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車にはねられました

他の連載置いといてとりあえず連載です。



 ぽかぽかと陽気な柔らかい日差し。

抜けるような青空は雲ひとつなく、吹き抜ける風は朝の清涼な空気を伴って巻き上がる。


 視界を流れていく自分の茶がかった黒髪。空へ伸ばした手は、真白い雲を掴むことなく空を切った。

踵の低い黒いローファーが、横断歩道に付き物の黒白の縞々模様を縫いながら軽やかに跳ねていく。


「……、っあ」


 不意に溢れた声は、見届けられることのないまま宙へ溶け消えた。

次の瞬間身体中を襲った激痛。何かに強く叩きつけられるような、強烈な衝撃。

瞬間耳に入ったのは、ゴムが強く地面と擦れ合う、耳障りな音。"キキーーーッッ!!'"と激しい音を立てて、近付いてくる気がした。何度も ()アスファルトが入れ替わる視界は、地面を転がる自分の姿を脳裏に描かせた。


「……ぅ」


 何時間にも感じた回転の後、やっと動きを止めた自分の体。身体中が鈍い痛みを発し、手足の感覚が薄い体は動くことはままならず。微かに開けた視界に映し出されたのは、黒塗りの上品なデザインをした、高そうな車。


 ああ、跳ねられたんだ、とぼんやり思った。

痛い。

呼吸ができない。

景色が霞んでいく。

…苦しい。

微かに残った力を振り絞り、体の下敷きになっていない右手を、その車へと向けた。

と言っても、ほんの少ししか動かないけれど。

瞬間『バン!』と音を立てながら開かれた後部座席のドア。

中から出てきた人影が、何かを叫びながら此方へ駆け寄ってくる。

数メートル離れた私のところまでは、そうはかからないだろう。

視界の端に赤いものが映った。それが何か、考えるのも億劫だ。暖かい陽気な筈なのに、急に寒くなったように感じた。

体から何かが抜けていくような感覚。視界がぼやけて、ものの輪郭が曖昧になっていく。

死ぬのかな、と何処か投げやりに思って、駆け寄ってくる影に焦点を合わせた。


「ーーーー!!」


 何を言っているのか分からない。大きく口が開いているようだから、大声を上げているのだろう。まだ若そうなテノール。

私の記憶にはない、知らない人の声。

でも、なぜか知っているような気もする。


「ーーーーい!」


 近づいてくる黒い人。

着ている服が黒いんだろうか、とごく当たり前なことを考えてしまう程度には、もう意識が消えかかっていた。


「おー、だーーーーぶか!」


 ああ、涼やかな声というのはこんな感じだろうか。

夏に木陰の下で感じるような、清涼な風を連想する、清々しい印象の音だ。

けれど、突然テレビが消えるように、彼の"言葉"は分からなくなってしまった。


「ーーーー!」


 側まで走って来た"その人"は、屈んで私を覗き込んできたようだ。

日差しが遮られて暗くなったことで、そうだと判断する。

さらりと流れた橙茶色に美味しそうだな、思う余裕ももう無く。

必死そうな音も、もうぼんやりとして殆ど聞こえない。


 霞む視界。このまま眠ってしまえとばかりに落ちてくる瞼。

その時、体に何かが触れた。しなやか力強い、確かな温もり。じんわり染み込む温かさに、自然と力が抜けた。

なぜか安心する気がして、身を任せる。痛みを知った体は、包まれる心地よさに微睡み、安堵した。

ぎゅっと引き寄せられた頭が、硬いながらも温かい何かにそっと押し付けられる。

どくん、どくん、と響いてくる少し早めの一定のリズム。

「…………り」

微かに聞こえたその響きは、何処かで聞いたことがある様な気がした。


 けれどそれを深く考えることは出来ずに、そのまま私の意識は落ちていった。




「……ひより?」







「ーーーー死んだっ!」


 ガバッと勢いよく跳ね起きた私は、開口一番にそう叫んだ。

「すごく痛かったんだけど!何あの車!高そう!傷つけたりしてないかな!?…もしかしてヤのつく仕事の人たちの車だったりして!逆ギレされて慰謝料とか請求されたりしたら、どうしよう!それにそれにーー…」


 一頻ひとしきり喋りきって、それから深く息を吸い込んだ。

そして、ゆっくりと吐く。

「…あ、眩暈が」

吐きすぎて酸素が足りなくなった。


「……んんっ、仕切り直し」

こほんこほんと空咳をして、1人呟く。

「私、生きてるのかな?」

辺りをきょろきょろと見回してみる。

今の私は、長座体前屈の様に足を前に出した状態でカーペットの敷かれた床に座り込んでいる。

「室内にカーペット…!しかも絶対ここ家とかじゃなさそうなんだけど…」

しかも毛足が長い。手触りはふわふわで、高級なものだろうと思われる。

チリ1つ落ちておらず、こまめに掃除されている様だ。

「ええっと…。私さっき確か車にひかれたんだよね…?病院じゃないってことは…、って、もしかしなくても、私、死んじゃったのかな…?!」

うわあっ!と頭を抱えて俯く。そのとき視界に入った制服に、ふと首を傾げた。

「あれ?でもそれにしては、何ともない…」

両手を目の前に翳して、まじまじと眺める。綺麗だ。アスファルトで擦りむき傷ついたはずの掌は、何もなかったように何ともない。。この間まであったささくれはそのままだったが。


