世界が一つになったある二人の話
一、
僕は信じられないものを拾って来てしまった。よりによって、出立の直前に。
風が戻って来た。巻き上げる風は僕と彼女を包み、深い闇に溶けた。
深夜に子供が二人、手を繋いで歩く。少年が少女を引っ張るようにして歩いている。人目を避けるように早足で。まるで家出だ。人がいないことだけが救いだな。説明のしようがない。見たことのない人種の見たことのない少女をつれて歩く少年。どうしたって、僕が怪しい。しかも、この女の子は異世界の子。この子の身分は証明出来ない。危険があれば、男である僕が守らなくては。
僕はミクの肩くらいまでの身長だ。こんなに違うと思わなかった。ルードと同じくらいか?ライラよりは大きい。ミクから見ても、大人から見ても僕の方が子供だ。誰にも見つかりたくない。
「ミク、領主館へ戻ります。部屋に着いてから話を聞きます。いいね?」
「いいけど…私の方が聞きたいことだらけなんだけど。」
僕もミクも動揺している。話すと言っても、何をどう話せば良いのか分からない。僕はミクだった時の事を思い出していた。ミクのご両親、友達、彼氏?、先生…。向こうに生活があった。学校が代わり、少しだけ新しい環境になって、器楽を始めた。コンクールに出ることになって、練習をして…。これからだった。皆も心配しているだろう。向こうへ戻る方法があるのだろうか…。夜の闇のなかに僕と彼女の二人しか存在しない錯覚に陥る。僕は切なくなり、涙を堪えていた。
見ると、強い風と寂しさにミクも涙を堪えていた。たぶん、同じ事を考えていた。僕は彼女だったのだから。僕は冷静でいられていないことを悟られないように、彼女の手をしっかりと握り、早足で戻った。
抜け出した時に使った、領主館の裏口の前で止まる。………どうやって説明すればいいんだ。このまま、ミクを僕の部屋へ連れて帰って、どうしようというのだ。夜に抜け出したことも、女の子を拾って帰って来た事も、彼女は異世界から来た事も、解ってもらえないだろうな…。
でも、他に行くところもない。彼女を放置することも出来ない。諦めよう。今回、僕は怒られてもしょうがないことをした。言い訳を考えていた自分に気づいて、情けなく思う。
はぁ。ため息が出る。
そっと、扉を開ける。中に誰もいないことを確認。ミクの手を引いて中に入る。
…………………………。ヴァンスと目が合った。
「ヴァンスさん?」
ミク、今は何も言わないで。ややこしくなるから。
「お部屋でお話を伺います。」
ああああ。あの目は怖い。覚悟を決めたはずなのに、怖くてたまらない。なぜか、僕はミクに手を引かれて部屋に戻った。ミクは怖くないのかな…。
部屋に戻ると、ヴァンスは無言で僕の外套を受け取り、整える。空気が重い。何か言わなくては。
「ヴァンスさん、違うんです。」
「ヴァンス、違います。」
ミクと僕の声が重なる。そして、二人で同時にベッドに座ろうとするが、ミクは思いとどまって、ベッド脇の椅子に座った。気まずすぎる。違うと言ったものの、何をどう話せばいいのか、まとまらずにいた。
「ハーディ様、ご人気がおありなのは大変結構でございます。私も男なのでお気持ちが分からないわけではございませんが、一日に二人も異種族の娘を連れてくることになると私も何も言わないわけには参りません。」
それはまた…完全に誤解だ。
「二人??それ、どういうことよ!いつからそんな、軽い子になっちゃったわけ??」
ミク、だからお願いだから何も言うなって。
「一人は君だろ?それにそこが問題なんじゃなくて、ヴァンスの誤解を解かなくてはいけないのに、君がそっち側にいってしまったら、僕はどうすればいいんですか。」
「でも、もう一人、女の子連れてきちゃったわけでしょ?彼女ってこと?まだ10歳でしょ?」
あーもう!そんなことを話してるんじゃない!
「ミクは黙ってて!ここは僕の世界です。僕がヴァンスに話す!」
「なに急に格好つけてるのよ!私が話さなきゃ分からないこともあるでしょ?!いつもそうやって大人ぶるんだから。子供なら子供らしくしなさいよ。」
「ミクの説明じゃ伝わらないことくらい分かってるだろ!先生にも友達にも伝わらなかったじゃないか!」
「それは自分も同じじゃない!だいたい、あなたより私のほうがお姉さんなんだから、年上には敬意を表するものだって、ストック先生に教わったでしょ!」
「お二人とも、お待ちください。」
「………。」
「………。」
僕もミクも熱くなってしまった。自分の悪いところは自分が一番良く知っている。腹が立つ。僕が大人ぶってるだって?そんなことヴァンスの前で言わなくてもいいじゃないか。自分が二人いると喧嘩になるんだな。
「しかし、驚きました。ハーディ様がそのような態度でお話になるとは。私は存じ上げませんでしたが、この方とはいつお知り合いになったのですか?」
僕だって驚いた。喧嘩なんて初めてだ。
「ヴァンス。失礼しました。彼女はミク。ミク・タナベといいます。知り合ったのは……僕が五歳ぐらいだったと思います。ミクは…ニホンという遠い国から来ました。ええと…」
「以前、ハーディ君が少し話したと思います。夢の中に違う世界があると。私はその世界から来ました。今も、本当にここに来たのか、それとも夢なのか分かりません。夢から覚めたら、私はまた普通の生活に戻ってるのかも。」
「それは…不思議な話ですね。」
不思議な話だ。こんな話、信じてもらえたのだろうか。
「信じてくれますか?私、さっきまでニホンにいたんです。長野の戸隠神社で石が光って、そしたら突然ここの神殿にいたんです。ハーディ君は…助けてくれたんだと思います。」
ミク…。
「ハーディ様が神殿に向かわれたのは気づいておりました。真実のようですね。」
気づかれていたのか、僕がワルぶっていい気になって走っているときのことを。思い出すと恥ずかしい。
「大変失礼なことと思いますが――…私には妹がおりました。今のお二人の会話はまるで…兄妹喧嘩をするときのようで、懐かしく感じておりました。」
ヴァンスは僕達の喧嘩を見てそんなことを考えてたのか。確かに恋人の喧嘩ではない。恋人?気持ちが悪い。ミクを恋人にするくらいなら、馬を恋人にする方がいい。どちらも嫌だけど。
「夜、抜け出してしまったことは謝ります。僕は旅立ちを前に不安で、神殿へ祈りに行こうとしました。そこで不思議な光が見えて、ミクが倒れていたので、そのままにしておくわけにもいかず連れ戻ってきたのです。」
「ちょっとまって。旅立ち??」
「ああ。そうか。知らないんですね。もしかして、祭りのあとから?」
「そうよ!てことはやっぱり。私もあの時のことまでは覚えてるわ。そのまま、あなたは気を失って…それから心配してたの。」
「あのときの違和感はこれだったのか……。」
「私も。今思えば、違和感があった。あの時、コンクールのことでいっぱいいっぱいであなたのことすっかり忘れてしまってたの。あの後、いろいろあったんだから。」
「僕もあの後、いろいろあったんだ。そのうち話します。とにかく、明日…いや、今日か。剣と力の秘密について山の民の村というところへ調べに行ことになっているんです。」
ふと気づくと、またヴァンスを置き去りにして話をすすめてしまった。ヴァンスが訝しげにこちらを見ている。
「あ。ヴァンスさん、すみません。」
「あ。ヴァンス、失礼しました。」
また、声が揃ってしまった。
「本当に不思議ですね。ミクさんはハーディ様の本当のお姉様のようでございます。ハーディ様は普段あまりお話にならないので、本音でお話になれるようなお相手がいらっしゃれば、思い悩むことも少なくなるのかもしれませんね。」
優しい事を言ってはいるが、訝しげな表情は変わらない。
「ヴァンス、ミクをおいていくわけにはいきません。彼女の同行を許していただけますか?」
「お願いします。もし、夢じゃなくて、本当にこっちの世界に来てしまったんだとしたら、私、帰る方法を探さなきゃ…。それに、もしかして石の秘密も分かるかも。」
こういうとき、さすがに息はぴったりだな。自分が二人いると、お願いしやすい。
「…分かりました。しかし、危険な旅になることがあるかもしれません。ミクさん、何かありましたら私はハーディ様の安全を優先させていただきます。」
ヴァンスは僕にガウンを掛け、少し考えると許可してくれた。良かった。
「はい。もちろんです。ハーディ君のこともヴァンスさんのことも、私よく分かってます。ヴァンスさん、髪下ろしたほうがかっこいいですね。」
「ミクはいつも言わなくていいことまで口に出す。」
「うるさいわね。その一言のほうが余計よ。」
ヴァンスに笑われてしまった。ミクといると調子が狂うな。僕は紳士でいなきゃいけないのに、これではうるさいだけの子供だ。あまりミクに拘らないようにしよう。
二、
私はそんなに深刻に考えていなかった。夢だと思っていたからだ。このパターン新しい!と少し期待したりもした。あの、石が光って神社に移動するところもおかしかったし、幽霊に連れ去られたのも夢だからだ。神殿を出て、ハーディ君に引っ張られながら砂まみれになり、目が痛くてしょうがなかったが、痛いと思うような夢なんだと思っていた。その時は、本当に帰れなかったらどうしようと思った。でもやっぱあり得ない。だって、あまりにも非現実的。言葉が通じるとか、ヴァンスさんがかっこいいとか、私とハーディ君が一緒にいるとか。変なことばっかり。明日になって目が覚めたら、きっとおばあちゃんの家で、変な夢見たなぁってなるんだ。
ヴァンスさんに使用人区画へ案内してもらい、使用人用の部屋で寝る。さすがにハーディ君と一緒に寝るわけにはいかないもんね。ハーディ君の自宅でも、馬のいる別宅でも使用人区画に入ったことはないから、初めての経験だ。それに、この領主館に来たのも初めてだ。
すっごい綺麗!!アンティークな洋館で、家具も作りも素敵!ちょっといいところじゃない!いつも、風節の後はこの街で一番上級の宿に泊まるけど、ほとんどが熱を出して記憶にないし、次の日には自宅に帰るし、領主様のお仕事用の建物なんて入るわけないもんね。領主館ってことはボルス様にも会えるのかしら??
でも、もう眠くなってしまった。もう一度寝たら、きっと戻ってる。明日、このおかしな夢の話を陽葵ちゃんに話そう。
おかしい。おかしい!なんで戻ってないの?まだ夢の中にいる?どういうこと??
