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14話。 事件の後

 カラス怪人が起こした事件当日。街の衛兵の協力も取り付けた上で、複数名の剣士団員が現場に駆けつけていた。衛兵たちが現場周辺を囲んで関係者以外の立ち入りを禁じ、しつこい野次馬を追い払っていく。特に路地裏は、道を塞ぐだけの簡単な作業だ。


  路地裏から出た先の窮屈な通りには、数多の荷物を載せた剣士団の馬車が一台停まっている。荷物の内容は事件現場を調査するために使用する携行道具、その他だ。必要数の道具を人数分用意すると意外にカサ張るため、移動を含めて馬車もわざわざ出ている。


  また、その時の馬車は医療用テントの役割も兼ねていた。中には今回の事件の直接的な被害者二名が収容され、呼ばれた医師が容態を確認している最中だ。


  その間にも現場――カラス怪人が倒された場は着々と捜査が進んでいく。ただし、カメラはない・拭われた血痕を写し出すライトもない・指紋採取の方法も確立されていないなど、現代の警察と比べるとレベルは低いのは否めないが仕方ない。代わりとして、魔法に対しての捜査能力はずっと高い。


  例えば、鑑識役の女性剣士が手にしている虫メガネと、板状に加工された水晶が一枚張られている厚い札。この二つは魔法反応探知機だ。片方だけでは意味は成さず、両方揃えて初めて使える。


  この異世界における魔力は存在自体が非常に希薄なので、自分の内に秘める以外の魔力を生身で感知できる術はほとんどない。それ故に生み出された探知機だ。


  鑑識役が覗き込む虫メガネには、可視化された魔力の粒子が点々と写っていた。赤と白の二色があちらこちらで漂っては、霞むように消えていく。


  そして、厚札の水晶画面には文字が自動的に刻まれていた。名は記録札。スマホの拡張性と汎用性、その他諸々をあらかた犠牲にし、単一に特化させたような代物だ。記録しているのは、探知用虫メガネで捉えた魔力の識別結果である。


「残留している魔法反応が検出されました。推測される属性は火と氷、それと赤魔法です。二名分だけですかね? あ、消えちゃった」


  鑑識役が他の剣士団員に告げると、虫メガネに写された粒子が続々と消滅していく。それらは全てマナとして大気中に還っていった。


  消えた物は仕方ない。記録を残せただけでも御の字である。一緒に捜査に参加していたウィリーは、おもむろに鑑識役へ話し掛ける。


「地面に残っている影と水晶はどう思いますか?」


  ウィリーたちのすぐ傍らには、未だにカラス怪人の成れの果てがくっきりと遺されている。ウィリーが虫メガネをそちらにかざしてみれば、人型の影が余すところなく白に染められた。


「水晶の成分を詳しく調べなければなりませんが、長く魔物化した人間の遺体で間違いないかと。噂通りの惨状です。まさか、この街にも出てくるなんて……」


「ええ。王都から遠く離れたここにも遂に……」


 デビルアロマ絡みの事件の発生数は、国内で一番の人口と都市化を誇る王都がダントツである。その点、比較的穏やかであるルズベリーの街は今まで防犯を徹底してきたため、魔物化に至ってしまった個体が街中に出てきたのは衝撃的な事実だった。近郊の森にて魔物化した盗賊のフィナードの一件ですら、治安維持が危ぶまれると意識させるに値するのに。


「ところで、この人を倒したのはウィリーさんですか?」


「いえ、騒ぎを聞きつけた時には既に」


  鑑識役からの質問にウィリーは平淡と返す。自身と周囲の憶測が勝手走りするのを恐れ、詳細はまだ伏せておいた。確定していない情報を、あたかも真実かのように話す訳には行かない。王国剣士団の裁量一つで、その人の人生を台無しにできてしまうのなら尚更、慎重になるべきだった。


  鑑識役の言葉によると、検出された魔法反応は二名分だけ。ウィリーも付近の道を順々に調べてみたが、それでも見つかったのは二名分だけの反応だ。人数が足りず、あの時に一瞬だけ見た鈴斗の変身状態の分が含まれていない。


