15話。知らない天井
目が覚めたら知らない天井を見つけた。はい、ノルマ達成。……いや、ノルマって何だよ。
ふざけるのも程々にして、ベッドから這う這うの体で起き上がる。目覚めた瞬間に全身筋肉痛になっていると察したものだから、慎重に動く。それでも辛い事には変わりない。
俺がいる部屋は清潔感溢れた一室だ。木材で主に構成された壁に白色が混ざるレトロな感じだが、部屋の明るさはさながら病室である。その上、自分の服装も病衣服みたいなゆったりとしたものに変わっていた。
窓側に目を向けてみると、赤と青が組み合わさった影が一つ。こちらに向かって目を見開き、じっと固まるリエがいた。そして、バイブレーションが掛かったケータイのようにわなわなと震え始めた。
「……リエ?」
様子が変だったので声を掛けると、今度のリエはピクリと肩を震わした。それから間を置かずに――
「生き返ったー!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!?」
全力で抱き着かれた。リエの遠慮のない抱き着きに身体の節々が悲鳴を上げ、全身筋肉痛も相まって痛みが倍加される。地獄で拷問を受けている気分だ。
俺の悲鳴を聞いて、リエは咄嗟に離れる。
「あ、ゴメンね。強く抱き締めすぎたかな? 大丈夫?」
「いや、どっちかと言うと全身筋肉痛……アダダ」
心配するリエに問題ないと答えようとするが、途中で言葉が止まる。ニグラムの変身を解除した時と同じだ、これ。初回と比べるとずっと楽だが、気休め程度にしかなっていないと思う。
筋肉を刺激しないように姿勢をゆっくり調整しながら、リエにいくつか聞いてみる。
「それで、ここどこ?」
「教会付属の病院。私は治癒魔法ですぐ治せるくらいの軽い怪我だったけど、スズトはずっと起きなかったから」
「ずっと……どれくらい?」
「六時間も経ってないよ。お医者さんが原因不明の昏睡状態って言った時は本当に焦ったわ。スズト、さらりと私の知らない魔法とか使うもん。ねぇ、倒れる前の出来事ちゃんと覚えてる?」
リエにそう言われて、おずおずと思い出してみる。意識が飛ぶなんてAさんの放った火球に飲み込まれて以来だ。あれからまだ三日も経っていない。
なんてこった。全然普通の生活を送れていないじゃないか。こんなに事件との遭遇率が高いと、いつか胃に穴が空きそうだ。用心しないと。
「鳥の怪物に飛び蹴りかまして、リエを助けて、それから……」
氷の槍で胸を貫かれた直後の事は、本当に漠然としか覚えていない。強烈な眠気に襲われて目を閉じたと思いきや、何故か勝手に身体が動いていた。目の前の景色は全てモヤが掛かり、周りの音もすっかりノイズまみれだったが、その際に取った俺の動作は手に取るようにわかる。しかも変身できたし。
夢遊病に似たような感じだが、何だろう。俺の身体は一体どうなってしまったんだ? 魔法なんてものがなければ、悪の秘密結社に改造手術を施されたと思われる現象しか起きてないぞ。これも全部、自称神の嫌がらせなのかな……。うん、そう思う事にする。
もう少し頑張って過去を振り返ってみるが、これ以上は思い出せそうにない。目ぼしい収穫があるとすれば、あの時にG魔法を使っていたという自覚だけだ。まるで息をするかのようにさらっと使っていたので、自覚の根拠は特にない。何度も練習を重ねれば、ものにできる気もする。多分。
またG魔法に命を救われた。G魔法そのものをもう完全否定する気は更々ないが、それでも嫌悪感を抱かずにはいられない。
G魔法なくしては俺が転生開幕で死に、リエも死ぬであろう事は確かだ。その点に関しては命綱になってくれて本当にありがたい。ただ、やった事はG魔法に頼りきりだから、自称神のニヤニヤした顔が脳裏にちらつく。敗北感が凄まじい。
悔しいなぁ……。自力で何もできなかったのもそうだし、嫌いな自称神からもらった力に頼らざるを得ないのが一番最悪だ。合理的に考えれば素直に受け入れるのが賢明なのかもしれないが、どうしても気持ちの面で足を引っ張る。