目を覚ますと私は使用人室にいた。長野に戻ってない。東京でもいい。帰ってるはずなのに。愕然とした。
「ミクさん、おはようございます。その格好では目立ちます。こちらにお召し物をご用意させて頂きました。使用人の服しかご用意できませんでしたが、ご容赦下さい。」
「おはようございます。ヴァンスさん。今、何時ですか?」
「なんじ?分かりませんが…仕度を終えたら、朝食をご用意します。」
「ありがとうございます。」
そうだった。ここでは時間がない。今が何時で、どのくらい寝たのか分からない。あと、もし本当に本当に夢じゃないなら、私、何も無いんだけど。下着の替えとか、お金とか、洗顔やシャンプーだってない。私の持ち物は石一つ。どうしよう。すぐに帰れるのかな。
とにかく、着替えてみる。これは、こちらの世界流メイド服。はいはい。コスプレね。
借りたベッドを整えて、スウェットを畳む。スウェットのポケットから御守りを出して、身につける。
使用人室用のベッドルームを出て、うろうろしていると、同じ格好した女の人に呼ばれた。
「あなた、見ない顔ね。新しい子?働けるわね?ご主人様がお食事の間に、部屋の清掃をしてきて。」
雑巾的な布を渡された。働かざる者食うべからず。働こう。
「このお屋敷のことがまだ分からないので、場所を教えて下さい。」
「二階の客間を奥から二つ目、そのあと五つ目のお部屋もお願いね。」
「はい。」
何をすれば良いのか分からないけど、とりあえず行ってみよう。
二階の奥か…。今朝の記憶を頼りに、二階の奥へ向かう。二つ目の部屋、ここだ。
「失礼しまーす。」
誰も居ないか。お食事の間にって言ってたものね。
扉を開ける。綺麗じゃない。どこを掃除するの??とりあえず、ベッドを整えて、窓や家具を布で拭いてみる。机には書類が置いてあり、あまりさわらない方がよさそうだ。あと、ゴミが落ちていないか確認して、他に何か出来ないか考える。今朝のハーディ君の部屋とほぼ同じだ。客間って言ってたわね。お客様がいるってことね。
掃除機や、ほうきがある訳じゃないから、他に何ができるか思い付かない。次へ行ってみよう。
五つ目の部屋。…今朝の部屋ね。
「失礼しまーす。ハーディ君いる?」
部屋へ入る。今朝の通りだわ。ベッドを整える。ますますやることないわ。ゴミが落ちていないか確認。一通り家具を拭いているとお腹がなった。お腹すいたなぁ…。戻ったら、何か食べさせてもらえるかな。
空腹に耐えられなくて、部屋を出ると、大人の男の人が歩いて来る。えっと、メイドは避けるのよ。さっと壁際に寄る。見覚えのある顔。
「あ。お父様。」
つい、出ちゃったのよ。分かってる。言ってから、しまったと思った。
「?君は?見ない顔だね?私は君のお父上ではないよ?」
「申し訳ありません。」
頭を下げる。
「新しい子なのかい?ヴォルスは定期的にメイドを入れ替えているのか…。仕事の邪魔をして悪かったね。」
もう一度、頭を下げる。と、そこへハーディ君が来た。ハーディ君は客観的に見ると、可愛らしい少年よね。少し微笑みながら、早足でこっちに来る。
「ミクさん、何をしているんですか?あなたはメイドではないでしょう。」
なんか、変な感じ。距離を感じる。
「おはよう。私、何も無いから、働いて返そうかと思って…。」
「父様、彼女は僕の旅を助けてくれる娘です。申し訳ありませんでした。」
私が説明しているそばから、無視してお父様に話しかける。
「面白い子だね。ハーディに少し似ているから、驚いたよ。ハーディのこと、よろしく頼む。」
「かしこまりました。」
私が頭を下げて、ハーディパパが行ってしまうと、ハーディ君が怒っていた。
「ミク、早く戻って下さい。朝食を食べたら、ヴァンスに言って、旅装を整えて下さい。そんな格好でウロウロしていたら、置いていきます。」
「なんで怒ってるの?私、メイドでも良いけど。」
「早く戻って。」
はぁ。なんなのよ。あの子とはケンカしてばっかりだわ。なかなか話が出来ない。お腹すいたから、余計にイライラするわ。ご飯食べよ。
使用人室に戻ると、ヴァンスさんがおまちかねだった。
「ミクさん、大変失礼しました。お食事を召し上がりましたら、すぐに出発します。ご自身のお荷物を持ち、こちらの裏口でお待ち下さい。」
私は朝食のパンとスープのようなものを食べて、スウェットを取りに行く。そして、裏口で待つ。
改めて自分を見る。自分が誰なのか分からなくなりそう。私、ミクよね?ハーディパパが、私とハーディ君が似てるとかって言ってたわね。パパなのに、似てるとか言っちゃうのね。似てないわよ。
「お待たせしました。行きましょう。」
ヴァンスがお迎えに来て、表へ向かう。
表玄関の前ではハーディ君とパパが何か話している。うちのお父さん、どうしてるかなあ。私が居ないと分かったら、捜索願とか出して、心配するんだろうなぁ…。
「では、行って来ます。」
「風の神に旅の無事を祈ろう。」
領主館を出ると、まずは服。メイド服では旅は出来ないもんね。ヴァンスさんがお店に案内してくれた。そこで男の子用の服に着替える。女の子用の服もあったけど旅に向いてない。ヴァンスさんにも、ハーディ君にも否定されたけど、構わないわ。
お金は払ってもらったので、どうにか返す方法を考えよう。
下着と鞄も購入した。ランプとかナイフとか要らないのか聞いたら、ハーディ君に激しく嫌な顔をされた。
そのあと、馬車の乗り合い所へ行く。フェリー乗り場のような場所だった。そこで、打ち合わせしてあったのか、二人合流。背の高い男の人?と私と同じくらいの年の女の子!やった。
「こんにちは。私、ミクです。えっと…」
「彼女は僕の姉のような存在です。あまり役に立ちませんが、ご同行させて下さい。」
役に立たないとは何よ。知ってるけどね。君が言うことじゃないでしょ。
「ミランといいます。王子さまの従姉かな?じゃあ、ミクちゃんはお姫様だね。男の子の格好をしているのが良いね。」
何?王子さまって。この人見た目は女の人みたいなのに、話すと普通の男の人だわ。例えるなら、ビジュアル系ロックバンドのボーカルね。
「シュカよ。よろしくね。あなた、髪が黒いのね。瞳は緑なのに。」
え…緑?ハーディ君と顔を見合わせる。
「ミク、本当に緑だ。家の中では気が付かなかった。」
私、日本人じゃなくなっている。帰っても元に戻らなかったらどうしよう。
三、
僕は馬車が嫌いだ。馬は好きなのに、馬車は最悪だった。乗り合いの馬車ではなく、幌馬車に簡易的な椅子を取り付けたもので、椅子を畳むと、ベットになる。御者がガイドだ。揺れで体が痺れてくる。外を見ると酔う。出来ることなら、馬に乗りたい。外套にくるまり、横になりながら、気を紛らせる方法を考えていた。
ミクのせいで少し予定より遅くなってしまった。このまま馬車で、北へ行く。元々の予定では10日ほど。ずっと馬車は辛いな。
「ミランさん、お洒落ですよね。」
「お!ヴァンス!聞いたか?分かる人には分かるんだよな。」
ミクは呑気だ。ミランに変なことを聞いている。
「ミクちゃんも男の子の服、本当に可愛いよ!髪が茶色かったら、王子さまのお兄ちゃんだね。」
僕よりも背が高いミクは男の服を着ると僕よりも男らしく見える。何を考えているんだ全く。どうせ、僕は小さい。
「さっきから気になってたんですけど、ミランさんはなんでハーディ君のこと王子さまって言うんですか?」
「それ、あたしも聞きたいわ。あたしにも教えなさいよ。」
「ミクちゃん、俺には敬語使わなくていいよ。二人とも知らない?ちょっと前に風節があったろ?そのときに、このルスターシ領では剣舞をするのが習わしなんだ。そこで踊ったのが今青い顔をしているハーディだよ。街では風節の王子さまって呼ばれてる。」
そんなところだろうと思っていたよ。
「あたし、見たわ。遠目にしか見えなかったけど。そうなの。あんたがねぇ。」
「シュカ、口に気を付けなさい。」
ヴァンスは相変わらずシュカに厳しいな。僕のすぐ傍で話を聞いていて、しっかりとシュカに釘をさす。くだらない話は続く。
「私、見てないの。教えて、どうだったのか。」
ミクは知ってるはずなのに、何を言ってるんだ?
「俺が見た中で一番だ。王都にいるどんな踊り子よりも美しかったよ。まるで風の女神さ。俺は剣舞をしたことはないけど、あの動きが出来るなら、剣術も上手いはずだ。違うかい?王子さま。」
「違います。ミランやヴァンスほど、戦えません。」
僕は恥ずかしさと、とても話せる気分じゃなかったのとで、乱暴な答え方をしてしまった。でも、気分が悪いのに話しかける方が悪い。今、僕は寝ようとしていたところだったのに。
「ははっ!俺はともかく、ヴァンスほど戦えるなら是非スカウトさせて欲しいな。」
「ミラン、やめて下さい。ハーディ様を戦闘に加えない為に私達がいるのですよ。」
「冗談さ。分かってるよ。」
「剣舞、見たかったなぁ。私も真似してみたんだ。全然出来なかった。それで…こっちへ来たのよ…。そうだわ。」
なんだって?僕の剣舞を真似した?それでこちらの世界へ飛んだのか?そんな重要な話をみんなの前で話すなんて、迂闊すぎる。
「ミクちゃんも剣舞を踊るの?練習しにルスターシへ来たのかい?」
「そうね。ハーディ君に教えてもらおうかな。」
話が通じている。噛み合ってない事に気付いていない。
剣舞を踊ることで、こちらの世界へ飛ばされたのなら、また踊れば戻ることが出来るのか?ミクにも、あの力があるのだろうか。
剣舞をミクが踊れるとは思えない。ミクの体と僕の体は違う。僕だって楽器はできない。
「ところで、シュカちゃんはハーディ君の彼女??ハーディ君が連れてきちゃった女の子ってシュカちゃんでしょ?」
おい。僕が馬車酔いをして弱っているのをいいことに、なんでも聞いていいわけじゃないぞ。
「ミク、違う。シュカが、勝手に。」
片言で抗議する。話させないで欲しい。だめだ。やっぱり寝よう。
「まだ、彼女じゃないわ。でもなってあげても良いわよ。あたしは年は気にしないわ………。」
"全く、勝手なことを言わないで下さい!"
僕は意識の向こうでシュカの声を聞きながら、心の中で反論しようとしたが、声になることはなく意識が途切れた。
次に目が覚めたとき、馬車は止まり辺りは喧騒に包まれていた。
なんだ?
僕は飛び起きて、見回す。誰も居ない。誰もいない??外か!宝剣を一つ腰に差し、幌の間から外を見る。
外には屈強そうな大男が大勢でこの馬車を囲んでいた。中の一人に見覚えがある。あいつは馬車の乗り合い所で見たやつだ。つけられていた。
「ふざけるなよ。有り金全部か、そこの黒髪の坊主だ。」
「金はこれで全部だと言っている。これだけあれば充分だろう。引け。」
真ん中に立つ男と…ヴァンス?が会話をしている。大男の数は6、7、8…だいたい9人くらいか。
「もっとあるだろうが!知ってるぜ。領主館からその坊主が女装して出てきやがって。領主のところのガキなんだろ?そいつが居りゃもっと金が取れる。こんなんじゃ足りねぇな。」
ミクを領主の息子かなんかと勘違いしている。だから、あんな格好やめろと言ったんだ。それにしても、タチが悪いな。街でもずっと見ていたのか。
「彼を渡す訳にはいかない。これで手が引けないなら、命が惜しくないということか。」
彼と言われたミクは何も言わず、腕を組み立っている。
「なぁ、ガキはそいつか?」
乗り合い駅に居た男が口を挟んだが、リーダー各の男が一瞥で黙らせる。
「笑わせるな!お前ら3人で勝てると思ってるのか?ガキか金か早く出せ。」
「始めから、金などとる気がないのだろう。もう、充分だ。…ミラン。」
「いいのか?」
「ダメです。警告にしてください。」
短い会話が二人の間で交わされる。ヴァンスが口を閉じると同時にミランは動いていた。ミランは腰に帯いた長い剣ではなく、どこに持っていたのか刺殺用のナイフのようなもので、リーダー各の男の脇腹を突いていた。一瞬、時が止まり、男達に動揺が走る。ミランはすぐにナイフを回しながら引き抜き、投げ捨てる。返す手で腰のホルダーからもう一本取りだし、投げる。真っ先に動こうとした男の足の甲に刺さった。
あまりにも早く、躊躇のない行動だった。
同時にヴァンスも動いていた。ミクを抱え、馬車の横へ来ると、中へ入るように指示。腰から短剣を2本抜くと後ろ手に一人、振り返って一人、相手の内腿に貫通させる。今の動作の中で彼はほぼ動いていない。そして、何事もなかったように歩きながら、シュカが手こずっている相手に近づく。
ミクが馬車へ戻ってくる。
「ミク!大丈夫かい?」
「………。」
彼女は、驚いて何も言えない。僕も目の前の光景にショックを受けていたが、ミクはそれ以上だった。
もう一度、外を見るとシュカも戦っていた。シュカは…まるでキツネのようだった。四つ足の体勢から蹴りを入れる。手には皮のグローブ、足には皮のすね当てが嵌められていて、戦闘用なのだろう。決して攻撃力が高い訳ではないが、足元からの攻撃は防げない。彼女は低い姿勢からの体術が得意なようだ。
ヴァンスはシュカに相手の攻撃がいかないようにナイフで防ぎつつ、向かってきた他の男のみぞおちへナイフを突き立て捻る。
しかし、相手が多い。ミランとヴァンスで殆どの相手が動けないが、その間を縫い二人の男が馬車目掛けて走ってくる。ミランが相手を刺したばかりのナイフを抜きざまに投げて膝の裏へ刺さり一人、ヴァンスがスッともう一人の男の後ろに近づき錐のような武器での腰と首の後ろを刺す。二人とも素早い。これで全員戦闘不能だな。ヴァンスとミランは相手を一撃で動けなくする場所を冷静に突いている。強い。あっという間に戦闘終了だ。
呻き声をあげる男達から残っていた武器を回収。淡々としている。慣れた手つきだった。
しかし、ピタリとヴァンスの動きが止まる。
「ハーディ様!お逃げ下さい!」
馬車の裏側からあのリーダー各の男が乗り込んできたのだ。血の匂いが馬車内に立ち込める。あいつ、動けるのか!?
