7・行き先について調べてみた
縁辺領へ行けと言うが、縁辺領がどこかを「僕」は知らない。そもそも、王都暮らしのボンボンなのでカルヤラ王国の地理についてすらあまり知らないというお粗末さ加減だった。
まず、カルヤラ王国というのは大陸北方に位置する国ということが分かった。「僕」の記憶によると、気候は日本に近いらしい。王都カルヤラは日本でいえば瀬戸内あたりの気候だろうか。内陸性に近く、雨はやや少なめ。地図がどこまで正確かは分からないが、北欧みたいな地形の様だ。カルヤラ王国はフィンランドやロシア北部を領土にしているという事になるのだろう。王都があるのは、湾に面した海沿い。その西には森と湖が広がる地域であり、湖畔や川沿いを中心に街が形成されている。更に西へ進むと海だが、氷海なので、交易路としては使えない。
東に目を転じると海が開けていく、しかし、その先にはハルティ大山脈を要するハルティ半島が行く手をふさいでいる。その間の海をアハベナンマー海という。南はカルヤラ湾を挟んで、ウゴル王国という平原の国がある。カルヤラ人も元はウゴルから来たと言われるが、昔の事なので良く分かってはいない。
北に目を転じると、そこがカルヤラの主要地帯で、スオミ大平原が広がる。その北限にあるのが、第一王子こと、大公が治めるカイヌー辺境領である、そこより北はラッピ高原という森林地帯で、「森の民」の領域になっている。
その北限から南東へとハルティ大山脈が連なり半島を成す。大山脈は鉱物資源の宝庫でもあり、半島は「山の民」の領域とされている。
この「森の民」と「山の民」が交わる場所となるのが、アハベナンマー海の北限、ラッピ高原とハルティ半島の付け根あたりになる。
縁辺領とは、半島付け根に広がる扇状地であるアイノ平野に存在する交易都市の事を言うと読んだ書物には書かれていた。
縁辺領への移動手段だが、カイヌーから街道を整備することも可能だろうが、「森の民」は彼らにとって「草原の民」であるカルヤラ人が森を切り開いてしまう事を嫌い、ことあるごとに対立しているせいで、街道整備は現実的ではない。それはそうだろう、街道整備とは、道だけでなく途中に宿場や休憩所も整備するのだから、それだけ森を侵食することになる。宿場が大きくなり、街を形成すると、そこは「草原の民」の領域となって、「森の民」の領域をより狭めることになる。
そのため、今は主に海路による往来が行われている。
縁辺領で交易を行う「山の民」は山の鉱物資源を採掘、加工しているので、主要商品は重量のある金属製品や装飾品であり、輸送には海路の方が都合がよい。何より、カルヤラはアハベナンマー湾の海上交通の一角を占める海運国でもあるのだから。
そう考えると、「山の民」はドワーフなんだろうか?「森の民」はエルフか?
これはなかなか興味深い。
「殿下、資料をお持ちしました」
一応、まだ王宮に居るので俺は王子扱いのままである。
「これはどういう事かな?」
新たに持ち込まれた資料を読んで驚いた。縁辺領は交易「都市」という話だったはずだが、どうやらかなり衰退してしまっているらしい。
理由はあれか、鍛冶と言えば木炭を大量に必要とするから森林破壊か。仮に、そこに銅や金銀などが加わると鉱毒という線も捨てがたいが、いずれにしても、今やそこにはとりあえずの波止場がある程度という事らしい。
行き先について落胆するしかなかった。
そして、とうとう兄に出発の挨拶をする日がやってきた。兄は既に玉座に座っている。王位継承は決まり、後は正式に式典を行うだけとなっており、現時点で事実上の王である。
「ウルホ、父はお前に『人を統べる術を学べ』と言った。だが、正気に戻ったのであれば、最低限のおぜん立てはしてやろう。縁辺ではあるが、領地を与えるのだ、うまくやってみろ」
当然、兄もどんな場所かを把握しているだろう。つまりは、事実上の流刑だが、体面上、流刑と言っていないに過ぎない。
だが、俺はとある光明を見つけている。わざわざ兄に言う話ではないから黙っておこう。しかし、試しに言っておきたいことはある。
「兄上、もし、私が縁辺を上手く治めた暁には何か頂けるのでしょうか?」
そう言うと、兄はしばし俺を値踏みするように見ていた。
「王都に帰って来たいのか? それとも、攻め込んでくるか?」
厳しい顔でそう言った。
「いえ、私は王都に戻る気も、攻め込む気もありません。縁辺が豊かになったらのんびり毎日昼寝をして居たいのです。私の代わりに縁辺を差配する人物などを配していただけないかと思いまして」
俺はニコニコその様に宣った。それをどう受け取ったのだろう、兄はさらに厳しい顔で思案してから口を開いた。
「縁辺領が豊になるには、山の民との友好、あるいは支配が必要になる。そして、森の民の地をもその手で平定する必要もあろう。そうだな、その様な功績をあげたならば、何か褒美でもやろうか。それとも、縁辺において自分の国を建てるのもよいかも知れんな」
顔は笑っているが目が笑っていなかった。
「それでは、兄上が攻めてこないという確約でもしていただけますか?」
俺も兄に倣って大物ぶってみた。あくまでフリだ。何か考えがある訳ではない。が、兄は何やら納得がいったらしい。
「なるほど、多少は頭も回りだしたか。良いだろう。不可侵の確約については正式な書面をしたためる。縁辺が今後どう変わるか楽しみだな」
何がどうなっているのかわからないが、これでどうやら身の安全は確保できたんではないだろうか?たぶん・・・