 着ているものは、車にはねられる直前まで着ていた、学校の制服。

長袖の白シャツに、黒いベストと黒いブレザー。膝よりちょっとだけ上の、赤いラインが入ったひだスカート。

それと、黒いソックス。脱げたはずのローファーも、両足ともしっかり履いている。

どれも綺麗なままで、事故の痕跡は何もなかった。

「まあ、良かったっちゃ良かったのか」


 適当に納得したので、顔を上げて周囲を見回してみる。

まず目に入ったのは、革張りのソファー。

なんだか高級感あふれる重厚な感じ。2人か3人座れそうな長いタイプが2つ向かい合うように設置されていて、その間には白いテーブルクロスがかかった背の低いテーブルが据えてある。その両脇には、1人用のソファが1脚ずつ向かい合わせで置かれていた。

それらが部屋の中央に置いてあり、この部屋にいる人はここで寛ぐのだろうと分かった。

特に何も載っていないので、左へ視線を向けた。


 私から見て左の壁側にはホワイトボードがあった。何故か"転入生"という言葉のみが書かれている。

その向こう側には、スライド式ではない扉が2つ。取っ手を押し下げて奥か手前に開くアレだ。


 次に正面へ目を向けると、淡い緑と濃い緑のカーテンがかかった窓があった。透明なガラスの向こうは木々が生えていて、特に何もない空間が広がっている。

そして、その横の壁には重厚そうなつくりの扉。恐らくこの部屋の出入り口なのだろう。細かい意匠が施してあって、取っ手は金色だ。

そして振り向けば、教壇を立派にしたようなつやつやした木の机。

立ち膝になって覗き込んでみると、紙が何枚か置いてあるようだ。

文字が書いてある。端っこの方には判らしきものが置いてあって、絶対に触ってはいけないものだと思った。

立ち上がって何が書いてあるのか見てみれば、何かの行事の書類のようだった。

「体育祭、主催……、生徒会?」

首を捻って、目を離した。

「ここ、生徒会室なのかな…」


 何となく気後れして後ろに下がる。体が無意識にソファーの方へと向かっていく。

「…ちょっとだけ、いいかな」

いつ人が来るか分からない。なんでここにいるのかも分からない。けれど、やることは1つ、あった。

失礼します、と一言言ってからそっと手を乗せる。

途端に、硬そうな見た目とは裏腹に沈んだ座面。思わずぱっと手を離した。


「……たぶん高級だ、これも」


 つるつるとした手触り、けれど冷たくはない滑らかなその感触に、やっぱりこれは高級なものだと理解する。

それと同時に触ってはならないと脳が直感した。

「うわああ…」

ぽろりと呻いて、そろそろとソファーから離れる。そして足元を見下ろして、青ざめた。

「ローファー、履いたままだ…」

それを理解すると同時に素早く靴を脱ぎ、手で抱えた。足元をぱっぱと払い、何事もなかったように澄まし顔で立ってみる。

「……って、誰も見てないのに」

1人ごちて、そろりと辺りを見回した。やっぱり誰もいないか、確認したかったのだ。

「…………大丈夫、だよね?」


 しーん、と静まり返った部屋をもう一度眺めて、「お邪魔しましたー…」と小さく呟いた。たとえ一時とはいえ、この部屋の絨毯にはお世話になったのだ。

右側に位置していた扉にそろりそろりと近づいて、金の取っ手を掴む。指紋が付いてしまうかもとあらぬ心配をしてから、ゆっくりと取っ手を捻った。


 キイッ、とだけ音がして、あとはあっさりスムーズに開いた。そんなに重くはなかったようで安堵する。いつの間にか詰めていた息を吐き出して、開いた扉の隙間から身を乗り出した。


 誰の気配もない、静寂で満たされた白い廊下。そろりと隙間から忍び出て、足音のしないように進んで、後ろ手に扉を閉めた。

ノブを戻しきる瞬間かちゃん、と小さく音がして、それが廊下に響いて誰かに聞こえてしまったかもしれないと一瞬身を竦め、何も起こらない事にほっと肩の力を抜く。


「さて、どっちに行こうか…」


 ローファーを持ったまま腕を組んで、うーんと考え込んでみる。

扉を出た先には、左右に伸びた白い廊下。

右はあまり長さがなく、突き当たりは大きな非常扉になっている。

左は、いくつか扉が並び、閑散としているものの、何処かへと繋がっていそうだ。

とりあえず右の方は何もなさそうなので、左に進む事にした。

ふと振り返って、重厚な扉の上部を見つめる。そこには、此処が何の部屋かを示すプレートが吊るされていた。


「やっぱり、生徒会室か……」


 やっぱり高級そうなプレートだった。

銀色に細かい意匠が彫り込んである。こんな豪華じゃなくてもいいだろうに。

なんか乙女ゲームとかギャルゲーとかで出てくるような、お金持ち達が使うようなところだったりするのだろうか。

扉に触ってみる。つやつやだ。

何となく此処とは縁ができたような気がして、感慨を覚える。


「此処が、ゲームでいうスタート地点………なんちゃって」

意味のわからないどうでもいい事を言いつつ、足を踏み出す。

窓の外には木々が立ち並び、その隙間からちらちらと白亜の建物が見え隠れしている。

”生徒会室”なるものがあるのだから、あれはきっと校舎だ。

そうだ、あそこへ向かおう。


 校舎らしきものを左手に、白い廊下を………

「あ、間違えた」

すぐさま回れ右で方向転換した。

……ちなみに私は、方向音痴ではない。断じてない。

窓越しの校舎を右手に、真っ直ぐ歩きだす。

つるり。


「のあっ!!」


ーーべしゃっ

床と靴下の相性が悪かったようで、つるりと足が滑り、転けた。

「う、うう……。今日の私は、運が悪すぎやしませんか、かみさま……」

答える者のいない問いを呟く。

嘆いてても仕方がないのでさっさと立ち上がり、制服をぱんぱんと手で払った。


「とりあえず、進もう」


 私は、今度こそ慎重に歩き出した。





感想、誤字脱字等ありましたらどうぞ

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