「おめぇも護衛のつもりか?チビには用はねぇ。引っ込んでろ。」
僕はとにかく必至でミクを庇い、宝剣を抜くと相手の剣を受ける。
重い!手が痺れる!
ミクを守らなくては!
ミクを外へ追い出し、剣を受けながら僕も外へ跳ぶ。避けるおっっことと受けることしか出来ない!
息が上がる。自分の鼓動が聞こえるくらい大きな音をたてている。
僕じゃ戦えない!僕は勝てない!
ヴァンスとミランが走ってくる所がスローのように横目で見えた。二人は間に合わない!
くそ!殺らなきゃ、殺られる!!
体が軽くなったような気がした。
瞬間、青い閃光と強い風が相手と僕の間で起こる。
辺りの空気が石や砂なども巻き込んで渦巻き、立ち上る。急激に気温が下がり水分が凍りつき氷の結晶が出来る。空気が希薄になり、息が出来なくなった。耳も遠くなる。頬と肩、腕が切れる感覚がした。
…このまま、風に暴れてもらおう…。
「ダメ!ハーディーーーーー!!」
ミクの声が遠く響いて聞こえる。
僕はハッとした。
光と風がおさまると、僕は一人だけ立っていた。
辺りを見回すとリーダー各の男は無数の切り傷で体が裂けていた。他の男たちも同様に意識は無さそうだ。
見るとヴァンスやミラン、シュカにまで顔や体に切り傷があり、深い傷はないようだが、驚いた表情で体を伏せたままこちらを見ていた。ミクは…僕の足元にいて、片足にしがみついている。
………―――やってしまった?
全身から力が抜けて、立っていられなくなった。涙で視界が歪む。
「うううあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫んだ。叫んで、叫び続けて、叫びながら考えた。
僕は何をした?!相手を殺すつもりはなかった。殺すつもりなんてなかったんだ。とにかく必至で、自分でもわからなかった。だから、僕は悪くない!
……いや、本当に殺すつもりはなかったか?本当は殺そうと思ったんだ。僕は自分が化け物だって忘れていた。忘れていたのに。―――出来ると思った。
僕は心の中まで化け物だった。
ぞっとした。手も足も震える。
気持ち悪い。
ゆっくりと、手元を見る。
剣がある。
握る。
胸の前まで持ち上げて………。
思い切り剣が飛んだ。
ミランが剣を蹴飛ばしていた。横からヴァンスが僕を抱き止めている。
そのまま、動くことが出来なかった。
―――しばらくして、正気は取り戻した。でも、熱が出た。
僕はまた馬車の中で寝ている。
御者が逃げてしまったため、道を知っているシュカが手綱を握っている。
馬車の中は無言だった。思い返すと涙が溢れてくる。ヴァンスとミランは傷の治療をしていた。僕とシュカを優先して治療してくれたからだ。僕には一つも傷がなかったけど。
「ミクちゃん、ありがとうね。」
ミランがミクに話しかける。
「いえ。いいの。私、なんの役にも立たないから、ハーディ君の代わりくらい出来るわ。」
「いい感じだったよ。」
「いつから気付いてたんですか?」
これはヴァンスに聞いたのだろう。
「領主館を出る時に。しかし、あの時はただの賊か、刺客か、監視かの区別がつかなかったのです。私が見たのは7人。来るなら、街を出てからだろうと思っていたのですが。人数を計れませんでした。これは私のミスです。」
「あいつら、傭兵崩れだったからな。俺とヴァンスを見て、急に増やしたようだ。主格の男とあと3、4人しか、事情を知らないようだった。他のやつは戦闘の意思すらあったかどうか分かんねぇな。」
「ハーディ君、いったい誰に狙われているんですか?」
「それは……はっきりとは分かりません。」
「俺に殺すなと言ったのは、相手の裏にいるやつを牽制するためだったんだろ?だけど、お前、少なくともお前がやったうちの2人は放置すれば死に、他のやつも二度と戦えないようなやり方だった。どうした?冷静じゃないな。」
「早く倒さなければと手加減を誤りました。主格の男、少し前までトルネニアの兵士だった男です。素行が悪く、解雇されたようですが。」
「あいつ、俺が腹を抉ったのに、あれほど動けるとは思わなかった。あれは俺のミスだな。」
僕ははっきりしない頭で、3人の会話を聞いていた。
トルネニア…。僕の母様の力を利用しようとしている。僕はあの時、ミクが居なければどこまで吹き飛ばすつもりだったのか。戦争で僕を使うなら、一人で何人も殺せる。僕を兵器として欲しいのか。ボルス卿も同じように、力を使って獣を暴れさせたり、水を氾濫させたのだとしたら、僕の力は彼のよりもっと直接的で凶悪なものだった。今思えばメイドや従者が怪我したくらいなら、大したことじゃなかった。僕は皆殺しだ。
ミクが止めてくれなかったら、被害はもっと大きかっただろう。
……………向こうでも…………?
「ミク!!」
「どうしたの?!大丈夫??」
「僕が力を使ったから、もしかしたら向こうで大変なことになっているかもしれない!」
「え??どういうこと?」
「向こうで事故が起こる原因はこっちの世界で無理に自然の法則を曲げたときなんです。」
「どういうことか分からないわ。」
「僕や他の王族が……この力を使って、風を起こしたり、雨を降らせると、向こうの世界でも同様の被害が出る。今回なら、台風か大きな竜巻が起きてるんじゃないかと思います。」
「そういうことなの?」
「僕はそう思う。」
「でも、私、今、確かめられない。」
そうだ。ミクはこの世界に来てしまった。向こうの人に伝えることも出来ない。
「それに向こうに居たとしても、私、どうすることも出来ない。」
「ミク……ごめん。」
もしかしたら、ミクの家族や友達にも何かしてしまったかもしれない。僕は、どちらの世界にとっても危険な存在というわけだ。
「ハーディ君が謝ることじゃないわ。私を助けようとしてくれたんだもん。」
「でも、やっぱり僕はバケモノだ。」
こんなことになるなんて。今回、僕は何人の人を殺したのだろう。あちらの世界の方が、程度が低いけど、無事じゃないだろうな。
「そんなこと、言わないで。半分は私よ。………目の前で死のうとなんかしないで。」
「ごめんなさい。ありがとう。」
完全に僕とミクにしか分からない話だ。
「二人はなんの話をしているんだ?」
「二人にしか分からないことのようです。」
ヴァンス達には悪いけど、説明は出来ない。僕らは一人だった。ミクはミクだけど、僕でもある。もう一人の自分。居てくれて、良かった。
四、
私は今日、この目で初めて戦いを見た。人間と人間が闘うところ。驚き過ぎて、何も言えなくなってしまって、途中から見ることも出来なかった。あんなに簡単に剣って刺さるものなの?日本には戦争はない。人同士が闘うなんて、映画の世界かアニメでしか見られない。しかも、全部作り物。今はあれがウソだってよくわかる。音、匂い、振動。映画やアニメのヒーローみたいに、次から次へ剣で斬りつけていくなんて、あり得ないんだ。剣が人に刺さるとなかなか抜けない。だから、新しい武器を使った方が早く動ける。斬られても何度も向かってくるなんて、考えられないんだ。だって、ものすごく痛いはすだから。斬られた相手は痛くて呻いていた。強そうな大男が。だから、相手を斬ることに躊躇する。痛いことを知ってるから。武器なんて、何だっていい。躊躇しないで、人を刺せるか。それが強いということ。
ハーディ君は、はっきり言って最強だと思う。自分の手を使わずに、相手を殺す感覚もなく、一度にたくさんの人を殺せる。――強く思うだけで。恐ろしい力だ。彼は自分は化け物だって言った。ある意味、そうかもしれない。でも、それは違う。私は見ていた。凄く近くで。彼は力を使おうとした瞬間、同時にヴァンスさん達を守る力も使っていた。本当なら、あの場にいた人全員が即死でもおかしくなかった。でも、そうならなかったのはヴァンスさん達が風のカマイタチで斬られた直後、治ったからだ。仲間だけを治す治癒能力。スゴかった。一度にたくさんの人を救える。あれが意識的に出来るなら、彼は行列の出来る神様ね。本人は気づいているのかいないのか分からないけど。
少なくとも彼は、自分が大きな力を持っていることに気がついている。でも、まだ分からないことだらけで、コントロールはできてない。私も、彼になることがなくなってしまって、どうすればいいのか分からない。精神的に支えてあげるしか、出来ないだろうな。
馬車の旅は続く。始めからこんな調子だと、きっと旅行なんて楽しいものじゃないことくらい分かる。初めは風景を眺めていたり、シュカちゃんと恋愛トークをしたりで、楽しんでいたけど、無言の時間も増えてきた。
次の街までもう少しある。本当なら、そろそろ街へ付く頃なのに。
夕暮れの道を行く長く延びた馬車の影、車輪の音と揺れ、幌と木の匂い、本当に現実なのかしら。夕焼けだけは向こうと変わらない。
「ミクちゃん。君は何者?」
え?
見渡すと、ハーディ君もヴァンスさんも寝ている。男の人が近くで寝ているなんて、ドキドキする。寝ているときのハーディ君は本当に綺麗ね。ヴァンスさんもとても若く見える。二人ともかわいい。
起きているのは、ミランさん。シュカちゃんと途中御者を交代して、今はまたシュカちゃんに代わったところ。武器の手入れをしながら、さもなんともないことのように聞いてきた。
「どういう意味?」
ミランさんは冗談を言っているわけではなさそう。真剣な顔。少し、緊張する。
「女の子に不躾な質問、失礼だったかな。でも、君は見たことのない種族だ。ハーディに似ているのは分かる。しかし王族には見えない。なのに力のことを知っている。ハーディは君を信頼しているようだが、あまりにも深く知りすぎだ。俺もヴァンスも、かなり戸惑っている。君は危険だ。だが、刺客には見えない。ハーディの力を利用しようとしているようにも見えない。仲間がいるのか、情報収集のみか。君の目的はなんだ。」
疑われていた…?ミランさんはハーディ君の事を知ってた。冷静に考えると、当たり前よね。ハーディ君は王族だ。知らない女の子を同行させるなんて、危険だからしたくない。素性がわからない。保証もない。ただ、ハーディ君が同行を願ったから。私はよそ者。ショックだった。
「そうですよね。でも、私もあなたたちが何者かは知らない。強すぎるし、人を刺すのに慣れてる。普通の神経じゃないわ、あんなに簡単に顔色一つ変えずに人を刺せるなんて。相手は人間なのよ?ヴァンスは執事じゃなかったの?あれじゃまるで、殺人鬼だわ。」
「ははっ。上手く返されたな。俺達は、ただの護衛じゃない。君の言う通り、殺人鬼だ。どうしたら人を簡単に殺せるかを知ってる。俺たちの正体くらい、君は知っていると思っていたよ。」
「私はそんなこと。普通の中学生だったんだもん。私が知っているのはハーディ君のことだけ。私は彼と意識を共有していたんだから。」
責められているような気がした。私だって、自分が誰なのか分からない。ここの世界にいるときは、ハーディ君だったはず。でも、今はあの記憶さえ本当のものだったのか分からない。何者か。答えられない。
「ミランさん、私は何者なのか。私にも分かりません。だから答えられない。ただ、ハーディ君に何かしようなんて考えてないわ。ここにいる誰よりも彼の事、理解してるもの。私と彼は別々の世界に生まれついてしまった双子なの。だから、意識を共有できた。今まで何を考えて、何に悩んで、何を頑張ってきたか知ってる。それ以上は…私達自身でも上手く説明出来そうにありません。そうだ!」
私は身に付けていた御守りを取り出した。
「この石は、たぶんハーディ君が持つ剣と同じ物だと思う。産まれたときに、お母さんからもらったもの。これ証拠にならないかしら?」
「見てもいいかい?」
御守りを手渡すと、ミランさんは石を見ていたが、すぐに返してくれた。
「ありがとう。俺には分からないな。だけど、君は嘘を付いていない。信じるよ。実はヴァンスは君を警戒していた。君を警戒するあまり、ミスが多い。あいつは、次の王の側近となるだろう。普段はそれほど優秀な男だよ。今、君から聞いた話を彼に伝えても構わないかい?」
「もちろんです。警戒されるのは嫌。私だって、ハーディ君を守りたい。彼は私の半分だから。ヴァンスさんが守りたいと思うのとは全く違うと思うけど。私、戦えないし。」
「そうか。だってさ、起きてるだろう?盗み聞きはよくないなぁ。」
ミランさんは私に話していない。ヴァンスさん?
