23・牛というのは牛なんだが
イアンバヌの衝撃的な発言から立ち直るのにしばしの時間を要した。
いや、こんな可愛い娘が嫁に来るとかそれは良いんだよ?しかし、なんとも突然な話だったから。
「うん、これはいい」
見るからにリスだ。モグモグやってる可愛いリスが俺の嫁らしい。何か顔が緩むわぁ~
夕飯には早いが、戦士一行はずいぶん急いできたらしいので食事を摂ってもらっている。多少人が増えても良いように、廃屋を解体すると同時にいくつか建物を建てている。本来はガイナンカとの交易のときに船員たちが泊まれるようにと作ったのだが、彼らはあまりナンションナーで夜を過ごしたがらない。それも仕方が無いといえば仕方がない。
港町なら歓楽街があって良いのだろうが、如何せん寂れたこの村にはそんなものを作る人的資源もありはしない。ましてや山の民の好みとなると、そろえることも出来はしない。ここは草原の民の村なのだから。村に若者も少なく、山の民に比べて皆背が高く華奢だ。どうやらそんな部族に興味はないらしい。
それに、いくら昔から付き合いがあるとはいえ、やはり草原の民への警戒心というのはなかなか消えるものではないのだろう。
「これはチェで食べるのが難しいな」
先ほどからモグモグやっているリスさんは、箸でンビセンを食べようとして食べ難さに悪戦苦闘していた。パンムは俺の発案で春巻きの様にしているので箸で食べるのも問題はない。とはいっても、そもそも、ピヤパでパンムを作るのはそば粉でクレープを作るような話で、あまり大きなものは出来ない。そこで、どうにかパンムを食べようと思って考えたのが春巻きだった。これは意外と村人に好評だ。
「それは手で持って食べるのが正しい。こうやって」
俺は薄焼きの煎餅をスプーンの様に使って野菜を掬って口に放り込んだ。
イアンバヌも真似をする。やはり頬を膨らませてリスになっている。可愛い。
「ん、これなら食べやすいし、チェを使うより楽だな」
秋口の今の時期には各自が育てた家庭菜園的な畑で様々な野菜が取れるので食材も豊富だ。しかし、冬にはコンコと一部の根菜類しかないと聞かされている。今年はそこにアピオが加わるので多少はマシかもしれないが、冬場の食事は単調で味気ない様だ。
だからだろう、この時期には色とりどりのモノを皆が食べまくっている。
アピオを作る理由の一つに麺類が食いたいというのがあった。収穫時には粉にする方法も教えてもらう予定ではあるが、目の前のリスさんにまずは聞いてみることにした。
「フェンの粉はどうやって作っているんだ?」
「フェン?フェンもあるのか?」
だめだ、食う事にしか気が回っていない。
「フェンの元になる粉の事なんだが」
ようやく気が付いてくれたのか、ハッとしている。
「すまない。食べだすとついつい夢中になってしまって。フェンの粉か?どうやってたか、あまり関わっていないのでよく覚えていない。私はそれより戦斧や弓ばかりに興味を持っていたからな」
確かに、山の民らしからぬ細身なのだが、アスリートのような引き締まった肢体はそのせいですか。俺はグラドルみたいな細すぎるのよりも健康的なアスリートの方が好きだけども。
「そうか、仕方がない。アピオの収穫のときに教えてもらおう」
そう言うとなぜか反応している。
「アピオを育てているのか?」
「以前、ガイナンで分けてもらったものを育てている。僕もフェンがまた食べたいからな」
そう言うと、ポニテをぶんぶん振って賛同してくれた。
「そうだろう?フェンは何時食べても飽きが来ないからいい。戦士は警備に出るとアピオの煮物しか食えなくて辛いんだよ」
そう言って悲しそうにしている。
「ここはガイナンと違って海の幸もあるから、独自のフェンが作れる気がする、ガイナンにはないフェン料理を試してみようと思う」
そう言うと期待の眼差しで見つめられた。
そんな食事の時間が終わるとアレの話だ。
「牛というのはカルヤラに居る牛とどう違うのだろうか?名前が同じだけで別物なのか?」
そう聞いてみた。というのも、ナンションナーに居る山の民は誰もカルヤラの牛を知らないからよく分からないと言われるだけだった。
「カルヤラの牛は知らない。ただ、ガイナンカにも牛は居る。あの牛はウゴルの牛と背格好は同じという話だから、カルヤラの牛とも同じだと思う。それと比べると、ケッコナンの牛は大きい。倍は無かったと思うがかなり体格が違う」
やはり、家畜の牛とはモノが違うらしい。
「その牛を森の民は何のために飼っているんだ?冬場の餌も無いだろうに」
「森の民が牛を飼っているという訳ではないよ。ケッコナンは動物を飼いならすのに長けているから出来るだけで、他の連中には難しいみたいだね。ガイナンの一族が鍛冶が得意でガイナンカは船を操るのが巧いのと同じようなものじゃないかな。森の民と言っても、南、つまり、カルヤラに近い所の一族は牛を育てていないらしいよ」
なるほど、ナンションナーに近い一族しか育てていないのか。
「ケッコナンで牛を飼っているのは、荷物を運ぶのに有効だからだよ。彼らは荷車を持とうとはしない。その代わりに沢山の荷物を背に載せて運べる牛には重宝しているそうでね。ここの荷車と比較すれば、倍は背負ってるんじゃないのかな」
なるほど、ポニーの倍以上の体躯は確実と。下手をしたら三倍近いかもしれない。そうなると、普通の馬よりその牛はデカイかもな。
「もちろん、ウゴルの馬みたいに走れるわけではないから、戦士を乗せて駆けまわるという事には向いていない」
たしかに、牛はやはり牛みたいだ。バッファローみたいに走り回る訳ではないらしい。
「冬に食べ物が無いというのも違うな。雪をかき分ければ木や草の新芽がある。冬はあまり動かないから少しの餌で生きていけるらしい。それに、足りない分は畑を耕しているからね。カルヤラでは森の民を狩猟民族のように思っているようだけど、ケッコナンは畑も家畜も持っているから、カルヤラと大きく違わないんじゃ無いのかな」
これも少々驚きだった。しかし、よく考えればその通りかもしれない。カルヤラに近い地域ならば冬の雪も知れたもので、秋から冬にかけての果実や種というものが存在する。動物も冬籠りもせずに活動している。
しかし、北方ではそうもいかない、冬は雪で閉ざされるのでどうしても自前で食糧確保が出来ない。家畜や農業による貯えで冬をしのがなくてはならない。
「そうすると、牛も食うのか?」
「もちろん。結構な美味らしいが、私は食べたことが無い」
なるほど。旨いのか。それは食べてみたい気がする。




