5・牢屋に入れられた
侯爵に付いて行った先は牢屋だった。なぜ?
「殿下は戦いが終わるまでここでお過ごしください」
牢屋ではあるが、牢屋ではない。何を言っているのかわからないと思うが俺にもさっぱりわからない。
そこにあるのは立派な天幕にしか見えないのだが、どう見ても牢屋でしかなかった。もちろん、天幕なので雨風は心配ない、遠征陣地で風呂がどうのというのは贅沢なので仕方がない。しかし、自由は全くないのだから、牢屋には違いないのだ。
包囲軍から砦に俺を拘束したことが伝えられている様だ。そして程なくして戦いが始まったのだろう、喧騒があたりを支配するようになってきた。砦はどれほど持ちこたえるだろうか。持久戦をやれば長期間持つのだが、今はそんな余裕はない。信奉者による俺の奪還を意図した突撃もあるかもしれない。利で集まっていた連中の分裂もあるかもしれない。そんな内部分裂をかかえた状態ならば、どんな堅牢な砦であっても長く持つとは思えない。
それにだ、俺の処遇は何も決まっていない。砦攻めが王族同士の戦いから、王族による不平貴族の討伐に衣替えされたに過ぎないのだから、今後の事までは分かったもんじゃない。
やはり、何かやり方を間違ったのだろうか?
「メシの時間だ」
兵士がそう言って専用の小窓からトレイらしきものを差し入れる。これまで見たことがないクレープのような生地の上に野菜と肉らしきものがのせられている。王宮や砦でこんなものを食ったことは無い。
「これはどうやって食べれば良いんだ?」
正直、初めて見る料理にスプーンやフォークも付いてきていないからよく分からない。
「んだよ、お貴族様はパンムの食い方も知らないのかよ。その下に敷いてあるパンムを手でちぎって、上の具を包んで食うんだよ」
兵士はどうやら俺の事を反乱軍の貴族としか認識していないらしい。
「こんな顔して男とは惜しいよなぁ。女なら手取り足取り腰取り、いろいろ教えてやれんのにな」
そんな嫌味を言ってくる。だが、手を出してくる様子はなかった。
俺は言われた通りに生地をちぎって具をくるんで食べてみた。うん、何か酸味が強い気はするが悪くはない。
「独特な味だが、悪くはない」
兵士にそう言うと、驚いていた。
「こいつは驚いた。お貴族様は何があっても手で食っちゃいけねぇって聞いてたのに、気にしないのかよ」
そういえばそうだったなと思い出す。パンすらナイフとフォークで食うという驚愕の光景を砦で見ている。流石にこいつら狂ってんじゃないかと思ったが、皆がそうするのでそれに従っていたが、やっぱり何か狂っていたらしい。
さすがに、元は日本人で、手で食うことを忌避するこの世界の常識なんてどうでも良いとは言えない。
「手で食べるのがマナーなら、それに従うまでのことだ」
そういうとさらに驚いていた。
「なんだと。気に入った。お貴族様だと敬遠していたが、こんな可愛けりゃあ男でも良い気がしてきた」
それはごめんこうむりたい。
「僕は男に興味はない」
そういうと冗談だと笑ってやがったが全く冗談に聞こえない。こいつがカギを持っていないことを祈りたい。
どうやらカギは持っていなかったらしい。日が暮れても忍び込んでくる様子はなかったので安心した。だが、夜だというのに騒がしい。昔の戦いって、夜には止むんじゃなかったのか?それとも、城攻めってのは昼夜関係ないのかな?
そんなことを考えているうちに眠ってしまったらしい。周囲が明るくなったことで目が覚めた。外も静かだった。
しばらく静かだったのだが再び何やら叫んでいる。どちらが叫んでいるのかわからないが、聞き取りにくいという事は砦側だろうか?
そんなことを考えていると再び騒がしくなってきた。ここからは全く戦いを窺い知れないのでどうなっているかわからない。
「うお、本当に可愛いな。これが男だって?信じらんねぇ。安心しなよお貴族様、俺はあんたみたいな子供にゃ興味はねぇ」
いや、そこは男に興味が無いの間違いじゃないのか?ちょっと言ってることがおかしいぞ。
「おっと、メシだ」
そう言って差し入れられたのは、昨日とはまた違うものだった。昨日はクレープ状だったが、今日は何だろうかコレ、煮込みの皿に煎餅みたいなものが添えられている。
そうなんだろうと思って煎餅で煮込みを掬って食べてみた。なかなか旨いじゃないか。
「お貴族様よ、それ、スクイじゃなくて食いもんだぜ?」
兵士がそういうのでかじってみた。何だろう。ほのかに甘みがあった。
「ああ、ンビセンはそんなもんだからな」
兵士は食ってる間じゅう俺をニヤニヤ見つめていた。気持ち悪いんだよ。
「いやぁ~、女っ気がないところでこれはいい目の保養になる」
そんな事を言いながら食べ終わった皿をもってどこかへと去って行った。
こんなことが一週間くらい続いただろうか。体を拭けと言って水入り桶と布を持ってこられたときは怖かったな。兵士の鼻息が荒かった。わざと付いてるのを見せてやったのに、なぜか興奮が収まらないようだった。本当に怖かった。だが、何とか尻を守り抜くことは出来た。ん?
そんなユルユルな投獄生活を送っていると次第に周りが騒がしくなってきた。怒鳴り声も聞こえる。
「ったく、ムサイ貴族共は本当にウンザリだぜ、アンタみたいな可愛くて文句も言わない奴ばかりなら目の保養になって良いんだけどな」
何度も来ている兵士とは話すようになってそんな愚痴を聞かされている。どうやら砦の貴族は半ば内部崩壊しているらしい。男爵がどうしたとか伯爵が云々と叫ぶ者が居たので一応の把握は出来た。少なくともお祖父さんの一派はこの周辺にはいない。それだけは確かな様だった。