「ミラン。すまない。ありがとうございます。」
「お前、禿げるぜ。」
「ミクさん、聞くつもりではなかったのですが、すみません。今、ミランの言ったことは本当です。疑ってすみませんでした。」
「良く考えたら、当たり前ですよね。私でもそうします。」
「ハーディ様と意識を共有できる双子というのは、本当ですか?まるでお話の世界ですね。ですが、そのお話を聞いて、納得出来てしまうところも多い。私はあなたとは今朝、初めてお会いしました。しかし、あなたの発言はまるで私を知っているかのようだった。不思議に思っておりました。私があなたの存在に気付かないわけがないのに。」
「私、考えなしに色々と言っていたのね。気がつかなかった。」
「それともう一つ。ミクさんの気配が、ハーディ様とよく似ているのです。ミクさんだけを警戒するのは、とても難しかった。正直にお話頂きありがとうございます。」
うーん。やっぱり、格好いい。特にあの、ハニカミ笑顔。執事喫茶、馬鹿にしてたけど侮れないわ。ヴァンスさん、歳いくつかしら。30代だと思っていたけど、もっと若いわよね?
外は暗くなってきた。私はヴァンスさんに笑顔で答えて、ハーディ君を見る。
誤解はやっと解けたみたい。それにしても…ハーディ君、弱い!こんなに弱かったのね!話したいことがいっぱいあるのよ。元気に起きてることの方が少ないじゃない。これじゃなかなか話出来ないわ。
ハーディ君に近づき、おでこを撫でる。さっきより熱は下がったみたい。ハーディ君の荷物からハンカチ?布としか言えない物を取り出して、水の入った革袋から水を少し出し濡らすと顔と首筋を拭いて、もう一度布を洗いオデコにのせる。
「ずいぶん手慣れてるな。」
「私の世界では誰でも出来ることよ。」
「ミクさん、素敵なお母さんになりそうですね。」
恥ずかしー。格好いいお兄さんたちに囲まれて、褒められて、この状況、完全に舞い上がるわ。自分がすごく大人になったような気がする。クラスメイトに話したら、どんなに羨ましがられるかしら。もう一度思う。執事喫茶、侮れないわね。くそぉ!私が間違ってた!ごめんみんな。私、浮かれてる!
「ところで、お二人は昔からのお友達なんですか?」
ミランさんが盛大に吹き出す。ヴァンスさんも笑ってる。
「お友達かぁ。俺達、お友達か?」
笑いを抑えきれずに、吹き出しながら言うミランさん。そんなに笑わなくても。二人の関係が分からない以上、他に聞きようがないじゃない。
「ミランとは同じ作法学校の出身です。私も彼も少し裕福な家庭で育ちました。」
「俺は商家だ。お前は貴族だろう?質が違うだろうが。」
「その作法学校でストック先生に出会い、彼も私も先生の元で学んだ同志ですね。」
ミランさんのツッコミをナイススルーするヴァンスさん。仲いいじゃん。
「ヴァンスさん、貴族なのに執事なんですか?貴族に仕えるのが執事でしょ?」
「あれ?ミクちゃんの国には貴族は居ないのか?」
なんでそうなるの?質問に質問で返された。ミランさんはなんでそう思ったのかしら。
「居ません。たぶん。分からないけど。見たことも会ったこともないです。」
「様々な国がありますね。それでも豊かならば、それでいい。」「この国には明確な身分の差がある。貴族の中にもな。治める土地の広さや、国政にどれだけ関わっているかで決まる。」
ミランさんが、さっきの質問に答えてくれた。貴族って単なるお金持ちなのかと思ってたわ。勘違いね。
「貴族の家には貴族しか入れない。そのため、貴族の家の跡取り以外は嫁に出されるか婿に出されるか執事やメイドとして他家に仕えるのさ。グロウス家に仕える使用人なら、下級貴族でも無理だろうな。」
そんな決まりがあるなんて。ってことは…グロウス家に居た人全員が貴族出身ということ?ライラやルードも。暮らしていたのに、使用人のことも知らなかったなんて恥ずかしいわ。
話しているうちに辺りは暗くなってしまった。宿で寝られるかな。
「街が見えたわ!!」
御者台からシュカの声が聞こえた。良かった、無事に街に着いたようだ。
街へ着くと、いくつかの宿が空いていた。センスのいいミランさんが安くてもいい宿を取ってくれた。本当にセンスが良いわ!宿にレストランが併設されてる。元から2部屋取るつもりだったようだけど、私とシュカが居るから3部屋取ると言うヴァンスさんに、ハーディ君は男女で2部屋でいいと説得していた。
具合の悪いハーディ君を先に休ませて、私達はレストランで食べた。部屋に戻ると、私とシュカちゃんの二人きり。これって、チャンスだわ!
「シュカちゃん、お疲れさま!」
「ミク、元気ね。あたし、ヘトヘトだわ。あと、ちゃん、やめてくれない?」
「そう?じゃぁ、シュカ、ちょっと色々聞きたいことがあるんだけど…」
その日、私は生活面で不安なことを彼女に相談した。女の子が居てくれて本当に良かった!
シャワーを浴びて、服を洗う。明日までに乾くと良いけど。
スウェットとこちらのシャツを着て、もう一度レストランへ行く。
「すみません、あの…弟が具合悪くて、夜ご飯を食べていないので、何か頂けますか?」
「パンならあるよ。明日の分は明日焼くから持っていきな。」
パン。食べにくくない?熱が出て、ただでさえ水分が足りてないのに、パン。
「厨房とお鍋もお借りして良いですか?」
「何だって?そんなことを言われたのは初めてだよ。入っておいで。」
私はパンでミルク粥を作って、ハーディ君に持っていく。お母さん、ご飯が無いときパンでお粥作ってた。パンのお粥の方が、私は甘くて好き。ご飯のお粥はあんまり好きじゃない。
宿の女将さんに色々と手伝ってもらってなんとか完成。器もお借りして、二階へ向かう。
男子の部屋。…ハーディ君だけじゃなかったわ。彼らもいるのよね。忘れてた。
ノックをする。
「ミクです。ハーディ君の様子を見に来ました。」
やがて、ドアが開く。
「ミク?」
あれ?一人??
「ヴァンスさん達は?」
「情報収集じゃないかな。酒場とかに行ってると思う。ここは危険がないからと言っていました。」
そうなんだ。意外と不用心じゃない?昼間あんなことがあったのに。しかも、熱が出ているのに放ったらかし?冷たいわ。
「もう、大丈夫?お粥作ってきたの。」
「ありがとう。ヴァンスも起きたときのために食事を用意してくれていたんですけど、あまり食べる気がしなくて。」
「そんなにしっかりした食事なんて、食べられないわよね。」
「そうなんです。ミク、お母さんみたいですね。」
「お姉ちゃんと言いなさい。」
「ふふ。何ですか?それ。」
こういうとき、ほんっとーにかわいい!弟が出来たみたい。私には兄弟が居ないから、とっても嬉しい。部屋に入り、着替えさせて、着ていた服を洗う。その間に自分で体を拭いて新しい服に着替えるように言う。
お母さん、私が風邪を引くといつもこうしてくれたんだ。お母さんが居ないから、私がこの子を守らなきゃ。
「君がそんなことまでしなくても良いのに。」
「やりたいのよ。私、本当にこっちに来てから何も出来ていないもの。お荷物になりたくないわ。あ。それと、ヴァンスさん達には、私はハーディ君の異世界に生まれついた双子の姉ってことにしたから。本当は例え話のつもりたったんだけど、いい考えじゃない?」
「えぇ?また勝手に。双子では、歳が違うでしょう。ヴァンス達は納得したんですか?」
「何となくね。でも、私の疑いは晴れたわ。」
ハーディ君は納得出来ない顔をしていた。でも、いいの。私は私の居場所が欲しいだけだから。
もう一度、オデコに手を当てて熱を測る。もう、大丈夫そうね。
「それ。食べたら、温かくしてよく休むのよ。おやすみ。」
「あ、待って。これ、持っていて下さい。これがあれば、ミクがメイドにならなくてすむでしょう?」
ハーディ君は自分が身に付けていたエメラルドグリーンの宝石が使われている美しい金細工の耳飾りを外し、私に手渡した。少し照れている。
「そんな、いいのに。」
「…賊から身を護るのにも使って下さい。僕も何もないのでこんなものしかありませんが、それを渡せば許してもらえるかもしれません。」
私が何も持ってないと言ったこと、気にしてくれてたのね。私を心配してくれたの?こんな、気持ちの籠ったものお金がなくても換金なんて出来ないわ。
「うん。ありがと。おやすみ。」
「お休みなさい、ミク。」
「ただいま。入るよー。」
一応、部屋に戻る前に一声かける。部屋ではシュカがもう寝るところだった。
「何やってたの?遅いわ。」
「ハーディ君に夜ご飯を食べさせたの。」
「お付きの者が居るんだから、そんなことする必要ないわ。」
「彼は弟みたいなものだもん。」
私もベッドに入る。今度こそ寝て起きたら戻ってるかな。向こうのこと考えると、つらいなぁ。早く帰りたい。
「ハーディはなんなの?」
え?何を聞かれたのか分からない。
「どういうこと?」
「あたしは20年一人で旅をしてる。あんな術初めて見たわ。魔術が使える種族に会ったこともあるけど、あれとは違う。それに、今日の賊。おかしいわよ。あれは賊なんかじゃない。賊なんて、兵士にも傭兵にもなれない奴がなるものよ。強いやつも、弱いやつもごちゃ混ぜになって、それぞれ役割があるものだわ。誰かが戦っている間に盗む奴がいるの。それがなかった。あれは普通の賊じゃないわ。」
「ちょっと待って!20年?シュカはいくつなの?」
「は?今年で38ね。ラシェットは140歳まで生きるのよ。18才になると旅に出るの。あんた何にも知らないのね。」
「38…うちのお母さんと3歳しか違わないじゃない…。」
「そんなこと、どうでもいいのよ。ヤバい仕事なら、受けなかったわ。あのハーディのお付きの人達、プロの中でも超一流の暗殺屋じゃないの。そんな人に守られてるハーディは何者なのかって聞いてるのよ。単なる坊っちゃんじゃないことは分かってるわ。」
あの二人、プロの暗殺屋だったの?それで殺人鬼だって認めたのか。ハーディ君のこと、どこまで話していい?私、誤魔化すのとか出来ないよ。
「私にも分からないことがたくさんあるんだけど………。彼は…この国にとって大事な存在なの。特別な力があって、それで、国に…護られているの。たぶん。」
こんな説明で分かってもらえるはずがない。しかも、後半は適当。でも、私の口からは言えない。
「深くは話せないってことね。いいわ。あたしだって死にたくない。深く知りたくもないわ。ヤバかったら、消えるからそのつもりでいなさい。」
せっかく、友達になれたのに。誤解だけはして欲しくない。
「シュカ、ハーディ君は化け物じゃないからね。」
「…化け物。分かってるわ。ちょっと、驚いただけよ。」
「ありがと。おやすみ。」
「ええ。」
五、
次の日、僕はいつもよりすっきりと起きた。ミクのおかげかもしれない。熱もない。お粥、ミクだったときお母さんが作ってくれた、ミクが好きだったやつ。お母さん、心配しているだろうな。僕は自分のことばかりで、ミクが帰るための手掛かりを探していない。ミクは、ナガノから来たと話していた。ミクのお婆様のお家がある。きっと、お爺様もお婆様も心配しているはずだ。
「お目覚めでございますか。お加減はいかがで御座いましょうか。」
「ヴァンス、おはようございます。もう、大丈夫です。」
「昨夜はミクさんが?」
「はい。ヴァンスの用意してくれたものを食べなくてご免なさい。」
「いいえ。少しでも召し上がられたのでしたら、それで、結構で御座います。」
「なぜ、ミクだと分かったのですか?」
「ここの女将は仲間です。女将に聞きました。」
驚いた。国内に何人仲間がいるのだろう。お粥を作ったということは、きっとここのキッチンを借りたということだ。仲間が作る食事か。なるほど、毒などの心配はないし、安全な宿だと言うことだな。
僕とヴァンスは一度外に出て走り、体を暖めてから軽く手合わせをした。病み上がりなので、軽く。少しでも体を動かさないと、きっと動けなくなってしまう。
部屋に戻るとミランは寝ているようだ。見張りをしてくれたのか。
「俺はメシいらね。薬湯をくれ。」
起きていた。見張り明けで寝ていたわけではなかった。ヴァンスが少し呆れた様子でミランを見た。軽く溜め息をつく。
「自分の限度をわきまえておきなさい、ミラン。」
「お前はモテる上に、ザルだからな。俺の気持ちなんか分かるもんか。」
「薬湯をもらってきます。」
僕達は、ミランをおいて朝食を取り、すぐに出立の用意をする。何事もなく立つことができた。
馬を替え、御者を雇い、僕はまた馬車酔いと戦うことになった。ミランの二日酔いは薬湯のお陰で良くなったようだ。悔しい。馬車酔いの薬はないのか。
ヴァンスの話では、少し進む速度をあげるためステージと言われる馬車の駅のような場所で、馬を替えながら先に進むという話だ。
速度は上がったが、休憩は減った。この辛さはきっと、みんなには分からない。休憩が必要なのは馬だけじゃないんだ。
僕はあまりたくさん話す気にはならなかったが、ミクが向こうの世界でどうしていたのか、少しづつ話してくれた。ミクは、コンクールでいい成績を取った。夏休みに入り、お婆様のお家へ一人で旅行に行った。そんな話だった。実は気になることがあったが、みんなの前では聞けないので、二人になったら聞こう。
