9・やっぱりないよね
俺たちは畑作りに励んだ。といっても草を払って多少、土を耕しただけの事だが。
そうした作業を数日行った後、森で焼かれていた炭が出来上がったというのでポニー車に載せて山の民の郷へと向かう事にした。
「領主様自ら向かうなど、何かあったら大変です」
移住組からも、村長からも引き留められたが、必要なものを説明するに足る理解を誰もしてくれないのだから仕方がない。
「そうは言っても、股鍬を誰か分るのか?『焼き石』を焼いて石炭にすることを説明できるのか?」
皆黙り込んでしまった。もちろん、俺自身、詳しいわけではないが、他の皆はさらに知らなかった。それも仕方がない。この世界にはフォークはあっても股鍬はない。股鍬、有名なブランド名として備中ぐわというのがある。あれだ。
木の鍬先に鉄の刃を取り付けた鍬では掘れる深さに限りがある。鍬全体を鉄製にするのが良いが、草原であったこの地域の土は長年の風雨で締まって硬く、さらには粘土質に近い。こうしたところで威力を発揮するのは全面鉄製の平鍬よりも、三本か四本の刃を持つ股鍬だ。
そして、崖でとれる石炭をコークスにすること。もしかしたら、山の民にはすでにその技術があるかもしれない。
そう思ったのも、ここで作られた炭は低級品とされ、あまり買取評価が良くないことだった。初めは単に見下されているとか足元を見られているのだろうと思ったけれど、山の民の作る炭は有名な備長炭よろしく、非常に品質が良いらしい。そして、焼き物も扱っているらしいとのこと。この村にも山の民との交易でもたらされた磁器や陶器が存在している。かなり高温を必要とする焼き物も作っている彼らなら、コークスも可能ではないかと考えている。
「わからないのだから、僕が行く。鍬は必要なものだし、『焼き石』を炭に出来るならば、木を切らずとも崖を掘って、あの石を持って行くだけで良くなる。縁辺のためにも必要な事だ」
皆は黙り込んで俺が行くことを認めてくれた。多分・・・
こうして炭と少しの焼き石をもって山へと向かった。元はそれなりに発展していただけの事はあって、道自体は広く作られていた。しかし、最近は整備されていないようで、崩れたり穴があってもそのままとなっているところが多い。
二日ほどかけてようやく到着した郷は人間にとって少し小さかった。門に居る門番の身長も130cmあるかどうかといったところ。ただ、ものすごくガタイはよかった。
郷の中は普通に家並みがあったことに驚いた。鍛冶場や陶芸場は山側にあるそうで、居住地と分離されているとか、なんだかびっくりするほど近代的だ。もっとこう、鍛冶場が道の両側に並んでるとかそんなところを想像していた。
そして、俺たちは族長のところに案内された。それなりに大きな家だった。
村人たちが挨拶をし、今回、新たに領主になった俺を連れてきたことを告げる。
「草原の王族というのはお前か。草原族にしてはチビだな」
ガタイが良い140cm弱のオッサンがそう言って俺に声をかけてきた。名前をウテレキというそうだ。オッサンに髭はない。そして、髪も短く刈り上げている。
「どうも身長が伸びなかったらしい」
「女なら身長はそのくらいでも良いんじゃないか?」
オッサンも俺を女だと思ったらしい。
「こんな顔だが男だ」
そういうとオッサンはびっくりしていた。正直、このやり取りには慣れた。
「そうか、それはさすがにチビだな。で?わざわざ何の用だ。単に炭を持ってくるだけならおエラ方が来る必要は無いだろう」
「専用の鍬を作ってほしい」
そう言って股鍬について説明した。
「そいつはこの辺で使ってる鍬に似ているな」
オッサンはそう言って農具を持ってこさせた。
「お前さんの言っているのはこれか?」
そう言って並べられた農具はちょっと独特だった。熊手のような形をした「サラエ」というもの、ツルハシを若干太くした「トンガ」というもの、股鍬を歯抜けにしたような「フタツバ」などがあった。
「この二股は近い。これを少し薄く、角度もより垂直にして三つ股にしてもらえないか。トンガはそのまま欲しい」
そして、ふと思った。山間地農業だと、ソバや雑穀はもちろん、芋があるんではないのかと。
「これを三つ股か、なるほど。草原は柔らかい土の様だな」
オッサンはそう言って納得していた。
「ところで、ここで芋は作ってないか?」
オッサンは不思議な顔をする。
「イモだと?」
そう言って少し考えてから、思い出したように言う。
「土の中に出来るモノを言うのだったな。それならあるが、お前らが食うのか?」
ここでは芋とは言わないらしい。アピオというそうだ。大きさはジャガイモに近く、ここで育つのだから冷涼な気候で良く、やせた土地でも育つようだ。
「あるなら食べてみたい」
そういうと、今夜の食事に出してもらえることになった。ちょっと楽しみだ。
さて、それはそうと本題だ。
「ハァ?焼き石を鍛冶の燃料にだと?バカを言うな。そんなものが使える訳が無いだろう。鍛冶をやらないお前らは知らないだろうが、そいつは鉄を脆くする」
俺はその程度の事は知っている。いわゆる「なろう知識」というやつでだ。だからこそ聞いたのだが。
「それは知っている。しかし、薪が鍛冶に使えず、炭が使える様に、この石も焼いて炭にしてしまえば使えるのではないか?」
そういうとオッサンはうなっていた。
「確かに、理屈としてはそうだが、石を焼くのか。そんなことが出来るモノだろうか」
オッサンはそう言って即答しなかった。
「石が炭になるかどうかはすぐにという事ではない。そちらの考えもあるだろう」
俺もそういうにとどめた。結局、今日はアピオ料理を食べて一泊する。その間に作り置きのトンガをいくつか用意してもらうという事で話はまとまった。
「これは・・・」
目の前に出されたのは何だろう、麺類だった。この世界初の麺類。白い、透明に近いそれはまるで春雨だった。
「フェンだ。アピオから作った粉を湯と練って作る。乾燥させているから長期保存も出来るぞ」
製法までまんま春雨のそれに近いようだ。そして、別の皿には煮物がのっている。そこに芋を発見した。
「これがアピオか?」
そういうと、オッサンは肯定するように頷いた。
「しかし、不思議な奴だ、他の者は苦労しているのにどうしてそうも簡単にチュを使いこなしているのだ?」
オッサンにそう指摘されたが、カルヤラでは貴族のみが食事の際に手で食べないことを伝えると納得してくれた。当然、カルヤラに箸など存在しないが言うとややこしくなるので何も言わなかった。
そうそう、春雨はやはり春雨だった。