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0000 最期

「どうだ、ハーシア! 治せたか!!」


 港町カルネにある、とある宿屋。


 その二階の小部屋にある、開いたドアの先から……奥の廊下から、聞こえてくる、男のしぶい声。


 部屋と廊下とを隔てている薄い木造の壁により、その声の主の姿は見えない。


 けれど、必死な声でこちらに向かって叫んでいる彼の状態は、間違いなく、廊下で敵と戦っている最中であるということが……俺には容易にわかった。


 今、そのしぶい声の主、ジーンさんは、きっと二階階段付近の廊下であいつらと戦っている。


 考えないと……みんなで逃げ切る方法を。


「どうなんだ! 彼は大丈夫なのか、ハーシアッ!」


 ジーンさんの声が先ほどよりも強くなる。


「ジジジジジ、ジーンさん! ハーシアさんは、今も頑張ってますぅ! お願いですから声をあらげないでぇ! 怖いですぅ! あ”ぁ”ぁ”ぁ”、ひさぎィィ! 本当にごめんなさいごめんなさいぃぃ!」


 今度は俺の側にいるであろう、か弱い声を出す少女ミーナから。


 俺に向かって、謝罪の言葉を何度も放っている。


 声がいつも以上に震えているようだ。


 襲撃されているという恐怖からだろうか。


 いや……責任を感じてしまっているからか。


 ……それなら、なおさらだ。


 負い目に感じることなんてない。


 みんな、キミに救われたんだ。


 もちろん俺だって。キミに何度も命を救われた……感謝はしても、誰もキミを恨んじゃいないさ。


「──ひさぎさん……ごめん……なさい……」


 今度は静かな口調で話す女性の声。


「未熟な私を……どうかお許し……ください……」


 悲しそうな声で俺にそう告げる、すぐ側にいるのであろうもう一人の女性、ハーシアさんから出た声だ。


 頬に誰かの雨粒がポツリと落ちてきた。ハーシアさんには、エルフの体には、涙を流す機能がない。と、悲しそうにハーシアさんが昔言っていたときがある。


 だから、これはミーナの涙が頬にこぼれ落ちてきたのだろう。


 そうか……俺はもう助からないのか……ふふっ悪くない人生だったな。


「む、むむむむ無理なんですかぁ?! ま、まだ息はありますすすすよぅ! ほ、ほらぁ!」


 震えた口調で、ハーシアさんへと向かって大声を出すミーナ。対して、ハーシアさんは、落ち着きのある声で、


「……相手に呪術使いがいます。恐らく……最初に予想した通り、先ほどの窓の向こうからの攻撃は呪術と魔術の複合魔法……この場にいたリリィさんと聖騎士さんたち数名が迎撃に向かってはいますが、浮き出た呪印が消えていないということは、相手が呪力を放出したまま逃げている最中か、呪力を放出したまま戦っている最中か、それとも聖騎士さんたちが敗れてしまったのか……わかりかねます」


 と、ゆっくり言葉を紡いでいった。


「じゃあ、このままだとひさぎは、たたたた助からないんですか!?」


「……はぃ」


「そ、そんなぁ!! ふ、ふえええぇぇぇぇぁぁぁっ!!」


ひさぎさん……私は……」


「──────」


 沈黙が訪れた。


 いや……違うか。


 目だけでなく俺の耳までもが、ついにいかれたんだ。


 何も、何も聞こえなくなった。


 あぁ、どうやら本当に、俺はもうすぐ死ぬらしい。


 そうか、死ぬのか。


 あと、ほんの一日だったのにな。


 あと一日生き残れば、デスゲームクリアーだったんだけどな。


 まぁ、しょうがないか。


 よく頑張った。


 よく頑張ったよ……俺。







「ひさぎさん!!」


 どうしてだろう。無音の中にハーシアさんの声だけが聞こえる。こんなに声を荒げた彼女の声を聞いたのは初めてだ。最後に俺に幻聴という名のご褒美を神様がくれたのだろうか。


 あぁ……みんなともっと一緒にいたかった……。


 最後まで一緒に生き残りたかった。


 人間って、生命ってもっと汚くて醜い存在だと思っていたのに。


 ひどく歪んでいると思っていたのに。


 それをキミたちが壊してくれた。


 もっと……キミたちをみていたかったな。


 異世界デスゲームなんてやらに巻き込まれたのに、最期の感情はこんなにも……か。


「俺は……ゴボッ」


 結局守られてばかりの人生だった。


 何度も命を救ってもらったのに、みんなに何も返せなかった。


 本当に……。


「あり……が……とぅ……」


 ここまで俺が生きてこられたのは、みんなが必死になって……なんの能力も持っていない、こんな俺の命まで救おうとしてくれた……その優しさのおかげだ。


 ハーシアさん……。


 こんなにも俺の心が暖かい感情に包まれているのは……あなたが……俺の朽ち果てていた心を何度も救おうとしてくれた……いや、救ってくれた……その優しさのおかげなんだ。


 毎日一緒に過ごせてすごく……幸せだった……。


 住む世界が異なるのに……こんな感情が沸いてきてしまっていいのか、わからないけれど……。


 俺……あなたのことを……。


 心の底から……。


 どうしようもないくらい本当に……。


 あぁ……空が(・・)……綺麗……だな……。


 ありがとう……みんな。


 ありがとう……ハーシアさん。


 ありがとう……そしてお疲れ……俺。


 俺はもう……ここで……さよなら……だ……あぁ……ちょっと……疲れた……おやすみ……おや……すみ……。


 ……悔…しぃ……な……──。



 ──時は遡り、○○○日前。


 この男、ひさぎかけるという名の地球人の少年が無の底から目覚める、そのとき。


 この物語の幕は──。






 今、再び(・・)開かれる。

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