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冬の終わりに

作者: アメノユキネ


此処は冬の街、スノウ。


万年雪に閉ざされ、全てが白銀に覆われてている。


だから、僕は街から雪が無くなるところなど見たことがない。ましてや花壇を彩る赤や黄色の花や街路樹を染める深緑など絵空事のように思っていた。


数日、降り続いていた雪がようやく止んだ日のこと、ある少女に出会う。


僕は大通りから少し入った路地を自宅に向かって歩いていると薄絹一枚の少女が雪の積もる路上の端で膝を抱えて座っていた。


僕はその少女に一瞬で心を奪われてしまった。何故なら少女は雪のように白い肌と髪、薄氷のような光彩の瞳、整った顔立ち、まるで雪の妖精、はたまた、女神と言っても過言でじゃない!。


僕が少女に見蕩て惚けていると少女が視線を此方に向けてきた。


僕は声を掛けようとしたが声が出なかった。それもその筈、少女の美しさに呼吸をすることすら忘れていたのだから。


案の定、目眩が訪れ、数日振りに雪は止んだと言うのに僕の視界はホワイトアウトした。


どれくらいの時間たっただろうか?僕が目を覚ますと少女は心配そうな表情で覗き込むように僕の顔を見ていた。


僕は少女との顔の近さに驚いて飛び起きると少女と僕の額がぶつかり、互いに額を押さえてうずくまる。



寒空の下、路上でうずくまる少年と少女。


大通りから少し入った路地ということもあって人通りがなく、うずくまる二人に気を止める者はいない。


しばらくして二人は顔を上げ、互いの顔を見合わせる。


二人共、額はほんのり赤く染まっている。


「…だ、だいじょうぶ?」


僕はそこで初めて少女に対して言葉を発した。


少女は頷き、自らの額をさすると雪のように白い肌を染めていた淡い赤が消える。


少女は少年の額に手を伸ばす。


僕の短い髪から見える額に触れた少女の手は氷のように冷たく、その冷たさに僕は目蓋を閉じた。


そして、僕の額に帯びていた少し熱と赤みが消え、目蓋を開けると少女の姿も消えていた。


「君、大丈夫かい?」


僕はその声に振り返るとそこには青年男子が立っていた。


「って雪杜の…」


青年男子は少年の顔を見た途端、怯え帯びた表情に変わり後退る。


僕に取っては見慣れた反応。そして、ずっと浴び続けた視線。


僕はゆっくりと立ち上がり、青年男子に頭を下げると踵を返して家路を行く。


「あの子はなんだったんだろう」


少年は少女の姿を思い浮かべながら歩いていると周囲の家々とは雰囲気の違う塀に囲まれた建物の前で立ち止まる。


そこは人々から畏怖の念を込められて雪杜と呼ばれる雪の結晶で組み上げられた建物で建物の周りは身の丈程の低い氷の木々にあり、その周囲を建物と同じ様な感じの塀が囲んでいる。


そして、塀に唯一ある門の扉が開き、一人の老婆が現れた。


「ようやくお戻りか。あまり外を出歩くでない」


老婆は険しい顔で少年を叱咤する。


「ごめんなさい…」


「もうじき空が時化る、早よう中へ」


老婆は少年を連れ立って奥へと消え、扉が閉まる。


老婆の言う通り四半時もしない内、青空だった空に暗雲が立ち込め、綿雪がちらちらと降り始める。すると街の住人達はいそいそと各々の家の中へ入り、しっかりと戸締まりをする。


