0003 異世界人
「まぁ、死神の使い魔と言う者は確かに実在してしまっていたわけだけれどもね」
イケメンがそう言いながら、眼鏡をまたもクイっと上げる。
死神の……使い魔?
なんだか、あんまり穏やかそうではないファンタジーな単語が聞こえてきたな。
というか……。
「まだ人がこんなにいたんだな……」
今話しかけてきたこのイケメン以外にも、5~6人のグループや2~3人のグループ、1人でポツンと座ったり佇んでいる人たちが大勢いるのが俺の目に映る。
ざっと合わせて70~80人はいるのではないだろうか。
俺の後方の先に、こんなにも沢山の人たちがいたとは。
最初からずっと、まるで息を潜むようにシーンとしていたからか、全く気づかなかった。
「みたところによると、君は僕よりも少し年下にみえるね。敬語もまともに使えないのかい君は?」
「えっ……あ、あぁすみません」
な、なにを言っているんだこの人は。
あんたに向かって言葉を放ったわけではなく、ただの独り言として呟いただけなんだが……。
「もっとも。僕は堅苦しいのが嫌いなので、誰であろうと生まれて16年間。一度も敬語なんて使ったことはないけれどね(キラッ)」
そう役者がかった声で言いながら、こちらに笑顔でウィンクを飛ばしてきた。
「だから僕は今、猛烈に感動しているよ。君のような、同士がいてさッ」
今度は語尾に(キリッ)という言葉の吹き出しが続いて来そうな表情で、そう誇らしげに言ってくる。
お、おう、そうかい。
彼のその笑顔にはどこか、ドヤ顔のような表情が含まれているようにもみえた。
どうやら意識高い系みたいな奴だなと思えるくらいには、俺の潜在意識が彼と関わるのを抵抗しているようだ。
というか、俺は同士じゃないぞ。
それに、俺より2歳も年下じゃないか……。
「おっと。僕としたことが。少々感情が高ぶってしまったようだ。お見苦しいところを失礼。さて、話を戻そうか」
メガネをクイッと上げ、キリリッとした目で俺の方をねぶるようにみてくる。
その熱い眼差しに、俺は受け流すように目を逸らした。
「察するに、君はここにどうやって来たかも覚えていないんじゃないのかな?」
「まぁ、はい」
一瞬ムッとした顔をされるも、すぐに表情を戻して言葉を続けるイケメン。
「しかしだ。それにしてはずいぶんと落ち着いているね。不思議な少年だよキミは。僕がキミの状態だったら落ち着いてなんかいられないよ」
2歳年下の少年にそう言われると、思わずツッコミを入れたくなってくるが、ここは我慢する。
たしかに、この少年の言う通り一理あるからだ。
こんなアンビリーバボーなこと、普通の状況からじゃ起こりえない。
少なくとも、生まれて18年間地球に住んでいた俺には、全く受け入れることのできない状況のはずだ。
にも係わらず。恐怖心で心が潰されることもなく、今もこうして警戒心すらもなく、俺は平然と見ず知らずの他人と意思疏通を交わしている。
テレビのロードショウでホラー映画を観た日には、布団に籠って朝まで不安で眠れなくなるくらい人一倍ビビる、恐怖心&警戒心パラメーターがすぐにオーバー・ザ・リミテッドする俺がだ。
俺自身。こんなにも恐怖心も警戒心もほとんど無く冷静なのは、実はさきほどからずっと不思議に思っていた部分でもある。
沸き起こる感情が、逃げでも立ち向かうでもなく。どれも下を向いた、すでに諦めにも似た感情だからなのだろうか。
でもそれを含めたって、やけに冷静過ぎる気もする。
よくよく考えてみると、まるで自分じゃないみたいだ。
いつもの俺だったらデスゲームなんて言葉を聞けば、きっと恐怖や不安で暴れるくらいしてそうなもんだ。
こんなファンタジーな状況だし。
それに。フィクションとはいえ、デスゲームものってのは理不尽なくらい、起こりにくいシチュエーションばかりで構成されているのをよく知っているからだ。
いくらデスゲーム物の小説や漫画が好きでよく買っては読んでいたくらい、そういうジャンルに耐性のある俺だからって……まさか俺の身に実際に起きて、しかもこれからデスゲームが始まって自分の命が掛かるのかもしれないなんて、1パーセントでも可能性があることを知れば、冷静に落ち着いていられるはずがないんだ。
そもそも、それら創作の舞台の主人公は皆ハイスペックな他人でしかなく、俺じゃない。
それらは現実という安全圏からみている創作物にすぎない。
でも、今のこの状況は違う……俺自身の非現実なんだ。
自分のことは自分が一番よくわかってる。
人一倍、へたれ野郎だってことも……なのに一体どうしちまったんだよ俺。
明らかに変だ、変すぎる。
「まぁいいさ。宇宙は広いからね。そういう人もいるのだろう」
「宇宙……?」
「あぁ、ごめん。もっとわかりやすく言うべきだったかな。異界の少年くん」
「は?」
「鈍いなぁ。君は」
「どういう意味ですか?」
「君はね、いや正確には僕たちみんなはね──」
耳を疑った。
彼の続く、その言葉に。
「異世界人ってことだよ」
俺はこれでもかと……。
「なにいってん」「それも、みんな──」
だって……。
「──別々の惑星からここにやってきたね」
ここにいる彼等が、みんな別々の惑星、つまり別々の世界からやってきた……などと意味不明なことを言ってきたからだ。