61・前世の常識が通用する土地ではなかった
シヤマムの脱穀を終え、桶をもって農民たちが家へと帰って行く。本来ならば、その辺りにシヤマムのわら束を立て掛ける柵を作るのだそうだが、それが必要なくなった。
日本で行われていたハゼ掛けなどの乾燥法だが、ここでは収穫後すぐに脱穀してムシロの上で乾燥させる方法も一部では行われているという。ただ、脱穀は乾燥させてからの方がやり易いので、主流はハゼ掛けらしい。
脱穀法も、石や木に叩きつけるのではなく、扱ぎ箸を大きくしたような木の切れ目に穂を挟んで引っ張るらしい。
何とも日本的だった。それもあってかこのハーベスターへの理解も早かった。すでに大工が山の民に作り方を聞いていたりする。
「なぜ、ここではアマムを食べないんだ?領主に取られていたからか?」
俺は脱穀後もその場に残って俺たちに付き従う村長に聞いてみた。
「我々はそもそも、アマムを食べておりません。アマムは税のために持ち込まれた作物なんです。我々は昔からシヤマムを食べておりました」
日本で教育を受けた記憶を持つ俺からすれば、主食であるはずのアマムを搾取されているんだろうと考えていたのだが、そもそも、この地域の主食はシヤマムで、アマムは税のために栽培している商品作物なんだそうだ。
そのことにまずはびっくりしてしまった。
「この辺りでは森を切り拓いた畑でしかアマムは育てられません。木材を切り出すにも滝があってすんなり海まで運べず、さりとて陸の道も川と湖が入り組むこの辺りでは木を運べる立派な道など望めません。わざわざアマムのために代々辺境領主さまが切り拓いて来ましたが、我々は森を切り拓かずとも湿地で育つシヤマムがありましたから、それを食べ、少ない畑でアマムを税のために育ててきたのです」
という。
なるほど、そんなやり方もあるのかと感心してしまった。だが、食文化としてはあまり発展しておらず、シヤマムは煮るか炊くかしかしてこなかったという。
森の民との境界でもあり、平和とも言い難かったこともあるだろうし、アマムは製粉しないならば、粥にしかできないのでシヤマムと大差がない。
そもそも、その製粉には一定の組織力や技術が必要なので、辺境だと都市部でなければ製粉業は存在せず、アマム粉の流通を考えると、農村では高価な食材となってしまう。とてもではないが、それを年中買えるほどの資金力は農村にはない。
「だが、蒸すのは簡単にできるのではないか?ここは水も豊富にあるが」
そう聞くと、足りないのは水ではないという。蒸し器が無いのだそうだ。
それを聞いて、ふとケッコイを見る。ケッコイも意図を理解したらしい。
「蒸し器なら私たちが何とかしよう。ピッピのフェンも良かったが、アピオを混ぜたあの団子もおいしかった。ウルホが言う様に、木の実をすりつぶしてシヤマムの生地に包むのは行けると思う。蒸し器とシヤマムの交換でいこうか」
どうやら俺が考えたレシピを前提に、餅と蒸し器を交易の材料にしたいらしい。
村長はケッコイを見て驚いていたが、縁辺は森の民と友好関係を築いている事も話してあるので、何も言ってはこなかった。
そして、村長にはナンションナーで考えていたアマム量産計画の話もした。かなり驚いていたが、納得してくれたらしい。
「さて、アマムは出荷用として、シヤマムについても考える必要がありそうだ」
そう言ってシヤマムの栽培法について聞いてみたのだが、湿田への直播栽培が主流らしい。
収穫を見て思ったが、稲の刈り取りというよりも、干潟の漁かレンコン畑の収穫に近い状況だ。
そのまま田に入れば足を取られるので、下駄スキーの様な乗り物を用いて移動している。そんじょそこらの雑草では生育できない湿地なので草取りはほとんど必要とせず、手間はかからないという。
そのような労力の少ない作物だからこそ、片手間でアマムの栽培が出来る事には納得だ。
ただ播いただけのやり方と、条播きでどれほど違いが出るかは今後の試験を待つしかないが、来年はそうした事もやって貰おうと話をしておいた。
さて、そんなことをしていると腹が減って来たので、持ってきている餅を村長にも渡した。
「これは何でしょうか?」
初めて見る餅に、村長はそれが何だか分からないようだった。
「それはシヤマムを蒸して、搗いたものだ。それは昨日作ったからすでに硬くなっている。そのまま食べるものではない」
これまで焼いて保存できないかやったことがあるんだろう。もしかしたら炊いてドロドロにしたものを乾燥させたことだってあるかも知れない。村長の顔は、そんな出来損ないをどうして渡したのか?という顔だった。
俺は炭と携帯型カマドを用意させ、炭が焼けている事を確認して、村長に網の上へ置くように言う。
「んん?」
予想通り、餅は膨れて皮が割れて柔らかい中身が見えてきた。
「シヤマムを蒸して搗いたものは硬くなっても焼けばこのように食べられる。これを汁に入れても良いし、このまま食べても良い」
そう言って村長に食べる様に促し、俺も網の上に置かれていた餅を一つ手にし、食べて見せる。
村長もそれに倣って食べる。
「シヤマムにこんな食べ方が・・・・・・」
村長は餅に驚いている様だった。
「冬に作れば春までは持つだろう。決まった食べ方は今のところないが、それはこの村で考えていけばいい」
俺がそう言うと、村長はまじまじと餅を見ていた。




