13話。生存本能活性。要は死にかければ最強になれる
なるとは言っていない。
胸を貫かれた痛みと、刺されたところが凍っていく感触が織り交ぜになる。とんでもない痛覚で、否が応でも意識が飛びそうだ。
もう死ぬのかな、俺。そんでもって、また自称神と会って、また強制転生とかの嫌がらせをされるのかな? 嫌だな、それ。この瞬間が自称神の仕組んだ事なら余計に最悪だ。本当に遊ばれている。
咄嗟にリエを庇ったのは、あくまで自分の意志であって欲しい。そこに自称神の介在は望んでいない。操り人形なんて真っ平だ。後に遺される人の事を考えると落ち目を感じるが、死に場所を自分の意志で決められるだけずっとマシだ。それで誰かの生命を救えるのなら、普通に死ぬよりまだ誇れる。雀の涙であったとしても、不幸や悲しみは軽くなる。この異世界に俺の家族はいないからな。リエたちの付き合いも三日程度。平気平気。
ああ、でも本当なら死にたくないな。潔くなくて上等。傲慢で醜くても構わない。生きたいと願うのは生物として当然だ。だが、一度死んで失った分を取り戻そうと意気込んだばかりなのに、この有り様だ。治安が日本より酷すぎて笑えない。なんで魔物が街中にいるんだ。お前ら要らないよ、個人的に。二次元の世界に帰れ。
あの時、リエを助けに行かなければ俺は死なずに済んだかもしれない。だけど、そうしても死ぬ人がリエに変わるだけで、他は大体同じだ。誰かを失って悲しむ人が生まれる。一度死んでいなければ、こんな風に庇う事なんでできなかったと思うが。
それと、助けられる可能性があるのに見殺しにするという、動く鉄の棺桶に乗り込む奴以下の最低野郎にもなりたくなかった。遊びではないのに、どうしてクズの道に自ら突き進める? そんな事をしておいて、明日をのほほんと暮らせる訳がない。自分で勝手に引き摺り、 勝手に罪悪感に悩まされ、忘れようと必死になる。そんな生活は嫌だ。それなら助けた方が自分のためになる。
自分を高尚たらしくする必要もなければ、わざわざ貶める必要もない。俺が求めるのは人並みの幸せ、普通、当たり前の事。学校でも教えられる通り、人には親切にする。色々と面倒な場合は迷うが、それが基本だろう。反してしまえば、それを他人から返されても文句は言えなくなる。無償でやる事自体が果てしなく難しかったりするとしても、俺は普通に生きたい。ぬくぬくと平和な毎日を過ごしたい。
自分は何でもかんでも救える人間だと傲るつもりはない。ただ、あの場面は自分の手が届く範囲だと思っていたし、実際その通りだった。何事もやってみるものだな。火事場の馬鹿力であれほどの強烈なミサイルキックができるなんて、思いもしなかった。もう死ぬと思うけど。
まだ生きたかったなぁ……。やり残した事がたくさんある。彼女は作ってみたかったし、成人して酒も飲んでみたかったし、初めての給料とかも手にしたかった。きっと、その時はすごく喜んだりするんだろうな、俺……。
やがて、深い闇の中へと真っ逆さまに落ちていく感覚に襲われる。全身が脱力してしまい、そこから這い上がる術はない。今の俺にできるのは流れに逆らわず、むしろ流れに身を任せ同化する事だけだ。
――それでも、死んでたまるかよ――
その時、変な声が聞こえた気がした。まるで自分の声みたいだった。
※
G魔法。それを手にした者は多くの人々を救う善にも、万物を滅ぼす悪にもなれる。普通の方法では習得する事の叶わない、世界で一人のみが手にする凄まじい魔法だ。
その内、習得者である白須鈴斗が無意識に使ったものの一つは、G魔法【虫の知らせ】。一定範囲内において、悪意を持つ化け物が活性化した時にその存在を感知するというものだ。副次効果として、言葉通りの虫の知らせも得られる。