シュカの話も面白かった。シュカはたくさんの街を旅してきたと言っていた。魔術を使えるという部族の話、湖の上に住む部族の話、薬草の文化が発達していてなんでも治せる部族の話。シュカは父様よりも歳上だった。同じ歳くらいだと思っていたのに。彼女の種族は、ラシェット。戦い方を見て思い出したが、何かの本に書いてあった。確か、半獣族だと。しかし、シュカは人と変わらない。だから、全然気がつかなかったのだ。半獣族ってなんだろう。機会があれば聞いてみよう。彼女の話の中で僕が興味を持ったのは、ラシェットの神話の話だ。
「ラシェットは森に住む。あたしの村では人族は誰もいない。あんたら人族は、ラシェットを狩るからな。神話に出てくる破壊と再生の神は、ラシェットを狩る人族を森から追い払うために、村の外にある人族の村を一つ沈めた。人族があまりにラシェットを追い詰めたために、神が怒り、怒りを買った人族は嵐と地揺れで消滅したのよ。そこから森は再生され、広大な土地がラシェットの森となった。人族は知らないの?」
知らない話だ。ラシェットの神話というからには、かなり古い歴史があるのだろうけど、実際に神が怒り人族の村を消滅させたなら、神様はやり過ぎだ。確かに、人族がラシェットを狩るのは許せない。でも、村には狩らない人も居たはずなんだ。僕達の神とは随分違う。五大神はそれぞれの時節を守る。風節の神様は嵐が起こると、人々の祈りを聞いて鎮めてくれるのだ。怒りで人を殺すのは僕みたいな化け物だ。それは神様とは言えないんじゃないか?賊の首領の姿がフラッシュバックする。……嫌なことを思い出した。
「へぇー。私の住んでた国でもよく台風が来てるわ。そうそう。ちょうど、風節の祭りの後よ。あの日のニュースで言ってたわ。大きな台風が来て、大変だったみたい。土砂崩れで、何人か巻き込まれて行方不明だって。ラシェット流に言うなら、何か神様の怒りを買ったのね。もしかして、私の世界にもラシェット族がいるのかもしれないわ。」
…………さらに嫌なことを思い出した。先生が言っていた。風節の舞で力が暴走した僕は大雨を降らし村を消滅させた。僕が力を使ったのだから、きっと僕の考えが合ってるならミクの世界にも影響が出てる。
「…ミク、それは僕です。その話、やめましょう。」
僕はもう、受け止めきれない。賊を殺すもっと前から人殺しだった。無関係な人々を。
「どういうこと?台風がハーディ君のせいってこと?」
なのにミクは話を無理矢理続けようとした。
「そうです。だから、この話はやめましょう!」
「ラシェットの神様かもしれないじゃない。何でもかんでも、災害は自分のせいじゃないからね?」
「違う!風節の舞で、やり過ぎたせいなんだ!こっちでも、同じ時大雨が降って、僕は村を一つ沈めた…。もう、やめてよ。ミクには分からない!話したくないと言ってるのに!もう少し考えて話してよ!」
「知らなかったんだから、しょうがないでしょ?!私だって知ってたらそんなこと言わなかったわよ!ハーディはいつも一人で考えて一人で結論を出すじゃない!もうちょっと話しなさいよ!根暗なんだから!」
「ミク、うるさい。」
「引きこもり。」
「ブス。」
と、話を聞いていたミランが笑いだした。
「ハーディ様、お言葉にお気をつけ下さい。」
ヴァンスが冷静に指摘してくる。確かに、言い過ぎた。
でも、おかしなことを言った覚えはない。僕は話したくないと言ったんだ。真面目な話をしていたはずなのに、また喧嘩をしていた。ミクが来てから毎日喧嘩をしている気がする。嫌になる。普通に話せるようになりたい。でも、ミクが余計なことばかり言うから、話せない。
「ははっ!仲がいいな。ハーディがケンカするのを初めて見たよ。王子さまも、普通の子供だな。あまりにもしっかりしてるから、ちょっと心配してたんだ。いいじゃないか!もっとケンカが必要だ。」
「ミラン、ハーディ様に失礼です。ハーディ様、ミクさんを傷つけてしまったのでは無いかと。」
「ごめんなさい。冷静ではありませんでした。」
「やだ、そんな。私の方こそごめん。」
「アッパーサイドは姉弟喧嘩もダメなのか。やらせてやればいいのに。」
「ミラン。」
ふと、シュカを見ると、彼女は何かを考えていた。
その日は何事もなく、目的の街まで着いた。途中2回ほど馬を替え、予定の街よりも先に進む事が出来たようだ。この街は王都への分岐点になっている。街を出てすぐに西側に川が流れていて、そこを渡ると王都に入る。したがって、ここは東の玄関口と呼ばれている街だそうだ。街はとても整備され、美しかった。僕らの住む街は石造りの家が多いが、ここの街は煉瓦と木造を合わせた構造をしている。西の川から用水路が引かれていて、街のなかに川が流れていた。王都が近いと、すごいな。
ここはミランの知り合いの店も多く。買い物や宿はすぐに見つかり、自由時間を持つことが出来た。
ミクは何故かミランと服を買いに行った。ヴァンスは所用があると少し外出している。宿に残ったのは、僕とシュカで、暇なのでシュカを誘って街中を見に来た。
シュカは、あまり僕と歩くのは良くないと言っていたが、護衛なのだからと無理に着いてきてもらった。シュカの態度が気になるが、僕は気にしない振りをした。気分転換くらいしたい。でも、誰も居ないと外に出るのは不安だ。
「シュカ、何でそんなに離れて歩くんですか?僕は何もしません。」
「違うわよ。そんなんじゃないわ。」
離れて歩かれるのはさすがに傷つく。そんなに嫌われたのか。
街並の煉瓦がより一層赤く染まり、影が濃く長く尾を引く。この辺りは風がそれほど強くないが、さすがに夕暮れ時は肌寒い。閉店する店も出てくる頃だ。
「失礼。よろしいかな?」
貴族風の男性に声をかけられた。馬に似ている。僕は馬が好きだがこの顔はあまり好きじゃないな。服装や仕草も、よく僕を訪ねてくる大人の感じと同じ雰囲気をもっている。
「私はロン・トットというものでして、商人をしております。お見受けしたところ、高貴なお方。面白いものを持っておいでのようだ。」
「僕はハー……ディルスです。ロンさん、面白いものとは?」
僕は本名を名乗ろうとして、後ろからシュカに袖口を引っ張られ、慌てて偽名を名乗った。怪しい人に本名を教えて、トラブルになりたくない。
「なかなかいい色ですな。宜しければ、それを売っていただけませんかな?」
「それ?申し訳ありませんが、何の事を仰っているのか分かりません。」
「またまた、お上手ですな。連れて歩くほどお気に入りのようで。それでしたら、金貨を20枚出しましょう。新しいのを買えますぞ。」
んん?連れて歩く??まさか………シュカのことか?
「お引き取り下さい。なんの事か分かりませんが貴方に何かを売るつもりはありません。」
かなり腹が立つ。彼女は友達だ。奴隷と勘違いしているのか?
「それは失礼いたしました。小さいのにしっかりしてらっしゃいますな。しかし、あまり見せびらかして歩くのは感心しませんぞ。たとえ、上等なラシェットでも、お家の中で楽しまれます方がよろしいでしょう。それでは、失礼いたします。」
行ってしまった。シュカを売ってくれと言ってきた。僕が見せびらかして歩いているだと?家の中で楽しめだと?全く何だと思っているんだ!
「シュカ、戻りましょう。」
「だから嫌だって言ったのよ。」
「ごめんなさい。知りませんでした。」
急いで、帰ってきた。ラシェット族は狩られて、奴隷となる。僕がこんな格好をしているから、貴族が奴隷を連れて歩いているように見えたのか。
「ハーディ、あたしは気にしないわ。でも、一緒に歩くのは嫌よ。」
「本当に知らなかったんだ。腹が立つ!シュカのことを奴隷か何かと勘違いしてる!シュカは友達です。許せません。」
「違うわよ。」
え?友達じゃないと言われた?やっぱり嫌われているのか。
「君が友達だと思っていなくても構いません。でも、シュカを売ってくれと言ったあの男を許せません。」
「それも違うわよ。バカね、あんた。ラシェットはペットよ。」
なんだって?ペット??おかしい。人間が人間をペット??
「ごめんなさい、僕には理解できません。なぜですか?ペットにするのは動物でしょう?シュカはそんな風には見えない。」
「あんたもミクも、全然わかってないわ!あたしのこと、そんなに見たいなら見せてあげる。」
僕はシュカを怒らせてしまった。
彼女は、僕の前で両手を付き、僕の足元に顔を寄せる。こんな姿、誰かに見られたら大変だ。僕がシュカに無理矢理傅かせようとしているようだ。恥ずかしさのあまり、その場に立っていられなくなり、少し後ずさる。
「逃げないで、そこに居なさい!」
一歩下がっただけで、動くのをやめる。僕はこの構図が耐えられないのだけど。
シュカは深呼吸を一つすると、なんと自分の腕に噛みついた。ちょっと待って!何をしているんだ!僕は驚いて、シュカを止めようとしゃがみこんだ。
しかし、目の前にはキツネのような猫のような姿をしたシュカがいた。確かにシュカの顔なのに目が猫のようだ。口はキツネのようだ。体は人間とキツネと猫の混ざった感じで、ラシェット族が小柄なのはこの体だからだろう。シュカの戦闘を見たとき、キツネのようだと思ったが、本当にキツネのようだった。黒い鬣、耳は赤い毛で出来ていた。
「…シュカ?」
シュカは半獣化すると、骨格が変わり、話せないようだ。これが…ラシェット。
コンコン。
ノックの音がして僕は心臓が止まるかと思った。3人が帰ってきたのだ。どうしよう。
「あ、あのちょっと待って…」
という前にドアが開いてしまった。
すぐさま、ヴァンスとミランが身構える。
「シュカ、聞こえますか?獣化を解きなさい。でなければ斬る!」
「ちょっと待って下さい!」
「どういうこと?」
ミクと僕の声が重なる。シュカがフッと息を鳴らし跳んだ。そして、着地の瞬間、シュカに戻っていた。
「なに本気にしてるの?バカじゃないの?」
「冗談にしては、やり過ぎだ。お前は護衛で雇われている。勘違いするなよ。」
ミランが本気だ。まだ、あの長い剣の柄を離さない。
「あたしは少し出るわ。詳しくはあたしの飼い主の貴族様に聞きなさい。」
シュカは出ていってしまった。
僕はどうしてこうなってしまったのか、街であったことを話した。
「それで、シュカを怒らせてしまったようです。」
ベッドにミランとミクが腰かけ、ヴァンスはドアに立ち、僕は部屋に一つしかない椅子に座る。
「そうですか…。お怪我がないなら、安心しました。」
「ラシェットとは何ですか?貴族が飼うのですか?」
「はい。ラシェットは奴隷兼愛玩用に飼われています。」
「知ってたのですね。」
「はい。」
「獣化をしたラシェットは危険なのですか?シュカだったのですよ?斬る、と言いましたね。」
「ラシェット族は、その能力の高さと見た目の良さから貴族に高く売れる。しかし、長く獣化を解かないと人に戻れなくなり、自我を失い、人を襲うようになる。こいつの妹は飼っていたラシェットに喰われた。」
「ミラン、その話はしなくても。」
「悪い。」
ヴァンスの家では、ラシェットを飼っていたのか。しかも、自我を失ったラシェットに妹を食べられてしまった。ヴァンスはラシェットの危険性を知っていた。憎んでいたかもしれない。だからあんなに反対していたのか。
「僕のせいです。シュカに悪いことをしてしまいました。僕が一緒に外に出ようと言わなければ、彼女を傷つけることはなかったのに。」
「いえ。私から申し上げておくべきでした。」
「ねぇ、シュカは外に出て大丈夫なの?捕まっちゃったりしない?」
ミクの一言で、さっきの男の顔が思い浮かんだ。その通りだ。探しに行かないと。
「ヴァンス、ハーディとここに。俺とミクちゃんで探しに行く。」
ミク達はすぐに出ていってしまった。
「問題を起こすのはいつも僕ですね。」
自分に言ったのか、ヴァンスに言ったのか分からない。落ち込んでいるというよりは、諦めてしまった感じだ。でも、それにみんなを巻き込んでいるところは悔しい。
ヴァンスはまっすぐに僕の前に来て片膝を付く。
「どうか、私に貴方を守らせて下さい。貴方からは貴方を守れない。」
六、
今日はデートだ。ミランさんと。ミランさんが『服を買いに行こう』というので、二人で出掛けることになってしまった。私も服が見たかったというのもある。でも、私はお金がないから、見るだけで我慢かな。ミランさんと一緒に歩くだけでも、私はドキドキしてる。大人の男の人と二人でお出掛け。デートって言ってもいいよね?こういうときは、可愛い服で歩きたいなあ。私は例の男の子の服。ハーディ君にもらった耳飾りだけ着けている。ミランさんは相変わらず、男物か女物か分からないオシャレな服を着ている。今日は長い髪を三つ編みで一つにしている。これって端から見たら、お姉ちゃんと弟だわ。デートには見えない。凹むわ。
ミランさんはこの街に詳しくて、迷わずに店に入る。オシャレな店。一度宿に荷物を置いて来ているので、私も彼も荷物は少い。ミランさんは見た感じ、例の長い剣しか持っていない。あれだけは絶対に手離さないわね。大事なものなのかしら。
「いらっしゃいませ、ミラン・ハルト様。」
「おう。彼女のことお願い。叔母さんいる?」
「ただいまお呼びします。」
ここは親戚のお店だったのね。私は綺麗なお姉さんに連れられて、胸元が編み上げのリボンがついた可愛らしい服と女物のボーイッシュな服を見立ててもらった。お金が無いんだけど~!
