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4・賭けてみようと思う

 極力疑問形の顔を取り繕ってそう言ってみた。兄と話してみたいという事自体は嘘ではない。「俺」の推察が正しければ、兄は既に父の真意に気が付いているはずだ。しかし、ボンボンの「僕」が気が付いているとは考えてもいないだろう。


 だからこそ、そこにはチャンスがある。


「王子!罠ですぞ!」


「そうですぞ、騙されてはいけません」


 周囲からはそんな声が響いている。そりゃあ、そうだ、これが罠でなければなんだというのか。兄の考えは分からないでもない。

 だからこそ、あえてそれに乗る事にする。きっと「僕」は先ほどのセリフを言う。感情がそう言っているから間違いない。

 ここに居る貴族の多くも自らの権威とその威光による勝利を疑っていない。当然だが、「僕」もその一人、いや、この中で一番自分の勝利に疑問を抱いてはいなかっただろう。だが、「俺」には、これが驕れる平家の断末魔にしか見えない。もし、今が窮地だと認識できていたとしても、お祖父さんのように、先があると考える。いや、そうでもしなければ自分を御しきれないだろう。


「だが、兄は父の言葉を理解していない。父の言葉を知れば、兄の周りの者たちもこちら側につくのではないのか?兄個人の武威になびいた者以外、こちらに連れ帰ることも叶うだろう」


 あえて、「僕」の言葉をそのまま彼らに伝える。


「それは、そうですが、いや、しかし・・・・・・」


 このように、自身の正義、優位を疑わない彼らはこの言葉に反論できない。もし反論しようものなら裏切り者である。籠城している以上、どこかから助けが来ないといけない。最大の希望は、先王の言葉によって今眼前で包囲している勢力がこちらに降り、短期に騒乱が終息することだろう。

 彼らもどこかでは理解している。このまま負けることがあれば、今の公爵だの伯爵だのと言う地位は奪われる。当然、地位によって得ていた利益もすべてが奪われる、その上、命すら奪われることは必定という理解はあるだろう。

 だからこそ、そんな現実は誰も直視したがらない。そんなはずはないと現実を書き換えることを望んでいる。


「ならば、私が殿下のお供をしよう」


 そう声をあげたのは髭面だった。たしか、何とか侯爵だったと思う。


「おお!其方ならここの誰よりも、カヤンデルよりも頼りになろう!!」


 お祖父さんがそう言って納得している。

 そう、そのことは間違いはない。個人の武勇でいうならば、並の将軍にも勝る。しかし、あくまで個人技で勝るのであって、戦術や戦略はからっきしだ。この国には貴族が通う士官学校などはない。騎士や軍団の士官であるならば集団戦の何たるかを学ぶのだが、ろくに領地に帰りもせずに都で暇を持て余して体を鍛えた脳筋にその様な知識がある訳が無い。そんな知識がある将帥ならば、奇襲の際に軍勢を立て直している事だろう。

 この侯爵がやったことと言えば、殿として個人技を披露したに過ぎない。それが無意味だったとは言わないが、事態打開の役には立っていない。もし、件の将軍に並ぶ戦術を持っていたならば、個人技だけではなく、兵を統率して奇襲への対処が出来たかもしれない。そう思うのは個人の武勇と優れた頭脳によって敵を蹴散らす話が多い戦記小説を読みすぎたせいだろうか?


 まあ、いずれにしてもこれで砦を出る口実は出来た。たぶん・・・・・・



 何だかんだでなかなか話がまとまらない貴族のオッサン連中の会議に付き合わされて三日も浪費した。

 そして、ようやく使者を出して兄との対面が叶う事となったのは実に一週間近くも費やしたのだから呆れかえってしまう。


「では、行ってまいります」


 心の中で「あばよ」などと思いながら出発した。件の侯爵は甲冑に槍を持っている。

 会見が行われるのは双方の中間地点。砦からは弓矢が届かず、包囲軍の軍勢も少し退いて作り出された場所だった。


「お久しぶりです、兄上」


 目の前には長身イケメンが居る。鏡を見付けて見つめた自分の顔は、チビで美少女だった。残念ながら男の証明は付いていたから、男の娘にはなれても美少女にはなれない。


「どうした?俺の事を兄上だと?気でもふれたのか」


 そう挑発してくる。たしかに「僕」ならば、いくら周りに言いくるめられていたとしても、こんなセリフを吐かれたら暴発しているだろう。


「はい、頭を打って正気を取り戻したようです」


「ほう、今は正気だというのか?」


 兄はいぶかしげに俺を睨む。そして、俺に付き従ってきた脳筋を見た。脳筋はただ、首を横に動かしただけで一言も発しなかった。


「で、わざわざ父の言葉はお前が王になる証明だとでも言いに来たのかな?」


 嘲笑したようにそう言ってくる。そうだろう、ボンボンの「僕」はそのようにしか考えていなかった。


「はい、父は『人を統べる術を学べ』と言われました。学ぶのであって、統べろとは言わなかった。それは、僕に人を従える器量が無いことを分かっていたからでしょう。兄上にはなんと?」


 兄が目を見開いて俺を見ている。それはそうだろう。砦で皆に言われたこととは違い、「俺」の考えを述べたのだから。


「本当に頭を打って正気に戻ったようだ」


 兄がそういう。不思議と俺の後ろが騒がない。


「スビンフビュー侯爵、弟はこう言っているが?」


 兄は俺ではなく、脳筋に声をかけた。


「はっ、私も今まで異変に気づきませんでした」


 異変ってなんだよ。


「そうか、では、砦の連中は何も知らないのだな?」


「はっ」


 おい、こいつらの会話って、もしや?


「ご苦労、弟を取り押さえる手間が省けた。その方はどうする?」


「王太子殿下と共に」


 騙されてたんか?まさか、脳筋だと思ってたコレが兄のスパイだった?


 驚いている俺を見て兄が悪い笑顔を向けてくる。


「お前も気づかなかったか。正気に戻っただけで、バカが頭のまわる秀才になったわけではないらしいな。まあ、正気に戻ったならそれでいい。王族で殺し合いなど出来るならやりたくなかった。後の掃除はやっておく、しばらくこれまでの悪行を悔いていろ」


 そう言って兄は自らの陣営へと戻っていく。俺は侯爵に促されて兄の後へと続く。

 助かったんだよな?


 そうなんだろう?





 


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