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16話。誕生と往生

 洋館の広間で、一人の若い女性が赤ん坊の面倒を見ていた。大きな窓からさんさんと陽が広間に降り注ぎ、女性の揺らされる腕の中で赤ん坊はぐっすり眠る。


  定義上、この赤ん坊は生後間もない新生児だが、外見からして新生児を終えている容貌をしている。また、触角かアホ毛か判別しにくく短いものが二本、髪の毛の中から飛び出していた。


  広間は二人以外には誰もいない。しばらくすると、スカウトが怪人態のままで入室してきた。ゲジゲジを模した姿で扉からのっそりと現れる様子は心臓に悪い。


「ただいまーっと。あれ? レジェントは?」


  スカウトは広間の中をキョロキョロと見回し、女性に尋ねる。


「ダンジョン巡りしてるアシェバを連れ戻しに行ってるわ。フルセットで」


  女性の言うアシェバとは、クモ怪人の名前を指している。レジェントは現在、遠出している真っ最中だった。



「アシェバさん! どうしてパーティーに来てくれないのですか!? どうしてパーティーに来てくれないのですか!? どうしてパーティーに来てくれないのですか!?」


「だあぁぁぁぁ!! 馬で引き摺るんじゃねぇぇぇ!!」


「あっ、こら! どさくさ紛れに馬ごと殺ろうとしないでください!! バイコォォォォォォン!?」


 なお、現地の様子を端的に伝えるのならば以上のようになる。



「真面目だねぇ。アイツ抜きにしてもパーティーはやれるだろ?」


「集団行動を重んじるからね、あの人は。それにクイーンが主役のパーティーよ? 無断欠席が許されるはずがないじゃない」


「そりゃあそうだ」


  スカウトはコクコクと頷き、赤ん坊の元へと近づく。カサカサと気色悪い音を立てていないのが救いだ。赤ん坊は覚めない。


  それを受けて女性は嫌悪感を抱き、赤ん坊をスカウトの前に晒さないように庇う。あからさまに嫌そうな表情をしていた。


「ちょっと、その状態で近づかないでよ。せめて人間態に」


「純粋な魔物に人間のフリを求めるのは酷ってもんだ。誰もお前みたいに好んでる訳じゃねぇ。窮屈だし」


  飄々としたスカウトの返しに女性は更に顔を歪める。そうして、二人による攻防戦が始まった。広間を舞台に、赤ん坊の顔を拝もうとするスカウトから女性はひたすら逃げる。


  だが、女性が赤ん坊を起こさないように配慮していた事で勝負はあっさり決まった。女性の横から、スカウトは何とか赤ん坊を覗き込む。そして――


「クイーンって生まれてまだ一週間も経ってないよな? 成長が速すぎないか?」


「人の姿をしていてもクイーンは魔物。早熟なのは当然じゃない」


  女性は素っ気なく答え、そそくさとスカウトから距離を取る。スカウトも用は済んでいたので、彼女を追う事はしなかった。その代わり、女性の姿をまじまじと見つめる。


  白いが健康的な肌に、流麗に大人びた顔立ち。可愛さよりも美しさをとことん追求した感じだ。ポニーテールに纏められた銀髪に日光が反射し、より輝かしさを増す。


  惜しむらくは燕尾服を着ている事だが、婦人服やメイド服では格好良さも霞んでしまう事だろう。何より、ベターな選択をされてしまえばスカウトもからかい甲斐がなくなる。


「……お前、乳母が様になってるな。伊達に年食ってる訳じゃねぇ」


「女性に年齢を指摘するなんて失礼ね」


「人間じゃねぇんだし気にするなよ、そんな事――」


  その時、スカウトの身体が宙に舞った。顎が打ち上げられ、背面飛行が失敗した鳥のように床へ落ちた。大の字で仰向けになり、ぐったりと背中を床に預ける。


「私、本能と反射だけで生きてる訳じゃないのよ?」


  そう言う女性の右脚は、既に前に繰り出された後だった。



 ※



  スズトを我が家へ道案内していた時を思い出す。剣士団の支部から自宅までの距離が離れていない事もあって、わざわざ馬車で送ってもらわずに自分たちの足で歩いたのだった。寄り道さえしなければ、帰るのに二十分も必要ない。


  それに、ルズベリーの街を紹介したい気持ちもあった。スズトからニホンの話に聞いて憧れを抱くと同時に、何だか対抗心が生まれてきたのだ。幸い、スズトは魔法については本当にからっきしで、教え甲斐があって楽しかった。


  また、同い年の男の子とあそこまでずっと話すのも新鮮だった。いつもは大体お父さんのせいで、存分に異性と話せる機会がなかったから。男子たちは父を恐れて私にはある程度近づかず、おかげで女友達しか出来ていない。お姉ちゃんの場合は、不屈の精神を持った男性がお父さんに負けじと頑張っている。


