24・牛の話を聞いたからこちらの話もしないといけない
体格の大きな牛なら荷物運びに欲しい。畜耕もはかどりそうだ。カルヤラの牛より力があるなら一頭曳きでも大型の犂が曳けるかもしれない。今は人力で苦労している馬鍬がけが劇的に楽になることは間違いない。
そんな皮算用をしていると、イアンバヌから質問された。
「ウルホはここの領主なんだろう?ルヤンペおじさんや村長以外に側近が居ないのは何故なんだ?」
確かに、領主というならぞろぞろ側近が居そうなもんだ。ってか、ルヤンペは俺の側近なのか。
「領主という勅令は受けてきたが、僕や僕と共にナンションナーへやって来た移住者は半ば流刑みたいなものだ」
イアンバヌが首を傾げている。
「確かに、戦に負けたのに処刑や幽閉になっていないのはおかしいし、領主ならばそれに見合う側近も連れてくるのが普通なんだろうが、そのおかしなことが行われたんだ」
なおもよく分かっていない顔をしている。
「ウルホは戦に負けたのか?」
なるほど、そこからか。
「僕自身が始めたわけじゃない。第二王子だった兄は側室の子だ。第三王子だった僕は正室の子。第一王子は既に大公として領地を貰っていて、立太子の可能性はなかった。僕がもうすぐ15歳になり、兄か僕か、立太子に付いて決まる寸前に父が事故で亡くなってしまった。すでに成人していた兄が代理として政治を担う様になり、どんどん改革を行っていた」
そう経緯を説明していると、何かわかったという顔をしている。
「改革に反感があった連中がウルホを担ぎ出して戦を始めたのか。そんな話は山の民でも時折起こる。今はウゴルという共通の敵が居るからそうでもないが、祖父の代にはガイナンでも争いがあって、ガイニの郷を拓いて何とか収めたそうだよ。今はそのガイニも私の一族が治めるようになったが、おじさんがガイニへ赴くまではガイナンカとガイニの間はギスギスしていたらしい」
なるほど、山の民にも同じような事は起きていたのか。
「そうだ。僕は守旧派に担ぎ出されてしまった。途中で守旧派のどうしようもなく腐った本音を垣間見て嫌気がさして兄の元へ逃げ出したというみっともない話さ」
こんなことを言うと愛想つかされるかもしれないが、どうせわかる事だから脚色しても仕方がない。
「ウルホなら担ぎ出された時点で相手のことが分かってそうに思ったが、そうではなかったんだな。途中でも気づいてよかったじゃないか。その腐った連中は始末されたんだろう?」
俺は頷いた。イアンバヌはそれで納得しているらしい。ガイナンとガイニの間にも、ルヤンペが赴く事について何やら起きていたのかもしれない。目の前で見ていなければ俺の話をこうも素直に聞き入れたりはしないだろう。
「それで、ここにやって来たのか。それなら側近など付けられていないのは納得だ。以前からこの地に居る村長ならば、ウルホに付き従って歯向かってくる事も無いと考えたんだろうな」
なるほど、そうだったのか。俺はそこまで考えていなかったが、言われてみればその通りだな。
「そうなると、やはり盾を送ったのはまずかったかもしれない」
え?なんで?剣とか槍を送るより良いように思うんだけど、どこがまずかったんだろう。
疑問がそのまま顔に出ていたんだろう、イアンバヌは諭すように続けて言った。
「ウルホは盾なら相手が敵対していないと受け取ると思ったのだろうけど、それは逆ではなかっただろうか。ガイナン製の盾が草原の民の間でどう呼ばれているか知ってる?」
俺は首を横に振る。
イアンバヌはそれを見てため息をついた、
「ウルホらしい。ガイナン製の盾は我々の戦斧すら受け止める盾だよ。ウゴルの弓や槍など刺さりはしない。バリスタの矢すら弾き返すことが出来るし、ガイナンカの戦士は馬の突撃すら受け止めてしまうんだ。その驚異の性能から神盾と呼ばれてる。ウゴルやカルヤラだと銘剣や宝石以上の価値があるそうだ」
もともとウルホ自体が戦に興味が無かったのかそのような記憶が無い。しかも、あの軽さだからそんな強靭な盾だとは思わなかった。
「無理もない。戦に興味が無いウルホは神盾が剣や槍より価値があって、下手をすれば相手への挑発になってしまうことなど知らなかったんだろうからね。まずは、挑発と受け取った場合にやってくる使者にどう対応するか考えないといけない」
マジかぁ~
「心配しなくても、私を娶るのだからガイナンはウルホの味方だ。それに、村長も味方になってくれるだろうから戦にまではならないだろう。まずは、ケッコナンへ行って、今起きている問題を解決する事が先決だよ」
イアンバヌは優しくそう言ってほほ笑んでくれた。なんだか落ち着くな。歳はさほど変わらないだろうに、なぜこうも母性に溢れてるんだろうか?
翌日、早速ケッコナンという森の民の元へと向かうことになった。
「ここからケッコナンまでは4日程度かかると思う。ガイナンとここの間にあるような広い道は無いから歩くのも大変だと思うけど、頑張って行こう」
イアンバヌはそう言った。そして、どういう訳か向かうのはイアンバヌと俺の二人だけ。
「どうして僕たち二人だけなんだ?」
当然のように聞いてみたが、なぜか微笑んでいるだけだった。よく分からない。
森へと分け入って道なき道を歩いている。と、俺は思っていたのだが、どうやら獣道を歩いているらしかった。いや、正確には、ケッコナン一族が使う道だという。しかし、俺から見ればそれは道と言えるような要素がどこにもない。言われてみればその線上の草が少なく、歩いた跡が見えなくもないが、それは言われてみたからそう見えるだけというような状態だった。
「本当にこんな道で合ってるのか?」
「大丈夫だ。明日には幹線道に出るだろうからウルホでも道が見えるようになると思うよ」
果たして本当だろうか。どんどん不安になっていく。ため息を一つついて前を向いた時だった。
カ゚ッという音と共に目の前に矢が生えた。