雪が本格的に降り始めて半時が過ぎ、街全体が新雪に覆われるとそれは現れた。


人、動物の動く影すら見えない街中で雪に何かを引きずった跡がつけられていく。


そして、寒さが増して細雪から粉雪へと変わり始めると街中を歩く者達の輪郭がぼんやりと現れた。


それらは雪の玉を重ねた姿しており、いわゆる雪だるまというものだ。


僕は殺風景な氷の牢獄のような自室の窓からそれらの様子を眺めていた。


「何かを探してる?」


周囲を見回しながらゆっくりと動く雪だるまの姿を見て僕は呟いた。すると雪だるま達の視線が此方に向けられる。


僕は咄嗟にしゃがみ、窓の下に隠れた。


「急にどうしたんだろう?」


そんなことを思っているとコンコンっと窓を叩く音が聞こえた。


僕はしゃがんだままゆっくりと窓の縁から頭を出して外を見るとそこには街で出会った美少女がいた。


「どうして!…」


僕は少女が現れたことと宙に浮いていることに二重に驚きを立ち上がる。


後者は此処が二階で外壁には足場となるところはないからだ。


僕はふと少女の後方にある異様な光景に気付く。


「何が…」


少女は少年の異変に気付いて振り返った。

二人の視線の先には雪杜の塀に無数の雪だるまが重なり合い、塀を越えようとしている光景があった。


少女の表情が曇り、深々と降る粉雪が時が止まったかのように静止する。


すると突然、窓の縁から音を立てながら凍り付いていき、窓は磨りガラスのように透明度がなくなり、外の様子が見えなくなった。


その次の瞬間、地響きが聞こえ、建物全体が揺れる。そして、窓に大きな影が写る。


僕は突然現れた影に慄き、窓から後退るようにして離れて、窓と対面にある部屋の出入口の扉に背中をつける。


「何が起きて…」


背中を預けた扉が突然、開いて少年は後方に倒れた。


少年が倒れた先は廊下でそこには門で少年を出迎えた老婆が立っていた。


「全く余計なものを引き込みおって」


老婆は少年の首根っこを掴み、廊下を引きずっていく。


僕は抵抗せずにただただ引きずられる。なぜなら抵抗しても振り払えないことは経験ずみだからだ。


そして、連れられてきた場所は同じ階にある一階から二階を吹き抜いた場所で外を一望出来る大きな窓がある。


老婆は吹き抜きにある一階へと繋がる大階段から少年を投げ放つ。


大階段は少年を傷つけないよう段差が消えて滑り台のように変わる。


僕は大階段を頭から一階へと滑り落ち、部屋の中心で止まる。


「もっと丁重に扱うべきだと思うが?これでも雪杜の主である雪守だからな」


仰向けで床に倒れている少年の瞳には老婆に話し掛ける灰色の髪の青年男子の姿が逆さに映っていた。


「何を今更なことを言うておる」


「立場上、言わねばならないだろう?っとすまないな」


灰色の髪の青年男子が少年に手を差し伸べる。


少年は素直にその手を取り、立ち上がる。


「それで、早速で悪いが君には…」


灰色の髪の青年男子が少年に向けて言葉をいい終える前に二人のいる場所に影が落ち、背後からピキッと今にも何かが割れそうな音が聞こえた。


その音は灰色の髪の青年男子の背後にあった大きな窓で、青年男子は振り向く間もなく窓が割れて雪が雪崩れ込み、吹き抜きの一階部分を埋め尽くした。


「ここまで侵入を許すとは…」


室内を舞い散る雪の中、二階部分にいて無事だった老婆が嘆く。


その隣には何故か灰色の髪の青年男子が立っていた。


「あのままでは圧死だったが…どうやら雪守は雪に飲まれたようだな」


しかし、灰色の髪の青年男子が無事だったというのに少年の姿はそこにはなかった。


一階部分を埋め尽くした雪が独りでに動き出し、大小一つずつの球体を作り上げると二つはくっついて吹き抜きの天井に付くほどの大きさの雪だるまとなる。


「何故、雪守を見捨ておった」


「それはこちらの台詞だが…それはいいとして冬姫のご登場だ」


老婆と灰色の髪の青年男子の二人の視線は大階段の袂に向けられる。そこには雪のように白い肌と髪、整った顔立ちの少女が立っており、薄氷のような光彩の瞳で二人を見ていた。


そんな中、僕は一面真っ白な世界にいた。


「あれ?ここは…」


「繋がったようだな」


僕はその声に振り返るとそこには自分と同じ容姿の影がいた。


「誰?」


「まだ思い出してないのか?これでは…が報われないな」


「?」


「名を聞いても思い出さないか。どうして、…はお前を…お前は…を…」


影は嘆きの言葉を残して霧散して消える。


すると少年は何もない雪原に仰向けに倒れていた。


僕は冷たいものが頬を伝う感覚で目を覚ます。


ゆっくりと目蓋を上げて最初に見た光景は涙を流す少女の姿だった。


少年は少女の膝に頭を預けて倒れていた。


「泣かないで…」


僕は慰めの言葉の後に少女の名前を口にする。


「やっと呼んでくれた」


少女は少年に涙ながら笑みを見せる。そんな少女に少年は涙を拭おうと顔に手を伸ばす。

だが、少年の手は少女に届くことなく涙が手の中に落ちる。


「でも、もう…」


少女は全てを告げることなく、姿が淡雪の如く消え、少年は地面に頭を落とす。


そして、雪原は残された少年を中心として広がるように色彩豊かな花弁が舞い、辺り一面を雪原から花畑へと変え、鳥達が春を告げるかのように囀りを奏でる。


「僕は無力だ、こうなることを分かっていたはずなのに何も出来なかった」


僕は少女の涙がこぼれ落ちた手を強く握る。すると手には何か小さなものがある感覚があった。


少年は身体をお越し、ゆっくりと手を開く。そこには一つの植物の種があった。


少年はやさしく手を握り、拳をもう一つの手で包み込み、大事なものを守るかのように胸で抱え少女の名を口にした。


僕は冬の終わりに雪解けと共に彼女を失い、春の訪れと共に出逢いの欠片を手にした。


Fin


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