「ミクちゃん、いいね!可愛いよ。でも、この服のリボンが気に入らないな。色は他にないのか?若草色がいい。」
こだわりがスゴい。私はあまり服にこだわりがないから、分からない。ミランさんが私に着せ替えをして楽しんで?いると、店の奥からミランさんに似た細身で長身の女性が出てきた。
「ミラン、久しぶりね。あら、可愛い連れがいるじゃない。いくら可愛くても、若すぎるのは感心しないわ。あたしが兄さんに怒られるのよ。」
「叔母さん、久しぶり。彼女はミク。可愛いだろう?絶対この店の服が合うと思ってさ。」
ミランさんの変わった服はここの店の物だったのか。
「俺の何か出来てる?この間、破けたんだ。あと、このリボン、若草色はないか?」
「相変わらず、好みに煩いわね。服は出来てるわ。危険な仕事は分かるけど、破かないでね。」
あ。そうか。ハーディ君の風のかまいたちで、服切れちゃったのか。ミランさんはそのあとも、私の服にいくつか注文をつけて、叔母さんに挨拶をして店を出た。どうしよう。服、お直しとかしちゃったら、買わないといけないよね。いつも制服しか着てないし、普段着は安いやつしか着ない私が、お直しだなんて!確かに可愛かったよ。学校のみんなとか…良介先輩に見せたいくらい。ケータイがあれば、撮って即ツイートよ!それくらい可愛い!
服を待つ間、ミランさんと近場のカフェテリアに入る。私にはハードルが高い!普段ならバーガーショップよ。カフェテリアなんて初めてなんだから!大人のデートだ。そして、お金がない!
「あの……ミランさん、私、その、お金を持ってないんだけど…。」
恥ずかしくて、小声で聞く。いや、もう、ほんとに情けない。あんなに見立ててもらって、お直しまでしてもらって、カフェ代も服代も払えない。貧乏ってこういうことね。惨めだ。
「要らないよ。俺の叔母さんの店だ。ミクちゃんは着て歩いてくれればいいんだよ。」
「いえ。そういうわけには…。」
「そういうわけでいいんだって。可愛いミクちゃんが着て歩いていれば、叔母さんの店が儲かるだろ?」
商売上手。私は歩くマネキンってことね。可愛いくはないけど、黒髪でショートボブの私は珍しいもんね。それでも、お金を払わないのは気持ち悪い。
「あの…お金ができたらお返ししますので、貸しにしてください。それか、働いて返します。」
「真面目だねぇ。働いて返すなんて、男の前で言うもんじゃないぜ。お姫様は大人しく奢られてくれないとな。男としての立場が無くなるだろ?」
そういうものかしら。全然分からない。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや。一度宿に戻ろう。」
ミランさんは通りに何かを見つけたみたいだった。飲み物を飲み終え、席を立つ。あ。服どうしよう?一瞬迷ったけど、ミランさんが宿に向かうので、私もついていった。
しかし、宿を通りすぎ、何軒か先にある酒場に向かう。どうしたのかしら。
そこにはヴァンスさんが居た。いつもキッチリとしているヴァンスさんがアスコットタイを外し、ボタンを開け、髪をほどいて脚を組みお酒を飲んでいる。開いた胸元がとってもセクシーで、目のやり場に困る。際どいドレスを着た胸の大きなの女の人と、強そうな男の人と一緒だ。見たらいけないものを見てしまったようで、慌てて店の入り口まで戻り、待つ。私、場違いなんですけど。
ヴァンスさんはすぐにミランさんに気づき、何か話している。
「お。坊主綺麗な顔してるな。いくらだ?」
変なおじさんに声をかけられた。
「は?いくら…?」
「おお?女の子かい?もっと積極的に客を引かなきゃ。おじさんが教えてあげるよ。」
そう言いつつ、背中を触られた。うわぁ。気持ち悪い。
「私の連れだ。手を出すな。」
ヴァンスさんだった。おじさんの手をひねり、私の手を掴んで酒場を出る。彼は歩きながら、いつものキッチリとした彼に戻っていく。ちょっともったいない。
「あの、ありがとうございます。」
「いえ。どうしても酒場に入らなくていけないときは、私かミランから離れないで下さい。」
怒ってる?ミランさんを見ると、彼も真面目な表情で宿に向かう。宿に着き、三階のハーディ君の部屋に向かう。
"シュカ?"
中からハーディ君の声が聞こえた。獣のような唸り声も。ヴァンスさんがノックをする。返事が帰ってくる前にドアを開けた。
ハーディ君が獣に襲われていた。という風に見えた。
獣はシュカだった。彼女はラシェット族という種族らしい。なんだっけ?獣人とか獣族とかそういうのね。でも、実際は怖い。犬だって、怒ったときは怖いのに。多きさは大型犬くらい。なんとなくシュカの顔していた。
彼女はあっさり元に戻ると出ていってしまった。ハーディ君に説明を聞き、彼女はペットと間違われて?怒って出ていってしまったらしい。
私とミランさんが服を取りに行きがてら、追いかけることになった。宿を出て、シュカの行きそうな場所を探す。
「ミランさん、この国は平和なのに、階級とか、差別とか、奴隷とか、結構あるんですね。」
「無くすことは出来ない。国が成り立たなくなるからな。貴族が国を動かしている限り、変わらないよ。」
日本には、どれも存在しない。あるのかもしれないけど、こんなにはっきり分かるほどはない。この数日の間に驚くことばかりだ。ハーディ君だったとき、こんなに差があると感じてなかった。
「何で、ハーディ君が危ないと分かったの?」
「街で奴隷商人に声をかけられているハーディを見た。シュカをハーディの奴隷だと考えて、買い取ろうと思ったんだろうよ。ハーディは子供だから、騙しやすいと思ったんだ。」
「それで、なんでシュカが変身しちゃうって気づいたの?」
「勘だな。ハーディはシュカを仲間だと思っていた。シュカはハーディの前で恥をかかされたことになるだろ?キレた半獣族が何をするか分からないと思っただけさ。」
特に何もなければそれで良かったのか。でも、確信してるように見えたなぁ。
「酒場にいたおじさんは、私にいくらだって声をかけてきたわ。何のことか分からなかった。私がいくらの奴隷かってことだったのね。」
私も奴隷にされそうになった。一人でウロウロしない方がいいわ。私は納得したけど、ミランさんが渋い顔をしていた。
「なんだと?悪かった!すぐに近くにいると思っていたんだ。それは、君の、体の値段のことだよ。いいかい、なるべく俺かヴァンスと一緒にいるんだ。くそっ!娼館へ行けよ!エロおやじめ!」
すごい勘違い。顔が熱くなる。気持ち悪い!今さら、触られた背中が汚いような感じがして、早くお風呂に入りたくなった。
遠くにシュカが見えた。角を曲がったところだ。
「ミランさん!」
「あぁ。離れるなよ。」
走る。私、そんなに足早くないのに!ミランさん、めっちゃ速い!さっきシュカの見えた角を曲がった。小さな路地になっていて、一人で迷い混んだら迷子になりそうだ。シュカは屋台の串刺しにされた肉?焼鳥みたいなものを食べながら歩いていた。
「なんなのよ。捕まえに来たの?」
「心配して来たのよ!シュカにとっても危険な街なのよ?」
「あたしは大丈夫よ。簡単に捕まるようなら、今まで一人で旅をしてないわ。それに戻るつもりだったのよ。あたしがいなきゃ、さみしいでしょ?」
「もう!シュカったら!でも、良かったぁ。何かあったら大変だもん!」
シュカをつれて、宿に帰る。路地をそのまま進む方が近いようで、3人で路地を進んだ。
路地は人が一人通れる程度。ミランさん、シュカ、私の順で進む。
"ハーディパスト・レティシア・グロウス!"
路地が交差するところで、名前を呼ばれた気がした。進行方向とは違う方向の路地からだ。少し止まって見渡す。暗くて何も見えない。置いていかれては大変なので、小走りに着いていく。考えたら、私は今ミクだった。ハーディ君の本名なんて、しばらく聞いてなかったから、驚いた。ハーディ君自身、めったに名乗らない。というか、私が知る限り名乗ったことがない。ミドルネームはお母様のお名前。知っている人は少いはずなのに…王都に近いから、知り合いがいたのかしら。路地が恐かったから、変に意識しすぎて、本当は気のせいだったのかも。
私はそれほど深く考えずに、宿に戻った。
七、
次の日、私はさっそく昨日のワンピをお披露目した。可愛いでしょ!私!私じゃなくて、服なんだけどね。女子はやっぱり可愛い格好すると、テンションあがるのよ。まずは、同じ女としてシュカに見てもらう。
「良いじゃない!あんた、胸が無いからそういう服合うわよね。」
ついシュカと見比べる。胸の話はしないで。どうせないわよ。シュカは大きい。これは種族差よ!日本人はないものなのよ!とにかく格好は合格ってことね。よし。
朝食は部屋で取るタイプの宿だったので、みんなに見せるのは出立の時。
「ミランさん!昨日の服、着てみたんです。」
「おはよう、ミクちゃん。今日も可愛いね。服もとっても似合うよ。やっぱり、リボンを緑に変えて良かった。瞳が緑なのに、濃い赤は合わない。」
「ありがとうございます!」
えへへ。すごい嬉しい!オシャレ、癖になりそう。でも、旅の間はあんまり着る機会が無いかも。またミランさんとショッピングに行きたいな。
「おはようございます、ミク。」
「おはようございます、ミクさん。可愛らしいですね。ミランの店ですね。」
大人は分かってるわ。とっても満足。ミランの店…?
「ミランさんのお店なんですか??昨日は叔母さんの店だって…。」
「彼がオーナーですよ。店長兼デザイナーを叔母様がなさっているそうです。私も2度ほど伺いました。」
聞いてない!そういうことだったの??社長さん!?
