0004 歌姫の精霊魔法
地球以外にも人の住んでいる世界がここにいる人の数だけあって、そしてみんなはそれら別々の世界から、こんな真っ白な場所にやってきた。
……とでも言いたいのだろうか?
なんの冗談だ?
頭の悪い俺でも、流石にそれは嘘だろうということは容易にわかる。
「んなまさか……」
信じられるわけがない。
メガネをかけているような人間が別世界の人間だなんて言われても。
それに、流暢に日本語だって話しているのに……ん?
日本語……?
そ、そうだ……!
今までの会話、全て日本語だったじゃないか!
スピーク・イン・ジャパニーズだ!
おっさんの言葉も美人さんの言葉も、このイケメンの言葉も全て。
衝撃的な事が多すぎて、すっかりこの事実を忘れていた。
ははっ、なぜ今まで気づかなかったのだろうか……笑えるな。
ってことは、エルフもドワーフもきっと俺の聞き間違いだ。
聞き間違いじゃなかったとしても、きっとアダ名で呼びあっているだけだ。
たしかに、どっちもそんな風貌をしているしな。
この人たちは、恐らく日本で亡くなった外国人、もしくは母国などの海外で亡くなった日本語を習得している人たちなのだろう。
だって、俺たちは地球で生まれたはずの日本語という言語でずっと会話をしていたのだから。
だよな?
そうだよな?
「ははっ……」
おもわず、笑い声がこぼれ落ちてしまった。
なんだか少しだけ心が晴れやかになった気がする。
彼もおっさんも何か勘違いをしているんだ。
デスゲームなんて起こらない。
起こるはずがない。
だって……俺たちは既に死んでいるからだ。
そうだ、そうに決まってる。
それなら、この非現実的な状況も理解できなくもない。
死後の世界なら、この状況も納得できる。
おそらく、彼らはこの有り得ないような現実を目の当たりにして、自分の都合のいいように解釈して現実逃避しているだけなんだ。
きっとそうだ。
あぁ、そうに決まってる。
そうだ。
そうなんだ……。
きっと……そうなんだ……。
「──僕もさっきまでは信じていなかったよ。ここにいる人たちは、実は僕と同じ世界の人たちなのではないだろうかと疑っていたくらいだ。本当は同じ世界から同じようにこの場所に連れられてきた人たちなんじゃないだろうかとね」
イケメンが俺を見据えながら、長々とそう言ってくる。
やめろ、お前の話など聞きたくない。
「けど、違った。ちょっとみてて」
イケメンがイケメン自身の人さし指をもう片方の手で握り始めた。
そして……。
「せぇぇのッ」
「──なっ!?」
ポキンという小さな音が、この白い空間全体に響き渡る。
それは一瞬のことだった。
俺の耳に確かに流れてきた、一瞬の痛々しい高音。
「う、嘘だろ……」
この男……本当かよ……。
「エルフさん、お願いできますか」
まるで何事もなかったかのような顔で、超絶美人さんの方へとこの男は近づいていく。
なっ……なんだよこの男……やばすぎるだろ……。
なんで表情一つ変えずにいられるんだよ……。
じ、自分の指を折って……。
どっ、どうして自分の指を勢いよく折って、そんな平気な顔でいられるんだよ……。
「──聡明なる眩耀よ。どうか私に、そして彼に癒しの愛をお与えください」
俺の視線の先にいる、エルフと呼ばれたあの超絶美人さん。
彼女がそう言いながら、両手を膨らみのある胸の前に合わせた。
「ァァサァァァライェァァ~」
ははっ……彼女が目を瞑り、何かを歌いながら発光している。
そう、発光しているんだ……。
すごいだろう?
