11話。虫の知らせ
「ねぇねぇ、元気出しなよ。魔法が使えないって訳じゃないんだし」
教会からの帰り道。リエは隣で俺の肩をポンポンと叩きながら、わざわざ心配の声を掛けてくる。
元気を出して? とりわけ落ち込んだ覚えはない。ただ、将来の雲行きの悪さに少しだけ打ちひしがれていただけだ。それに、曲がりなりにも魔法は“G”属性とやらを持っているし、過去にそれらしいのを一度使えたし。
「別に落ち込んでないし。違うし」
「え? でも、顔がずっと暗いわよ」
「マジ?」
「うん」
本当かどうか尋ねると、リエはこくりと頷いた。
そうか。俺、顔が暗くなっていたのか……。ポーカーフェイスを貫いている気でいたから、自覚はなかった。変に心配を掛けて申し訳ない。
すると突然、先ほどの空回りを挽回するかのようにして、リエは忙しなく話し掛けてきた。
「じゃあ、じゃあ! 家に帰って、お店が終わったら二人で練習しよ! 教えて上げるから! あと、ニホンの話の続きも!」
「ベクターさんが怖いけどね」
「大丈夫、説得してみるから」
「実力行使で?」
「こ、今度はちゃんと成功させるもん!」
俺は簡素な受け答えを二度繰り返し、両腕を胸の位置まで上げてしどろもどろするリエの姿を見つめる。語尾のせいでどこか幼く感じる。
それからしばらく歩き続けると、十字路で大量の馬車の往来に足止めをされた。馬車の事でいきなり何かを思い至ったリエと雑談を交わしながら、目の前を次々に横切っていく馬車の列が途切れるのを待つ。
そうして十字路を渡りきった直後、不意にリエは言ってきた。
「ねぇ、スズト。ここから家までの道覚えてる? 私、近くの工房に用があるんだ。これの手入れに」
彼女は自分の腰に巻かれたベルトに提げられた鞘に指差す。鞘の長さから推察するに、納められているのは刃渡り二十センチぐらいのナイフだろう。
「覚えてるけど……わざわざナイフを?」
「ナイフじゃなくて蛇光剣よ。ホラ」
その時、リエの手によって短剣が鞘が抜かれた。刃先は俺に向けないように意識していて、抜き身をまじまじと観察させてくれる。
それはナイフと呼ぶにはかなり分厚かった。刃は片方だけで、とは言っても刀という訳ではない。腹の部分に複雑な模様が描かれ、紫色のゲージらしきものが一本入っている。
リエが蛇光剣に何かしらの力を込めると、刃先から刃状に形成された赤い光が伸びてきた。短剣のリーチが二倍にまで伸び、それから間もなく赤い光も消滅する。
「普通のナイフよりも作りが複雑になってるから、定期的に職人さんが手入れしないとダメなの。その代わり、スッゴい使えるけど」
「へぇー」
リエの説明と実演を受けて、俺は感嘆の息を漏らす。ビームサーベルに似たものが、魔法だらけなこの世界でも見れるなんて思いもしなかった。意外と未来に生きている。
リエは蛇光剣を鞘に仕舞い、俺とは進む道を変えようとする。そちらの方向を見てみれば、数えきれないほどの店が建ち並ぶ道が続いていた。馬車が一台通れば良いぐらい道の幅は狭く、人々がぎっしりと集まっている様はまるで商店街だ。
うん、ここで無闇に彼女に着いて行こうとしても間違いなくはぐれる自信がある。そしてそのまま、闇の名前を冠する暗くて危ない横町とかに入って迷子だ。
「んじゃあ、先に戻ってる」
「うん、またね」
笑顔で手を振るリエにつられて、俺も手を振り返す。そして、リエは軽快な足取りで人混みの中へと消えていった。
こうしてリエと一旦別れた俺は、まっすぐアローズまで帰った。来た道を返しているので見慣れない景色が続くが、道順だけはしっかり覚えていたので何とかなった。
やがてアローズに到着し、正面玄関の扉を潜り抜ける。
「すみません、ただいま戻りました」
「あっ、お帰りなさいスズト君。あなたにお客さんが来てるわよ」
まだ昼前で客も少ないガランとした店内。カウンターからイリスさんの呼び掛けをもらい、その人を紹介された。