ルズベリーの街の土地勘を持っていない鈴斗が迷子にならず、リエを助けに入る事ができたのはその魔法のおかげだ。ちなみに、ミサイルキックを炸裂させるまでの身体能力の著しい向上はニグラムに変身した時の副作用である。
また、鈴斗は他にも幾つかのG魔法を過去に使用していた。【生存本能活性】と【変身】である。
【生存本能活性】は、術者が死の危険に直面すると勝手に発動し、あらゆる死の要因から術者を守ろうとする。致死量の毒を受ければ急いで無力化を図り、死ぬほどの怪我を負えば超速再生させる。当然、自殺にも反応する。
そして、【生存本能活性】でも歯が立たない場合は、今度は勝手に【変身】が発動する。近くに死の要因としての外敵がいるものなら、そのまま迎撃する流れだ。その際に意識を保てるか、暴走するかどうかは術者に依存する。
カラス怪人により致命傷を受けた鈴斗は、まさしくG魔法【生存本能活性】を発動していた。氷槍が胸に刺さったままの状態で彼はその場に立ち尽くし、カラス怪人は二人から距離を取る。
「スズ……ト……?」
後ろでリエが唖然としながら名前を呼ぶも、鈴斗からの応答はない。リエはそれ以上も話し掛けたかったが、目の前の惨状に終始動揺する事しかできなかった。
鈴斗の背中からは氷槍が飛び出している。その上、傷口が丸々氷結しているものだから、極度の冷気が内臓に達してショック死していてもおかしくはない。普通に考えれば手遅れ。いつまでも立っているのが不思議なくらいに、生存は絶望的だった。
一瞬で鈴斗が死んだと察したリエは、それでもまだ生きていて欲しいと願い、こんなにも手が届く距離で人があっさりと死んだ事にやりきれない思いを抱く。だが、あまりにも唐突すぎる結果に身体が震え出し、何も行動に移せない。
それに対してカラス怪人は、邪悪な笑みを浮かべてながらリエたちの様子を窺っていた。戦闘態勢をいつまでも解かず、無表情の鈴斗と顔に影を落とすリエを見つめる。
その時、不思議な事が起こった。鈴斗の腰に、謎のベルトが巻かれた状態で突如出現したのだった。ベルトのバックルは甲殻虫をモチーフにしたようなカッコいいデザインで、片開き式だ。また、中心に赤い宝珠が埋め込まれている。
それと同時に身体を貫いている氷槍が独りでに消え去り、青く光る無数の粒子がどこからともなく鈴斗の周囲に湧いてくる。前触れのない不可解な現象に、カラス怪人とリエは思わず釘付けになる。
それから鈴斗は冷めた表情のまま、だらりと垂らした両腕を前へと持っていく。半円を描くように意識した両腕の動きに沿って、足元に魔法陣が浮かぶ。締めは、突き出したままの両手をビシッと重ねた。
「――natravira【変身】」
素っ気なく呟くと共に鈴斗は片手でバックルを閉じ、それに応えるようにして魔法陣が急上昇する。魔法陣は頭上で止まり、一点に凝縮されては消える。その頃には既に、鈴斗の肉体は変貌を遂げていた。
頭部の青いゴーグルに光が微かに反射し、黒ずくめの全身の所在を強調する。メインストリートと比べるとずっと仄暗い路地裏にて、一人の黒い戦士――ニグラムが現れた。洗練されたデザインの仮面一つなければ、大多数の人間に黒いマッチョな不審者だと間違えられた事だろう。素顔がヒトだった場合かつ、首から下が生物感に溢れていない場合の話だが。
ニグラムは沈黙を保ちながら、一歩ずつゆっくりと前に進んでいく。
「フン」
それを見たカラス怪人は鼻で笑い、悠々と本日何本目かの氷槍を構える。自分から向かわず、ニグラムが近づいてくるのをじっと待っていた。
「待ってスズト!! 怪我は!? 今動いたら死んじゃうよ!」
リエの制止を無視し、ニグラムは途端にカラス怪人へと駆け出す。武器は何も持っていない。あるのは屈強な己の肉体のみだ。
躊躇のないニグラムの行動に、カラス怪人は冷静に氷槍を突く。相手に接近されるよりも速く、ニグラムの心臓がある位置に繰り出した。生き物を殺すのに無駄な動作はいらない、地味ながらも正確無比な一撃だ。
