67・懐かしのアレがこの世界では容易に手に入るようだ
「殿下、ありがとうございました」
珍しくヘンナにそう呼ばれた。最近まったくそう言わなかったのにな。
「ヘンナ、よくやった」
俺がヘンナに声をかけると、息も切らさずキリっとしている。やはり、鍛え方が違うらしい。
ふと熊を見たら、早速山の民が解体を始めていた。いや、そこで震えている村人たちが居るってのに、なんでこうも喜々として解体してるんだろうね。
「腸は丁寧にな!」
前回ズタズタにしたのは君らではなかったかな?
そうこうするうちに、伝令の知らせを受けて街から騎士の一団がやって来た。どちらかと言うと、熊を運ぶ役目だが。
「よぉ~し、解体終わった部位から車に載せろ」
騎士が来たとたん、山の民がそう掛け声を上げている。熊退治というより、ただの猟になってるのはなんでだろうか。
「公、残りは一頭です。我々はこのまま村人を引き連れて村へ向かうべきだと思います」
さっき襲われたばかりなのに、ヘンナは既にいつも通りだった。つか、そのまま村へ行こうと言い出すあたりが・・・
「ところで、ヘンナ。山の民との手合わせはナンションナーに来てからずっとやっているのか?」
俺は話題を逸らすようにそう言ってみた。
「はい。彼らは非常に優れた戦士ですので、非常に良い練習相手です。彼らと手合わせをしていなければ、先ほどの熊に対しても力負けしていたかもしれません」
うん?ナンションナーに来てさらに強くなったの?なんか怖い。
そんなことを思いながら、必至に顔に出ないように頑張った。
「そうか、ならば安心だ。このまま村へ向かおう」
俺が言えたのはそれだけだった。周りが化け物過ぎて怖いんだが。
騎士たちが熊を荷車に積み終えると、ヘンナの指示で彼らは帰って行った。新鮮な腸を使って街に来ている森の民が腸詰を作ってくれている事だろう。街へ帰るのが楽しみだ。
今回の移動に際して餅を多めに持ってきている。そして、シヤマムそのものもある程度持ってきた。
餅を食べた村人たちは、シヤマムの新たな食べ方に感激している様だったが、そんな彼らの中から、村で取れる草を練り込むとさらに美味しくなるかもしれないという話を聞いた。
「いつも粥に入れている草があるんですが、この食べ物にも混ぜるともっと風味が良くなるかもしれません」
そう言っているのを聞いて、七草粥を想像してしまった。餅となると、ヨモギだろうか?それはそれで楽しみが増えた。
それから村までの行程で熊が出てくることはなかった。
それどころか、どう探しても痕跡は見つかるのだが、なかなか熊の足取りは掴めないという。
「長、この近くに居るのは間違いない。もしかしたら隊長の戦いを見ていたかもしれないから、山の民や俺だけでなく、隊長も警戒されている」
ホンデノが深刻そうにそう言ってきた。
「それは仕方が無いだろうが、ここに居て、熊が出てくるのだろうか?」
頭が良いらしいという事はどこかほかの地域に移動する可能性もあるのではないかと思えるのだが、
「村には人以外にも食い物がたくさんある。食料の荷車も囮だったんだが、奴はまず人間を狙ったんだろうな。そうなると、残りの奴は俺らの隙を狙って食い物を狙う可能性もある。あとは、弱いと思われる子供や年寄りだろうな。それにしたって俺たちが常に村を警戒してるもんだから容易に現れないんだと思うんだがな」
困った話だった。この辺りの森には木の実も多いし動物も居る。そんなに食料に困る場所ではないが、やはり、覚えてしまった味を忘れることは出来ないという事なんだろう。
そうならこっちも持久戦をやるしかない。なにより、村人のいう草が気になって仕方がない。
村で二日ほど過ごしたが熊が現れる気配が無いというので、村人と共にその草を採取することにした。
「これか?」
それはヨモギという感じではなかった。それどころか、俺はこれを知っている。このえも言われぬニオイ。
「この草を粥に入れていたのか?」
俺が村の子供に問うと、その男の子は顔を赤くさせている。俺、男だからな?