俺への客人と言うのはウィリーさんだった。カウンターの前で立っているだけでも、店の穏やかな雰囲気と似合っている。腰には剣を一本提げているが鎧は着ておらず、代わりにシュッと整った青と黒の制服を着ていた。
王国剣士団――警察ポジションの人が店に居る事に内心驚き、俺は「こんにちは」と先んじてウィリーさんに挨拶をする。警察の人とこうして接触する経験は皆無だったので、何だか新鮮で畏れ多かった。
「こんにちは、スズト君。リエさんと一緒に出掛けていたと聞いていたのですが……」
「リエなら、武器のメンテナンスとかで近くの工房まで行きました。先に戻っててと言われたんで……」
「そうですか。僕も先ほど、ベクターさんと先日の件で話してまして。ちょうど君とも話がしたいと思っていたんですよ」
「あ、はい。構いませんけど……」
ウィリーさんを横目に、カウンターと調理場の方に目を向ける。奥でベクターさんがじっとこちらを見つめてくるのが怖くてしょうがないが、イリスさんの笑顔による癒し効果で相殺された。まだ落ち着いていられる。
「スズト君。お店の手伝いはまだ良いから、立ち話もなんだし好きな席でウィリーさんとゆっくりお話してて」
「わかりました」
ニッコリとそう答えるイリスさんに、俺はすかさず言葉を返した。物腰が柔らかいおかげもあって、ベクターさんに比べると圧迫感はない。ありがとう、イリスさん。
「ありがとうございます。では、そちらの奥の席に座りましょうか」
ウィリーさんがイリスさんにお礼を言い、俺を空いている近くの四人席の方へ案内する。そこはちょうど窓から日射しが入っていて、近くにいるだけでも暖かそうだった。光の入り込む角度がイスに座る人に直撃しない仕様も、大変よろしい。
俺たち二人はその席に座り、ウィリーさんが懐から一枚の紙を取り出す。
「こちらの絵を見てください」
ウィリーさんにそう言われるがまま、テーブルの上に置かれた紙を覗く。そこには、特撮に出てくる感じの何かの似顔絵が描かれていた。何故か異様に親近感が湧き、他人事ではないように思える。
絵に色は塗られていない。黒インクを使ったモノクロの二色だ。それなのに、俺にはどんな配色になるのかがわかる。頭部は全体的に黒く、強固な装甲に覆われた顎は銀色だ。デザイン的に正位置の紅葉を彷彿させるゴーグルは青く、その両端には赤い角がちょこんと生えている。
また、そこは描かれていない部分だが、頭頂部の二ヵ所からそれぞれ虫の触角みたいな細長いアンテナが飛び出す。アンテナ出現の意味は、溜めた力の放出。ゾウの怪人を蹴った時に光った足が具体例だ。正式名称はバーストアンテナ。
あれ? 何だ、この……何だ? 初めて見たにも関わらず、どうしてそこまでわかったんだ? それじゃまるで、自分の事みたいで――
「えっと……これは?」
いきなり頭の中に湧いてきた情報に戸惑いながら、俺はウィリーさんに質問する。
「鳥賊強盗団の証言を元に描いてみました。そうしたら見事、彼らが目にしたという黒い怪物と一致しまして。これが非常に気になって、気になって……」
この絵はウィリーさんの手描き。やる事が地味にすごいな。
それはさておき、あの盗賊たちが目にした黒い化け物。あの時、他にいたのは俺とリエの二人だけだ。それは間違いない。とどのつまり、その化け物とは変身した俺――ゾウ怪人曰く“ニグラム”?
「そして、これが君の似顔絵です。これを見せたところ、知っている人が三人だけいました。その三人の似顔絵がこちらです」
俺の似顔絵に続けて、Aさん三人組の似顔絵もテーブルの上に並べられた。四枚とも、白黒写真だと見紛いそうなほど精密な描画力だ。
現状、揃っているのは状況証拠とAさんたちの証言のみ。俺はともかくAさんたちも絵にしている以上、カメラがない事は窺える。鑑識レベルが現代日本より下だと考えると物的証拠なんてものは絶対出ないだろうが、これはもうバレてるな。俺=黒い化け物だと。
だけど、ここまでわかっているならウィリーさんは何がしたいんだ? 目的は逮捕? それとも、細かい事が知りたいだけ? 俺を精神的に追い詰めるための念押し?
