小鳥たちのさえずりが聞こえる。
部屋の窓からはうっすらと光が入り、廊下側からドタバタと足音が鳴る。もう朝だった。
「……変な夢。アホらし」
そうして俺は今日も起床した。
カラス怪人の件から早一週間。その間に俺の周りで事件が発生する事はなく、平和で充実した日々を暮らせていた。ベクターさんが与えてくる仕事も完全に慣れている。
また、後日になってウィリーさんから、カラス怪人がデビルアロマを服用した元人間だという事実を知らされた。それが確定的になったのは、カラス怪人の遺体から採取された紫の水晶の成分が判明してからだそうだ。
それを聞いて俺は最初、どう受け止めて良いのかわからなかった。カラス怪人を魔物と見るべきか、人間と見るべきか判断に苦しい。人間だと思っても、殺した事による忌避感があまり湧かなかったからだ。多分、カラス怪人が終始あんな怪物の成りをしていただけでなく、俺やリエを殺そうとしたからだと思う。現に氷の槍を刺されたし。
殺したくないけど、死にたくない。あの極限状態で求められた、両立は限りなく不可能な選択肢の内、俺が優先したのは後者だった。殺めたくないなら自分が死ぬしかなく、逆も然り。
これはもう、理性なく人々を襲いまくるゾンビに人権を問うべきか否かと同じくらいの面倒くささだな。主にカラス怪人が問答無用だったせいで。
おかげで綺麗事が一番なのも納得が行く。犯人がどんなに凶悪でも、極力生かして逮捕しようとする日本警察の凄さもしみじみと伝わる。綺麗事を貫き通していく難易度や、到達できない領域だとしてもせめて近づけようとする努力は半端ではない。諦めたらそこで試合終了とは、よく言ったものだ。
その後、ウィリーさんから魔物の出現を街中で許した事、俺が代わりに倒してしまった事に謝罪をもらった。元とは言え人を殺させた事に、酷く後悔しているようだった。
一方のリエは魔物化した人間が相手だったと知っても、少し動揺するだけだった。ウィリーさんの謝罪を笑って許し、俺には「あまり気にしなくていいよ」と言っていた。ここでも俺は、日本とは認識が違うと実感した。
……朝っぱらから俺はなんて重たい事を振り返っているんだ。うん、後ろ向きになるのはここまでにしよう。リエを見習わないと。せーの、平和さいこぉぉぉぉう!! やっぱり異世界でも平穏に暮らすのがベストォォォ!!
「イヤッフゥゥゥゥ!!」
さて、文字の勉強は絶賛頑張っている最中だ。読んで、書いて、音読しての繰り返し。感覚として英語に似ているのが救いだ。しかも、暇あらばリエが世話を焼いて教えてくれる。ついでに魔法も。
ただし、魔法は自身に宿っている魔力を操る段階で行き詰まっている。存在自体は何とか感じられたが、その次がどうしても簡単にクリアできない。
リエ曰く、魔法を使うのはその時の精神状態と感情にかなり依存するようだ。要するに、上手く使いたければ気合いが重要である。地道に頑張るか……。
そのため、G魔法の制御も魚の骨が喉に突っ掛かるような感じで中途半端に終わっている。理解はある程度できているから、後は実行できるだけの能力を持つのみだ。ゴールは結構近い。
「おはよう、スズト!」
「おはよう」
途中でリエと鉢合わせ、挨拶を交わす。今日のリエの服装は、半袖のシャツにホットパンツとニーソ。相変わらずファッションが前衛的だ。ソックスの口ゴムとホットパンツの間の肌が輝いて見える気がする。
この世界の服屋はどうなっているのだろう。いつまでも古着を借りている訳にはいかないし、いずれは自分のお金で着替えを用意したい。後でリエに聞いてみよう。
それから一階に降りて、いつも通り朝食を作るベクターさんの手伝いをする。朝食を摂るのは四人揃うタイミングだ。
「「いただきます」」
きっとこれからも、相互の価値観の違いとか認識の齟齬による衝突なんて、しょっちゅう起こる事だろう。ここは日本ではなく異世界だから当たり前だ。
今後も上手に生きていくためには、いつまでも頭を固くしている事は許されない。考えや意識などを流動的に変化・対応させる必要がある。例えるなら、都会人が田舎や山中の狩りと獲物の死に初めて触れるようなものに近いと思う。そんな時に感じるものとは人それぞれ、千差万別だろう。
別に日本にいた頃の認識を全て捨てる訳ではない。できる事なら、これを基礎として成長を臨んでいきたい。まだ憎たらしいG魔法だが、今では死ななければ安いと大いに安堵できる根拠の一つである。こうなれば俺はとことん、この異世界で立派に生きて見せる。途中で障害物があっても何とか乗り越えてやる。失われてそれっきりだったはずのありきたりでありふれた幸せを、改めて掴む。