「そうだぞ。これを粥に入れるとメッチャうまいんだ。いくらでも食えるぞ」
胸を張ってそう言う。顔は赤いがな。
「そうか。確かにそれは分かるが、味も良いのか?」
俺が草を齧るのを見ていた子供が慌てて止めた。
「まて。そのまま食うな!」
少し齧ってしまった後だった。
正直、そのニオイからは想像できないほど苦かった。これは無いだろう、こんなの食えるのか?
俺は嫌そうな顔をしていると、少年が慌てたように口を開く。
「それは生で食っちゃいけないんだ。乾燥させて、炒めないと食えないんだ」
先に言って欲しかったが仕方がない。俺が先に食ったんだからな。
「そうだったのか。これは苦くてどうしようもない」
俺は自分が齧った部分をちぎって、籠へと放り込んだ。少年、なんで俺が捨てた草を探そうとしてるんだ?
「もう十分取れたと言っているぞ」
少年を促して村へと向かった。俺が手をつなぐとなぜかずっと顔を赤くしていたが、何故だろう。ちゃんと俺が男であることは少年も知っているハズなんだが。この少年がホッコみたいにならないか不安で仕方がない。
村へ戻ると乾燥工程を省くために二時間ほど火のついた竃の上に網に入れてつるして熱を入れるという作業が行われた。まるで米の乾燥みたいだ。
米の乾燥も、乾燥機が出来る以前、炭を用いた乾燥器具が存在していたそうだが、まるでそれの原型みたいなやり方だった。
どうやら、乾燥時間は非常にシビアらしく、一つ間違えば苦みを飛ばすどころか、えぐみが出てしまって使い物にならなくなるという。リスクを考えれば、数日自然乾燥させるのが良いそうだが、幸いにもこの乾燥法に熟達した村人が居たので、彼に任せた。
ニオイを嗅いで状態を見ているらしいが、俺にはただただ食欲を煽るニオイしか漂ってこない。
あまりの拷問に俺はその場を離れて仕上がりを待つことにした。
「長、スゲェ匂いだな。あんなの流れてきたら熊は逃げ出すんじゃないか?」
ホンデノがそんな事を言っている。俺にはそうは思えないが、熊というのは刺激的な匂いが嫌いなんだろうか?
「逃げ出すのか?」
と、聞いてみたが、いまいち自信は無いそうだ。
何とか拷問に耐えていると、乾燥が終わり、炒める行程に進むという。
網一杯にあった草はほぼそのままの形でそこにあった。そして、それをドッサリ大鍋に移して火に掛ける。ここで何かを加えるという事はせず、パサパサになるまで炒めるのだという。
そしてしばらくして、パサパサになったところで火から上げて、台の上で細かく切っていく。
そして、シヤマムの用意を行う。
シヤマムを山の民特製のセイロに入れ、水を張った鍋にかけて徐々に蒸しあげている。
蒸しあがったシヤマムを臼に入れ、細かく切った草も投入する。後は杵で潰して撞いて出来上がりだ。
「確かに見た目は草餅だな」
俺は1人そう思った。
撞きあがった餅を切り分けて丸めると出来上がりだ。
「うん、おししい!」
子供たちが元気にそれを頬張っている。ヘンナやホンデノが恐る恐るそれを口にしている。山の民は特に気にせず口に放り込んでいる。
俺も一つ手にして食べてみた。
ニオイとは裏腹にほのかに甘みのある口当たりだった。が、なぜか独特の辛味が僅かに感じられた。辛さはどちらかと言うと甘口。
「火で水を飛ばすことなくしばらく熟成させてから炒めたモノですと色も緑ではなく多少赤みを持った色になり、より辛味が出ます。ニオイもさらに強くなりますよ」
村人がそう言っている。
「そうなのか?ところで、これは何と言う?」
「キナです」
ほう、キナというのか。だが、俺からすればカレーなんだが。