槍術に対して剣術で戦うには三倍の実力で互角になる。すなわち剣術三倍段。それをニグラムは丸腰で挑んでいったのだから、どれほどの実力が必要になるのかは言うまでもない。セオリーに則るのであれば、氷槍を持つカラス怪人には圧倒的に不利である。加えて、どんなに距離を詰めようが姿勢の変え方次第で槍使いは己の間合いを自由自在に操れる。何も知らない人からすれば、カラス怪人が勝ってしまうのは一目瞭然だった。まず敵わない。
しかし、目に留まらない速度を誇った刺突は容易く素手で捌かれてしまった。ニグラムの突撃に合わせてカラス怪人は後退しつつ何度も氷槍を振るうものの、簡単に見切られる。やがて氷槍はニグラムの左脇をすり抜け、カラス怪人は敵の接近を許してしまう。
肉弾戦の間合いにカラス怪人が入るにつれて、ニグラムは右拳をどんどん握り締める。お互いに殴れる距離になったところで、その拳を早速振り抜いた。
渾身の右ストレートがカラス怪人の顔面へと吸い込まれていく。だが、いつの間にかカラス怪人が新しく形成した氷槍で、下から顎に強烈な穿撃を受けた。傷はないが衝撃で頭が跳ね上がり、右ストレートがカラス怪人の側頭部を掠る。
それでもニグラムは根気強く、カラス怪人の額に頭突きをかます。今度は命中し、カラス怪人は氷槍二本をそれぞれ両手でしっかり持ちつつも、大きく後ろへよろめいた。ニグラムはすかさず、再び右ストレートをカラス怪人のみぞおちへと放つ。踏み込みは十分だ。
「グゥッ!?」
ニグラムの拳が相手の身体に深くめり込み、カラス怪人は宙に吹き飛んだ。その拍子に氷槍は二本ともポロリと落ち、白い怪物は緩やかな放物線を描いて飛んでいく。
このまま地面の上に転がり落ちる。誰が見てもそんな予想図が浮かぶところ、カラス怪人は翼をはためかせながら空中で受け身を取った。羽音をバタバタと激しく立てながら、そのまま上空へと飛び立とうとする。
この時、ニグラムは地面にまだ残された氷槍を一本手にするや否や、掬うようにして上へと投げた。フォームはなっていないが、常識外れの力で強引に投げたおかげでまっすぐ飛ぶ。カラス怪人目掛けて――
「ヌアッ!?」
弾丸だと見紛うほどの速度で投げられた氷槍はカラス怪人の片翼を貫徹した。赤い血と白い羽毛が辺りに飛散し、カラス怪人は呆気なく地面に不時着する。
その間に、ニグラムの頭部から二本の触角――バーストアンテナが展開された。それらはすらりと背中側へ垂れていく。
ニグラムの変化はそれだけに留まらず、右足には真紅色の魔力光が溜まっていた。カラス怪人が地面に落下するのを見計らって、その場で跳躍。カラス怪人に向けて飛び蹴りを繰り出した。
――真紅一蹴、スマッシュレイド――
「ッ、ハァ!!」
その様子を目の辺りにしたカラス怪人は、間髪入れずに掌をニグラムに向かって差し出し、そこから氷のタワーシールドを作り出す。それはどこぞの辞書よりもずっと分厚く、易々と壊れそうに見えない。
だが、スマッシュレイドを受け止めた次の瞬間、タワーシールドは脆くも粉砕された。熔解と破砕が同時に発生し、ニグラムの紅い右足が強固な氷の防壁を突き抜ける。そしてそのまま、カラス怪人の胸に直撃した。
背中が地面に引き寄せられるかのようにして蹴り飛ばされるカラス怪人。対して、ニグラムは蹴った反動で後ろに下がり、綺麗に着地する。
直後、仰向けに倒れたカラス怪人の身体が霧散し、焦げ跡のような人の影を地面に遺す。影の中には、不均一な形をした紫色の小さな水晶が一つ放置されていた。悲鳴を上げるどころか、まともな遺体すら残らない。酷くも虚しい最期であった。
途端に繰り広げられた秒殺劇に、ニグラムの後ろ姿をずっと眺めていたリエは開いた口が塞がらない。立つ事すら忘れて、最後に仁王立ちを決める逞しい姿にすっかり見入り、徹底した非情ぶりに恐怖も僅かながら生まれる。
