42・騎馬隊の隊長は話の分かる奴だった
輜重隊を送り出した俺は、先行する騎馬の位置を確認してもらった。
「岬二つ向こうにいるみたい」
という事なのでそこへ向かう事にした。当然だが、俺はまたおんぶされて移動した。
「帰りは俺が抱っこしてやるぞ」
いつの間に現れたのか、隣にホッコが現れた。ぜひとも遠慮したいことを言っているが、下手に返事をしたら負けだ。
俺はそれを半ば無視して騎馬の居る所へと向かった。
居た。どうやら輜重隊を待っている様だ。
「さっきからあの広場で休憩してるようだ」
ホッコがそう言ってくる。
「では、行ってくる。そろそろイアンバヌも追いついてくるだろうから、離れたところで待っているように言ってくれ」
俺はまた一人で騎馬隊へと向かう。当然の様にケッコナが付いて来ている。気配は感じないが、きっとホッコも居るだろう。
近づいていくと、騎馬隊の隊長らしき人物の鎧が目に留まった。あれは長兄の側近だったはず。こんな小規模な騎馬を率いるのは不自然だと思うのだが?
そう思いながら近づいていくと、相手も気が付いたらしい。周りの騎兵が槍を構えるのを制して俺を見ている。
「これは縁辺公ではございませんか。このような森の民の領域で何をやっておられるのかな?」
嫌味の様に聞いてくる。
「兄の側近がなぜこんな所に居るのか、それこそどうしてだ?」
以前からあまり印象がよくないので素直に応える気はない。
「なぜと言われましても、縁辺への先陣でございますよ。山の民に奪われた領地を取り戻しに行くところです」
シレっとそう言う。
「縁辺は僕が王から拝領した。不可侵と自由裁量の誓詞もあるが、大公の側近ともあろうものが知らなかったか?」
俺がそう返す。
「はて?山の民に乗っ取られた縁辺公が何をおっしゃいますやら。領地を治めることも出来ないお方が誓詞を盾にされるとかおかしなこと。大公殿下の脅威となる存在を討伐し、あなたの地位も回復して差し上げようというのに」
厭味ったらしくそんな事を言ってくる。
「その必要はない。縁辺は僕とキヴィニエミが大過なく治めている。山の民に奪われたなどという事実はないぞ?」
そう言うと、俺を卑下するように笑った。
「強がりを申されるな。何の力もない子供に山の民が従う訳がありますまい」
確かにルヤンペの暴走は事実だが、工房で働く多くの職人はナンションナーやナンガデッキョンナーの住人だ。山の民から技術を教わり、自ら工房を運営していくことになる。そのための水車動力だ。アレがあれば山の民ならずとも大きな鉄鎚を動かし、鉄製品を作り出すことが出来る。しかも、ナンガデッキョンナーに作られる高炉では、我々でも扱え、しかもガイナンの製品に負けない品質の鉄を作り出せるようになる。
「ケッコナ」
俺がケッコナへ声をかける。
「何?」
ケッコナの声と共に騎兵たちにも姿が見えるようになったらしい。
「その女、森の民か。公は山の民を誑し込み、森の民の媚を売っておいでなのですな。それとも、私への賜り品ですかな?」
そう言って醜く笑った。
「これだからカルヤラの男は嫌われてるのに」
ケッコナが呆れたように返事をした。その最中、側近の後ろに居た騎士が二人、馬から落馬した。一人は矢が貫通したような傷から血を流し、もう一人は深々と矢が刺さっていた。
「な・・・、矢が鎧ごと人一人を貫通してなおかつ二人目に深々と刺さる・・だと?」
側近の騎士は驚愕した顔のまま俺を見た。
「公、もしや、ケッコナン族を・・・」
ケッコナを見ながらそう言う。
「縁辺ではケッコナン族から牛を借りて畑を拡げている。山の民の食べ物を森の民の穀物で作ってみたが、なかなかおいしかったぞ」
俺がそう言う。
「あまりおかしな真似はしない方が良いよ。200人程度の騎馬隊なら一瞬で射殺せるんだけど?」
ケッコナが平然とそんな事を言う。側近は歯をくしばって悔しそうにしている。
「・・・私にどうしろと・・・」
何とか聞き取れるくらいの声量でそう言ってきた。
「そうだな、大人しく的になるか、ウルホに降ってお前の主を諫めるか、好きな方を選べ」
いつの間にかホッコが現れていた。手にはいつでも番えるように弓矢を持っている。
「早く決めないと、山の戦士に主が討ち取られちゃうよ?」
ようやくイアンバヌが追い付いたらしい。俺の横に並んできた。
「山の民?にしては背が高いが」
側近は思考を放棄してイアンバヌに疑問を抱いている。
「私はガイナンが長、ウテレキの娘だ。母はケッコナン一族。そして、ウルホの妻だ」
思考を放棄した側近にそう表明した。
「・・・あのガイナンとケッコナンが縁戚関係だと?しかも、公の妻と言うか」
開いた口がふさがっていない。
「分かったら早くしろ。こっちも暇じゃないんだ。決められないなら的になってもらうぞ」
ホッコが畳みかける。側近は俺を睨む。
「公、あなたは一体何がしたい?山の民と縁戚となり、森の民、それもケッコナン一族にまで縁を持つ。辺境を併呑するなど朝飯前。王への復讐でもやるおつもりか???」
そう言って俺を更ににらむ。
「復讐?そんなことをして何になるというのか。ナンションナーでは有り余るほどの食料が確保でき、ナンガデッキョンナーでは売り先がいくらあっても足りないほどの鉄を作ることが出来る。僕が欲しいのは名誉でも領地でもない。縁辺で作った食品や鉄製品を買ってくれる顧客だ。カルヤラの南部では人があぶれているのだから、そうした者たちを受け入れることも出来るぞ」
俺がそう言うと、側近はしばらく悩んだのちに険しい顔を緩めた。そしてため息をついて言った。
「公の考えは私にはよく分からない。しかし、食い扶持のない者どもを引き取るというのであれば、異を唱えることも出来ますまい。手の付けられないわがまま王子であった公が、ここまで変わってしまうとは・・・」
そう言って降伏してくれた。ただし、長兄の説得が出来るとは思えないとの事だった。