『ほう、死なずに済んだか。だが覚えておくのだな? 貴様自身の力で勝ったのではなく、私が与えたチートのおかげで勝ったのだという事をぉぉぉ!! ……あっ、やめっ、放せぇ! 嫌だぁ! 地下行きは嫌だぁ! ……ああぁぁぁーっ!?』
一瞬、自称神の声が聞こえた気がした。だが無視だ。幻聴、思い過ごし、気のせい。こんな時にまでヤツを思い出しては堪らない。
話を戻して、例えばこの身体。火球や氷の槍を受けた時もそうだが、耐久力がちょっとおかしい事になっている。即死級のダメージを受けておいて、どうして五体満足でいられるのか。いつしかマッドサイエンティストたちに解剖されそうで、色々と疑問と恐怖は尽きない。
「……あれ? 俺の怪我は?」
改めて自分の胸を確認してみると、出来たはずの傷痕がなかった。内臓がやられて即昇天してもおかしくない一撃だったのに。
「ううん、なかったわ。まるで最初から怪我なんてしてないみたいに」
「へぇー」
あっけらかんと答えるリエに、俺は相槌を打つ。もう一々驚くのは止めた方が良いのかもしれない。この後も絶対、不思議な事が起きるだろう。
最初から怪我なんてしていない。そんな事は普通に考えればあり得ないはずだ。俺の頭で思い付く限り、大体G魔法のせいだと当たりを付けている。早く全貌を明らかにしないと怖いままだぞ、これ……。
すると、入り口のドアがノックされると同時に開かれ、ウィリーさんが室内に入ってきた。それから「失礼します」と俺たちに告げて頭を下げる。
「ウィリーさん、こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは。お二人とも、怪我の具合はどうですか?」
リエに続いて俺も挨拶を返せば、ウィリーさんは早速そう尋ねてきた。
「私は大丈夫です」
「全身筋肉痛です……」
「大事に至らず何よりです。スズト君はまた全身筋肉痛のようですが」
ウィリーさんにそう言われて、何の言葉も返せなくなる。彼にとっても全身筋肉痛は二度目の披露だ。明らかに俺が何かしたと確信されるレベルで。
これ、推論どころか確実にニグラムと関連付けられてもおかしくないよな? あのカラスの怪人絡みの出来事が既に騒ぎになっているのなら、ウィリーさんだけでなく他の人にも完全にバレるよな? ゾウ怪人に引き続いて倒したのだから。
……俺の人生、リスタートしたばかりなのに散々すぎる。どうか、魔女狩りが俺の身に降り掛かりませんように。
心の中で自身の幸運を祈る傍ら、リエはおそるおそると言った様子でウィリーさんに話を切り出した。
「あの、ウィリーさん。もしかしなくても、聞き取りが目的……ですよね? スズトの」
「ええ。まだ他の人には話していないので安心を。ただの推論でしかないので」
瞬間、リエは真顔になった。一切の瞬きもせず、ロボットのようにもっさりとした動作で俺に顔を向けてきた。
俺は思わずリエの顔を見つめてみるが、彼女の意図が全くわからない。何か伝えたいのならせめて喋ってくれ。俺はエスパーじゃないんだ。
しばらく待つと今度のリエは口パクをし、がむしゃらに手を動かす。恐らく手話なのだろうが、手話の形を成していない、ジェスチャー以下の雑さだ。それなのに、何故か理解してしまった俺がいた。
「……え? 見られた?」
そう聞くと、リエは何度も頷いた。その様子はもはや機械のようだった。
そうか、見られたのか。見られてしまったのなら仕方ないな。そうなったからには、俺の取るべき行動はただ一つだ。
覚悟を決めてウィリーさんに面向かう。そして、合掌した状態で腹の底から大声を出した。
「すみません!! 火炙りとか磔とか勘弁してください!!」
「えっ」
今の俺にはもう、ウィリーさんが眼鏡を掛けたオールバックのお地蔵様にしか見えなくなっていた。加えて後光が発生している気もする。
あなたを信じての助命嘆願です。慈悲をください、ウィリーさん。誰も知らない魔法が使えただけで異端審問に掛けられたくありません。俺はれっきとした人間です。お願いします。やれと言うのなら、喜んで土下座をしましょう。