  その時、二人の後ろから男の剣士団員がやって来た。人相はお世辞でも良いとは言えず、まるで太陽神の名を借りた悪の幹部をやっていそうな面をしている。


「で、あの少年がまた何かしたんだろ? 鳥賊強盗団逮捕からまだ三日だぞ。しかも、連チャンでデビルアロマ絡みだ」


「ルーファスさん、それは……いや、でもあの子に決定的な証拠は何もありませんでしたよ? 検査の時も魔力を操れている様子はなかったですし。丸腰は流石に疑いますが、まさか魔物化して対抗とかそんな事……」


  男――ルーファスが鈴斗に疑いを持つ姿に、鑑識役は言葉を濁す。彼女は鈴斗の薬物検査に立ち会っていたが、デビルアロマを使った形跡はおろか、一つの魔法も使える様子は見受けられなかった。


  魔法薬の検査は同じく魔法を使って調べるのだが、その際に調べられる側から魔力の抵抗が少なからず働く。すなわち、他者から掛けられる魔法を阻害しようとする力が働くのだ。白魔法の治癒術の難易度の高さもこれに関連している。


  その抵抗力に個人差はあるが、魔力が扱える・普段から保有している人間であれば当たり前に起きる現象だ。相手に害を為す魔法でなければ抵抗力は弱く、逆なら強まる。


  しかし、鈴斗の場合は抵抗力が全くなかった。生まれたての赤ん坊でも持つはずのものを、鈴斗はゼロの状態で。魔力の抵抗は無意識・反射的におこなわれるので、自力での調整は不可能だ。普通はあり得ない。


「どうせ俺たちの知らない魔法でも使っただけだろうよ。あの見た目だからな」


  勝手な見当をつけながら、ルーファスは悪態をつく。やはり白人の特徴を持った人々の共同体の中に日本人が一人紛れ込む事自体、珍しいものだった。特にルーファスは鈴斗を偏見せざるを得ない。


「それはさておき、まず今回の事件の被害者二人から話を聞いてみるべきでしょう。周囲の聞き込みも欠かさず、魔物がどこから現れたのかも調べなければなりません。もしデビルアロマがこの街に流れているのなら、再発防止のため摘発もしなければなりません」


「わかってるよ、んな事」


  その一方で捲し立ててきたウィリーに、ルーファスは嫌々ながら返事をする。一応は理に叶っているだけあって、ルーファスも素直に煙たくる真似はできない。


  カラス怪人の出没情報とデビルアロマの流入の是非。街の外からの侵入を許したのであれば、街の城壁の守備隊の過失責任になる。内側からポッと出で現れたのであれば、急いで流入したデビルアロマを摘発しなければならない。ただし、どれも地道な捜査が求められる。


「では、僕はお見舞いがてら、少し二人の元へ行ってきます。ここはお任せしてもよろしいですか?」


「わかりました」


「おう。人足りてるから勝手にしろ」


  ウィリーの言葉に鑑識役はきっぱりと了承し、ルーファスは彼を追い払うようにして手を振る。そうしてウィリーは現場を後にした。


 鈴斗の変身の件についても同様にわかっていない。逆転の発想でヒトから魔物に変身できると結び付けても、不可解な点は盛り沢山だ。魔法でなければ物理的な説明は無理だが、全く魔法を使えない少年が果たして、いきなり行使できるかどうか。しかも要所要所で。


 魔法と聞けば何でもかんでも興味を持つウィリーだが、魔物化に関しては暢気に物事を捉えられなかった。現時点で報告されている魔物化とは、どの事件も周りの誰かに仇なしているものばかり。法の秩序の元に人々を守る剣士団員である以上、楽観視はできない。私情を抜きにしても、鈴斗がどんな人物であるかを見極める必要がある。


 そして、鈴斗が凶暴な魔物と変わりない存在であるとわかった暁には、非情に徹して対処しなければならない。

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