「俺は別に何もしてないからな。あの店は叔母さんの店だ。」
ハーディ君だけが、何も言ってくれない。まぁ、彼は私にも服にも興味が無いからね。いいんだけどさ。『お姉ちゃん、可愛いよ』とか言ってくれてもいいのに。ちょっと意地悪したくなってきた。
「今度、ハーディ君にも貸してあげるからね。」
「要りません。」
「着たら可愛いのにー?」
「僕がミクよりも似合ってしまったら、ミクが着れないでしょ?」
ムカつく。私があんたよりブスなのは知ってるわよ。今日だって私にくれたのとは違う銀の耳飾り一つで、私より綺麗に見える。つい、ハーディ君がワンピを着ているところを想像する。絶対、可愛い。ムカつく!
「あ!色違いを頼めば良かったのか。ハーディなら、黒地に白レースリボンだな。」
それ、似合いそう。絶対可愛い!やっぱりムカつくわ。絶対貸してあげない。
「ミラン、やめてください。僕は女の格好しません。」
ちょっと、怒ってる。意地悪しすぎたかな。
馬車を預けてある場所へ向かう。今日はとても風が強い。ワンピは向いてなかったかも。
馬車で街を出る。すぐに分かれ道があり、王都へ向かう道は綺麗に整備され煉瓦が敷かれていたが、北へ向かう道は土の道だった。
もうちょっとこの街に居たい気持ちはあったけど、そういう訳にもいかない。大きな街には危険も多い。
風が強いとなかなか進めないのか、今日は休憩が多い。ステージがないから馬を換えながら進むこともできないらしい。
私はそろそろ馬車の旅に飽きて来ていた。
ハーディ君は馬車に乗るとほとんど話さなくなる。元からあまり話さないが、さらに無口だ。私は酔ったこと無いんだけどなぁ。
今日は宿には泊まれない。この先、あまり街が無いらしい。街は王都を中心に作られていて、王都に向かう道沿いに街は作られる。
馬車は風が弱まった間を見極めて、ひたすら進んだ。
休憩中、ハーディ君はなるべく体を動かしているようだ。ミランさんやヴァンスさんと剣術の練習をしていた。私も暇なので、やってみたりもしたけど、腕と掌が痛くてすぐに止めた。風で目も痛い。剣を握るのって、こんなに握力が必要なのね。
シュカを誘って一緒に走ったりしてみたけど、シュカはミランさんよりさらに速くて、簡単に置いていかれた。この世界の人は体力あるわ。いかに日本人が体力を使ってないか、とってもよくわかる。
夜は御者の人も一緒にキャンプファイア!楽しかった。大騒ぎしていたのは私だけだったけど。私はキャンプ経験があまりない。お泊まりは初めてだ。ちょっと楽しんでもいいじゃない?
夜は交代で寝る。当然、私とハーディ君は見張りが出来ないから、申し訳ないなぁと思いながら寝た。
深夜、風の音で目が覚めた。見張りはシュカだった。私は寝ている人を起こさないように、馬車の外に出るとシュカのとなりに座った。
「寝なさい。明日が辛いわよ。」
「寝れなくて。…星が綺麗ね。私のいた街ではほとんど見えなかったのよ。」
「星が見えない場所なんてないわ。」
「それがあるのよ。空気が汚くて、夜に街が明るすぎると見えないみたい。」
「そんなところ、人が住む場所じゃないわよ。」
「…そうね。そしたら、きっと私も化け物ね。」
「あんたに言わせると、みんな化け物ね。」
シュカと二人で薪の前で話す。夜は寒くて、外套を羽織り足元を火で暖める。薪ってこんなに暖かいのね。
「そうよ。みんな化け物よ。そうなったらもう、誰が普通なのか分からないわ。それならそれでいいと思うんだ。」
そう。みんな違う。それで良くない?だって、私はこの世界の人の体力についていけてないけど、この世界の人が向こうに行ったら超人だわ。
「…あたし、人の街に来て初めて獣化したときに、化け物!って言われたわ。だから思うのよ。化け物かどうかなんて、自分が決めることじゃないわ。ハーディは気にしすぎよ。」
「ありがとう。あの力は、確かにすごいわ。人を傷つけることも、救うことも出来る。それを自分で否定しないで認めてあげて欲しいのよね。」
「あんたって、意外と考えてるのね。」
「意外とって、ひどいよー。」
私たちは話すことに夢中になっていて、気がつかなかった。
闇の中からスッと男が現れる。初老の男は黒服を着ていて忍者の棟梁みたいだった。
「ハーディパスト様、ご同行願います。」
そう一言、言うと私に近づき、煙のようなものを吸わされた。薬臭い!と思った瞬間、体から力が抜けて、そのまま、白い世界に飲まれていった。
八、
僕はミクの話し声で目が覚めた。ミクは僕のことを話している。ミクは僕の事を考えてくれている。彼女の記憶では、先輩のことも本気で心配していた。ミクは優しい。あれは、火傷だった。……あれは…力を使った火傷だった?だから、リョウスケ先輩も火傷をした。僕のほかに何人の人が力を使えるのだろう。ボルス卿と母様、陛下、他の王族はよく知らない。ボルス卿のご兄弟は母様だけじゃなかったはずだ。
『…それを自分で否定しないで、認めてあげて欲しいのよね。』
否定しないで、認めてあげる…か。力の事をそんな風には考えなかった。恐ろしいものだとしか思わなかった。
僕が考えに耽っている時だった。
突然、寝ているはずのヴァンスとミランがサッと起きると、剣を持って外に出る。
何事だろう?今の会話で、シュカが獣化する理由はない。
一瞬遅れて僕も慌てて外に出た。
黒服の男がミクを肩に担ぎ上げるところだった。男は何かを呟き土に触れると、土が隆起し壁となった。魔術というやつか??
次の瞬間、その男は跡形もなく消えていた。
あっという間の出来事だった。何が起きたのか分からなかった。一拍後にミクが拐われたのだと、思い立って愕然とした。
「ミク?!」
「あたしのせいだわ!ミクを狩られてしまった。」
「シュカ、どういうことだ。」
ミランがシュカを問い詰める。
「あたしとミクで話をしていただけだわ。人の気配なんてしなかった。あたしはラシェットよ。人の臭いに敏感なのに。突然、あいつが現れて、ミクに言ったのよ。ハーディパスト様って。」
シュカが慌てて早口に話す。
「ミクさんは、ハーディ様と間違われて拐われたようですね。」
そんな…。ミクは今日、女の格好をしていた。僕と間違えられるはずがない。僕の名前を知っているのなら、なおさら。それに、あの手際の良さ…。
「ヴァンス!あの男に心当たりがあるんじゃないですか?」
「ハーディ様、さすがでございます。あの男は前王の剣の一人であった男で、暗殺人です。」
剣…。今の男、一流のくせに僕とミクを間違えるのか?!間抜けなヤツだ。
「剣や扇は機密事項ですか?話せる事を話してください。」
ヴァンスは頷くと僕を馬車へ戻し、外套を肩からかけてくれた。ミランとシュカは外で見張りをしている。
「ハーディ様、我々は王の直属の私兵になります。組織は3つ、通称、剣・盾・扇と呼ばれています。盾は公私にわたり、王を御守りするのが目的として作られた組織です。剣は盾と共に動き、王の剣となり、戦時平時に係わらず暗殺や、誅殺を行う実働部隊です。私たちは扇。一通りの暗殺術や護衛法などを身につけておりますが、主に情報操作を得意とする組織です。」
そうだったのか。分かっているつもりになっていた。ストック先生は魔法使いではなかったな。ということは、ミクを連れていったあの男、ヴァンス達よりも強いということか。
「分かりました。では、その情報収集能力であの男の足取りをつかむことも出来ますね。」
「……はい。恐らくは。」
「僕はお爺様ではないので、言える立場ではありませんが、お願いします。」
「畏まりました。」
扇か…なるほど。情報を収集し、情報を拡げる。だから、国中に仲間がいて、それぞれが、カムフラージュのため普通の仕事を持っている。ヴァンスは執事、ミランは服飾店、宿の女将もだった。
「ハーディ様…。」
「はい?」
「申し訳ありませんでした。」
ミクが拐われてしまったことについてだろう。でも、彼らの仕事は本当は僕の護衛だ。僕がミクやシュカを連れて来なければ、彼らは僕だけを守ればよかったのだ。
「ヴァンスより上手の人だったのでしょう?でも、あの人、僕とミクを間違えるなんて、それほどでもないのかもしれません。ミクが僕ではないと分かれば、向こうからまた来るはずですよね。そのとき、相手を倒して、僕とミクを護って下さい。」
「必ず。」
そのあと、今後どうするかを話し合った。僕はミクが気になり、山の民の村より優先すべきだと思ったが、『扇』の情報はどこにいても届くらしい。このままここに留まるわけにもいかず、かといって戻っても、僕とミクを取り違えた事に気づいた相手が僕を狙いやすくなるだけだ。このまま先に進むことになった。
風の神様、ミクの無事を祈ります。
九、
頭が痛い。体も痛い。ここは…どこ?私は前にも似たような感覚があったなと、頭のどこかで思いながら目を覚ました。目が覚めた場所は美しく整えられた部屋。貴族の邸宅のような場所。天蓋付きのベッド。そこに寝かされていた。フカフカだ。気持ちいい。
本当にここはどこだろう?えーっと、私はハーディ君たちと旅に出て、旅の途中で変な薬嗅がされて、気を失ったんだ。
『ハーディパスト様、ご同行願います』気を失う直前のあの男の言葉を思い出す。…拐われた?
ちょっと、やめてよ。こんなベタな展開。似てるって言われるからこんなことになるんじゃないかと思ってたわ。これって取り違えってやつよね。私、こんな本読んだことあるわ。平安時代の話で、同じ顔の男の子と女の子が入れ替わっちゃうやつ。あの話、どうなったんだっけ?女の子がすごい出世して、女の子と結婚させられそうになったり、男の子が帝に気に入られたりして…元に戻ってハッピーエンドだっけ?忘れちゃった。
ノックの音がする。
「失礼致します。お目覚めでございますか。」
あら?メイドさん。私、拐われてきたにしては扱いがご丁寧ですこと。…それって、油断できない。
私は警戒しながらメイドさんを見ると、何だか見覚えがある金髪。……………ライラ?
「ハーディ様、朝餉のお仕度をお願いします。」
伏し目がちで、顔がよく見えない。人違いかな?ライラに似てるけど、違ったら恥ずかしいな。ライラはこんなによそよそしくないし。
「ハーディ様?」
私は半信半疑のまま、立ち上がる。何だろう、ここ。おかしいよ。不安が立ち上る。逃げられるかな。
用意されているのは、男の子の服。さらってきたオジサン、私が女の子だって本当に気が付かなかったの?そりゃ、胸はないけど。体つきとかあるでしょ。本気で間違える?途中で気づけよ。
「ハーディ、どうしたの?」
あれ?この感じ、やっぱり…………?
「ライラ?」
え?って顔でこちらを見る。大きな、キュッとつり上がった可愛らしい目で。かなりしっかりと。そして一言。
「あなた、誰?!ハーディじゃないわ!」
そりゃ、そうだよ。ミクだもん。当たり前でしょ。っていうか、見りゃ分かるでしょ。
「ライラは何でここに?屋敷にいるはずでしょ?」
「え?ハーディなの?どういうこと??」
だから違うってば。違うよね?私、ミクよね?自分の顔に触れる。体を見る。鏡ない?鏡…。ライラが用意してくれた。
やっぱりミクだわ。
「私は…ハーディ君じゃないわ。ねぇ、ライラ、ここはどこ?」
「ハーディパスト様とお聞きしておりましたもので、申し訳ありません。わたくし、あなた様を存じ上げないのですが。」
あ。そうか!ライラに会うのは初めてか。ライラは不審な顔だ。
「ハーディ君からあなたのよく話は聞いてます。私、さっきまでハーディ君と一緒にいて、間違われて拐われたみたいなの。」
ますます不審な顔をするライラ。なんて説明したらいい?