「……グッ」
すると、ニグラムは不意に呻き声を上げて、その場でよろめき始めた。足元がおぼつかず、遂には膝が崩れ落ちて力なく倒れ込む。同時に変身が解け、鈴斗は元の姿に戻った。
「スズト!」
ふと我に返ったリエは慌ててスズトの元に駆け出す。蛇光剣は既に鞘へと仕舞ってある。すぐさま近づいては、鈴斗の容態を確かめる。
手首の脈を測り、顔色を窺う。呼吸は正常にしているが、眸は固く閉じたまま。リエが軽く揺さぶっても目覚める気配は一向になかった。
「スズト? ねぇ、生きてるよね?」
必死に鈴斗を呼び掛けるが反応はない。氷槍で刺し貫かれた胸の傷はおろか、その際に出来上がったはずの衣服の損傷も見当たらない。魔法の知識を人並み程度にしか持っていない彼女でも、それがどれだけ異常な事かは理解できた。
過去に廃れたものや難しいものを除けば、体系化されている主な魔法は黒、白、赤の三つである。その内の一つである白魔法は防御、治癒の側面を持ち、対象への防護付与や怪我の治療をおこなえる。ただし、治癒となると効果を発揮できる対象は生身を持つ生物に限られる。衣服が修復するなど絶対にあり得ない。
それがわかっているからこそ、リエは必要以上に不安に駆られる。自身の常識の範疇を超えた事が起きたのは一目瞭然だった。鈴斗が永遠に目覚めない可能性さえ、何気なく頭によぎる。
「スズト君、リエさん!」
突如として、後ろから声が掛けられる。リエは振り返ってみると、そこにはウィリーがやって来ていた。
一体いつからそこに? 最初にそう思ったリエだったが、次には一部始終を見られてしまったのではないのかと焦り始める。だとすれば以前のような言い訳は不可能。今しがた、鈴斗が何をしたのかバレてしまっている。ただでは済まないのは間違いないだろう。何せ、異形へと変身してしまったのだから。
「えっと……あ、あの! スズトは私を助けてくれて、何も悪い事はしてないんです! でも、起きる様子も全然なくて……」
混乱した頭で精一杯の擁護をしながら、リエは捲し立てるようにウィリーへ告げる。同時に両腕を大きく広げて、意識もなく横たわったままの鈴斗を庇っていた。ウィリーの腰に提げられた剣がいつ抜かれるのか、気が気でなかった。
しかし、彼は二人の傍で立ち止まるや否や、現場をじっくりと見つめるばかりだった。剣の柄に手を掛ける素振りは見せず、それでもリエの言葉をしっかりと聞いていた。
「スズト君に怪我はないんですね?」
「はい!」
冷静なウィリーの言葉に、リエは焦りながら即答する。
「取り敢えず現場保持のため応援も呼びますが、流石に今のを誰かに言うつもりはありません。私も何が何だかわかっていませんから。あなたも詳しい事はなるべく他の人に教えないようにしてください」
「それって……」
「ここだけの秘密にしましょう。信じてくれるかはわかりませんが、どうでしょうか?」
ウィリーの真っ直ぐな瞳がリエに向けられる。
信じるも何も、二人は知り合ってから間もない。客観的かつ悲観的な立場でものを見れば、いきなり信用するのは限りなく不可能に近い。王国剣士団という肩書きがあっても、今回のようなケースでは無条件に信じるのは難しい。鈴斗が異形の存在になれるという事実は、それほど軽い問題ではないのだ。この街だけでなく、カンドラ王国全体で魔物化が問題視されている。
ただし、ウィリーの今までの態度が功を奏して、リエが彼の言葉を信じるのに何の躊躇もなかった。鈴斗との初対面時と同じく、彼女自身の勘と洞察力で判断する。感覚で捉えているので論理的に信じる根拠を組み立てるのは難しくとも、リエは目の前の剣士団員がどんな人物かを何となく理解していた。
「あ、ありがとうございます!」
そう言ってリエは、迷わず頭を下げた。
最強ぶりはこれで良かったのだろうか。




