118・バランスは良いが、威力は敵いそうになかった
喜び勇んで辺境北部へと向かった俺は、当然のようにアマムの収穫がどうなっているか見に行く事にした。
どうやらまだ収穫は始まっていなかった。色づきだしているのでもうすぐだと言うが、まだ早いらしい。
時期的にもすでにカルヤラでは収穫も終わっているのは間違いなく、やはり、山ひとつで気候が違う事がここまで影響するとは思わなかった。
ならば跳ね鹿とも思うが、残念な事にヘンナが機械弓を持たせてくれなかった。
そりゃあそうだ、目的が跳ね鹿やアマムではなく警備隊なのだ。持たせてくれるはずもない。
かといって、シッポと合流したくない俺は何かと理由をつけては、畑や運河の事ばかり首を突っ込んでいた。
「公、騎馬鎧による乗馬や騎射も上手くできるようになって頂かないと」
変態を避けてはいたが、名目上は騎馬隊の指揮なので、いつまでも避けてばかりはいられない。なにせ、ミンナはアホカス家に連なる存在だから、いつまでも見逃してはくれない。シッポだけならどうにかなったのだろうが、手綱持ちが俺の監視にまで及んでいる事を今まで失念していた。
「うむ、運河工事は順調だ。農具も問題なく使える様だから、僕もそちらに合流しよう」
嫌々ながら行くしかなかった。
到着してみると、50騎ってこんなに多かったっけ?なぜ歩兵が居んの?と、疑問ばかりが広がる光景だったが、よく見ると緑系の着物を着た者たちが乗馬しており、どうやら森の民らしい。歩兵は特徴的な槍の形から山の民であることが分かった。
山の民が体格に似合わない俊敏さで丸太を両断していたり、森の民が騎射を行っていた。
「警備隊以外にもずいぶん増えているな」
ミンナにそう尋ねると、理由が分かった。
「さすがに貴族連合が攻めてきますから、騎兵50だけでは持ちません。森の民や山の民から最低限の援軍として彼らがやって来ています」
最低限ね。俺の記憶が確かなら、馬に乗っているあの森の民の大半はホッコの直属、いわゆる最精鋭のはずだ。馬の乗る必要があるとは思えない。いや、気を許すと馬だけが走っているように見えるレベルで気配消せる連中って……
山の民、丸太を両断してるが、アレってイアンバヌ付きじゃないか?ナンションナーでよく見た連中だ。大公軍の侵攻の時にも以前の熊退治の時にも居た連中じゃないか。
平然と熊とやりあえるレベルの奴しか居ない最精鋭集団ではなかった? 連中なら騎兵を馬ごと両断するんじゃね?
「最低限の援軍か。アイツらだけで2千程度までなら相手が出来そうだが」
そういうとミンナが顔を引きつらせていた。
「そこまでですか。山の民や森の民とは」
敢えてそれには何も答えないでおく。最精鋭だと教える必要もないだろう。
だが、迷彩色に彩られて鎧姿の連中も精鋭のばかりに見える。
「シッポ以外の連中もなかなかやるようだな」
森の民と変わらない精度で騎射を続けるシッポはまあ別格だが、他の連中も負けず劣らずだ。槍持ちにしても、山の民の棒を防ぐレベルにある。
「はい、森の民や山の民から指導を受けたおかげもあり、皆、近衛並みの実力になっております」
なるほど、コレが500もあったら近衛にぶつけるに足る戦力だろうな。下手をしたら貴族の私兵や一般騎士相手なら無双も夢ではない?
ホッコやケッコイが何を言っていたのかようやく理解できた。
といっても、コレを500も編成するのはよほどの事だろう。俺にはカヤーニの騎士団だけでも十分に負担だ。
「森の民や山の民が加わっていることを考えれば、備えは十分だな」
当然、主力はカヤーニの騎士団とその配下の軍ではあるが、兄の動きを躱して攻めて来るとなると相手も騎兵。機動力があるので早期発見、早期排除が出来なければ、クフモまで突っ込んでくるかもしれない。
シッポらが訓練をしている姿を遠目に眺めながら、俺はミンナに案内されて俺用の鎧を着ける。
どうやらミンナが用意していた下人が手伝ってくれた。
「これは厚さの割に軽い」
そう言うと、ミンナが説明してくれた。
「革の内に張っている帷子も、前後に入っている厚板も軽鉄という素材だと聞き及んでおります」
軽鉄、つまりチタンの様な金属だ。だから軽いのか。軽いくせに硬いから矢や槍を通すことは無いだろうという。
「すると、この兜もそうだな?」
そう聞くと頷いた。
兜も騎射を前提にしたからだろう、プレートメイルの様なソレではなく、鉄兜といった方が近い。俺の兜はまさに日本式がモデルといって良い形にしか見えないな。そのくせ、音が鳴り難いように革と軽鉄を配置している。
「公の鎧は軽鉄ですが、皆の鎧は神盾と同じ素材と革を積層したものとなっています。素材が違う分、公の鎧は軽いそうです」
皆の鎧は複合素材か、もしかしたらその方が衝撃吸収力が良いんじゃないかとも思ったが、それは口に出さなかった。
用意された馬はやっぱりと言うか、どこで仕入れて来たのか白馬が用意されていた。
フェイスマスクが無い兜を着た鎧の騎士が白馬に乗る。
「公、お待ちしておりまし・・・・・た」
おい、そこの変態。何だその間は
何やら次の言葉が出て来ない変態。
まあ、そうだな、客観的に見て、今の姿は白馬に跨る姫騎士だろうな。うっせーんだよ。
「どうした?シッポ」
「ハッ、あ、いえ、なんでもございません」
ミンナはシッポを睨むがそれ以上の事が出来ない。今は俺の弓と矢を持って居るからな。
「どうぞ」
ミンナから弓と矢筒を受け取る。
弓の基本はベアボウと同じく、矢を番える部分が切り欠きになっている。ただし、和弓同様にその場所はした1/3にある。このため、矢を射るときの反動が中央よりも少なく、命中精度が上がるそうだ。ホンデノが作る弓はただでさえ精度が高くて当たりやすいのに、コンパウンドボウ程ではないが、コレも相当に当てやすい。
「やはり、僕では矢速が知れているな」
何とか騎射が様になったのは数日後だったが、それより問題なのは、体格的な問題から矢速がこの精鋭連中には到底及ばない事だった。
「公、機械弓と同じ戦矢ですから十分な威力がございます」
熊や跳ね鹿は無理でも貴族軍相手には十分だと周りから持ち上げられてはいるが、あまり戦力にはなりそうにないな。