それでも、俺から言える事は少ししかない。この力の名称がようやくわかったくらいなのだから。変身方法とかはまだイマイチだ。
俺はニグラムの似顔絵に指を置きながら、おもむろに口を開く。
「ウィリーさん。俺から何か知りたいなら力になれません。これは……自分もよくわかってないんです」
「自分でもよくわかっていない。なるほど、腑に落ちた気がしました。どうして聴取の時の答えが、あんなにいい加減だったのか」
それを聞いた瞬間、俺は言葉に詰まる。ぐうの音も出ない。
掘り返すのは止めてください。嘘が下手なのは自覚しています。
「こちらの盗賊、アーロン、ボンデル、コランの三人の証言によると、初級の火魔法をぶつけたら君の姿が変わったそうです。それからはコラン、アーロンの順番で暴行を加え、二人は気絶。ボンデルは二人を置いて自分たちの拠点まで逃げました」
ウィリーさんの口から、さらりとAさんたちの本名が明かされる。奇しくも、俺が勝手に付けた仮称が三人の名前の頭文字と一致していた。
Bさん改めボンデルさんはともかく、コラン、アーロンを倒した記憶は残念ながら未だに甦っていない。火球に飲み込まれた直後に意識が飛んだから無理もないが、何だか夢遊病みたい真似をしているようで無性にモヤモヤする。
それにしても、あれで初級の魔法なのか……。位が上がれば威力はどうなるのだろう。中級が機関砲レベルで、上級が戦車砲レベル? そんなものが対人とかに使われていると思うと酷い話になる。狩りで猟銃を取らず、敢えてミサイルや主砲を直撃させるようなものだ。
「その後の彼らの結末は言うまでもありません。黒い戦士によって壊滅させられ、今は全員牢に入れられています。……本題はここからです、スズト君」
ウィリーさんから微笑みが消えて、表情に真剣さを帯びていく。おかげで尚更、いい加減な姿勢で会話に臨む事ができなくなった。背筋を伸ばして、改めてウィリーさんの顔を見据える。
「リエさんの聴取での回答は君と同じく、大雑把な内容でした。ただし、これまでの情報を纏めてみれば、君が鳥賊強盗団を壊滅させたのは間違いないでしょう。今の君では、いささか無理がありますが」
素の俺では盗賊たち相手に戦うのは無理な事ぐらい、ウィリーさんには当然わかっていたようだ。
「そこまでわかってるなら、何が言いたいんですか?」
話の序盤から思い浮かんでいた疑問を、ようやくウィリーさんにぶつける。
もうウィリーさんの意図が読めない。剣士団の人が個人で来ている理由もそうだし、捕まえたいならとっくの昔にできているはずだ。中世ヨーロッパで起きた魔女狩りと同じぐらい理不尽な目に遭うのは御免だが、強引にやった方が手っ取り早い。俺が化け物だと言う疑惑があるなら。
だが、彼から返ってきた答えは俺の予感していた悪いものとは違っていた。途端に小声で話し始める。
「強盗団を壊滅させた件は不問ですので心配は要りませんよ。それに君がれっきとした人間で、デビルアロマを使っていないなら尚更です。逮捕についても、そもそも現行犯以外に証拠と令状がなければいけませんからね。ご安心を。僕の目的は……過去の事件との繋がりを知る事です」
証拠不十分。この異世界で言外にもその単語を聞くとは思わなかった。 一応捕まる心配がない事に安堵しつつ、ウィリーさんが言った“過去の事件”について、新たに疑問を抱く。
「似たような事が……昔にも?」
そう尋ねると、ウィリーさんは俺に耳を貸すように指示をする。それから、周りには聞こえないほどの小さな声で話を続けた。
「過去に発生した、とある未解決の連続殺人事件。多数の目撃情報で、現場にはクモを模したような人型の怪物がいたそうです。これ、人型の異形が起こしたという点で似ていませんか?」
「それっていつの話ですか?」
「およそ七年前です。いえ、流石に君が真犯人だとは思っていませんよ、若すぎます。せいぜい関係者ぐらいでしょうか? それに君の特徴からして、出身地がカンドラ王国とその近隣ではない事は想像に難くないです。黒髪黒目に彫りが浅い顔立ち。そのような人は今まで、僕は見た事も聞いた事もありません」
