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65・やはり熊退治の分析は間違っていた

 俺が倒した熊をケッコイが検分する。


「この矢、かなり重量があるね。矢じりだけでなく柄まで鉄で出来てるじゃない。私の矢とは大違い。なるほど、これで私並の矢速なら熊だって耐えられないね」


 熊の検分より、矢に興味が行ってしまっている。が、しっかり熊の検分も忘れていないのはさすがだ。


「この熊、騎士や兵を襲っていないかもしれないね。もしかしたら、どこかで仲間が人を襲う姿を見て模倣しようとしただけかもしれない・・・」


 俺も近づいていくと、ケッコイが説明してくれたのだが、体に人と争った傷が少ないそうだ。事前にどこかで人を襲ったのは間違いないが、それは武術を取得した騎士や兵士による抵抗の後ではなく、単に村人が武器を振り回して付いた傷だろうという。


「ほら、これなんか突いた傷だが、本当にただ刺さっただけだ。こんなことをしたら熊を足止めするどころか、熊の間合いに入って一撃で倒されてると思うよ。槍兵なら上から振り下ろすから突くより叩く事になるし、騎士の槍ならもっと容赦なく抉るような傷になる。そうだね?ヘンナ」


 熊を倒したことで駆け寄ってきていたヘンナにそう問いかけている。


「ケッコイ殿の説明通りかと。この熊の傷は手練れの騎士や兵とは戦って出来たモノではないでしょう」


 困ったことになった。確かに違和感はあった。


 俺たちがぞろぞろやって来たにも関わらず、警戒することなくその日のうちに森の民に姿を見せた時点でおかしかったのだ。


 手練れの騎士や兵士を相手取った熊であれば、それらと同じ「ニオイ」がするであろうヘンナやさらに警戒すべき森の民が現れたというのにノコノコ現れるのはおかしい。


「そうすると、貴族軍を襲った熊というのは他に居ることになるな。これまでよりさらに緻密な調査がひつようだ」



 それからが大変だった。


 調査によって貴族軍の残党が襲われた場所が幾つか判明したが、それは北だけでなく南にも散見されるという。

 そして、つい最近まで人が住んでいたであろう森の奥の村が幾つか消滅しているという。


「貴族軍を襲った熊は1頭ではないのだな?」


 1週間ほどかけて調べた結果の報告を受けたのだが、第一報で考えていたモノとはかなり規模が違う事実が次々と判明した。


「熊の数は少なくとも5頭以上。先日の熊の様な模倣を加えるならば最悪15頭近くに上るのではないかと」


 正直、想像を絶する事態に理解が追い付かなかった。


「そんなデカイ熊狩りやるならチマチマやってらんねぇな。嬢ちゃん一人の名声考えてる場合じゃねぇし、森の民だ山の民だと言ってらんねぇ。どうするよ、ここは俺らで手分けしてやらねぇか?どうする、嬢ちゃん」


 誰よりも存在感のあるルヤンペがデカい声でそう言う。辺境の連中にはそれに不満顔のモノも居るようだが、その態度と声と、さらに、「ガイニのルヤンペ」という事実を前に、口を開く者はいなかった。


「私も賛成だ。手練れが5頭にその模倣が同数からその倍に上るならば時間をかけている暇はない。時間が経てばそれだけこの辺りの民が犠牲になるんだ。縄張りだとか名声だとか言ってる場合ではないだろう」


 ケッコイもルヤンペに賛同した。あからさまに顔を青くさせる騎士も居る。ヘンナから聞かされたが、辺境の騎士にとって、森の民は恐怖の的だそうだ。山の民も同様。両者が動けば辺境など蹂躙されかねないと怯えているという。まさに、今現在、顔の青い騎士にとっては、辺境の征服宣言を聞かされたようなものだっただろう。


「二人の意見ももっともだ。分かった。カヤーニ、地理に詳しい騎士を見繕え、ヘンナは俺と来い。ケッコイ、ルヤンペもカヤーニに従え。人選は全て任せる」


「はっ!では、人選をいたします」


 カヤーニがうやうやしく膝まづく。顔の青い騎士はさらに驚いた顔をしている。そして、カヤーニがルヤンペやケッコイと対等に言葉を交わす姿を見て開いた口が塞がらないらしい。こいつはこれまで2週間近く何を見て来たんだろうか?

