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12話。白いカラス

「お邪魔しましたー!」


  工房の出入口に備えられた鈴が鳴り、リエの声が飛び出す。ちょうど私用を終えたところだった。


「おー。壊すんじゃないぞー」


「気をつけまーす!」


  髭を長く伸ばした背の低い男の鍛冶師の言葉に、リエは元気よく応える。そうして工房を後にした。


「さて、と……ん?」


  もう特に用事はないので、後は家に帰るのみ。狭い道を往来する人波を掻き分けて進もうとした瞬間、リエは他所で繰り広げられる騒ぎに気を取られた。


「今何かが……いや、気のせいか」


「おい、何か変な奴がいるぞ!」


「天使っぽい奴だ!」


「いや、違う! あれは――」


「こんなところにいられるか! 俺は逃げさせてもらう!」


  思わず立ち止まってそこを見てみると、謎の人だかりがあった。野次馬にしてはその場を急いで離れる人が続出し、誰かが逃げるよう指示する声も聞こえる。彼らの視線は上を向いていた。


  リエもつられて顔を上げる。すると、四階建ての家の屋根の上に佇む一つの影を見つけた。


  ヒトと同じ四肢を持ち、全身が装甲板の如き白い毛に覆われている。一対の大きな翼は肩甲骨の辺りから生えていて、その美しさは天使を彷彿させるが顔はカラスのような獰猛さを醸し出していた。


  白い異形――カラス怪人は特に何かをする素振りを見せず、ひたすら突っ立っているばかりだ。足下での喧騒も気に留めず、色々な方向へと顔を忙しなく動かす。この時、首の動きが非常に鳥らしかった。


  その様子にリエは不気味だと感じる。魔物が街にしれっと出現している事実に驚き、その割りには何も行動を起こさない事が不思議でしょうがない。実際、カラス怪人を退治しようと動いている人々も、相手の静かな様子に戸惑っているばかりだ。


「鳥の魔物? ……へ?」


  刹那、カラス怪人の視線がリエ一人に集中した。相手の睨み付けにリエは不意を打たれ、身を硬直させる。生まれながらの視力の良さが仇になった。確かに目と目を合わせてしまう。


  一方のカラス怪人はそんな事露知らず、おもむろに両腕を動かす。突然の行動に野次馬たちは叫び、今更になって退避を始める。僅かに残された勇敢な人々もそれに応じて、カラス怪人に向かってすかさず魔法を放つ。


  火球、氷柱、雷球。初級で扱い易い黒魔法の寂しい弾幕が、たちまちカラス怪人に襲い掛かる。普通に当たれば火球は対象を骨の髄まで燃やし尽くし、氷柱は瞬時に全身を氷漬けにし、雷球は身体中余す事なく高圧電流を浴びせて黒焦げにする。


  しかし、全弾受けたはずのカラス怪人は傷一つも負っていない。炎に焼かれ、氷霧に包まれ、雷が身に流れたのにものともせず、むしろピンピンしている。そして、今度は自分の手の中に氷の槍を出現させた。


「上から来るぞ!気を付けろぉ!」


  攻撃が来ると察した一人が、前線にいる他の人に注意を促す。神経を撫でるような甲高い声をしていたのは捨て置くべし。だが、カラス怪人が狙うのは近くにいる彼らではなかった。


  助走もなしに氷槍が投げられる。氷槍は瞬く間に下方へ突き進み、リエ目掛けて飛んでいった。


「嘘ッ!?」


  何故か狙われた事にリエは衝撃を受けた。お互いの距離は五十メートル近く離れているにも関わらず、まっすぐ投合された氷槍の勢いは削がれない。まるでただの射撃だ。


  リエは反射的に足に力を入れて、サッと後ろへ飛び退く。それに遅れて氷槍は地面に突き刺さり、刺さった箇所が凍っていく。


  これは食らったら死ぬ。道路の成れの果てを見てそう思ったリエの元に、続けて二本目、三本目の氷槍が飛来してきた。


  それでもステップでトントン拍子に避け続け、咄嗟に近くの路地裏へと駆け込む。カラス怪人の射線に入らなければ、何度も氷槍を撃ち込まれる心配はない。後は振り切り、街の衛兵や王国剣士団に通報なり何なりするだけだ。


  リエが進む路地裏は狭く、暗い。様々な店が並ぶこの一画は街の区画整備計画以前より発展し続けた場所なので、非常に要り組んでいる。それでもリエのように土地勘のある者からすれば、いとも容易く脱出は可能だった。当然、ここを舞台に鬼ごっこなどをすれば、鬼にとって面倒な事この上ない。


  だが、それは相手が普通の人間だった場合の話だ。追う者が空を飛べる存在ならば、色々と勝手が違ってくる。


  直後、リエの背後より氷の鳥が三羽迫ってきた。氷の鳥は地面を滑るかのようにして飛行し、路地裏をめぐるましく駆けるリエの跡を追従する。


  その際、リエは氷の鳥の姿を視界の端でようやく収める事ができた。角を曲がった時の出来事だ。


  それから姿勢を低く前屈みにしながら走り続けて、氷の鳥から全速力で逃げ切ろうと試す。しかし、逃げども逃げども、お互いの距離は離れやしなかった。


(振り切れない……!?)