「私からもお願いします! スズトは悪い人じゃありません、嘘下手だから! エルフやドワーフ以外の種族いてもいいじゃないですか! 夢が広がります!」
リエも積極的にウィリーさんへ頼み入れる。後半は何だか自分の本音が漏れていると思うが、敢えて気にしないでおこう。庇ってくれるのは素直に嬉しい。
だがその時、ウィリーさんは自分の口に人差し指を立てて「シィー」と声を出した。二人分の騒ぎを掻き分けたそれは確かに室内を響き渡り、俺とリエはあっさり黙り込んでしまう。
「落ち着いてください。ここは病院ですよ?」
ウィリーさんのその一言で俺たちはハッと我に返り、各々に口を閉じる。ここが病院であるのをすっかり忘れていたものだから、とても気まずかった。
リエも同じようで、何度もウィリーさんと顔を逸らしては俯く。直視できていない。さっきは俺も冷静さに欠けていたから、小さい時から習う常識やマナーを指摘されて恥ずかしくなるのはわかる。
それから周りの空気が次第に冷めていくと、ウィリーさんはゆったりとした調子で話し始めた。
「では初めに。街中での黒魔法・赤魔法の使用は規制されていますが、自衛のためであれば正当防衛で処理されます。今回の事件は目撃者も多いですから、大してお咎めはないでしょう。その際に使用された魔法も、余程でなければ罰せられませんし逮捕しません。精々、厳重注意止まりです」
「という事は……」
リエの表情に喜びの色が滲み出る。俺の処刑ルート回避を喜んでくれるのか。だけどその前に、俺は待ったを掛けたい。
「待ってください。それで事件の処理とかファイリングとかどうするんですか? 俺、途中からうっすらとしか覚えてないんですけど……」
「デビルアロマを使っていない、あれが犯罪などに使われない以上は特に問題はありません。君がヒトの姿をした魔物でもなければ」
心の準備はしていたが、最後の言葉が意外にグッサリと突き刺さってきた。
ニグラムに変身していた時、盗賊たちには化け物と呼ばれた。見た目からして化け物なのは、多分間違ないのだろう。
魔法が効かず、首筋ですら剣も通らない存在。言い換えてみるなら、機関砲の直撃を受けても無傷な突撃兵のようなものだ。十分に化け物に値する。
周りに危害を与える意志が俺になくても、何も知らない人からすれば恐怖の対象になる。無闇に怖がらせるだけだ。ただし、序盤から結構気さくに話し掛けてきたリエは、色々な状況も重なっていたので例外とする。
もう素直に知っている事を伝えるべき段階なのかもしれない。このまま下手に重要な部分を隠して、相手に何かと勘違いされるのも不味い。取り返しのつかない事態に陥るのは二度とごめんだ。
それに周りにいるのは二人のみ。流言飛語で話に尾びれが付くのを恐れる必要はあまりない。ウィリーさん相手なら大丈夫な気がする。扉の向こうで聞き耳している人がいる場合は……諦めよう。
「……ウィリーさん。あれ、G魔法って言うらしいです。今日、教会に行って教えてもらったんですけど、何か知ってますか?」
アローズに居た時には伝えられなかった事を、意を決して遂に教える。
しかし、随分と驚くだろうと予想していたウィリーさんの反応は軽く、僅かに目を見開かせるだけだった。
「いえ、初耳です。ところで、急に魔法が使えるようになったんですか?」
「気づいたらでした。森の時と同じような感じに。自分の意思で使うなら、まだ無理な気が……」
「そうですか。まぁ、魔法とわかっているだけでも随分と説明が利くでしょう。先天的な魔法を持つ人は他にもたくさんいますから。中には自力で創作する人もいるようです。未知の魔法を持つだけで裁かれる訳ではありませんよ?」
それを聞いた瞬間、俺は呆気に取られた。肩の力が抜けていき、瞬きを何度も繰り返す。
ウィリーさん曰く、G魔法を持つ俺のような人が他にもいる。いや、言い過ぎか。かといっても、受け入れてもらえるだけの余地があるのが当たり前になっている。先天的な魔法を持つ人を問答無用で裁けるほど、この国の法はイカれていない。つまり、俺は慎重になりすぎて無駄な心配をしていただけ?