  それでもスズトとの会話に抵抗はなかったのは、知的好奇心が勝ったからだと思う。最初は仮面を被る黒い人で訳がわからなかったけど、試しに話し掛けてみると意外に大丈夫だった。


  だって、明らかに嘘が下手なんだよ? きっかけは私が抗魔法と口にして、スズトが疑問の声を上げた事。それからは下手すぎる誤魔化しの連続で、スズトに魔法の知識が皆無なのは一目瞭然だった。


  後から確かめると少し納得できたけど、ニホンって不思議だよね。魔法は一切発展していないのが、未知の世界っていう感じでワクワクする。純粋な科学という響きが堪らない。


「そこから先の角を曲がるとね、貴族の館が一望できる高台があるの。館って言ってもお城と見た目はほとんど変わらなくて……そうだ、行ってみる?」


  家への案内ついでの街の紹介で、私はスズトの方に振り返る。

  すると、スズトは渋い顔をしながらこう言ってきた。


「寄り道何度目?」


「あっ」


  気にもしていなかった事実に、私は思わず動きを止めた。やっている事の主旨が逸れていたから、ひたすら面目なかった。


  冒険者ギルド、教会、食堂、美味しい食べ物。せっかくだから教えたい事が山盛りになって、相手に気配りができなくなっていた。私の悪い癖だ。いい加減に直さないと。


「ごめんね、街を案内するのが楽しくてつい……まず家に連れてった方が良いわよね? お父さんを説得しないといけないし」


  一番大事な用を後回しにするのも良くなかった。先送りで解決する訳じゃないのに。


  そうして私が手のひらを合わせて謝っていると、スズトは申し訳なさそうな表情で次の言葉を口にした。


「あの……本当にいいの? 俺みたいな不審者を招いて」


「いいの! 助けてもらった恩返しもしたいし、ニホンの話もまだ聞きたいし、悪い人には見えないし。それにスズト、行く当てはないんでしょ? ノグチヒデヨ……だっけ。スズトのお金もここじゃ使えないし」


「そうだけどさ……」


  スズトはその場で唸り始める。遠慮なんて本当に必要ない。それに、スズトが不審者でも悪い人でもないと思っている。むしろ良い人だ。色々と素直すぎて、直感でも悪者には向いていないと断言できるくらい。


  前日の内にスズトが持つニホンのお金も確認してみたけど、まさかの紙幣が入っていてびっくりした。噂話だとカンドラ王国でも王都で試しに導入しているだけらしいから、実物を見れたのは幸運だった。おかげで、ますますニホンに興味が沸いた。


  でも、それが紙幣である以上は信用がないと価値がない。他にも入っていた金貨や銀貨みたいなものも、真鍮やアルミニウムで出来ているらしい。アルミニウムは軽くて丈夫だって事以外はよくわからなかったけど、それがカンドラ王国でも価値があるのか保証できない。質屋とかで立て替えられるのかなぁ……?


  そう考えると、ますますスズトを放置なんてしてられなかった。自分だけが助かって、恩人が助からないなんて納得できないからだ。一方的に助けてもらうのは相手にも失礼だし、ずっと享受する側だと「何でお前ばかり」と文句を言われる。そうして一番助けて欲しい時に誰も助けてくれなくなって、逆に相手も可哀想だ。お互いに何も報われない。


  だから、せめて恩返しをさせてもらいたい。助かる思いをするなら一緒が一番。そう思ってスズトの気持ちを後押しする。


「ウチはお父さん、お姉ちゃんの三人暮らしで、部屋も余ってるから迷惑なんてならないよ」


「ん? お母さんは?」


  何気ない一言だったはずが、実は失言だったと後になって気づいた。さらりと質問するスズトに、私はしばらく言葉を返せなかった。


  別に怒ったりはしない。まず不思議に思うのは当然だ。誰だって街中に迷子を見つけたら、親はどうしたのかと尋ねるだろう。さっきのスズトの発言は、それぐらいに普通のものだ。非はない。私がうっかりしていただけだ。


  いつまでも黙っていられないし、隠し通す必要もないので答えようとする。だけど、いつもの元気は出せなかった。


「私が小さい頃……七年前に亡くなったの」


  その時、スズトは困った顔をして、サッと私から視線を下げた。そして――


「……ごめん、酷い事聞いた」


「ううん、気にしないで。早く行こう?」


  早く気持ちを切り替えようと思い、無理やりにでもスズトの手を引っ張って進む。途中で静かに振り払われ、何度も引っ張っては同じ事の繰り返しで諦めたが、私たちの足取りは既にさっきまでの調子を取り戻していた。


  それからはガンガンと道を進み、観光も少しだけにしながら自宅へ向かう。その頃になると暗い気持ちはすっかり消えていて、楽しさだけが募っていた。スズトにダンジョンの数々の綺麗な景色を見せてあげたいほどに。


