3・罵詈雑言と罠っぽいアレ
会議は続く、されど何も決まらず。
「平民の血を引く者が王位になどあり得ん。我らがここまで築いてきた王国の在り方に関わる!」
騒がしい中で一際吠える一人の貴族。
「そうだ、カネの事しかわからん守銭奴や学のない農夫ごとき出身の者の血を引いた王子などにわれら貴族のかじ取りなどできない。そのような人物が優秀だと言うのは如何なものか。本当に優秀なら宰相として名乗りを上げるのが筋だろう」
一見それらしい意見も出るが、あくまでそれらしいだけで中身は全く筋が通っていない。
やはり、SF大作や小説に出てくるどうしようもない貴族連中の考えばかりで聞くに堪えない話が多い。
お祖父さんなんぞはもし核ミサイルが手のうちにあれば自らの領地に撃ちこみかねん。それほど危なっかしい選民意識の塊だ。
「王子はどうお考えか?」
脂ぎった顔をこちらに向けてくる。ボンボンな「僕」の思考ではこの雰囲気に拍手喝采なんだが、「俺」は完全に呆れている。こうも現実逃避している様では全く事態の把握が出来やしない。
「戦線を遠のくとしばしば現実なるモノは存在しない。負けている時は特にそうだ」
どっかで聞いたセリフを吐いてみた。小声でだが。
「王子、なんとおっしゃいました?」
そう聞かれる。
「もう、結論は出た。しばらく休憩にしてはどうだろう」
俺は感情を顔に出さないように努めてそう言った。
「王子はお疲れの様だ、いったん、散会とする」
脂ぎったオッサンはそう言って、休憩となった。そして、俺に近づいてくる。
「王子、お疲れですかな。仕方ないでしょうな。この熱気で当てられたのやも知れん。ただ、お耳に入れておきたいことがありましてな。先ほどの面々の中にはすでに様子見に入る者もいる様子。時機を見て逃げ出すやもしれん。その時は、この祖父に全てお任せあれ、そ奴を成敗し、王宮に帰還した暁には不忠者の一族郎党誅して御覧に入れます」
これだよ。
「これは気付かなんだ。ご安心を。不忠の民も皆、誅しておきますぞ。生きている価値もない不忠の民など、無駄の極み」
俺の顔を見て、どうやら不忠者の処刑だけでは不満と思ったらしい。この発想が理解できない。が、発言は予想通りだったので驚くには値しない。
あ~あ、どんどん嫌な方向に事態が向かってる。このまま籠城しても死ぬ、どこかの時点で狂ったやつが決戦論を振りかざしても死ぬ。降伏なんて言い出したところで死しか待ってはいない。
どうしろってんだよ、コレ。
この砦は天下の名城と言われた大阪城や小田原城よろしく、広大な敷地を持つ。街を城内に抱えるため、そこの平民から物資を奪い、その上で城内の畑を農夫たちにあてがっている状態だ。長期戦に不安はないと、お祖父さんらは確信しているらしい。
だが待ってほしい。物資を奪った平民を城内に抱える時点で反乱予備軍だろう?領民を徴発した兵士たちにそんな平民を殺させたとしたら、より一層不満分子が拡がることになる。正直、長期戦など無理な体制が整いすぎている。ボンボン王子のご意向と言えば通用すると思い込んでいるのはここに集う守旧派貴族の間にだけ存在する価値観でしかない。ただ押込められただけの平民や兵士にまでそんな価値観が浸透していると考える方がどうかしている。
幸いなのは挙兵という事で貴族連中が子女を帯同していないことだろう。だが、それとて長期戦となれば、貴族連中が何をしだすか分かったもんじゃない。落城の悲劇は回避できているが、暴虐、虐殺の種はそこら中に転がっている。
転生初っ端からなんでこうも詰んでるんだろうな。
「カヤンデル将軍が帰ってきた!」
そこらでたむろしていた貴族連中にそんな話が飛び込んできた。
「殿下!分断、包囲されておりましたカヤンデル将軍が帰還いたしました」
貴族の一人が寄ってきてそう報告する。
「カヤンデルをここに連れてまいれ!皆、集合だ!」
脂ぎった顔で脂を飛ばしながらお祖父さんがそう叫んでいる。
暫くして先ほどの貴族連中が席に着く、それ以外の貴族たちも部屋へと舞い戻ってきて派閥であろうか、着席した高級貴族毎に塊が出来ていく。
最後に入ってきた甲冑姿の武人然としているのが件の将軍だろう。
「カヤンデル、敵中突破したわけではなかろう?トルングレンの包囲を寡兵で抜け出せたとは思えん」
脂を飛ばしながらそう叱責するお祖父さん。
「・・・・・・はっ、おおせの通りに。私はトルングレン将軍に包囲された後、本営に拘束されましたが、恩赦により帰還を許された次第にございます」
「兵はどうした?従騎士は?お主だけ返されたとは如何なる了見だ?王子の頸か?それともワシの頸か?どのような密約を『敵』と交わしてきた?」
まあ、お約束だね、この展開。ここで将軍を殺して疑心暗鬼を広めるか、許して疑心暗鬼を広めるか。選択肢は二つに一つしかない。
「いえ、頸などという約束は交わしておりません」
「嘘をつくでない!ならば、塔に『敵』の旗を立てるとでも交わしてきたのか?正直に答えてみよ!」
そりゃあそうだ、SF大作でもそんな約束などせずに解放している。しかし、疑心暗鬼にかられた賊軍が勝手に密約があるものとして処断してしまうという話だった筈だ。
なんせ、ここに居るのは貴族、それも大貴族連中だ。ここに集う連中はそれこそ政略謀略の数々を口八丁でこれまで散々やってきたことだろう。自分がやったことは当然相手もやると考えるのがこうした人々。密約によって裏切らせて楽に決着をつける。そう考えるのは当然と言えば当然だ。
「約束してきたのは、殿下と王子の『兄弟の話合い』の場を作る事だけでございます」
「それは謀殺の約束を取り交わしてきたことと何が違う!!」
お祖父さんが脂を飛ばして怒鳴りつける。しかし、これは逃げ出すチャンスかもしれない。
「兄と話す機会が出来るのなら幸いではないのか?自らの不利を知らないのであれば、教えに行くのも手ではないのか?」
そう、ここは逃げ出すチャンス!!負け組脱出の唯一の道かもしれない。