20・収穫のとき
カルヤラからの船が帰り、村ではいつも通りに作業が行われている。暑さもそろそろピークを過ぎただろうか、朝夕はずいぶん涼しくなってきた。
山ではまだ木の伐採が続いている。その傍ら、すでに水路の掘削も行われている様で、怪力の山の民が荷車を押して土を運んでいる。何をしているのかと思ったら、川の堤防作りだと言っていた。
ナンションナーをはじめとしたこの地域の気候は冬の雪が多い分、春から秋にかけての降水量はそんなに多くはない。何とか農業をするに必要な量は降るし、気温も異常な高温という事はないのでそれで問題はない。
ただし、初夏を中心に異常なほどに川の水が増水する事があるという。主には雪解けによる影響だが、時には雪崩で川がせき止められ、雪崩が解けて鉄砲水になるようなことが起こる事で洪水が発生したりするのだという。現在のナンションナーを形成しているのも、そうして運ばれてきた堆積物であり、いつ、大洪水が襲うともしれないのだという話だった。
しかし、少なくともカルヤラが支配の手を伸ばしてからは、その様な事態には至っていないというのが村長の話なのだが、元々この地に詳しい山の民によると、百数十年前、つまり、カルヤラが進出してくる少し前に大洪水があり、山の民の拠点が押し流されたことがあるらしい。
今のナンションナーの村があるのは、その時の被害を避けて新たに作られた街なのだそうだ。
そう言えば、山の民にとっては不便な中洲上の地に街があるなと思ったら、元々はガイナンから下ってすぐの河口沿いにあったものが流され、被害を避けるためにこの地へと移動したらしい。
「見りゃあ分かる通り、山に木がないだろ?雪崩や洪水が起きやすいんだ。ここなら多少の不便はあるが、雪崩や洪水の被害に遭う事はねぇ。元の街はまだ山に木があったころに栄えていたものだ。木が無い今、あそこに住むのは自分から危険に飛び込むだけにしかならねぇよ」
山の民というのはカルヤラの人々よりも災害に対する危機意識が高いらしい。それもそうかとも思うのだ。なにせ、カルヤラはそのほとんどが平原か丘陵地であり、急流もなく、洪水や雪崩、土砂崩れなどの災害への認識が低い。
山ではそのように作業が進行している。そして畑は最近ピヤパが黒く変色しだしている。
別に病気になったわけではない。麦や稲が黄金色になるのと違い、ピヤパの穂はより濃い茶色になる事で畑が黒く見えているのだ。
「もうそろそろ刈り取りの時期が来るのだろうか?」
俺がそう問うと、あと10日もすれば刈り取って乾す作業を初める頃合いだろうという事だった。当然、コンバインなんかない。鎌で刈り取り、一定量を縄で束ねて木を組んだ乾し竿にかけていくことになる。
まずはその竿の作成から始めることになった。今年は山で木を切っているので竿になる木も随分と多い。丈夫なものは何年も使うことになるが、やはり痛んだものは廃棄して薪へと回すことになる。
昨年使った木を保管場所から外へ出して、木の状態を見ることから作業は始まった。木の数はそれなりに多く、今年は畑の面積が急激に増えているので新たな竿も余計に必要になっている。
山から伐採してきた木は枝打ちして乾燥させているだけなので、竿として使うためには皮を剥いだり、長さを揃えたりという作業も必要になってくる。そんな作業をしていたら、あっという間に刈り取り時期を迎えることとなった。
ピヤパの穂は強く叩くと簡単に実が落ちてしまうため、あまり乱雑には扱えない。かといって、のんびり時間をかけていては刈り取りが進まないので手早く刈ってある程度の量を縄で結ぶという作業をしていく。
結構疲れる作業だ。そして、こればかりは簡易な道具で代替することが出来ない。バインダーのような機械を簡単に作れたらいいのだが、残念ながらそう簡単なものではない。でも、穂を叩けば簡単に落ちるんなら、いっそ実だけを収穫して、ムシロや板の上で乾しても良いのではないかと思ってしまう。
だが、そうなるとコンバインが必要になるが、それこそ不可能だ。刈り取りや脱穀の動力なんかこの時代にありやしない。
ピヤパの刈り取りばかりは、力自慢の山の民と言えど、自慢の力技が使えないので村人と同じ速度でしか作業が進まない、いや、力加減に苦労して遅くなる人も出てきている。
なぜ、山の民が手伝っているかって?
村から水路建設に人を出している関係で、代わりに採掘班から人手を借りているんだ。そうすることで、水路建設に支障なく、こちらの刈り取りも進めることが出来る。それでは採掘が滞らないかって?
木炭製造に空きが出来て炭焼き村の人手が少し余ってきたので、彼らはコークス生産へと転換するものが出てきている。当然、もとからの焼き石採掘グループもいる。そのため、山の民にも少しだが余裕があった。
その余裕をピヤパの刈り取りに回してもらっている訳だ。
しかし、これ、本当に大変だ。バインダーって簡単に作れないのかな?刈り取るだけで良い。結束までは求めないからさ。
そう言えば、4か月後と言っていたからアピオもそろそろじゃないのかと思ったが、どうやら山の民の暦とカルヤラの暦には差異があるらしい。
カルヤラの暦は12か月で1年となっている。それが常識だと思っていたのだが、ガイナンの暦は違うらしい。
暦というのは天文学や農耕から生まれたもので、星の動きや植物の成長に合わせて決められている。
そのため、ガイナンではアピオの栽培をベースに、暦が作られているのだが、これが変則的なものになっており、10か月しか暦は存在していない。
例えば、月の満ち欠けを基準にすればひと月は30日前後になる。のだが、アピオの休眠月が42日も存在している。そして、夏の成長月もそれに合わせる様に40日前後存在する。結果、1年は10か月で終わることになってしまっているのだという。
では、東ではどうなのかというと、東は栽培する作物がカルヤラに近いため、12か月あるという。それでよくやって行けるもんだと思ったが、ただ一つ、夏至や春分、秋分については、ガイナンでも東の天文歴から取り入れて作られているので、狂いは無いという。つまり、夏至や春分、秋分からの計算で暦の違いに対応しているのだとか。
ただ、残念な事に俺にはよく分からなかった。ほら、日本だって明治以前はわずか数年で暦が変わってたのに、どうやって年を数えていたんだろうな。20年もあれば、多い時では4つくらい暦が変わるんだぜ?まさか、干支でやってたのかな?よく分からん。
山の民にアピオの収穫時期を聞いてみたのだが、秋分20日とか言ってた。それってまだ1か月くらい先の話じゃない?4か月と言ってたのに、実は5か月半近く先だったのか。他所の暦は複雑怪奇だ。