結果的には中世――特に暗黒時代のヨーロッパが先入観になって、足を引っ張られた形だ。何も知らない状態からの選択肢としては間違っていないのだろうけど、こうもあっさり懸念が解決されると呆れるしかなくなる。
「じゃあスズトはやっぱりセーフなんですね! 良かった!」
「やっぱりって言葉が気になるけど、それは……うん、そうだな」
その上、リエは刑法に関して幾らか知っていたようだった。魔法絡みは彼女からは簡単な事しか教えてもらっていない。これだとまるでただの骨折り損じゃないか。
それでも一息つけるのは確かだ。まだ異世界に来て三日目と慌ただしいが、限られた情報網でこれだけの事を知れたのは運が良い。理不尽に殺されずに済むのは何よりだ。
何気なく横を見てみると、リエがニコニコと笑顔を俺に振り撒いている。それは実に微笑ましく、俺も何かと嬉しくなれそうだ。幸先がよろしい事に。
「……リエェェェェェェ!!」
しかし、廊下側からベクターさんの叫び声が聞こえた事で、色々な余韻があっさり消え去った。
「廊下は走らない!!」
「娘の為なら規則なんて!! リエェェ!!」
廊下にて、看護師らしき人からの注意を無視するベクターさん。そして遂に、この部屋のドアを強引に開いて入室してくる。
「お父さん!?」
父親の突然の登場に、娘のリエはタジタジだった。そんな娘の様子に構わずベクターさんはずかずかと近づき、彼女の手を取る。
「剣士団の人に聞かされて心配したぞ! 怪我はないな? よし、今すぐ帰ろう。小僧は放置だ」
「うぇっ!?」
「えぇ!? ちょっと!?」
いきなりの放置宣言に該当者である俺はうっかり声を漏らし、リエはずるずると引っ張られていく。パワーは完全にベクターさんが勝っていた。
「ベクターさん、少々強引すぎませんか?」
「部外者は黙ってください! 親子の間に口を挟まないでください! さぁ、帰るぞ!」
ウィリーさんの制止も虚しく、ベクターさんはそそくさと彼の横をすり抜けようとする。
対してリエは、その場にしゃがみこむ事でベクターさんに必死に抵抗していた。ブーツの踵をブレーキとして上手に機能させて、綱引きをするかのように全力で踏ん張る。
ベクターさんはリエの手をしっかり掴み、リエは父から離れようと懸命に拘束された腕を引っ張る。両者は互いに一歩も譲らず、俺だけに限らずウィリーさんも見守るだけだった。あ、今のは嘘。ウィリーさんが天を仰いだ。
「ダメよ! 入院しなくて済むのにスズトがまだ残ってる!」
「そんな事は知らん!」
こうして、周りの人間を置いてきぼりにした二人だけの戦いが始まった。すぐに決着がつく様子はなかったので、その間に俺は借りている私服を探す事にした。




