89・やはり、守るだけではダメらしい
ホッコたちは逃げ去った騎兵を静かに追いかけていったようだった。
俺たちはというと、まずは散乱している遺体を埋葬する必要性があった。昨年、辺境で起きたように、熊が人間を食い荒らしたら大事になる。更に狼なども出てくるかもしれない。肉食獣が人間の味をしめて村を襲ったりすれば大事だし、そうならずとも、このまま遺体を放置するのは疫病が広まる原因になりかねない。
そんなわけで、まずは応急に掘った壕や落とし穴を使って遺体を埋葬していく。足らない分については新たに穴を掘って埋葬する。
馬については、生きているものはゼロで育てることを考えているそうだ。動けない馬は殺すしかないが、食用にはなりそうにないというので騎兵と共に埋葬することになった。
数日掛けて砦の周りの遺体を埋葬し、柵や落とし穴周辺の埋葬も行った。
そうしている間にも主力を失い、後方まで侵されたウゴル騎兵たちは他の砦からも退いているという。
「ウルホ、要望のモノを持ってきたぞ」
ホッコがそう言って肉を持って現れた。どうやら馬の肉らしい。
その日の夜は馬の肉を焼いたりスープにしたのだが、イノシシの方がおいしいかもしれない。あっさりしすぎていてあまり好みではなかった。
「そんな顔をするな。秋に食うイノシシと比べるからそう思うだけだ」
ホッコはそう言って笑っていた。
ホッコが帰ってきたのは肉を持ってきたからではなく、今後の作戦についてだった。
「砦からは引き揚げたが谷から完全に出でたわけじゃない。ラガーの谷もどうやら押し返されたらしい。あちらでお前の兄が馬賊へ攻勢にでないなら、馬賊は余力をこちらに回して再び攻めて来るかもしれないな」
ホッコがそんなこと言ってくる。カルヤラにウゴル領へ侵攻する余力などあるのだろうか?騎馬隊の能力は明らかにウゴルが上なのだから、カルヤラが侵攻しても上手く逃げていきそうだ。
「そうか。ホッコはカルヤラ騎兵がウゴルに勝てると思うか?」
俺がそう聞くと、迷いなく首を横に振った。まあ、そうだろう。
「なら、ルヤンペたちが到着したら、私達山の民が進攻しよう。ウゴルの扱いにはなれている。矢で蹴散らして戦斧で薙ぎ払えば何とかなる。ホッコたちが支援してくれるなら、私達の優位は揺るがない」
イアンバヌがそう宣言した。山の戦士たちもそれに同意しているらしい。
「そうだな。山の主力も今日にはこっちへ来るし、ルヤンペたちもあと数日か」
ホッコもそれに同意している。驚いている義母を置き去りにしてイアンバヌとホッコは侵攻計画を練っているようだ。
「公、そのまま任せておいて良いのですか?」
義母が俺にそう聞いて来るが、頷いておく。
「ウルホ、今回の事で俺たちも馬賊ともう少し距離を取りたい。小集団がうろついたらすべてを見付けて倒すのも難しいだろう。出来るだけ連中を俺たちの住処に近づけたくない。ゼロの谷の向こう、でっかい湖まで追い出したいんだが、良いか?」
ホッコがそう言ってくる。
「ゼロの向こうというと、ラガーか?」
俺にとっては、ゼロのアホカス領の向こうというと、ラガー湖くらいしか思い当たらない。
「それじゃねぇ。西にある奴だ」
西?
「公、ガネオです。ガネオからは川が流れており、海へと注いでいます。湖と川を新たな境界とするという事だと思われます」
「ほう、分かるか。そう言う事だ。ウルホ、お前の領地同様のやり方で良いなら、俺はお前たちが多少切り拓こうとも構わんぞ?」
義母の説明にホッコがそう付け足してきた。
つまり、ゼロでも牛を飼う場所を森の民に提供し、アホカス家が牛の労力を使うことが出来る仕組みにしたいという事だろう。ピッピをはじめとした穀物類の増産にもなるし、牛を増やすことも出来る。お互いにとって悪い話ではないだろう。当然、牛が使う農具はナンションナーで作ることになるから、こちらにもメリットがある。
「僕はそれで構わないが、ここは縁辺ではない。必要なのは僕の許可ではなく、兄の承認だ」
俺がそう言うと、義母が驚き、ホッコは何処か生暖かく俺を見ている。
「そうか、お前の望むようにやれ」
ホッコが寄ってきてそう言う。後の事はガイナンカの戦士やルヤンペたちが到着してからという事になった。