 後で知ったが、この騎士は留守役でナンションナーへ来た騎士ではなかったらしい。それなら顔が青くなるのも仕方がないか。


 そんなわけで、割り振りが決まった。ケッコイやルヤンペも混成部隊を率いて担当地域を与えられた。俺も参加すると言ったらヘンナに反対されたがカヤーニやケッコイは賛成し、ルヤンペは弓の自慢をしていた。


「長、その弓はなかなか面白い形をしているな。あのルヤンペが作ったって?」


 俺も部隊を引き連れているが、実質的な指揮はヘンナが行い、辺境の騎士が道案内をしている。そして、数人の森の民が周辺を探り、俺の周りには護衛の森の民が一人と山の民が二人いる。


 俺に話しかけてきたのは弓職人だという森の民でホンデノというそうだ。


「そうだ、イアンバヌや僕でも森の民の様に威力の出る弓を作らせた」


 そう言ってコンパウンドボウの原理について簡単な説明をした。ホンデノは興味津々で聞いていたが、難しい顔をしだした。


「軽い鉄に寸法を変えた変形滑車・・・、それはさすがにガイニのルヤンペ以外には無理だ。しかし、この形状にそんな意味があるなら参考にしたい」


 そう言って大きく偏心した形のハンドルを再現したがっているようだ。


「滑車を用いないのであれば可能ではないのか?」


 俺がそう言うと、頷いている。


「きっと可能だ。芯となる部材と張り合わせる部材の組み合わせ次第で出来るだろう。それに、長が持っている弓のリムをその鉄張りと変わらない張力でもっと軽くて持ちが良いモノだって作れると思う」


 何とも頼もしい話ではないか。


「熊狩りが終わればルヤンペに話そう。木の張り合わせが出来ずにこうなったそうだから、内容次第では協力してくれるだろうな」


 俺も乗り気でそう約束する。


「公、熊が現れたとの知らせです。あまり賛同できませんが、作戦通り、公を主軸に護衛をホンデノ殿にお願いいたします」


 ヘンナはまるで乗り気ではなさそうな声音でそう言ってくる。


「ヘンナ、心配しなくて良い。弓の性能は証明済みだ。ホンデノの腕前もケッコイに引けを取らない」


 ヘンナの目が言っている。「そう言う事ではない」と。しかし、理解していないふりをして俺は前へと出ていく。気配を消したホンデノが付き従っているはずだ。



「長、右だ」


 俺がゆっくり弓を右へ動かす。


「そこだ」


 弓が熊の方を向くと、ホンデノがそう声をかけてきた。


「行くぞ」


 前回とは違い、敗残兵と格闘した可能性がある熊らしいというので初めから戦矢を番え、全力で引き絞って待つ。見えるのは僅かに耳だけだ。


 普通の弓ならそう長時間引き絞ってなど居られない。事前にホンデノから教えられた通り、熊は敢えてこちらに気づかせ、それでいて弓の射線が通らない微妙な位置に身を隠して待っているらしい。


「長、奴が弓兵を相手にしていたならば、こちらに弓を引かせ、手がしびれたあたりで襲い掛かってくるはずだ。長の弓なら確実に奴のタイミングを外せる。姐さんの言う通りなら、長は確実に仕留められるさ」


 そう言っていた。


 しばらくすると、すうっと熊が動き出す。敢えて注意を引きつけながら、それでいて射線が通らない絶妙の動きをしている。

 そして、普通の弓なら限界であろう頃合いを見計らって飛び出してきた。


 俺は熊の体の中心を狙って矢を放つ。


「逸れた!」


 矢を放ったのを見た熊が身を伏せる動作をしたのが分かった。つまり外してしまった訳だ。


「冗談だろ!さすが長だぜ!!」


 俺が必死に二の矢を番えようとしているとホンデノのそんな声が聞こえ、何事かと熊をよく見ると頭に深々と俺が放った矢が刺さっていた。もう一本はホンデノが放ったモノだろう。

 どうやら熊は俺の矢の速度を見誤り、避け切れていなかったらしい。


「姐さんが信頼するだけの事はある」


 ホンデノは興奮しているが買いかぶりだ。弓の性能が良かったに過ぎない。


「長、その軸のぶれない弓筋はさすがだ。無理にでもルヤンペに頼み込んでそのリムを作らせてくれ。俺がもっと長にふさわしい弓にして見せる!」


 まあ、それはそれで良いのかもしれない。


 ヘンナに熊を倒したことを伝えに行くと、ちょうど山の民が熊の斬殺体を抱えて来るのが見えた。パネェな、山の民・・・・・・

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