過去の事件の犯人ではなくとも、関係者として疑われている事にどぎまぎし、同時に色々と理解する。自分の他に日本人はいない事、それが当たり前だとされている事、人外の存在がある事など。
俺の年齢については、聴取の時に確かめたから断言したのだろう。それに、容姿が大人びていない自信もある。不老などに言及しない辺り、そこはかなり常識的なのかもしれない。
座る姿勢を元に戻し、ウィリーさんから離れる。下手な嘘で自分を逆に追い詰めてしまうなら、素直に話す方がマシだ。ただ、行き過ぎたオカルト要素まで信じる性分でないなら、全てを話せば頭のおかしい子だと見られる。それがきっかけでギクシャクしてしまうのは嫌だし、後ろ指を差される日々になるのも絶対辛いに違いない。
結局、自称神絡みの事は話せない。現状で俺が伝えられるのは、最低限伝えるべきなのはG魔法を手に入れた経緯だ。ウィリーさんの前で緊張しながら、俺はおずおずと話す、
「……三日前の事なんです、これが手に入ったのは。ただ、手に入ったのも一方的で突然すぎて、俺も何が何だかわからなかったんです。盗賊たちに火の玉を飛ばされて、それに当たって、気づいたら……」
それ以上はウィリーさんの知っての通りだ。成り行きで盗賊たちを倒して、リエを助けて、ゾウ怪人を倒して、森の中を走っている最中で変身が解けて。
ベクターさんのように、当事者以外は本当に訳がわからないだろう。俺がどうやって鳥賊強盗団を相手取ったのか、どうして俺があそこにいたのか。盗賊たちの取り調べを担当した剣士団員は、相手の気が狂ったように見えたに違いない。
それでも、俺が何かやったと団員たちに考えられるのは自明の理だ。単純にステゴロ、もしくは幻覚、守護霊的な奴の使役、あるいは第三者の仕業か。思いつくだけなら、ふわふわな証言も補完できる。
ウィリーさんもその内の一人で、こうして俺に真相を確かめに来ている。しかし、よくよく考えればウィリーさんはまだ自分の推測を仄めかしているだけではっきりと俺に言っていない。「あなたは、この黒い戦士ですか?」とも聞かれていない。確証がないせいでもあるのだろうが、それに気づいた瞬間から落ち着けなくなった。
自分がニグラムに変身したと正直に白状できず、最後で言葉を濁してしまった。ウィリーさんにどう解釈される? 召喚士? 遠い国から来た魔法使い? 一般人? それとも……異形へと姿を変えられる化け物と見られるのか?
強い不安で胸が一杯になり、思考が綺麗に纏められない。何故かうなじもザワザワとし始めて、じっと座っているのも辛くなる。どこかへ駆け出したい気分だ。心なしか、遠くの何かが動くのを肌身で感じた。何だこれ。
吐き気は催さないが形容し難い気持ち悪さを必死に我慢しながら、ウィリーさんの顔を窺う。すると――
「君が嘘をつくのが下手なのは、聴取の時点ですぐにわかりました。その様子だと本当の事を言っているのでしょう」
そう言って、ウィリーさんは笑みを漏らす。ネガティブな感情を忘れそうなぐらいの穏やかな笑顔だ。
だけど、それに関係なく気持ち悪さは拭えない。悪化するどころか、別の何かに還元されていく。
「貴重な時間を割いてもらって、ありがとうございました。謎が少しすっきりしただけでも、儲けもの――」
遂には我慢の限界が訪れ、ウィリーさんの言葉を遮るようにして勢いよく立ち上がる。定まらない視界の真下付近には、きょとんとした表情のウィリーさんが映っていた。
「スズト君?」
「すみません、ウィリーさん。俺……席を外します」
そう言って俺は、玄関から外へと飛び出した。後ろからウィリーさんの「スズト君、どちらに!」と叫び声が聞こえたが、気にしている余裕なんてなかった。
特に根拠もなく、何か悪い事が起きると予感する。街中を全力で駆け抜ける俺の向かう先は――
変身の時間よ、グレーゴル……