彼女の体が薄白く、光り始めているんだよ……ははっ……。
だめだ、もう無理。
わけわからん……。
なんだよ、この光景……。
もはや、なんでもありだ。
この光景は、俺の許容範囲を軽く越えている。
「ははっ……」
もう乾いた笑いしかでない。
超絶美人さんが体を発光させながら、何語かもわからない言葉で唄のような音色を口から奏で、髪を少しばかりフワリとマジックのように浮かせ始めた姿は、もはやシュールな場面を見せられているとしか言いようがない。
知らない言語だからか、何を言っているのかさえ全くわからない。
なんだか、もうどうでもいいと思い始めたら、急にそのゆったりとした音色がとても心地のいいものに聞こえ始めてきた。
透き通った彼女の綺麗な声が、俺の全身や心を優しく癒すように撫でてきたような、気持ちのよい不思議な感覚に襲われてきたような気がする。
素敵な声音、音色だ。
呆けたような顔でその唄をきいていると……俺はあることに気づいた。
どうやら、光っているのは彼女の体じゃないみたいだ。
よく見ないとわからなかったが、どうやら彼女の体の周りを白く輝く湯気のような揺らめく何かが巻き付いて、彼女を包み込むように発光しながらユラユラと蠢めいているのが確認できる。
まるで、湯気が生きているみたいだ。
あれは、生きているのか……?
目の前のあれに意識して集中して見ていると、だんだんと己の思考がボーッとしてくる。
それほどまでに、目に映り、彼女の体に巻き付きながら揺れているような湯気か何かが、どうしてかとても心地よくみえてきてしまい、不思議な感覚に囚われ見惚れてしまっていた。
「僕の手をよくみててね」
美人さんの真横で立ち止まっている指折り男が、そう言いながら彼女の体にその折れた指を近づける。
すると、変な方向に曲がっていた人さし指に光が集まり、グギギっとまるで自分の意思を持つかのように、元の方向へと動き始めた。
「す、すごすぎる……」
わずか5秒。
ぐにゃんと曲がっていたはずのその指は、すっかり元へと戻っている。
その光景のおかげで、ボッーとしていた思考が一気に叩き起こされ、己の思考も元に戻ってしまったようだ。
あぁ、もう一度ボーッとしたくなってしまうような光景を、また見てしまった……。
「もういいよ、エルフさん。ありがとう」
指折り男のその言葉に呼応するように、彼女を包む光がフワンッと消えて収まった。
指をポキポキと鳴らしながら、指折り男が言葉を続ける。
「僕の世界にも魔法はあるんだ。正確には魔法というよりも超能力だけれどね」
ちょ、超能力……。
「けれど、僕の世界のアニメや漫画・映画に出てくるような火を出したり水を出したり、人の傷を治すような理解の範疇を越えた魔法なんて、僕の世界には全く存在していないんだよね。僕が何を言いたいのかわかるかい?」
はっ、ははっ……。
「う~ん、失礼。例えが少々強引すぎたかな? 君の世界にアニメや漫画・映画といったものが存在していなかったら、僕が何を言っているのかよくわからないよね。ごめんごめん」
「お……俺の世界にも……魔法なんて存在してない。それに……超能力だって多分……」
言葉を詰まらせながら、俺は応えた。
そりゃあ、そうもなる……。
信じられねぇよ……こんなこと。
思わず心の口調も悪くなっちまう。
「俺の世界も魔法は存在していても、治癒魔法や超能力なんてもんは存在してねぇ。そもそも超能力なんて言葉さえ知らなかったわぃ」
いつのまにか泣き止んでいたらしい、小柄なドワーフ風貌おじさんが鼻水を啜りながら会話に入ってきた。
その口調は、最初に会話したときのような落ち着いた渋い声に戻っている。
表情もすっかり切り替わり、弱々しい表情から元のしぶい表情へと戻っていた。
「他の人に訊いても色々な答えが帰ってきたよ。本当に様々な答えがね」
で……でもだからって……。
「ぜ、全員が違う世界からこんなわけのわからない場所に来ただなんて……」
「世界名を訊いたんだ。住んでいた世界の名を。まぁ、確かに君の言う通り、ここにいる全員に訊いた訳ではないから断定はできないのだけれどね」
「こやつの言っていることは本当だぞぁ。俺も聞かれたからなぁ」
俺が不安になっていなかった恐らくの理由。
たぶん、その一つに周りの人々が同じ世界の人間だと思っていたことがあったからなんだと思う。
いや、まだ違うと決まったわけじゃない。
「それなら、なんで俺たちは日本語を」「ヒゃああああああああああああああああああああああああああああアァァァッ!」
俺の言葉を遮るように、バカでかい不気味な叫び声が真っ白な上空から聞こえてきた。
ビクッと体の底から寒気のような震えが勢いよく沸き起こってくるような、そんな背筋に寒気を催してくるような気味の悪い、機械音のような声が……聞こえてきた。