「うーん、いつかダンジョンも案内したいなー。スズトもびっくりするような場所がたくさんあるから」


「それは遠慮しとく」


「え、即答!? 何で!?」


「いや、当たり前でしょ。ダンジョンとかどう考えても危ないヤツじゃん」


  まさかの否定意見にすぐさま反応すると、スズトに真顔でそう言われる。ぐうの音は辛うじて出たので、負けじと反論した。

 

「そんな事ないよ! 魔物はいるけど簡単な奴なら行ける!」


  今時のダンジョンは色々と制限がついているので自由な往き来ができない。それでも、難易度が一番低いところであれば護衛込みでも観光は可能だ。


  また、美しい光景を拝見するだけじゃなく、遠出しなくても身近に冒険を味わえる。行かないとこれは損だ。楽しいから。


「その自信はどこから来るんだよ! ……わざわざ観光で命懸ける必要ないだろ」


「え? 冒険って危険を冒して上等でしょ?」


「そうだけど、確かにそうだけど……とにかく冒険する気はない」


「えぇー? 絶対楽しいのに~」


  やや消極的なスズトに私は不満を垂れる。それから家に着くまでは冒険の楽しさを語っていたが、ダンジョンに行く事に関しては首を縦に振る事はなかった。この怖がりさんめ。




  ……そうだ。怖がりと言えば、今日の事件だ。


  街中で隠密してきた鳥賊強盗団の時と違って、今回のは堂々としていて対応はずっとしやすかった。あの白いカラスの魔物が襲ってきた意味は最後までわからなかったけど。


  ただ、スズトが助けに入ってこなければ危なかった。カラスの魔物に追い詰められたのは自分の手落ちばかりで、挙げ句の果てにはスズトに庇われた。


  スズトの胸が氷の槍に突かれて背中を貫通した様子を後ろから見た時、あまりの出来事に頭の中が真っ白になった。どんな行動を優先して取るべきかわからず、私はその場でじっとしているたけだった。


  大して音も立てずに肉を貫く瞬間は気味が悪かったのを覚えている。やられたのが知人で恩人だから当たり前だ。あっさり生命が消されて虚しくなり、怒りよりも真っ先に悲しみと恐怖が心の底から湧いて出た。


  悲しくなるのは、死んでしまってはもう会えなくなるから。お母さんの時と一緒だ。話もできないし、一緒にご飯を食べる事も、抱き締める事もできない。初めて人の死に触れた時は、お父さんに慰められながら泣いていた。


  怖いのは、目の前で人が殺されるから。次に自分も殺されるかもしれないと思ったから。死んだら何もできなくなって、それで終わり。道具みたいに替えは利かないから、生命はとにかく大事にしなくちゃいけないのに。


  それに、守れたかもしれないのに人の命が手のひらから零れるのが堪え難かった。文字通り腕を伸ばせば届く距離だったのに、何もできなかったから。


  だから、最終的にスズトが助かって嬉しかった。もっと上手に対処すれば良かったと何回も自分を恨んだけど、いつまでウジウジしても仕方ないよね。


  反省は次回に活かすもの。次が起きない事を祈って、私はとっとと気持ちを切り替えた。



「スズト、大丈夫?」


  その日の夕方。閉店後のアローズにて、テーブルに突っ伏して沈黙するスズトの姿があった。全身筋肉痛の身体に鞭を打って仕事を手伝った結果だった。


  無理しなくても良かったのに……。お父さんも流石に休めって言ったにも関わらず、迷惑掛けた分だけ働いて返上したいの一点張りで色々凄かった。ランチタイム後半からの働きぶりも。


  全身筋肉痛になっても一日経過すれば全快し、容態が悪くても仕事の手抜きはない。これがニホン人か。侮れない。


  スズトの側に寄ってから一拍置くと、彼はプルプルと右手を上げた。


「フフッ、何それ?」


  スズトの変な行動に笑ってしまう。その行動の意味は知らないが、きっと「大丈夫だ、問題ない」と伝えたいのだろう。喋る気力もないのね。


  この時、私はスズトに助けてもらった礼を言っていないのをふと思い出す。やるのが遅すぎたと後悔しながら、スズトの耳元まで近づいでコッソリと言った。お父さんの反応が怖いから。


「お礼言い忘れてた。あの時はありがとうね、助けてくれて」


魔物図鑑その五。カラス怪人。


白いカラスの魔物。身体に対して小さすぎる翼で普通に飛べたりと、物理法則もあったものではない。


主に氷魔法を扱うが、所詮は魔物化歴一ヶ月。氷槍や氷のタワーシールドなど、規模は初級。ただし、追尾する氷鳥は中級魔法相当。


ノーダメージクリアが要求されるが、リエでも勝ち目はあった。

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