「拐われた?どういうことでごさいますか?」
「私、ハーディ君と似てるらしくて。」
「それは…見れば解ります。まずお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「ごめんなさい。私はミク。ハーディ君の遠い親戚ね。突然連れてこられたのよ。」
ってことにしちゃおう。双子の次は遠い親戚。自分でも、嘘つきだなと思う。
「左様でございましたか。ハーディ様に本当によく似ておいででございます。」
何だか、よそよそしい。私、ハーディ君でもあるんだけど。あの時のライラを知ってると切なくなる。
「あの、会ってすぐにこんなこと言うのおかしいけど…私も、ハーディ君と同じように接して欲しいわ。同じ年くらいだし。」
「ハーディ様には、幼少の頃より良くしていただきました。しかし、わたくし、メイドでございます。」
ダメか。しょうがない。メイドモードのライラでいいわ。こうなったら少しずつ仲良くなるんだから。脱走の計画はそのあとね。
「ライラ、ここはどこ?なぜここにいるの?」
「こちらはヴォルティス殿下の別宅にございます。わたくしは、ヴォルティス殿下より、こちらで働けるよう計らって頂きました。」
「そうだったの。私、というかハーディ君の予定ではこれから支度をして、ボルス様に会いに行くの?」
「左様でございます。」
「いいわ。行く。用意してくれたものに着替えます。ボルス様には私から説明するわ。」
拐ったのがボルス様なら、理由を聞かなきゃ。何が何だかさっぱりわからない。
「ライラ、この服大事なものなの。頼んでもいいかな?」
私はミランさんの服を捨てられてしまわないか不安だった。
貴族の男の子用の服に身を包み、ライラに伴われてボルス様の所へ行く。これを着ると、私は完全に男の子に見える。胸さえあればもうちょっと女の子らしくなるのに!シュカに言われてから、胸のことばかり気になっちゃうわ。ライラはそれなりにある。いいなぁ。
この建物はさすが皇太子殿下の別宅。広い廊下と美しい調度品。美術館のような雰囲気。まるでお城だわ。自分の家がこれなら、迷ってるわよ。使用人だって、掃除が大変に違いないわ。
大きなテーブルのあるダイニングルームへ来た。ボルス様が立ち上がり出迎える。私がミクだと気づいたかしら。
「おはようございます。ボルス様。」
「ハーディパスト、しばらく会わない間に変わったな。街で見かけた時は驚いたよ。背が伸びたようだね。髪を黒くしたのは変装か?」
みんなおかしいわよ。私とハーディ君、そこまで似てないって。
「失礼しました。私はミクといいます。路地で見たのも私だと思います。ハーディ君ではありません。ボルス様、人違いをなさっているようです。」
なるべく、ハーディ君の言葉遣いを真似して話す。普段、敬語に慣れていない私はいつ失礼なことを言っちゃうかわからない。ドキドキだわ。
「…そうか。ハーディパストに似ている。しかし、よく見ると確かに違う。私をボルス様と呼ぶのはハーディパストだけだ。君は何者だ?」
ボルス様が明らかに警戒の表情を見せる。私は不審者だけど、連れてきたのはあなたですからね。
「殿下。依然、一月ほど前にハーディ君がお話したと思います。私の世界とハーディ君の世界で同じ時間に似たような事故が起こると。私は彼の夢の中に出てきたもう一人の彼です。私は彼と意識を共有していました。違う世界に生まれついてしまった双子のような存在なのだと思っています。彼と私は二人で一人だった。私も信じられないことですが、何かのはずみでこちらの世界に来てしまったようです。ハーディ君の力なのか、私の力なのか、全然違う力が働いたのか分かりません。」
「うーん。それは信じられないことだな。とにかく、掛けたまえ。」
「失礼します。」
緊張する。今ので分かってもらえたの?私は王族ではないから、本当は一緒にご飯を食べるなんて、恐れ多い。マナーも心配。ハーディ君の記憶を頼りに、やってみる。緊張しすぎて食べるものの味が分からない。しかも、メッチャ見られてる。
「本当にハーディパストではないのだね。似ていると思っていたが、君を見ているとやはり違う。今は似ていないとさえ思える。」
ボルス様なら分かってもらえると思う。この方は、ハーディ君の叔父様なんだもの。
「私からも、質問させてもらおう。なぜ、あのような危険な場所に居たのだ?あこそは国境に程近い。君の容姿では命を落としかねない。いくら父上の犬が一緒でもな。」
やっぱり気付かれていた。食事を飲み込むことができない。私がヴァンスさん達と一緒にいたということを知っている。彼らだけでは危険だから、心配だから無理矢理連れて来たとでもいうのかしら。
「私たちは、山の民の村へ力と宝剣と石の事を教えてもらいに行こうとしていたところです。」
「力と宝剣と石とは?…君も王家の力を使えるということか?」
「いいえ。私が力を使えるのかは分かりませんが、ハーディ君の宝剣と同じ物で作られていると思う石を産まれた時から持っています。なので、彼が一緒に行こうと言ってくれました。」
「やはり、彼も一緒だったのか!…父上は何を考えている…。」
ボルス様はしばらく何か考えていた。そして、朝食を終えるとおもむろに立ち上がり、私に手を差し出す。これは、手を取るようにってことかしら。こんなこと初めてだから、ますます緊張する。ボルス様の手は大きく、ゴツゴツとしていた。きっと、剣を握るからだろう。皇太子様なのに。
「君は女の子だろう?それでは可哀想だな。来なさい。」
私の格好のことね。昨日から着替えてばかりだ。それでも何も言わずに付いていった。
一つの部屋へ入る。とても広い部屋だった。たくさんのクローゼットや美しいドレッサーが置いてある。どこを見ても綺麗。そしていい匂い。花の匂いがする。こんなに完璧な部屋なんて見たことないわ。
「それを脱ぎなさい。」
え?ここで?いや、ちょっと、さすがにそれは。
「ここはレティシアの昔の衣装部屋でね。娘が出来たらととっておいたものだよ。君に合うものがあればいいが…。」
「お母様の…。」
お会いしたことのないお母様。私は部屋を歩く。近寄って良く見るとクローゼットはアンティークながら、綺麗に磨かれている。
「見ても宜しいですか?」
ボルス様が頷く。私はクローゼットを開けた。髪飾りや帽子が並んでいる。次のクローゼットを開ける。ここは靴用のクローゼットだ。もうひとつ。これはには上着が。もうひとつ隣にはドレスがたくさん。どれもとても綺麗で着たようには見えない。
ドレッサーを見る。見たこともないネックレスやブレスレット、耳飾り、指輪、ティアラが置いてある。私には価値が分からない。
ふと、引き出しのつまみを見る。そこで、固まってしまった。私は堪えきれず、涙が溢れ出た。止まらない。つまみの下、ここには傷がある。爪で掻いてしまった傷。娘が産まれた時のためにとっておいた服。引き出しを開けると日記のようなもの。文字は読めない。お母様がいた。こんなところに。私は胸にしまった石を握りハーディ君を強く思う。彼に知らせてあげたい。彼の心が壊れる前に。ちゃんと君にも、子供の事を大切に思うお母様がいるわ!
自分のお母さんと重ねる。引き出しの傷に触れる。ますます止まらない。
「お母様!」
ボルス様が抱きしめてくれた。私は、すがり付いて泣きじゃくった。
十、
僕は結局、良く眠ることが出来なかった。ミクが心配だ。考えてしまう。ひどい事をされてはないだろうか。
今日は、雨が降りそうな空だ。僕の不安を煽る。畑ばかりの風景から、いつの間にか両側には木が立ち並ぶ道になっていた。風はあまり来ないが、この重い空と木の影で暗く感じる。
馬を休ませる間、僕は考えようとする頭を空っぽにしたくて、剣術の練習に打ち込んだ。少し無茶をして、ヴァンスに借りた剣で自分のふくらはぎを少し切ってしまった。ミランが言うには、僕はバネがあって体幹が強いからアクロバティックな動きが出来るという。その言葉を真に受けて、思い切り跳んだ結果、ヴァンスの剣を下で受けることになり、弾かれた剣で切れたのだ。ヴァンスは慌てていていたが、大したことない。調子に乗った僕が悪い。なんとなくコツが分かって楽しくなってきた。
それと、襲って来た男たちを皆殺しにしてしまった時から恐ろしくて触ってもいなかった宝剣をもう一度、使いこなせるように練習し始めた。せめて、どうしたら何が起こるのかだけでも突き止めたい。僕が今までにやったことは、風を起こすこと、雨を降らせること、傷を治すこと、獣の病?を治すこと。どれも、意識的にやっていないため、分からない。今出来るのは、光らせることだけ。その先が、全く進まない。
「ハーディ様、あの男の足取りが掴めたようです。」
いったい、いつ報告を受けているんだ?ヴァンスが、ミクを拐った男の情報を持ってきた。
「聞かせて下さい。」
「彼は一時的にヴォルティス殿下に雇われていたようでございます。」
ボルス殿下に。またか…。彼を疑うほうに気持ちが向いてしまう。先生の言葉、ミクの誘拐。ボルス様がそんなことをする人には思えなかったのに。
「もうひとつ。ライラもまた、ヴォルティス殿下の別宅にて働いているようでございます。」
まさか!そんな!!
ライラを拐ったのもボルス卿なのか??何を考えておいでなのだろう。ミクはライラに会えたのだろか。ボルス卿が父様にも伝えずに連れ去ったりするのだろうか。
「ミクとライラは無事なのですか?」
「ミランが聞いてきた話によりますと、ライラはメイドとして働いているようです。ミクさんについての情報はありませんでした。」
そうか、ライラは無事。ミクも無事であると信じたい。
「ボルス様に会いに行かなくてはいけませんね。」
「危険かと。もう少し、調査させて頂いても?」
「はい。引き続きお願いします。それと、ライラの母上アドリアに彼女の無事を知らせてあげたいのです。次の街で手紙を出してもいいですか?」
「問題は無いかと思われますが。ヴォルティス殿下に不利に働く事もあるかと思われますので、些かの配慮が必要かと思われます。」
確かに、なんて言うつもりだったんだろう。ボルス卿に拐われて、そこで元気に暮らしている?そんなのおかしいな。
「恐れながら、アドリアにはこちらからお知らせさせていただいても宜しいですか?家の事につきまして、私もアドリアに伝えることがございますので。」
「それなら、よろしくお願いします。」
「畏まりました。」
どうやって伝えるのだろう。疑問に思ったが、彼らはその情報網を使って、出来ることがあるのだろう。
ヴァンスと入れ替わりにシュカが来た。彼女から来るのは珍しいな。
「ハーディ、彼らをずいぶん信用しているのね。」
少し小声で話す。
「どういう意味ですか?」
「ミクはあんたより目立つようにさせられてたわ。相手を釣るための囮にされたんじゃないの?」
……何だって?!ミランさんがわざとミクを目立つようにした?拐われる事を見越して…?
「シュカ。彼らを疑う訳にはいかない。そうでなければ、僕は誰も信じられなくなってしまいます。彼らは僕を護ってくれているのに。」
「あんたを護ろうとしている結果かもしれないけどさ。手段は選ばなそうよね。あんたさえ、無事なら構わないんでしょ?」
それだけ言って行ってしまった。
「そんな、ミクを騙すようなこと、ミランが…。」
ミクは嬉しそうにしていた。服はミクに似合っていたけど、目立ち過ぎる気がして不安だったんだ。ストック先生も目立たないようにとヴァンスに言っていた。それなら、ミラン一人がしたことかもしれない。疑いたくはない。理由があるのかもしれない。やっぱり、大人は隠し事が多すぎる。
僕が自分一人で自分の身を守れるようになれば、囮に女の子を使うことなんてなかっただろう。周りから見たら、僕とミクは別人だ。でも、僕たちにとっては別人ではないのだ。ミクの半分は僕なんだから、彼女のこともそんな扱いしてほしくない。
剣の光が消えたところで、汗をかいたために着替える。さっき、切ったところももう一度包帯を巻き直さないといけない。血が滲んできている。
僕はシャツを脱ぎ、替えのシャツと、包帯を取りに馬車へ戻った。
ん?
脚に痛みが無いことに気づく。血が滲んだ包帯を解くと、微かに傷があるだけだ。傷が治ってる?これが宝剣の力だとしたら、何がきっかけだったのだろう。初めは森の中でニルスが、次は賊?に襲われた時、そして今。共通点が見えない。
「ハーディ様?お体に障ります。」
上半身裸のまま考え込んでいた僕をヴァンスが見つけて、声をかける。そうだった。着替えの途中だった。彼は僕の様子を見に昼食の準備を中断して馬車に戻って来た。
「ヴァンス、傷が治ったようです。」
「それはまた…お早いですね。何かなさいましたか?」
何か…した覚えはない。
「僕の意思一つで、傷や病気が治るなら、すごいと思いませんか?」
「何か掴めたのですか?」
ヴァンスは僕を着替えさせ、肩からガウンを掛ける。
「いえ。そう出来たらと思いました。」
「それは素晴らしいことですが、ハーディ様がお風邪を召されるならば、私は同意しかねます。お着替えはしていただけませんか。」
ヴァンスは微笑みながら僕を軽く叱る。
「ふふ。着替えを注意されるなんて、小さい子供のようですね。」
ヴァンスを疑うことなんて出来ない。僕自身より、彼の方が信頼出来ると思えるのだから。
―――――――――――――――――――――――――――――――
続