  このままではキリがないとリエは察する。腰に提げた蛇光剣の柄に手を掛けて、思い切って後ろに振り返った。間髪入れずに剣を抜き、自分に向かって襲来してくるものたちを捉える。


  鋭角的なフォルムに、鋭く延ばされた固定翼。見る者が見れば、戦闘機のオモチャだと勘違いするだろう。三羽の氷の鳥たちは縦一列に並び、ただ単純にリエへと突撃していった。


「この!」


  リエが叫ぶと同時に蛇光剣の先端から赤い光がカッターのように飛び出し、鞭のようにしなる。それをリエが軽く素早く横に振れば、光は文字通りの鞭と化する。この一動作だけで氷の鳥は全て薙ぎ払われた。


  氷のボディは粉々に砕け散り、幾つもの破片を儚く煌めかせながら地面に墜ちていく。そして、一秒も持たず全て消滅した。蛇光剣の光も終息する。


  予想だにもしていない追っ手の撃破が完了し、リエはやっと一息ついた。氷の鳥が散っていった場所をまじまじと見つめて、その場から立ち去ろうとする。


  その時、空からカラス怪人が音もなくリエの前に降りてきた。あと数歩進めばぶつかる距離だったので、リエは大きく目を見開かせながら後ろに跳び、手持ちの武器を構え直す。


「ちょっと! 私に何の用なの!?」


  うんざりした気持ちでリエは尋ねるが、カラス怪人は何も答えない。無言を貫き、今しがた両手の中に形成した氷槍をゆっくり構える。確認を一々取るまでもない。対話の可能性なんてなかった。


  ここで背を向けようとすれば、すかさず氷槍に突かれるだろう。満足に逃走さえ儘ならない事にリエは歯ぎしりしながら、再び蛇光剣に赤い光を発振させる。


「ハァッ!」


「喋った!?」


  それと同時に、カラス怪人が掛け声を発しながら氷槍をまっすぐ繰り出した。自分の首元を狙った一撃をリエは蛇光剣で横に受け流し、もう一度後ろへ低く跳んで左手をカラス怪人にかざす。


「erif llab【火球】!!」


  リエがそう唱えると、彼女の左手に淡い光が集まる。そして次の瞬間には、バスケットボールサイズの火球が発射された。


  相手が純粋な魔物なのか、魔物化した人間なのか。街中で黒魔法は使用厳禁とかを考える暇も余裕も彼女にはない。遠慮なく氷槍で首を狙われた時点で、殺しに来ている事がわかっているから。第一に優先すべきは、自分の生命を守る事だ。


  高速で飛んだ火球はカラス怪人に当たり、上半身を炎で飲み込む。やがて炎は消えるが、カラス怪人に与えた損害は体毛を少し焦がし、氷の槍を溶かしきった程度だった。堪えた様子はない。


  カラス怪人は間髪入れずに新たな氷槍を一本生成する。それを受けてリエはもう一歩下がり、蛇光剣を鞭の状態にして何度も振るう。


「せやっ!」


  鞭状態の蛇光剣は依然として斬撃の効果も持っている。また、発振した光の切れ味、強度などは使い手の技量と魔法の熟練度に依存し、繊細な扱いが求められて面倒すぎる分、理論上は延々と強くなれる可能性を秘めている。


  赤い光鞭が風を切り、幾度となくカラス怪人の身体を傷つけていく。致命傷までは与えられないが、ようやく怯ませる事ができた。扱い方は鞭そのものでも、光鞭の長さは自由自在に操作可能。そのため、直撃のタイミングに合わせて一気に伸び縮みさせれば路地裏でも満足に使える。


  しかし、途中からカラス怪人に形振り構わず突進され、攻撃の中断を余儀なくされた。蛇光剣を鞭状態から戻し、上段から落とされる氷槍に備える。


 どう考えても力勝負だと分が悪いから、受け流しを心掛けて。


  そう思ってリエは、カラス怪人の攻撃を逸らそうと蛇光剣を頭の上に持つ。だが彼女の予想に反して、蛇光剣で受け止めた瞬間に氷槍が容易く折れた。さながら、初めから受け止めを誘っていたように思えてくる。


  どうしてと疑問に感じた次には、カラス怪人の乱雑な裏拳が下から襲い掛かってきた。折れた氷槍は既に下へ放られ、消滅していく。


  回避は実行するには遅く、防御は中途半端でしか間に合わない。リエは両腕でガードしようとするが、それより早くカラス怪人の裏拳が彼女の胴に吸い込まれた。

 

「キャッ!!」


  ものの見事にリエの身体は吹き飛び、地面に落ちて転がる。受け身は取れなかったので、殴られた箇所だけでなく地面とぶつかったところも痛い。


  それでも必死に立ち上がろうとするが、途中でカラス怪人の氷槍を投げようと構える姿が見えた。


  回避は無理。防御は容易く身体を貫かれるだろうから無理。今起き上がったばかりだから、投げ槍を妨害するための先制攻撃も出せない。あちらの方の行動が自分よりも一歩早かった。


  万事休す。それでもダメ元で最後まで抵抗する事を決意し、負けじと身体に鞭を打つ。すると――

 

「どうりゃあああ!!」


  カラス怪人の後頭部に鈴斗の飛び蹴りが直撃した。カラス怪人は脆くも前に倒れて、顔を地面に激突させる。ついでにその勢いで地面を陥没させて、頭部の半分をめり込ませる。一見して、即座に立ち直るのは難しい。


  一方の鈴斗は、カラス怪人の頭を足場にしながら軽快に飛び降りて、リエの元へと素早く駆けつけた。


「リエ、大丈夫!? 訳わかんないけど早く逃げ――」


「ッ、後ろ!!」


  自分を心配してくれる鈴斗へ、リエは注意を思い切り飛ばす。鈴斗が後ろを振り向いてみれば、そこには氷槍を前に突き出して走ってくるカラス怪人がいた。


  いくらなんでも起き上がりが異様にまで早すぎる。顔面が地面にめり込ませてから五秒も経っていない。リエは丸腰の鈴斗を守ろうと動くが、逆に鈴斗がリエを庇うようにしてカラス怪人の前に出た。


  鈴斗の胸に向けて、凍てつく青の穂先が穿たれる――


 

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